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朝の森は、静かで好き。
この世界に太陽がまだ顔を完全に出し切らない頃に、僕は森へと向かう。
さく、さく、と地面を踏みしめるたび、土や草、木の匂いがして、『ああ、生きているなぁ』って、実感できる。
僕には叔母から譲り受けた屋敷と温室が街の外れにあって、店で販売する花の多くはそこで育てている。
でもそれだけでは物足りなくて、週に何回か森に入るようになった。
野生の花にはそれぞれ群生地があって、範囲も広い。結構大変。
・・・本当は、転移魔法で一瞬だ。
でもそうしないのには訳がある。
自然を肌で感じたいっていうのも勿論あるし、最近では────・・・
「あ、あったあった。本当にこのヘチュラは辺鄙なところに生えるなぁ。」
「でも見つけた時、嬉しいですよね。」
「・・・確かに。」
薄い青色のシャツと黒のパンツ、腰には短剣が二本。
いつもの隊服とは違ったラフな服装。
そして、片方の短剣の柄には、青いリボン。
ヘチュラは森の中でも洞窟近くの少し湿った場所を好んで咲く花だ。
朝は花が萎んでいて結構見つけにくいんだけど、花が開いてから採ってしまうと一日で花がダメになってしまう。
芳醇な香りと橙色の花弁は見るだけで元気が出ると、とても人気の高い花の一つ。
「随分詳しくなってきましたね。」
「俺も花屋になれるかもしれないな。」
「ふふふっ、じゃあ一緒にしましょう。」
「・・・っ、君の気が向いたら、ぜひそうしてくれ。」
「・・・ふふ。はぁい。」
もう十回以上は一緒にこうやって森に入った。
最近、採取用の籠に革紐をつけた。
あの人が、背負って歩けるように。
『危ないから』と、時々僕の手を引いてくれるのが嬉しくて。
あの日、あなたが消えていく姿を僕はずっと忘れない。
だって、とても美しかった。
最後に目があった時、あなたは僕に目印をつけた。
そのせいで今でも片方の目がよく見えない。
それほど強力な目印を、敵だった僕につけた理由は、一体何?
でも知ってた?
前の僕ならいつでも解けたんだよ。
呪いの類は僕の専門だから。
でもそうしなかった理由は、簡単。
僕は見つけて欲しかった。
あの時だって本当は、あなたを助けたかった。
『あなたの名前、教えて』
僕があの時そんな風に聞かなければ、あなたは死なず、僕が死んでいたのかもしれない。
ただ純粋に、聞いてみたかった。
いつも僕のことを射抜くみたいに見るあなたの名前を。
魔王は魔王としか呼ばれていなかったけど、本当は名前があって、話をすれば分かり合える部分もあったんじゃないかって。
今度こそ、今度こそ。
僕はあなたの名前を聞いて、そばに居たい。
あの美しい青い花のような瞳に、僕はずっと囚われたまま。
魔力がないあなたを見て、少しホッとした。
前世の記憶がない振りも、魔力がない振りも、全て僕の打算。
僕の狡さを、あなたが見破る日はいつだろう。
それまでは、どうか僕を殺さないで。
きっと恨んでいるはずだ。
それは、わかってる。
後少しだけそばに居たい。
「────どうかしたのか?」
「・・・あ、ごめんなさい。ちょっと・・・お腹が空いてしまって!へへ。」
「ならこれを食べるといい。」
「あ、ありがとうございます・・・」
少し記憶を遡りすぎた。
ぼーっと立ち尽くす僕を見て、眉を下げ心配そうな顔をした今世のあなた。
手渡されたのは小さな砂糖菓子。
なんて可愛いプレゼントなんだろう。
一粒口に放り込むと、じゅわっと溶けて体に染み込んでいく。
横目であなたを見ると、大きな口へと砂糖菓子の数を数えもせずに放り込むのが見えて、僕は少し笑ってしまった。
「甘いものお好きなんですか?」
「まあ、割とそうだな。でもこれはミシェルが・・・あ、同じ小隊の金髪で右耳にピアスをしている男なんだが、見たことがあるだろう?そいつがくれた。」
「・・・・・・・・・へえ。」
「く、口に合わなかっただろうか?」
「・・・いえ、とってもおいしいです。」
「それなら、よかった。」
あのミシェルとか言う女狐・・・今は男狐みたいだけど、いつも隣に居座りやがって。
ねちねちしつこい魔法を使う奴だったと思うけど、今世は人間側みたいだし、放っておいても大丈夫だと判断した。
だけど、この人に変な手出ししたら絶対に許さない。
釘は打っておいたけど、もっと深く打ったほうが良かったかな・・・なんて。
「・・・何か困ったことでも?顔が険しいが・・・」
「何でもないですよ!ちょっと虫の駆除が面倒だな~なんて。」
「そ、そうか。花に虫はつきものだから、駆除も大変だろう。」
「そうなんです。でも一人ず・・・いえ、一匹ずつ片付ければ何とかなりますから。」
「手伝えることがあればいつでも言ってくれ。」
「・・・はい。ありがとうございます。」
「次はアシュリルだったな。行こうか。」
もう僕が教えなくても、あなたは次の花の群生地へと進んでいく。
立ち止まってしまったら、すぐに置いていかれそうで、僕は必死に彼の隣を歩いて行った。
