【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O

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隣の街までは森を抜け、整備された道を進み、早馬でも二時間はかかる。
俺は一度も行ったことはないが、こちらと違い商業が盛んな都市であり、さまざまな品が手に入るのだという。



「それもうデートじゃん。」

「デ、デ、デーと?!烏滸がましい!!俺はただの荷物持ちだ!!!」

「・・・あんたもっと元魔王としてプライド持ちなさいよ。」

「そんなものは前世に置いてきた。」

「あっそう。」



訓練の休憩中、大の字で中庭に寝そべるミシェルを捕まえた。
俺の顔を見て何か察したんだろう。
げぇ、と言わんばかりの顔をした後、堂々と寝たふりをするミシェルの腹に一発入れ、昨日の事の顛末を話した。

「あんた特に趣味もないただの戦闘狂なんだから特に買うものもないでしょ。なのに一緒に行くの?泊まりがけでぇ?」

「か、彼が、仕入れであちらに行くから、一緒にどうかと・・・」

「嫌なら断ればい」
「嫌なわけあるか!!!約二日間ずっっっと一緒に居られるんだぞ!!!」

「ひぃぃっ、き~~~~も~~~~~」

「へ、へ、部屋は、別だ!!!」

「そこまで聞いてねぇわ!!!」



元魔法使いの花屋の彼からの、突然のお誘い。
断るだなんて発想は毛頭ない。
二つ返事で頷いて、今日は朝から非番の調整。
無事、二日連続の非番を勝ち取ることができそうだ。



「もういい加減名前ぐらい聞きなさいよ~。見てらんないんだけど~」

「・・・タ、タイミングというものが、」
「おまえら毎週のように一緒に居んじゃん。」

「・・・・・・」

「ただのビビりでしょ。あんたも、あいつも。」

「・・・・・・あいつって言うな。」

「あんた戦闘以外本当ポンコツね。」



ミシェルの言う通り、俺は何と不甲斐ない男なのだろう。
これが戦いならば思いのまま体が動くのに、彼が相手だとそうはいかない。
喉まで出かけた言葉が、うまく出てこない。

俺にとって彼の名前を聞くことは、魔物を倒すことよりもずっと難易度が高い。



「・・・平然を装うのに必死なんだ・・・」

「はあ。」

「熱い紅茶頼んだのに猫舌だからずっとふーふーしてるんだぞ・・・可愛い・・・」

「あいつが可愛い、ねえ。」

「毎回含みのある言い方はやめろ。」

「あんたにだけ可愛い子ぶってるだけじゃん。」

「そんなこと言うのはお前だけだ。存在するだけで彼は可愛い。」

「・・・・・・きも。」


とは言え、いい加減自分と決着をつけるべきだ。
俺のこの"名前への執着"は少なからず前世から影響を受けている。
彼は前世の記憶がない分、名前さえ聞かない俺を不思議に・・・いや、不気味がってさえいるかもしれない。

彼が俺に名前を聞くこともないが、所詮俺は大勢の客の中の一人だ。


「で、私に頼みって何よ。」

「次の非番の日を、トーマスと変わってくれ。」

「は?嫌よ。」

「トーマスがお前と変わらないと玉突きで俺の非番がうまく入らない。」

「知らねーよ!!」

「ポポの店のケーキ食べ放題でどうだ?」

「・・・・・・」

「紅茶も好きなだけ頼んでいいぞ。」

「・・・・・・サンドイッチも。」

「よし、交渉成立だ。」

「・・・はあ~・・・本当にもう・・・あんた、私まで巻き込んだんだから・・・本当頑張りなさいよね・・・」

「・・・わかった。」



目頭を押さえ、ため息をつくミシェルは俺の肩を強めに叩く。

これは、一種の戦いだ。
決戦まで、あと十日。
俺は短剣に結んだあの青いリボンを額に当て、この決戦の勝利を誓った。


----------------⭐︎


「わ、わ!見えてきました!久しぶりだなぁ~大きな街ですよね~~!」

「あまり馬車から身を乗り出すと、危ないぞ。」

「へへへ。嬉しくて、つい。ごめんなさい!」

「かっ・・・・・・・・・ああ。」



彼の知人が貸してくれたという幌馬車は、とても立派な作りで、御者台の乗り心地も悪くなかった。

ここまで来るのに半日近くかかったが、もしもっと街が遠かったとしても、俺は全く苦痛じゃないだろう。



「先に宿に寄ってもらえますか?幌馬車の預け先がその近くにあるんです。」

「分かった。」

「仕入れと言っても大体目星はつけて時間もそんなにかからなくて・・・、ほ、本当は、ふ、二人でたくさん街を見てまわりたくて、誘ったんです!」

「・・・え?」

「だ、ダメでしたか・・・?」


胸がぐっと、掴まれる感覚。
耳が真っ赤になった彼は相変わらず真っ直ぐに俺を見ている。

その黒い瞳に映るこの幸福を、俺は受け取っていいのだろうかと、手綱を持つ手を強く握りしめた。


「・・・そんなわけない。ありがとう、誘ってくれて。」

「・・・はいっ!!楽しみです!」


前世では感じたことがないこの温かな幸福をどうすれば永久に胸に留めておけるのかと、必死に考えていた。
そしてこの時の俺はまだ、彼と一緒に居ることが許されるのだと願っていて、彼の悲しい顔を見るだなんて思ってもいなかった。

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