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いつものようにあの出窓に座り、庭を眺める僕。
テオフィル様が隣国へ旅立ってからと言うもの、一日一日がとんでもなく退屈だった。
なぜなら僕はあのテオフィル様とのお茶会がいつの間にか楽しみになっていたから。そりゃそうだ。だって好きな人との二人だけの時間。そんなもの、訓練どころかご褒美以外の何ものでもない。想いの力ってすごい。



「・・・・・・早く帰ってこないかなぁ。」

「それを直接言ってやればいいんじゃないかな。」

「・・・えっ?」


この部屋で気配なく近付いてくるのは、どうやらアードラーさんだけではないらしい。
部屋の扉の方を振り向くと、どこか見覚えのある長身の男がにこりと微笑んで立っていた。


「こんにちは、ルカさん。テオフィルの兄、ルークです。」

「!!!?ルーク殿下!?こ、こ、こんにちは、も、申し訳ありません、こんな格好で・・・っ」

「突然来たのは私だから気にしなくて良いよ。君と話がしたかったんだ。座っても良い?」

「は、はい・・・ど、うぞ・・・?」


今日もお茶会がないからメイドさんの申し出も断って、着替えもせず部屋着のままだった。と言うかここ数日一歩も外に出てない。
アードラーさんに知られたら怒られそう・・・。
微笑みながら静かに怒るアードラーさんを想像してゾッとしてたら、ルーク殿下の護衛だと思われる騎士も二人入ってきた。

そして閉まる扉の隙間から見えたのは、僕の世話を色々と焼いてくれるメイドさんが「頑張って!」と言わんばかりに小さく一生懸命手を振っている姿と、そのメイドさんと一緒にただ微笑んでいるアードラーさんの姿だった。(怖・・・っ)










ルーク殿下には王都ここへ来てすぐ、色んな人に挨拶をして回った時にお会いしたぐらいで、まともな会話はしたことがない。
だから直接こうやって僕のところに来るだなんて思いもしなかった。
お茶でも出さないといけないんだろうけど、メイドさん扉の向こうだし、僕にはお茶の淹れ方も茶器の在処も分からない。メイドさん達に習っておけばよかった。
僕が出窓のところでオロオロしてると、ルーク殿下は笑って「君も座りなさい」と対面のソファを指差した。
そのありがたい(?)お言葉に甘えて僕は慌ててソファに座る。
ああ・・・目の前にまたキラキラした顔が・・・!何でここの王族の人たちはこんなに顔面が強いのか・・・っ!まともに見られないんですけど・・・!



「ねぇ、ルカさん。単刀直入に聞くけど、君はテオフィルのことどう思ってるの?」

「へっ?!ど、ど、どう?!」

「うん。君の今のその顔だけで大体察しはつくけど、直接聞いておきたくて。」

「えっ、か、顔!?そ、そんな分かりやすい、ですか?!ええっ、は、はず、かしっ、うう・・・」

《あら、まだ番になっていないの?奥手ねぇ、あの子も》

「お、奥手って言うか、そこがまたテオフィル様の可愛いところと言うか・・・・・・って、え?」



聞き覚えのある声がして、もじもじしながら伏せていた顔を咄嗟に上げる。
周りを見渡そうと、最初に自分の右横を見たら、なんと僕の肩にあの蝶がとまっていた。



「あああっ!?ちょっ、ちょっと!しばらく見ないと思ったらどこ行ってたの!?色々聞きたかったんだからね!」

《あら、ごめんなさい。貴方に力を使ったら少しお腹が空いてしまって》

「ええ・・・?それは僕謝るべき・・・?ええ・・・?」

《貴方が謝る必要はないわ。私がしたくてやったことですから。このくらいでお腹が空くだなんて、我ながら情けないわ》

「そ、そ、そう?!だったら言わせてもらうけど、僕、色恋に耐性ないの!あんなに毎日好き好き言われたら、もれなく好きになっちゃったでしょ!僕みたいな奴、テオフィル様と全く釣り合わないのに!どうしてくれんの!?」

