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俺の前世は魔王だ。
下級魔物たちを操り、対人間の悪行全てをおこなったと言っても過言ではないだろう。
人間は魔物に、魔物は人間に、悪意や憎悪を抱くことなんて息をするのと同じように当たり前のこと。
勇者を名乗る人間が何人も俺に挑み、勝手に散った。
人間という生き物は、魔王と己の力の差も分からない馬鹿でくだらない連中。
魔物で世界を埋め尽くし、この世を恐怖で支配する。
それが、俺のたった一つの使命。
心から、そう思っていた。
----------------⭐︎
狭い路地に面した店の前に立ち、青く塗られた扉の前で、俺は深く息を吐く。
髪を手櫛で軽く整え、いざ中へ。
小さな小さな花屋は、今日も見渡す限り花だらけで、鼻を少し動かしただけで甘い香りが鼻腔いっぱいに広がった。
店内を見渡すと、誰もいない。
鍵もかけず、配達にでも行ったのだろうかと心配し始めた矢先、ひょこっと、花の間から黒い髪の青年が現れた。
「あ~~!こんにちは!今日も来てくださったんですか?嬉しいです!」
「・・・・・・こ、んにちは・・・」
これはまさしく、急襲だ。
突然の"にこにこ"攻撃、見事俺に命中。
胸を押さえ、ぐふっ・・・と思わず声を漏らしてしまった。
屈んで何か作業をしていたのだろう。
頭に橙色の花びらが何枚かついている。
俺の目線で花びらに気がついた彼は手で頭を軽く払い、へへへ、と気恥ずかしそうに笑う。
まさに花が綻ぶような彼の笑顔。
俺はときめきの連続攻撃を浴びている・・・が、きっと彼は気付いていない。
だが、元魔王の俺を舐めてもらっては困る。
側から見れば、見事なまでの無表情。
俺の強固な表情筋は、今世こそ、敵味方関係なく目の前の彼を愛でるために鍛え上げてきたのだ。
「どれにしますか?ちなみに今日はこのカグラ草がおすすめ、」
「では、それで。」
「え?」
「カグラ草。」
「あははっ、即決ですね。他の花も見てから決めてくださっていいんですよ?」
「信用してるから、それでいい。」
「え?」
「とても綺麗だ。」
俺の言葉を聞いた彼はその大きな目をぱちぱちさせ、動かなくなった。
本当のことを言っただけだが、何か気に障ったのだろうか。
彼の勧めたカグラ草は、白い花弁が頭を垂れるように咲いている小さな花だった。
ここにある花は彼が育てたものと、森や山から採ってきたものがあるらしいが、どれもピンッと張りがあり、色も大きさも素晴らしい。
「僕が実は悪い奴で、騙そうとしていたらどうするんですか?ひひひ。」
「・・・・・・っ!」
「もちろん冗談です!では、準備しますので、少々お待ちください。」
「かっ・・・・・・ハイ。」
ひひひ?
な、な、な、何だ!その笑い方は!?
悪戯っ子か!
クッソ可愛い~~~~~!
・・・って、危ない、危ない。
うっかりかわいい言いそうになった。
クッ・・・やはり手強い・・・!
さすが、魔王(俺)を討った勇者一行の魔法使いなわけだーー・・・!
脳内で再生される魔王時代の俺の声とは裏腹に、無表情の今世の俺。
目線の先には勿論彼がいるわけだが、手際よく焦茶色の水鉢から数本のカグラ草を選んでくれた。
そのまま代金を払い、花を受け取ろうと手を伸ばすと、花が急に彼の方へと引っ込む。
どうしたのか、と問うように俺が首を傾げると彼は微笑むだけで、奥のテーブルの方へ行ってしまった。
またもやときめきの攻撃を受けた俺だが、大人しく待つしか無い。
唐突な彼の行動でさえ、俺の癒しだ。
前世では、こんな風に笑ってくれることなんて、一度もなかったのだから。
「すみません!お待たせしました!」
「あっ、ああ・・・大丈夫だ。代金が違ったか?」
「いえいえ、そうではなくて・・・これ!これを巻いてたんです。」
「・・・リボン?」
ふふふ、と得意げな顔で彼は今度こそ俺にカグラ草を手渡した。
カグラ草の白い花の付け根に細いレースで編んだリボンが結ばれている。
レースは青い染料で染められていて、白い花によく映えた。
「これは・・・?」
「それ僕が編んだんです。下手くそですけど・・・嫌じゃなければ貰ってください。おまけです!」
「いいのか?」
「はい!いつもお仕事ご苦労様です。」
「・・・ああ。」
これは社交辞令。
いけない、いけない。間に受けては、いけない。
嬉しくて、彼が可愛くて、花を強く握りすぎて、駄目にするところだった。
「では。」と挨拶がてら頭を下げて、扉を開く。
空を見上げれば、今日も晴れ。
まだ昼前だ。
完全に昇りきらない日の光が、夜勤明けの俺の目にはよく効く。
早く宿舎に帰って、一眠りしよう。
店から一歩足を踏み出したその時。
ぐんっと、後ろに体を引かれた。
「あ、あの!」
「・・・何か?」
「あの、えっと・・・えっと・・・」
「・・・?」
ぐんっと俯いた顔が急に上がり、真っ直ぐこちらに向いた黒い瞳。
彼の右目にはいつも眼帯が着けられているが、左目だけでも吸い込まれそうなくらい美しい。
またいつの間にか赤らんだ頬が、彼のその肌の白さを強調させた。
「ま、また、来てください!僕、待ってますから!」
「・・・・・・っ、」
勿論です!!!!!!
