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「ってことがさっきあった。」

「へえ。で、大事な用件って何よ。早く言いなさいよ。」

「それだけだ。」

「・・・え?あんたまさかその可愛いだけの話聞かせるために私をここへ連れ込んだわけ?あんたと同じく夜勤明けの疲れ切ったこの私を?なあ?」

「ぐふっ、えぐっ、可愛すぎて・・・辛いっ・・・」

「・・・・・・きも。」


昼から賑わう酒屋の隅の丸テーブルで、遠慮なく悪態をつく同僚。

だが仕方ない。むしろ優しい。
俺ならこいつに同じことをされたら、悪態どころか蹴り飛ばしているところだ。



「そんなに好きならさっさと口説いて抱」
「あんな尊い生き物にそんなことできる人間はいない!!!!!いたら殺す!!!!」

「・・・・・・きも。」


俺はあの一言で文字通り眠気が吹っ飛び、一度宿舎へ戻り花を花瓶に活けた後、気づけばこの酒屋の前まで来ていた。

同刻、宿舎から程近いこの酒屋の前を報告書書きを終えたと思われる疲れ顔の同僚ミシェルがたまたま通り、有無を言わさず引き摺り込んで、今に至る。


ゴミを見るような目で俺を見るミシェルは、テーブルに運ばれてきた肉を俺の分まで自分の方に寄せ断りもなく食べ始めた。



「前世の私はなーんでこんな奴の配下だったのかしら。」

「俺の方が強かったからに決まっているだろう。」

「元も子もないこと言わないでくれる?」

「今世でも俺の方が強い。」

「あんたはただ剣馬鹿の筋肉ダルマなだけでしょ。魔法はこれっぽっちも使えないくせに。」


ミシェルは前世で俺の配下、四天王のうちの一人だった。
俺は生まれた時から前世の記憶があったが、ミシェルはそうじゃない。
三年ほど前、同じ騎士団の小隊に配属され、俺と初めて会った時前世の記憶を思い出したらしい。

思い出した当初は人間として生きてきた今世と前世との差にかなり混乱し、精神的に参っていたようだが、それもすぐに割り切るあたり、魔族だった頃の性分も少なからず残っているのでは無いかと思う。



「最期に魔法で縛りを結んだ。仕方ないだろう。」

「・・・・・・あんた突然何言ってんの?は?縛り?何それ?!」

「言ってなかったか?」

「え?本気で言ってんの?ど、ど、どうして?!あんなに魔法にプライド持って生きてたじゃない!?そ、そもそも何のために?!」

「あー・・・つまり、」


俺は勇者一行との最期の戦いで、勇者と相討ちになって死ぬ間際、後方に控えていた彼に魔法をかけたマーキングをした

"次の世で、必ず会えるように。
例えどんなに離れていようとも、姿形が変わっていようとも、彼の生まれ変わりだと一目で分かるように。"

今世で俺は魔法を一切使えないのは、彼にマーキングをする際、今後生まれ変わった後の全ての魔力を代償に差し出し、縛りを結んだからだ。
一か八かの賭けだったが、無事成功。
彼を見つけた時は、喜びで三日は眠れなかった。

魔力というものは、前世の力を継承する場合が多い。
そして前世の記憶を持つ者はそのような莫大な魔力を保持していた者だけではないだろうか。
そもそも前世の記憶を持つ者なんて、ミシェル以外、出会ったことはない。

ちなみに目の前に居るミシェルは前世の半分程度の魔力を継承し、生まれている。

魔法が使えずとも、今世は生きやすい。
同じように魔法が使えない者は五万といるし、魔法の代わりにさまざまな技術が発展していて、生活には全く困らない。

その上、俺は魔力以外の能力が他の人間よりも突出していたのもあって、今では国を守る騎士の一人だ。
魔素が吹き溜まると、魔物は発生する。
俺の死後、新たな魔王は誕生していないようだが、それを未然に防ぐのが俺たち騎士団。


