上 下
525 / 533
第18章

第516話 アルトレリアに出来た小学校の内検 その1

しおりを挟む
 時は少しさかのぼり、ダム稼働の五日前――

 アルトレリアに完成した小学校の校舎の内検にリーヴァントと共に訪れた。

「立派な建物が出来ましたね。ここで子供たちが勉強を学ぶことになるのですね」
「そうだね」

 建てられた小学校は二階建て。
 七歳から十五歳くらいまでの子供を入学させようと思っている。
 まだ子供の人数も少ないため、学年分けは三クラスを想定している。年齢で分けず、七から九歳、十から十二歳、十三から十五歳で分けられると思う。要は小中学校を統合したような状態。
 今後人数が増えてくるようになれば、その都度形態を変えていけば良いでしょう。

 部屋数は教室が六部屋、これは後々小学校として学年ごとに分けられるようにするため、中学校は必要になった時に作る予定。ただ、数年から十数年単位で必要にならないのではないかと考えている。それもこの町の人数の増加次第。
 高校以降はまだ予定として考えられてすらいない。
 教室以外の部屋が、校長室、職員室、放送室、保健室、家庭科室、理科室、理科準備室、図書室、音楽室、図工室、多目的室、給食室の計十二部屋。その他予備の部屋がいくつかある。

「じゃあ中の様子も見させてもらいましょうか」

 校舎に入ってすぐに下駄箱がある。物質魔法を使える者はそれほど多くないため、下駄箱は木造。少ないながらこの地でも金属が産出されるが産業機械の方に回す必要があるため、まだまだこちらに回す余裕は無い。
 校舎内は私の希望により、土足厳禁にしてもらった。最近日本では土足で入る学校が増えつつあるそうだが、昔ながらの上靴スタイルが良い。

 と言うのも、土足可だと疑問に思うことが多々ある。主に『建物内が汚れないか?』という部分。
 例えば『ドブとかに足を踏み入れてしまったら、その足で建物内を歩くことになるがそれを汚いと思わないのか?』とか、『動物のフンとか踏んでしまったら、その足で建物内を歩くことになるがそれを汚いと思わないのか?』とか。
 なので欧米の土足文化には常々疑問を抱いている。
 私自身、特別潔癖の気があるわけではないと思うが、気になってしまったため『土禁』ということに。

「あれ? 上がらないのですか?」

 リーヴァントが正面から堂々と靴を脱いで校舎内に入ろうとしている。

「生徒以外は壁側から入るのが常識よ」
「そうなのですか? では私も」

 壁近辺にしつらえられた保護者用の下駄箱に靴を脱ごうとしたところ……

 あ、私、常に裸足だった……土禁とか考えておきながら、ダメじゃん私……

「ちょ、ちょっと待ってて」

 とりあえず一旦外に出て、玄関付近にしつらえられている水道で足を洗う。

「この水道、初めて使うのが子供たちじゃなくて私とは……」

 空中に浮かびながら火魔法で乾かし、地面に足を着けないようにそのまま空中を浮遊しながら校舎に入る。

「お待たせ」
「はい」

 各部屋を見て回る、その前に、

「ちゃんとスリッパに履き替えて」
「何ですかコレ?」
「室内履き用の靴みたいなもんだよ。アルトレリアでも最近行商人が持って来てたりするけど、見たことない?」

 驚いたのは人型以外があったこと。
 この世界には獣型の足を持つ獣人などもいるため、猫のような足を持つものに適したスリッパ、奇蹄目・偶蹄目に適したスリッパ、鳥人に適したスリッパなども作られているらしい。
 と言う訳で、この学校でもいくつか人型以外も揃えた。

「私はまだ見たことありませんね。行商の方が滞在するエリアにはあまり行きませんので」
「私の故郷では、学校に来客用のスリッパが用意されてたりするのよ。靴下で移動しようとすると埃とか付いちゃうからね。靴下で床を擦ってみたら分かるよ」

 そう話すと、スリッパを脱いで床を擦る素振りをするリーヴァント。

「うわ……」

 足の裏に黄色の木くずや粉が付いたのを確認。まだ建てたばかりだから掃除がされておらず、木くずが落ちたままになっている。

「今は木くずだけど、子供たちが生活する場になるとこれが埃に変わるのよ。玄関は基本的には開けっ放しだから、風が吹き込むと砂も沢山入って来るからね」
「…………なるほど。このスリッパというのはすぐに履いたり脱いだりできて便利ですね。役所でもリラックスルームに置くのが良さそうです」

 さて、気を改めて各部屋を見て回ろう。

   ◇

「玄関近くにすぐに大部屋なんですね」
「ここが職員室になるかな。玄関近くにあった方が良いだろうし」

 机も椅子も書類も無いから、まだだだっ広い部屋でしかない。ここに机や椅子、備品が運び込まれれば晴れて職員室に様変わりする。
 給湯施設も作ったからここが職員室になるのはほぼ決まり。

「『職員室』とは何ですか?」
「う~ん……大雑把に言ってしまうと『先生が待機する部屋』……かな? 授業と授業の間はここで休んだり次の授業に向けて準備したり、授業に使う資料とか用意したり、放課後は成績付けたり、テストの採点をするらしい。私は教師の経験は無いからこんな感じのイメージだね」
「基本的なことを聞くようですが、『先生』というのは『教師』のことなんですよね?」
「そうだね」
「ですが、お医者様のアスクさんも『先生』と呼ばれてませんでしたか?」
「ん? う~ん……」

 ややこしいところに気付いたな……

「教える立場のことを『先生』って呼ぶのよ。医者も若手には教えるからね」

 まあ……これにはよく分からんところもあって、その理屈で言うと会社で指導してくれる先輩は『先生』に当たることになってしまうわけだが……
 あと、なぜか代議士とかも『先生』とか言われてるよね……

