【完結】夏フェスは、恋の匂い。

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俺のサングラスとハットどこ行った。

不意に顔を上げた先、燦々と降り注ぐ太陽に目が眩む。



推しバンドの登場に『じゃ!行ってくる!』と穣に投げピースまでしてスタンディングエリアに突っ込んだ俺は、運悪く質の悪いモッシュに巻き込まれた。
ちなみに穣はスタンディング後方柵ギリギリでいいらしい。『三十路の楽しみ方』なんだそうだ。


"今年は巻き込まれるものか"と、敢えて若いニイチャン達がいる場所から離れた場所に陣取ったはずなのに、むしろアラサーアラフォーの方が元気だった。なんでだ。


二曲目ぐらいから、俺のサングラスはぶっ飛んでいくし、頭に上に人通っていくし。
・・・俺は背が低いからそこまで頭にダメージを喰らわないけどさ。

まあ、そんなこんなで。
要は俺、ぐっちゃぐちゃのボッコボコ。
モッシュと暴力を履き違えた馬鹿がいる。
どさくさに紛れてそのゴリラ野郎に蹴りでも入れたかったけど、これ以上推しバンドファンの民度を下げる訳にはいかない。

俺は無傷で何とかしてこのモッシュから逃げ出さねばならぬ。


「ぐっ、くそっ、す、すみま、せん!俺、下がり・・・うげぇっ、」


人の流れが左右に大きく動く。
そうそう!これこれぇ!この音楽に合わせた一体感が最高!・・・・・・なんだけど。

い、い、今、じゃない!死ぬ死ぬ!


あっ、やべ。
目の前がクラクラして来た。酸欠だな、これ。
ああ・・・っ、また穣に馬鹿にされる。
歳と身長相応に、穣ぐらい後方でおとなしく飛んで跳ねてた方がよかったかも・・・っ?!



『後悔先に立たず』と言う言葉が頭に浮かんだ瞬間、頭上にビューンと蓋の空いたペットボトルの水が飛んできて、俺は思わず目を閉じた。

あーあ。よりによってもうびちょびちょかぁ・・・・・・

・・・あ、あれ?
水降って来ない・・・?そんな空高く舞い上がってたっけか・・・?
しかもなんかめちゃくちゃいい匂いがするんだけど・・・?


「ーーーか。あの・・・大丈夫っすか?」

「・・・っ、だ、だいじょぶ・・・で、す!」


酸欠から復活するため、思いっきり空気を吸い込んで見上げた先。
目を開けたら、イケメン。
超情けない中腰で頭を守るポーズを決めた俺の体を、すっぽりと屋根のように覆うイケメン。(二回目)
マンバンヘアから水が滴るイケメン。(三回目)


・・・・・・ん?水が滴る・・・・・・っ?!


「す、すんません!もしかして、お、俺の代わりに水っ、て、うわっ!」

「・・・軽。」

「ちょ、ちょ、ちょ!これはっ、は、はず、はずかしっ、」



軽々と俺を縦抱きにしたマンバンくん(仮称)は、何の躊躇もなく後方に進み出す。
恐らくこのクマみたいにデカい、推定身長190cm弱の男は俺を助けてくれたんだろう。

だがしかし。
アラサーの俺、今とてつもなく目立っている。
今すぐにでも解放して欲しい。

riperの爆音に負けじとマンバンくんの耳元で「助けてくれてありがとな!降ろしてくれていいぞ!」と目一杯叫ぶ。
バチっと目は合ったが、その色素の薄い薄茶色の瞳は、俺を見つめただけで、降ろしてはくれなかった。
しかもスタンディングエリアを抜けても、そのままどこかへ突き進んでいく。

・・・ん?そっちテントエリアですけど?



「ね、ねぇっ!君、聞いてる?!も、もう、大丈夫ですんで!助けてくれてありがとな!降ろして?!ください?!」

「・・・・・・朝、甘いもん食いました?」

「甘いもん?えーっと、ホットケーキ焼いて、蜂蜜かけて食べたけ・・・・・・ど。え?!何その質問?!」

「・・・ぷはっ。ホットケーキ。かわい。」

「はあああっ!?ばっ、馬鹿にしてる!?!」

「甘い匂い・・・」

「んひっ!?」



俺がマンバンくんのことを見下ろすくらい高い位置に顔があったのに、ズルっといきなり抱えた位置を下されて変な声が出た。
しかも俺の首筋あたりにすっぽりとマンバンくんの顔が入り込んでる。


「はっ、えっ?!か、か、嗅いでる?!」

「・・・はぁ。いい匂い。」

「??!なっ、きゅ、急に何言ってんのぉお?!!つか、お、お、降ろせ~~~~!!!!」

「やだ。」

「やだぁぁぁあ??!」

「・・・ふっ、ふふ、本当かわい。」

「!!???!!」


ぐんっと、マンバンくんの顔が近づいたかと思ったら、目尻に熱くて柔らかな感触が広がった。
やや強面とも言えるゴツい男が、ふふっと、笑いを溢す姿。

その破壊力たるや、凄まじい。
俺の心臓がギュンッてなったじゃないか。



そしてマンバンくんは、とあるテントに俺を抱えたまま転がるように入っていき、中からファスナーをジャッと閉め、にやりと悪い顔で笑ったのである。



-----------------⭐︎



「・・・(あれ?颯太どこ消えた?)」



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