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29 癒
しおりを挟む「治癒魔法を覚える・・・?俺が、ですか?」
「んくっ、攻撃よりもそちらのほうが・・・、くふっ、合っていると思うがなあ。ふ、ぶふっ、」
「おい!勝手なこと言ってんじゃねえぞ、ババア!」
「・・・・・・」
この笑い上戸の竜人をどうにかしてほしい。
傷を治しに来てくれたはずなのに「人間の傷は難しいのお」とか言って何の魔法も使わず、食堂で酒飲み始めた。
俺の頬っぺたと首の噛み跡が笑いのツボみたいで、俺の顔見るたびに笑うんだけど。
・・・は、恥ずかしい────・・・!
そしてリーディア様に巻かれた太っい鎖を引き摺り倒しながらなんとか食堂までついてきたイルは鎖をもう一重巻かれ、ついに床に転がった。
少し離れたところからギャーギャー威嚇しているけど、さすがのリーディア様。
完全無視。(俺も)
「で、でも、人間の魔力じゃそういう魔法は使えないって言ってましたよね・・・?」
「んー・・・お前は生粋の人間でもなかろうて。」
「・・・え゛?!」
「彼奴の魔力を十分に吸収しただろう。お前の魔力の匂いが人間のそれと同一とは到底思えん。やってみる価値はある。」
「え、ええ・・・・・・?」
「くはっ!それにしても彼奴のマーキングは凄いのお。ははっ、怖い怖い、ぐふっ、」
「・・・・・・」
テーブルに額をごんっとぶつける勢いで伏せって、小刻みに揺れながら笑うリーディア様・・・・・・段々腹が立ってきたぞ。
俺は立ち上がってイルの元へ向かう。
「暴れたらしばらく口聞かない」と理不尽にも思える条件を一方的に投げて、リーディア様の鎖に手をかざした。
・・・・・・魔力の密度が凄い。
これをあんな一瞬で出せるなんて、本当竜人って化け物だ。
ふー・・・っとゆっくり息を吐いて自分の魔力を鎖に流し込む。
ぱきぱきとひび割れて消えていく鎖を見て背後でリーディア様が嬉しそうにニタニタしていたことを後にカルマから聞いた。
「小僧に攻撃魔法なんぞ、教えたところで役に立たん。私が稽古をつけよう。笑わせてもらった駄賃だ。」
「必要ない。俺が教える。」
「ほう?治癒が不得手なあまり、小僧の体を弄ったのは貴様だろうて。戯けが。」
「・・・リーディア様、ご存知だったんですか?」
ふんっと嘲笑うようにイルを見下ろすリーディア様。
イルはどこかバツが悪そうな顔で立ち上がると、目の前の俺を抱え上げ近くにあった椅子にどかっと腰を下ろした。
「相殺の力をぶつけるだけでも魔族には致命傷だ。お前の攻撃はそれだけでいい。」
「・・・腕なら吹き飛ばせました。でも、」
「再生したか?次、狙うなら首だ。しかも今回は相手が悪かったのお。」
「あいつは俺が殺る。手え出すなよ、ババア。」
「私は南の竜に手を出した魔人を狩る。あとは知らん。」
「・・・???」
どうもあの魔人は有名な魔族・・・らしい。
二人の間に流れる重い空気に背中がぞくっとした。
ちょうどその時、食堂の扉が開く音がして振り返るとジェイスさんが立っていて、二人の竜人を視線でなぞってから俺に目が向く。
そして慌てたように近寄ってくるジェイスさんにイルはあからさまに嫌そうな顔をしたけど「暴れんなよ」と俺が小声で呟くと舌打ちをして外方を向いた。
「レヴィ、どうしたその噛み跡は?!魔人に出会したと聞いたが、こんなに執拗にやられたのか?!」
真剣な表情で心配してくれるジェイスさん。
俺が何か言うよりも先にリーディア様がまた床で笑い転げ始め、ジェイスさんはぎょっとしていた。
イルはそちらに氷の矢を数本放ったけど、俺がそれを相殺。
意表をつかれムッとした顔で俺の方を見るイル相手に今度は俺が外方を向いた。
「犯人こいつなんで大丈夫です。」
「・・・は?」
「リーディア様に治癒を習うことになったので、そのうち自分で治せます。」
「っ、おい!勝手に決めるな!」
「自分のことは自分で決めたい。俺だって誰かの役に立てるようになりたい。それはダメなことなの?」
「・・・っ、それ、は・・・」
言葉に詰まるイル。
イルは俺を守ってくれるつもりでいるけど毎回頼ってばかりは嫌だ。
もっと自分優先で戦ってもらいたい。
リーディア様は体の周りに防御の膜を張るのも得意って聞くし、それも一緒に教えてもらえば────覚えられるかはまだわかんないけど────自分の身を守ることができるし、誰かを守ることだってできるかもしれない。
「イルの足手纏いになりたくない。」
斜め上のイルの目を逃すものかと真っすぐ捉えた。
眉間に皺が寄ったり、目線が逸れたり、しばらくイルは黙っていた。
「・・・余計なこと教えんなよ、ババア。」
「小僧の方が年上か?竜人が形無しじゃのお。」
今度は火球を撃ったイル。
リーディア様、余計な一言が多いんですよ。
すかさず相殺すると離れたところで見ていたアイラさんとフェイさんがパチパチと拍手してくれてちょっと嬉しくて照れてしまう。
ずっと床に転げていたリーディア様は突然起き上がり、「また迎えにくる」と言い残して帰って行った(手には酒瓶)。
見送る俺の頭にぐりぐりと鼻を押し付けてくるのは、口元がむぐっと曲がった不機嫌なままの竜人。
そしてそんな俺とイルを見てまた顔を赤らめていたのはもちろん、実は純朴青年のカルマだった。
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