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7 厄
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そこに一歩踏み入れるとわかる、異様な圧迫感。
すぐにでも引き返したい。
ギリギリのところで思いとどまりながら、前へと進む。
「火を吹いていた」という恐ろしい前情報の元、「攻撃するなよ」「何もしないから」と出来るだけ優しい声で洞窟の奥の主へ話しかけ続けた。
ジェイスさんからランタンを借りたけどいらなかった。
洞窟の奥の天井には複数穴が開いていて、そこから日が差し込んでいたから。
・・・何で穴が開いたのかについて、今正直考えたくない。
「助けて、って言う割には攻撃的な奴だな。」
《 ・・・・・・お前、ニンゲンか・・・? 》
日に照らされた胴体は真っ白で、まるで雪の塊のように見えた。
グルグルと鳴らす喉音は相変わらず不気味なまでに響いていたけど、こう見ると全然怖くない。
橙色の大きな瞳が揺れている。
でかい図体しているだけで、ふるふる震える子どもみたいだ。
《 こ、こっち、来んな! 》
「じゃあ何で外に出ないんだよ。ここはお前の住処じゃないだろ。」
《 う・・・うるさい!お、お前っ、何なんだよ?! 》
「人間。名前はレヴィ。十八。男。」
《 そ、そんなこと、言って、ほ、本当は、マジンなんだろ!? 》
「・・・・・・まじん・・・?」
《 ぼ、僕を、またっ、虐めて、それでっ、うっ、ううっ、 》
「・・・まじか・・・っ!?」
白い体が小刻みに揺れると同時に、口元で火の粉が舞う。
うわーん!と今にもしゃくりあげて泣きそうな竜相手に、こいつ見たまんまの激情型だな、とどこか冷静に分析する頭の中の俺。
そして、本体の俺は初めて見る竜の火魔法に体が動かなくなっていた。
あ、これは死ぬなと頭の中の俺が死を覚悟した頃、後ろに控えていたジェイスさんが猛ダッシュで担ぎ上げ必死の退避。
持っていたランタンが手から滑り落ちて、ガラスが粉々になっていくのがゆっくりと見えるくらい、ジェイスさんは早かった。
洞窟の外へ転がるようにして出た直後、洞窟の天井に開いていた穴だと思われる周辺から立ち上る炎が見えた。
草むらに座り込んだ俺。
肩で息をする騎士二人が俺の前で仁王立ち。
「おっ、お前!ばっ、ばっ、馬鹿か?!死ぬぞ!?」
「いや、なんか・・・動けなく、て・・・」
「私が行かなければ、今頃丸焦げだな。」
「そ、うでしょうね。」
「~~っ、ジェイス!やっぱこいつには無理だろ!」
「・・・・・・何か、分かったことは?」
ぽんっと手を頭に乗せられた瞬間、目が合う。
眉が下がっても尚、強気に見えるのは元々の顔のつくりのせいだろうか。
「まだ諦めてないぞ」と、赤い瞳が言っていた。
「・・・右の翼に黒い靄が見えました。」
「あとは?」
「"まじん"ってのを、怖がってる・・・みたいでした。」
「・・・魔人・・・やはり、そうか。」
「はあっ?!魔人?!マジかよ、面倒くせぇ!」
カルマが頭を抱えて空に叫んだ。
こいつ、本当うるさい。
まじん、マジン・・・・・・って何だ?と考えているうちに考えてること全部声に出ていたらしい。
カルマは俺の目線に合わせて屈みメンチを切っていたし、ジェイスさんは手を顎にあてしばらく静かに考え込んでいた。
「魔物を見たことは?」
「そ・・・うですね、小さいやつなら、あります。」
「まあ、あの辺りは瘴気溜まりもないしな。」
「爺ちゃんも中級以上の魔物はこの辺で見たことないって言ってました。」
「ケッ!だからそんなにヒョロイ体してん、イテッ!!何すんだ、ジェイス!?」
「次余計なこと言ったら蹴るからな。」
「カルマは先に帰ったら?」
「てめぇっ!弱えくせして、何言っ、イデッ!!?」
「(こいつ馬鹿だな)」
「クソレヴィ!!声に出てんだよ!!!」
騎士の綺麗な蹴りとやらを見ながら爺ちゃんとの暮らしを思い出す。
ジェイスさんが言うように、あの辺には魔物がほとんど出なかった。