《まあ!それは良かったわ。相思相愛で番になった方が幸せよ。おめでとう》

「よ、よくないって!テオフィル様にはもっと見目麗しいお姫様とかが合ってる!番ってのも未だによく分かんないけど、番になれそうな相手だからって、僕みたいな平民で秀でたものもないひょろひょろ男が気安く一緒にいて良いわけないのに!」

《そんなこと気にしてたの?馬鹿ね、貴方。あの子が番にしたいのは紛れもなく貴方なんだから、自信を持ちなさい》

「そ、んなこと・・・言われ、ても・・・」

《・・・(あの子が沢山愛せばいいだけの話ね)》

「?今なんか言った?」

《何でもないわ。それにしても貴方、秀でたものはないと言ったけれど、私と話せるのは秀でたことではないの?それに目の前の男達を忘れているのではなくて?散々私と話しているところを見られた訳だから、貴方これから注目の的でしょうね。ふふふ、あの子の妬く顔が楽しみだわ》

「・・・・・・はうっ・・・!?」


そうだった。忘れてました、第一王子ルーク殿下とその護衛の方々のことを。
テオフィル様はこの蝶のこと守護霊って言ってたし、こんな長々と(しかもつい気安く)話すのは色々まずいのでは・・・?
守護霊と話せる僕、物珍しい人間扱いで見世物にでもなっちゃう・・・??!

僕は蝶から視線を外し、恐る恐る体の正面へ向ける。
テオフィル様とよく似た丸い耳がぴこぴこと動き、驚いた表情を浮かべたルーク殿下が見えて、僕は「やってしまった・・・!」と叫んだ。もちろん、心の中で。


「・・・あ、のですね・・・・・・・・・今のは、ぜ、全部、僕の独り言でして・・・」

「それは流石に無理があるんじゃないかな。」

「ソ、ウデスヨネ・・・はは・・・」

「ルカさんは、エイヴァ様の言葉まで分かるみたいだし・・・、父も驚くと思うよ。」

「・・・普通は分からないってことですか・・・?」

「私にエイヴァ様の御姿が見えていなかったら、本当にルカさんの独り言で済んでいただろうね。」

「・・・・・・(なんてこった)」


秀でたものがついさっきまでなかった僕に、たった今『王家の守護霊と話ができる』という秀でた力があることになってしまった。
その力の物珍しさが原因でテオフィル様から離れなきゃいけなくなったりしたら・・・・・・ど、ど、ど、どうしよう・・・っ




「・・・・・・・・・すまない。泣かせるつもりはなかったのだけど。」

「・・・えっ・・・?」


申し訳なさそうな声と共に、ハンカチで頬を拭かれて、いつの間にかルーク殿下が隣に座っていることに気づいた。



しかも、僕は泣いているらしい。



慌てて服の袖でゴシゴシ拭いたけど、涙は次から次に出てきてしまって、どうしたら止まるのか分からない。

こすると目元が赤くなるから、とルーク殿下はハンカチを差し出してくれたけど、それもまた申し訳なくて涙が尚更止まらなくなってしまった。


しばらく僕がメソメソ泣いているうちにあのエイヴァという蝶は居なくなっていた。

とにかく今は一人になりたい。
一人になって落ち着いて考えよう。
・・・何を、って?それもよく分かんないけど。


「・・・ご、ごめんなさ、い・・・、あの、ルーク殿下、」

「・・・ああ、まずい。殺されちゃうかも・・・」
「え?」


「まずいまずいまずい」と額に手をあて、項垂れるルーク殿下。その後ろで控えていた護衛の二人をよく見ると、顔は真っ青だし、猫っぽい耳は伏せってる。


一体何が・・・・・・?


「落ち着いてください!ルカ様の身に何も問題は起きておりません!」
「ならば今すぐにここを開けろ。」
「今すぐは・・・」
「お前が出来ないなら私が開ける。下がれ。」


扉の向こうが急に騒がしい。
それどころか、僕が会いたかったヒトの声までする。でも・・・・・・なんか怒ってない?



ガコッ、バコッ!という大きな音がした瞬間、扉が半壊。蹴り飛ばしたのか、殴り壊したのかは分からないけど、とりあえず人間には出来ない荒技で部屋の中に入ってきたのは、明らかに怒った様子のテオフィル様だった。



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