偶然にも俺もミシェルも今世はお互い人間として生を受けたわけであるが、まさか職業まで一緒だとは俺自身驚きを隠せなかった。


だがこうして当時のことを覚えていて、尚且つ当時の感情や使命感、種族の特性に意識が引っ張られることなく、対等に話せる者がいる。

それは、とても幸福なことだ。


「────と、ちょっと!!!あんた、聞いてる??!」

「あ、ああ、悪い。少し考え事を、」
「今の話、マジで、本気で、冗談抜きで言ってんのよね??!」

「?そうだが。現にこうして、魔法使いだった彼を、」

「ヒィィィイイイイ!怖っ、きもっ、あんた、やっぱり頭イカれてるわね!?あの魔法使いの子をどうしようっての?!」



ギャアアアアと、頭を掻きむしりながら俺に詰め寄るミシェルに、周りにいた客が驚いている。
俺は咄嗟にミシェルに足蹴りをして、目で訴えた。
こう見えて、聡いミシェルはすぐ我に返ると、周りにニコリと微笑んで『何でもありませんので♡』と愛想を振り撒いて静かに座った。


「勘違いしてもらっては困る。俺はただ彼に幸せになってほしいだけだ。別に彼とどうこうなりたいわけではない。」

「なら別に縛り結ばなくてもよかったじゃない!あんたがいなくても勝手に幸せになってるわよ!!」

「・・・・・・・・・その・・・欲を言えば・・・なんだが・・・・・」

「は?」

「・・・・・・彼の、名前・・・を、聞いてみたかったんだ・・・」

「・・・・・・はあああああ?!」


戦場の彼はとても神秘的で美しく、そして恐ろしく強い魔法を使う者だった。
絶え間なく続く四方からの攻撃の最中、一度だけ俺に向けた声を聞いたことがある。


「            」


透き通るようなその声に気を取られ俺は勇者の斬撃に気付けず死んだ。
正確に言えば勇者とは相討ちになったわけだが、体が塵となり消えていく中、彼が死なずに済んだことに酷く安堵した覚えがある。

俺の言葉にミシェルは再び取り乱し、店主から苦言を呈された後しばらく呆然としていた。
掠れ声で『ただの拗らせ野郎じゃん』と溢していたのを俺は聞き逃さない。


あとで殴ろう。うんと強めに。


「ねーえ?もしかしてあの子もあんたのこと実は覚えてるんじゃ無いの?当時も小さい体でずば抜けて魔力多かったじゃない。て言うか、私あいつに殺されたんだから。」

「・・・覚えていたら、花なんて俺に売らないだろう。」

「えー・・・?まあ、それもそう・・・かなぁ・・・?」

「今日なんて、こんなものまでくれた。」


護身用にいつも身につけている短剣をテーブルに置く。
今朝方、彼に貰ったばかりのあのレースのリボンを柄に巻き付けてある。
見るだけで顔がニヤけるのを必死に我慢した。


「どうだ。彼は不出来と謙遜していたが、素晴らしい出来だろう?常連客にはこうやって気配りを忘れない素敵な人だ。」

「・・・ねえ!ねえってば・・・っ、これ・・・この・・・リボン・・・・・・っ!」

「・・・やらんぞ?」

「いっ、いらねーよ!そうじゃなくて、これ・・・・・・、あー、もう、知らん!勝手にやってろ!」

「?何故キレる。」

「うるせー!私は帰って寝るんだよ!これ以上惚気に付き合ってられっか!!」

「惚気なんて言ってない。変な奴だな。」

「てめぇが言うな!!!」


ミシェルは俺が飲もうとしていた酒の入ったジョッキを奪い、一気に口へと流し込む。

『そうか、そんなに呑みたかったのか』と声をかけた俺の足を思いっきり蹴り飛ばして、宿舎へと先に帰っていった。











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