狩りで何度か小動物と間違えて射ってしまったことがあるけど、死ぬと塵になって消えていくし、食べられないから本当邪魔。
「低級相手だからそんな風に言えるんだがな」と爺ちゃんはいつも呆れ顔だった。
そして、もし中級以上の魔物と出会した時(見たらわかるらしい)戦わずに逃げろ、とも言っていた。
「では、魔物が人型に化けたものを見たことは?」
「・・・・・・人、がた・・・?!」
「人型に変幻する魔力も知能も高い厄介な魔物を我々は魔人と呼ぶ。あの竜は魔人から何らかの攻撃を受けて逃げてきたんだろう。」
「だから・・・あんなに・・・」
「とは言え、今日はもうやめたほうがいい。これ以上あの個体を刺激できない。」
「・・・・・・」
洞窟の方を見た。
揺れる橙色の瞳が頭に浮かぶ。
きっと怖い思いをして、どうすればいいのかわからないまま人間の生活圏に迷い込んでしまった。
・・・俺があいつと同じ立場だったら、今どんな気持ちだろう。
あの洞窟に、自分一人。
考えるだけで、背中がざわざわする。
「・・・さっき、」
「・・・ああ。何だ?」
「フェイさんが竜に・・・あげてた、果物ってまだありますか?」
「・・・・・・持ってこよう。カルマ。」
「はあ?!何で俺が・・・・・・、へー、へー、わかりました。」
何度か屈伸をしたカルマは俺を指差し「てめえが夕飯作れよ!!」と大声で叫んで去っていく。
隣のジェイスさんはため息をついた後、宿舎にある野菜や肉を一通り説明して親指をぐっと立てた。
「・・・いやいやこの流れで、よろしく!じゃないんですよ・・・」
「レヴィが作った方がおいしい。」
「・・・そりゃ、どうも・・・?」
「デザート作れるか?」
「・・・まあ・・・それなりに・・・」
「よし。」
やっぱり竜騎士は頭のネジが・・・とそこまで考えて、やめた。
それからしばらくして戻ってきたカルマから籠いっぱいの赤い実を受け取って、俺はまた洞窟の入り口に立った。
奥から吹く風がまだ、熱を帯びている。
「飯だぞ!!クソガキ!!」
反響する自分の叫び声と共に、不機嫌そうな竜の喉音を聞きながら俺はまた洞窟へと入った。
すぐにでも引き返したい。
ギリギリのところで思いとどまりながら、前へと進む。
「火を吹いていた」という恐ろしい前情報の元、「攻撃するなよ」「何もしないから」と出来るだけ優しい声で洞窟の奥の主へ話しかけ続けた。
ジェイスさんからランタンを借りたけどいらなかった。
洞窟の奥の天井には複数穴が開いていて、そこから日が差し込んでいたから。
・・・何で穴が開いたのかについて、今正直考えたくない。
「助けて、って言う割には攻撃的な奴だな。」
《 ・・・・・・お前、ニンゲンか・・・? 》
日に照らされた胴体は真っ白で、まるで雪の塊のように見えた。
グルグルと鳴らす喉音は相変わらず不気味なまでに響いていたけど、こう見ると全然怖くない。
橙色の大きな瞳が揺れている。
でかい図体しているだけで、ふるふる震える子どもみたいだ。
《 こ、こっち、来んな! 》
「じゃあ何で外に出ないんだよ。ここはお前の住処じゃないだろ。」
《 う・・・うるさい!お、お前っ、何なんだよ?! 》
「人間。名前はレヴィ。十八。男。」
《 そ、そんなこと、言って、ほ、本当は、マジンなんだろ!? 》
「・・・・・・まじん・・・?」
《 ぼ、僕を、またっ、虐めて、それでっ、うっ、ううっ、 》
「・・・まじか・・・っ!?」
白い体が小刻みに揺れると同時に、口元で火の粉が舞う。
うわーん!と今にもしゃくりあげて泣きそうな竜相手に、こいつ見たまんまの激情型だな、とどこか冷静に分析する頭の中の俺。
そして、本体の俺は初めて見る竜の火魔法に体が動かなくなっていた。
あ、これは死ぬなと頭の中の俺が死を覚悟した頃、後ろに控えていたジェイスさんが猛ダッシュで担ぎ上げ必死の退避。
持っていたランタンが手から滑り落ちて、ガラスが粉々になっていくのがゆっくりと見えるくらい、ジェイスさんは早かった。
洞窟の外へ転がるようにして出た直後、洞窟の天井に開いていた穴だと思われる周辺から立ち上る炎が見えた。
