【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O

文字の大きさ
上 下
8 / 11

しおりを挟む
髪と同じ赤茶色の瞳は業火の如く。
朝早く訪れた小さな家には穏やかな顔をした初老の男と、肩を振るわせ必死に怒りを抑えるエイデがいた。


初対面の俺の突然の申し出に、初老の男はしばらく何も言わなかったが、小さな声で「茶を飲もうか」と扉を開けたまま家の奥へと進んで行った。

エイデは心底納得のいかない顔をしていたが、男には逆らえないのだろう。
唇に血を滲ませながら俺を睨みつけた後、男に続く。
初老の男が淹れた茶には、砂糖漬けされた花が一つ入っていた。
湯気が立つティーカップを見ていると、猫舌な彼のことを思い出し、俺は必死に頭を振った。


「対価は、何かな。」


茶から湯気が消えた頃、初老の男は俺に問いかける。
茶には、一度も口をつけられなかった。


「た、いか・・・」

「ルシャナ・・・そこにいる私の弟子から大体の話は聞いた。かなり偏った私情も含んでいることも分かった上だ。君に聞くが、そもそも何故魔法を解きたい?」


ティーカップから目線を上げ、目の前の男を見る。
凛とした灰色の瞳は、怒るでもなく恐れるでも無く、ただこちらに向いているだけ。
問いの真意が、俺にはわからない。



「な、なぜって・・・彼が、苦しんでいるからだ・・・。それ以外、理由なんて無いだろう・・・」

「今まで解かなかったというのに?」

「・・・俺はこの通り今世魔力が・・・ない。情けないが今の俺にはあれが解けないし、あの魔法が、彼の・・・枷になっていたことすら気づかな、」

「嘘をつけ!!よくもそんなっ、無責任なことを、」

「・・・ルシャナ、黙りなさい。それが出来ないのならここから出ていくといい。」

「し、師匠!?だってこいつは・・・っ、クソっ!」



男の横に立っていたルシャナは一度ドンッと床を蹴り、大きく、大きく息を吸って吐く。
俺と男が座った後もずっと立っていたが、男の横の椅子に座ると、真っ直ぐ俺と向かい合う。
そんなルシャナの行動を確認した男は『それでよろしい』と小さく頷いて、俺に視線を戻した。
時間をかけて培われた師弟関係があるのだろう。
先ほどまでのルシャナとは違い、瞳の炎が静かに揺らめいている。



「解かなかったのは、その彼の判断だろう?」

「・・・強力で解けなかったから・・・だろう?」

「フィオを舐めんな。あいつなら余裕で解けるぞ。」

「・・・は?」



『馬鹿じゃねーの』と吐き捨てるルシャナの頭を初老の男は豪快に叩く。
ぷるぷると震えながら頭を押さえたルシャナを見ながら、俺の思考はぐちゃぐちゃにかき混ぜられていった。


解けたのに、解かなかった?
魔法呪いのせいで、左目が見えず、眼帯までしていたというのに・・・?


「ルシャナから"あの"魔王の生まれ変わりがいたと聞いた時、私は信じなかったんだ。」

「それは・・・そうだろう。前世の記憶があるなんて突拍子もない話だ。誰も信じない。」

「ルシャナが勇者の生まれ変わりだと言うことはすぐに信じたぞ。」

「・・・?」


ことごとく、この男の真意がわからない。
困惑する俺の顔を見て、男は小さく微笑むと茶を一口啜る。
そして俺にも茶を飲むように何度も勧めるものだから、血の気の引いた冷たい指をティーカップにかけ、茶に口をつけた。
すっかり冷めてしまった茶でも、きっと彼にとっては好ましい温度なのだろう。
こんな時にまで彼のことを考えてしまう俺は、何と身勝手で、未練がましい。


「君は今世人であって、これまで人として生きてきたんだろう?」

「そ、れは・・・そうだが・・・」

「君の相貌からするに今世では騎士だ。人を守り、魔物を滅する。前世の行いの対価はもう払ったはずだ。そもそも生まれ変わった時点で記憶があろうとなかろうと、違う人生が始まっている。」

「・・・・・」


自分の手を開き、潰れた豆の跡を見た。
孤児として生きた幼少期、何度も年上の子どもから喧嘩をふっかけられた。
力の弱さを知り、嘆く日もあった。
返り討ちにした日は何故か俺がシスターに怒られて、もし俺に魔力があったら孤児院ごと燃やしていただろう。


手の次は、再び初老の男を見た。
さっきまでとは違い、鋭く、射抜くような目をしているが不思議と恐ろしくはなかった。
敵意がないことがわかるからだ。

男は、ゆっくりとティーカップを置くと俺に手を伸ばした。
男の手もまた俺と同じように豆の跡だらけで、かつ、刻まれた皺が苦労の数を語っているようだった。


「君は、人の目をしている。彼ともう一度よく話すといい。」


強引に握手をされた。
喉の奥が熱くなる。
こんなことは初めてで、自分でもどうしていいのかわからない。
声が詰まる。鳥肌が止まらない。



「魔王が魔王のまま生まれているなら、その瞬間きっとわかるだろう。君は魔王の生まれ変わりではなく、魔王が人として新しく生を受けた、と理解した。」

「・・・師匠、それ屁理屈です・・・」

「お前だって前世は勇者だろうが何だろうが、今世は私の大事な弟子だ。分かったか?」

「・・・はい。」

「では、そのフィオという者とこの彼を引き合わせる手伝いをしなさい。」

「・・・は?」
「・・・は?」



詰まっていた声が自然と出た。
何を言い出したんだ、この男。
見ろ、ルシャナの顔を。衝撃で歪みすぎて、見てられないじゃないか。



「なっ、なんでっ、俺が・・・こいつに手を貸さなきゃ」

「二人を引っ掻き回したのはお前だろう。責任を持ちなさい。」

「・・・ぐぅっ・・・!!!」

「お、俺は・・・!その、彼とはもう、」

「この忙しい私が、話を聞いてやった対価はそれだ。従え。」

「・・・で、でも、」

「くどい。それでも騎士か?自分の不出来は自分で処理しろ。わかったか?ルシャナもだぞ。」

「・・・・・・」
「・・・・・・」



黙り込む男二人を見てにこりと笑った初老の男の名は、サヴィトリ。
遠方の国では、太陽神を意味する。

しばらくしてから返事をした俺たちの『はい』が見事重なっていて、サヴィトリはまた笑い、温かい茶をもう一度淹れ直してくれた。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。

みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。 事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。 婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。 いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに? 速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす! てんやわんやな未来や、いかに!? 明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪ ※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

猫の黒たんは騎士団長!?

ミクリ21
BL
ある日、青年はボロボロの黒猫を拾いました。 青年は猫に黒たんと名付け、可愛がりました。 だけどその猫は、実は………!?

鬼は精霊の子を愛でる

林 業
BL
鬼人のモリオンは一族から迫害されて村を出た。 そんなときに出会った、山で暮らしていたセレスタイトと暮らすこととなった。 何時からか恋人として暮らすように。 そんな二人は穏やかに生きていく。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

処理中です...