今、口を開いたら絶対そう叫んでしまう。
グッと奥歯に力を込め、黒い瞳を見つめ返し、何度も大きく頷いた。
下級魔物たちを操り、対人間の悪行全てをおこなったと言っても過言ではないだろう。
人間は魔物に、魔物は人間に、悪意や憎悪を抱くことなんて息をするのと同じように当たり前のこと。
勇者を名乗る人間が何人も俺に挑み、勝手に散った。
人間という生き物は、魔王と己の力の差も分からない馬鹿でくだらない連中。
魔物で世界を埋め尽くし、この世を恐怖で支配する。
それが、俺のたった一つの使命。
心から、そう思っていた。
----------------⭐︎
狭い路地に面した店の前に立ち、青く塗られた扉の前で、俺は深く息を吐く。
髪を手櫛で軽く整え、いざ中へ。
小さな小さな花屋は、今日も見渡す限り花だらけで、鼻を少し動かしただけで甘い香りが鼻腔いっぱいに広がった。
店内を見渡すと、誰もいない。
鍵もかけず、配達にでも行ったのだろうかと心配し始めた矢先、ひょこっと、花の間から黒い髪の青年が現れた。
「あ~~!こんにちは!今日も来てくださったんですか?嬉しいです!」
「・・・・・・こ、んにちは・・・」
これはまさしく、急襲だ。
突然の"にこにこ"攻撃、見事俺に命中。
胸を押さえ、ぐふっ・・・と思わず声を漏らしてしまった。
屈んで何か作業をしていたのだろう。
頭に橙色の花びらが何枚かついている。
俺の目線で花びらに気がついた彼は手で頭を軽く払い、へへへ、と気恥ずかしそうに笑う。
まさに花が綻ぶような彼の笑顔。
俺はときめきの連続攻撃を浴びている・・・が、きっと彼は気付いていない。
だが、元魔王の俺を舐めてもらっては困る。
側から見れば、見事なまでの無表情。
俺の強固な表情筋は、今世こそ、敵味方関係なく目の前の彼を愛でるために鍛え上げてきたのだ。
「どれにしますか?ちなみに今日はこのカグラ草がおすすめ、」
「では、それで。」
「え?」
「カグラ草。」
「あははっ、即決ですね。他の花も見てから決めてくださっていいんですよ?」
「信用してるから、それでいい。」
「え?」
「とても綺麗だ。」
俺の言葉を聞いた彼はその大きな目をぱちぱちさせ、動かなくなった。
本当のことを言っただけだが、何か気に障ったのだろうか。
彼の勧めたカグラ草は、白い花弁が頭を垂れるように咲いている小さな花だった。
ここにある花は彼が育てたものと、森や山から採ってきたものがあるらしいが、どれもピンッと張りがあり、色も大きさも素晴らしい。
「僕が実は悪い奴で、騙そうとしていたらどうするんですか?ひひひ。」
「・・・・・・っ!」
「もちろん冗談です!では、準備しますので、少々お待ちください。」
「かっ・・・・・・ハイ。」
ひひひ?
な、な、な、何だ!その笑い方は!?
悪戯っ子か!
クッソ可愛い~~~~~!
・・・って、危ない、危ない。
うっかりかわいい言いそうになった。
クッ・・・やはり手強い・・・!
さすが、魔王(俺)を討った勇者一行の魔法使いなわけだーー・・・!
脳内で再生される魔王時代の俺の声とは裏腹に、無表情の今世の俺。
目線の先には勿論彼がいるわけだが、手際よく焦茶色の水鉢から数本のカグラ草を選んでくれた。
そのまま代金を払い、花を受け取ろうと手を伸ばすと、花が急に彼の方へと引っ込む。
どうしたのか、と問うように俺が首を傾げると彼は微笑むだけで、奥のテーブルの方へ行ってしまった。
またもやときめきの攻撃を受けた俺だが、大人しく待つしか無い。
唐突な彼の行動でさえ、俺の癒しだ。
前世では、こんな風に笑ってくれることなんて、一度もなかったのだから。
「すみません!お待たせしました!」
「あっ、ああ・・・大丈夫だ。代金が違ったか?」
「いえいえ、そうではなくて・・・これ!これを巻いてたんです。」
「・・・リボン?」
ふふふ、と得意げな顔で彼は今度こそ俺にカグラ草を手渡した。
カグラ草の白い花の付け根に細いレースで編んだリボンが結ばれている。
レースは青い染料で染められていて、白い花によく映えた。
「これは・・・?」
「それ僕が編んだんです。下手くそですけど・・・嫌じゃなければ貰ってください。おまけです!」
「いいのか?」
「はい!いつもお仕事ご苦労様です。」
「・・・ああ。」
これは社交辞令。
いけない、いけない。間に受けては、いけない。
嬉しくて、彼が可愛くて、花を強く握りすぎて、駄目にするところだった。
「では。」と挨拶がてら頭を下げて、扉を開く。
空を見上げれば、今日も晴れ。
まだ昼前だ。
完全に昇りきらない日の光が、夜勤明けの俺の目にはよく効く。
早く宿舎に帰って、一眠りしよう。
店から一歩足を踏み出したその時。
ぐんっと、後ろに体を引かれた。
「あ、あの!」
「・・・何か?」
「あの、えっと・・・えっと・・・」
「・・・?」
ぐんっと俯いた顔が急に上がり、真っ直ぐこちらに向いた黒い瞳。
彼の右目にはいつも眼帯が着けられているが、左目だけでも吸い込まれそうなくらい美しい。
またいつの間にか赤らんだ頬が、彼のその肌の白さを強調させた。
「ま、また、来てください!僕、待ってますから!」
「・・・・・・っ、」
勿論です!!!!!!
今、口を開いたら絶対そう叫んでしまう。
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