Moon Rabbit ~ムラビト~

煤周 昴

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備長びんちょうじゃなくて竜胆だ。初めは勢いがよいが終わりは振るわないことの竜に、夢や希望が無くなって落ち込むことの胆で『りんどう』だ」
少女がぽん、と手を打つ。
「なるほど! 他の人よりも一際すぐれた才能があることの竜に、忠義と正義を尊重する精神のことの胆だね♪」
「え? ま、まあそうとも言う」
なんか、オレの名前急に格好良くなってないか?
これからは「竜躍雲津で忠魂義胆です」と自己紹介することにしよう。
まあ、そんな機会がやってくることは二度と無いけれど。
「でも、どうして『竜』に『胆』で『りんどう』って読むの? 教えて教えて~??」
出た、少女得意の好奇心旺盛攻撃だ。
オレは少女から距離を取りつつも、不思議と口を開いていた。
「えっと、元々は竜胆っていう植物が有るんだ」
「植物?」
「あぁ。秋に花を咲かせる多年草の一種で、主に山地や草原に自生してる」
「ふんふん、それで?」
「高さはだいだい50cmくらい。名前の由来は熊の胆よりも苦いことからついたと言われていて、実際に食べてみると苦みが強いが、その分健康に良くて竜胆の根は漢方薬にも使われている......って悪い喋りすぎた」
不思議だった。
誰とも関わらずに生きていくと決めたオレが。
彼女に聞かれると、なぜだか喋りたくなってしまう。
「急に喋りだして気持ち悪いよな、聞かなかった事にしてくれ」
「ふぇ? なんで?」
「......え?」
ムカデやゲジゲジを見た時のような、気味の悪いものを前にしたときの目をしてると思っていたのに。
恐る恐る見上げると、そこには目を輝かせた彼女がいた。
「ふへへ~♪」
少女はいつものようにニヤニヤ......もといニコニコしている。
「またまた新しいこと知っちゃった♪ 竜胆って漢方薬になるんだね~♪」
「......ちゃんと最後まで聞いてたのか?」
「もちろんだよ♪ ふへへ~♪」
誰かにちゃんと話を聞いてもらう。
そんなの一体何年振りだろう。
母親と父親が生きていた頃以来か。
少し心が温かい。
「な、なぁお前さ......」
もしかしたら、彼女とだったら。
そう思って声をかけようとしたら......。
「りんどうくん!!」
3度目だ。
「頼む。急に大声を出すのは心臓に悪いから......」
「分かった! 今度から直すから! でも竜胆くんも守って!」
「はい?」
「名前の話! 私のこと、って言わないでよ!」
「え? な、なんだそんなこと......」
「そんなことじゃないもん!」
少女......いや、そらは真剣だった。
「私には、ちゃんと『そら』っていう名前があるんだもん! 私の大切な名前なんだもん!!」
はっとした。
きっとオレは、人の気持ちを考える必要が無かったから。
だから人の気持ちを考えられなくなっていたのかもしれない。
「......オレが悪かったよ」
確かに、初対面の相手にお前呼ばわりされて、気分が良いはずもない。
「だから私のことは、そらって呼んでねっ!」
しかも大切に思っていればなおのこと......
「うん?」
今なんて?
「あれ聞いてなかった? 私のことは『そら』って呼んでね♪」
初対面から名前呼びのオーダー入りましたぁぁあ!


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


えーと、こほんこほん。
それではご注文の方、振り返らせていただきます。
「えー、名前呼びの方が1点」
「なにそれ」
そりゃそうだ。
いや落ち着けオレ。
ここはキッパリ言わないとな!
「やっぱり、初対面から下の名前で呼ぶなんて、オレにはハードルが高い......ような......気が......シナクモナイヨウナ......」
「良いから、ちゃんとそらって呼んでよ」
えー。
というか彼女は恥ずかしくないのだろうか。
いや、この何にも考えていなさそうな顔は多分そうなんだろう。
「ほよよ? 今空気吸ってたんだっけ? それとも吐いてたのんだっけ?」
ほら、やっぱり何も考えてない。
「おーい、私そんなこと言ってないよー?」
「ぎく」
「ほらほら、早く私のこと『そら』って呼んでよ」
仕方ない。
オレは勇気を振り絞って、口を大きく開いた。
「そ、そ、そ......」
「そ?」
「そー......」

「ソーラーパネルが欲しいなー!」

「なんか急に会話下手な人みたい」
「じ、実際そうなんだから仕方ないだろ」
「そうじゃないでしょ、竜胆くん?」
「......うっ」
自分だってオレの事名字呼びのくせに。
いや、そんな事言ってもしょうがないか。
オレは頬を叩いて気合いを入れた。
「よし!」
「じゃあ竜胆くん、お願いします」
「そ、そ、そ......」
「そ?」
「そ......」

「ソーラー......じゃなくて......」

落ち着けオレ。
たかが名前だ。
個人を識別するためのナンバリングだ。
それ以上の意味はないんだ。
「ねえ、ソーラーパネルってどこを向いてるの?」
「は? そんなのそらに決まってるだろ。......あ」
少女そらは、やっぱり楽しそうに笑う。
「うん、私はそら♪ ありがとっ♪」
「......全く、調子が狂う」
誰かの名前を、こんな風に呼ぶ。
たったそれだけのことなのに。
なのに、また心が温かくなった。
「りんどうくん、顔赤いよ? 大丈夫?」
「えっ!?」
どうやら温かくなったのは心だけじゃなかったらしい。
本当に不思議だ。
「ねね、竜胆くん」
そらはオレの服をちょいちょい、と軽く引っ張る。
「私、竜胆くんの事もっと知りたい。今までもこれからも、もっと知りたい。だから村に来てくれなきゃ、この機械アマノハゴロモを返してあげない」

「......そういうことに、してあげるよ?」

オレは帰らなきゃいけない。
これからもずっと誰とも関わらずに生きていく。
だから、これはことなんだ。
「どうせ帰るのが少し遅くなるだけだ。それに村にも興味がある。今まで本でしか見たことがなかったからな。だから、そういうことなら仕方ない」

「そういうことに、されといてやる」

「やった~♪ あきと君やっさし~い♪」
優しいのはそらの方だ。
オレに言い訳する余地をくれて。
しかも自分は悪者に回って。
でも。
オレなんかに、なんでこんなに親切にしてくれるんだろう。

「じゃあ、私ちょっと着替えてくるから♪ ここで待っててね~」
「え、あ、ああ。......着替え?」
そういや、会ったときからずっと巫女服だったな。
さっきまで巫女の仕事でもしていたのか?
オレは神社の奥の方に消えていったそらを目で追った。



そらを追いかける⇒共通ルート06-1へ
このまま待つ⇒共通ルート06-2へ
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