この世界に太陽がまだ顔を完全に出し切らない頃に、僕は森へと向かう。
さく、さく、と地面を踏みしめるたび、土や草、木の匂いがして、『ああ、生きているなぁ』って、実感できる。
僕には叔母から譲り受けた屋敷と温室が街の外れにあって、店で販売する花の多くはそこで育てている。
でもそれだけでは物足りなくて、週に何回か森に入るようになった。
野生の花にはそれぞれ群生地があって、範囲も広い。結構大変。
・・・本当は、転移魔法で一瞬だ。
でもそうしないのには訳がある。
自然を肌で感じたいっていうのも勿論あるし、最近では────・・・
「あ、あったあった。本当にこのヘチュラは辺鄙なところに生えるなぁ。」
「でも見つけた時、嬉しいですよね。」
「・・・確かに。」
薄い青色のシャツと黒のパンツ、腰には短剣が二本。
いつもの隊服とは違ったラフな服装。
そして、片方の短剣の柄には、青いリボン。
ヘチュラは森の中でも洞窟近くの少し湿った場所を好んで咲く花だ。
朝は花が萎んでいて結構見つけにくいんだけど、花が開いてから採ってしまうと一日で花がダメになってしまう。
芳醇な香りと橙色の花弁は見るだけで元気が出ると、とても人気の高い花の一つ。
「随分詳しくなってきましたね。」
「俺も花屋になれるかもしれないな。」
「ふふふっ、じゃあ一緒にしましょう。」
「・・・っ、君の気が向いたら、ぜひそうしてくれ。」
「・・・ふふ。はぁい。」
もう十回以上は一緒にこうやって森に入った。
最近、採取用の籠に革紐をつけた。
あの人が、背負って歩けるように。
『危ないから』と、時々僕の手を引いてくれるのが嬉しくて。
あの日、あなたが消えていく姿を僕はずっと忘れない。
だって、とても美しかった。
最後に目があった時、あなたは僕に目印をつけた。
そのせいで今でも片方の目がよく見えない。
それほど強力な目印を、敵だった僕につけた理由は、一体何?
でも知ってた?
前の僕ならいつでも解けたんだよ。
呪いの類は僕の専門だから。
でもそうしなかった理由は、簡単。
僕は見つけて欲しかった。
あの時だって本当は、あなたを助けたかった。
『あなたの名前、教えて』
僕があの時そんな風に聞かなければ、あなたは死なず、僕が死んでいたのかもしれない。
ただ純粋に、聞いてみたかった。
いつも僕のことを射抜くみたいに見るあなたの名前を。
魔王は魔王としか呼ばれていなかったけど、本当は名前があって、話をすれば分かり合える部分もあったんじゃないかって。
今度こそ、今度こそ。
僕はあなたの名前を聞いて、そばに居たい。
あの美しい青い花のような瞳に、僕はずっと囚われたまま。
魔力がないあなたを見て、少しホッとした。
前世の記憶がない振りも、魔力がない振りも、全て僕の打算。
僕の狡さを、あなたが見破る日はいつだろう。
それまでは、どうか僕を殺さないで。
きっと恨んでいるはずだ。
それは、わかってる。
後少しだけそばに居たい。
「────どうかしたのか?」
「・・・あ、ごめんなさい。ちょっと・・・お腹が空いてしまって!へへ。」
「ならこれを食べるといい。」
「あ、ありがとうございます・・・」
少し記憶を遡りすぎた。
ぼーっと立ち尽くす僕を見て、眉を下げ心配そうな顔をした今世のあなた。
手渡されたのは小さな砂糖菓子。
なんて可愛いプレゼントなんだろう。
一粒口に放り込むと、じゅわっと溶けて体に染み込んでいく。
横目であなたを見ると、大きな口へと砂糖菓子の数を数えもせずに放り込むのが見えて、僕は少し笑ってしまった。
「甘いものお好きなんですか?」
「まあ、割とそうだな。でもこれはミシェルが・・・あ、同じ小隊の金髪で右耳にピアスをしている男なんだが、見たことがあるだろう?そいつがくれた。」
「・・・・・・・・・へえ。」
「く、口に合わなかっただろうか?」
「・・・いえ、とってもおいしいです。」
「それなら、よかった。」
あのミシェルとか言う女狐・・・今は男狐みたいだけど、いつも隣に居座りやがって。
ねちねちしつこい魔法を使う奴だったと思うけど、今世は人間側みたいだし、放っておいても大丈夫だと判断した。
だけど、この人に変な手出ししたら絶対に許さない。
釘は打っておいたけど、もっと深く打ったほうが良かったかな・・・なんて。
「・・・何か困ったことでも?顔が険しいが・・・」
「何でもないですよ!ちょっと虫の駆除が面倒だな~なんて。」
「そ、そうか。花に虫はつきものだから、駆除も大変だろう。」
「そうなんです。でも一人ず・・・いえ、一匹ずつ片付ければ何とかなりますから。」
「手伝えることがあればいつでも言ってくれ。」
「・・・はい。ありがとうございます。」
「次はアシュリルだったな。行こうか。」
もう僕が教えなくても、あなたは次の花の群生地へと進んでいく。
立ち止まってしまったら、すぐに置いていかれそうで、僕は必死に彼の隣を歩いて行った。
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