草むらに座り込んだ俺。
肩で息をする騎士二人が俺の前で仁王立ち。
「おっ、お前!ばっ、ばっ、馬鹿か?!死ぬぞ!?」
「いや、なんか・・・動けなく、て・・・」
「私が行かなければ、今頃丸焦げだな。」
「そ、うでしょうね。」
「~~っ、ジェイス!やっぱこいつには無理だろ!」
「・・・・・・何か、分かったことは?」
ぽんっと手を頭に乗せられた瞬間、目が合う。
眉が下がっても尚、強気に見えるのは元々の顔のつくりのせいだろうか。
「まだ諦めてないぞ」と、赤い瞳が言っていた。
「・・・右の翼に黒い靄が見えました。」
「あとは?」
「"まじん"ってのを、怖がってる・・・みたいでした。」
「・・・魔人・・・やはり、そうか。」
「はあっ?!魔人?!マジかよ、面倒くせぇ!」
カルマが頭を抱えて空に叫んだ。
こいつ、本当うるさい。
まじん、マジン・・・・・・って何だ?と考えているうちに考えてること全部声に出ていたらしい。
カルマは俺の目線に合わせて屈みメンチを切っていたし、ジェイスさんは手を顎にあてしばらく静かに考え込んでいた。
「魔物を見たことは?」
「そ・・・うですね、小さいやつなら、あります。」
「まあ、あの辺りは瘴気溜まりもないしな。」
「爺ちゃんも中級以上の魔物はこの辺で見たことないって言ってました。」
「ケッ!だからそんなにヒョロイ体してん、イテッ!!何すんだ、ジェイス!?」
「次余計なこと言ったら蹴るからな。」
「カルマは先に帰ったら?」
「てめぇっ!弱えくせして、何言っ、イデッ!!?」
「(こいつ馬鹿だな)」
「クソレヴィ!!声に出てんだよ!!!」
騎士の綺麗な蹴りとやらを見ながら爺ちゃんとの暮らしを思い出す。
ジェイスさんが言うように、あの辺には魔物がほとんど出なかった。
狩りで何度か小動物と間違えて射ってしまったことがあるけど、死ぬと塵になって消えていくし、食べられないから本当邪魔。
「低級相手だからそんな風に言えるんだがな」と爺ちゃんはいつも呆れ顔だった。
そして、もし中級以上の魔物と出会した時(見たらわかるらしい)戦わずに逃げろ、とも言っていた。
「では、魔物が人型に化けたものを見たことは?」
「・・・・・・人、がた・・・?!」
「人型に変幻する魔力も知能も高い厄介な魔物を我々は魔人と呼ぶ。あの竜は魔人から何らかの攻撃を受けて逃げてきたんだろう。」
「だから・・・あんなに・・・」
「とは言え、今日はもうやめたほうがいい。これ以上あの個体を刺激できない。」
「・・・・・・」
洞窟の方を見た。
揺れる橙色の瞳が頭に浮かぶ。
きっと怖い思いをして、どうすればいいのかわからないまま人間の生活圏に迷い込んでしまった。
・・・俺があいつと同じ立場だったら、今どんな気持ちだろう。
あの洞窟に、自分一人。
考えるだけで、背中がざわざわする。
「・・・さっき、」
「・・・ああ。何だ?」
「フェイさんが竜に・・・あげてた、果物ってまだありますか?」
「・・・・・・持ってこよう。カルマ。」
「はあ?!何で俺が・・・・・・、へー、へー、わかりました。」
何度か屈伸をしたカルマは俺を指差し「てめえが夕飯作れよ!!」と大声で叫んで去っていく。
隣のジェイスさんはため息をついた後、宿舎にある野菜や肉を一通り説明して親指をぐっと立てた。
「・・・いやいやこの流れで、よろしく!じゃないんですよ・・・」
「レヴィが作った方がおいしい。」
「・・・そりゃ、どうも・・・?」
「デザート作れるか?」
「・・・まあ・・・それなりに・・・」
「よし。」
やっぱり竜騎士は頭のネジが・・・とそこまで考えて、やめた。
それからしばらくして戻ってきたカルマから籠いっぱいの赤い実を受け取って、俺はまた洞窟の入り口に立った。
奥から吹く風がまだ、熱を帯びている。
「飯だぞ!!クソガキ!!」
反響する自分の叫び声と共に、不機嫌そうな竜の喉音を聞きながら俺はまた洞窟へと入った。
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