「なるほど、教える立場が『先生』ですか。では続いて疑問なのですが『授業』は子供たちが勉強をする時間ですよね? 『放課後』というのは初めて聞きましたが?」
「『放課後』はその日の授業が全部終わった後のことかな。子供たちはもう帰るけど、先生はまだここから仕事をしなきゃならない」
「先生って大変な仕事なんですね……」
「そう聞いてる。教師の仕事は過酷だと」

 中には寝る間を惜しんで授業の資料を用意したり、宿題の採点をしたりもするらしいし、ホント先生の仕事量を聞くと頭が下がる思いだ。

「そんな大変な職業なのに、この町に来てくれる先生がいらっしゃるのでしょうか……?」

 う~ん……確かに……
 しかも、この学校の最初の先生がこの町の出身じゃないわけだしな……先達が居ないところへ来てもらって、生活も児童たちの扱いも全然違ってノイローゼとかにならなければ良いが……

「い、一応話は付けてもらったわけだから、大丈夫だとは思うんだけど……」

 先生の派遣については、ウィンダルシアに頼んでおいたけど、話は通ったのかしら? (第503話参照)

「ところで、なぜここに電気コンロが? ここで食事でも作るのですか?」
「いや、食事作るのはもっと別の部屋がある。ここは基本的には飲み物を沸かすくらいだね」
「それとコンセントが沢山ある部屋ですよね。こんなに使って大丈夫なのでしょうか? 停電しませんか?」

 まだ町中に電気が流れて無いとは言え、役所など少ない場所では自家発電機が動いているため、リーヴァントたちにももう見慣れたものになりつつある。
   (※時期はまだダム稼働前です)
 確かに役所は自家発電だったから、あまり使えないようにコンセントも少なめにしてあった。

「発電施設が完成したらしいし、もう少しで沢山電気が使えるようになると思う。存分使わせてもらおうよ。じゃあ次の部屋へ行きましょうか」

 現状はコンセントと給湯室があるだだっ広い部屋だから特に見るものもないしね。

   ◇

 次の部屋は放送室。

「変わった部屋ですね、狭いし……」
「ここは放送室だね」

 もちろん放送設備も整えてもらった。
 全部屋へ放送が届くようになっている。
 きちんとした学校は防音室も設えてるところもあるらしいけど、この町はまだまだそんな余裕は無いので部屋のみ。
 あとは放送するための機材を運び込んで環境を整えなければならない。

「『放送室』とは?」
「お昼の放送とか、下校の放送とかする部屋かな」
「お昼の放送? 下校の放送? 『下校』とは何でしょう?」

 学校無いところだから『下校』って単語も無いよなぁ、そりゃあ……

「下校ってのは児童が帰る時間のことだね。大体午後四時とか五時とかが下校の上限のところが多いかな」
「『児童』?」

 そこに引っ掛かる?
 全部アルトレリアには無い単語だから、説明するのが面倒だな……まあ仕方ないか……

「児童ってのは……小学生のことだね」
「『小学生』というのは小学校ここに通う子供のことですよね?」
「そうだね。ちなみにその上に中学校、高校、大学、大学院とあって、『児童』だった呼び名が中学生から高校生は『生徒』に変わり、大学生になると『学生』に変わる。魔界でもそう呼んでるかどうかは知らないけど」
「同じ子供なのに呼び方が違うのですか? ややこしいですね……」

 ホントにね……どの時代も学んでるのは間違いないんだから『学生』で統一してくれれば良いのに……

「話の腰を折ってしまったようですみません。下校の上限というのは?」
「下校時間を過ぎてそれ以上居残ってると怒られたんだよ」
「怒られるんですか? ただ居残ってるだけなのに?」
「『子供』だったからね。仮にここにあなたの息子のレイヴァレンくんが遅くまで居残って、いつまでも家に帰って来ないことを想像してみて。心配になるでしょ?」
「………………確かに……」
「親御さんを心配させるから、先生が下校を促す時に言葉にちょっと怒気が籠るんだよ、『お前らいつまで居残ってるんだ!』ってね」
「なるほど」
「私もついつい友達と話し込んじゃって怒られたことがあるよ。で、その下校の時間に合わせて『下校の時間なので帰りましょう』っていうのを学校中に流すのが下校放送。その逆に学校に来ることを『登校』って言う。これは朝七時とか八時くらいだね。場所によっては九時っていうちょっと遅い時間の学校もあったけど」
「なるほど、下校に登校ですか」

 友達か……私と一緒に車に轢かれちゃった親友のアイはどこかで元気にやってるだろうか……?
 以前彼女の家を見た時に仏壇に遺影があったから死んじゃってるのは確定してるけど…… (第2話参照)
 まさか魔界こっちに来てないよね?
 ああ……でも彼女、晩年は引きこもりで怠け者だったから、怠惰の罪とかで来てる可能性はゼロではないのかな……

 そうだ! こういう時こそカイベルさんじゃないか! そう言えば彼女を創り出してから一度もアイについて訊こうとしたことが無かった!
 帰ったら聞いてみよう!

「『お昼の放送』と言うのは?」
「昼食の給食食べる時に音楽流したり、放送委員が小話を話したりしてたね」
「『給食』とは?」

 疑問が泉のように湧いて出てくるな……

「学校で出されるお昼ご飯のことだね」
「学校とはご飯まで提供されるのですか!?」
「ま、まあ全部の学校ではないと思うけど、多くの学校でそうだったね。子供たちの栄養不足を補うことを目的として始められたらしい」
「至れり尽くせりですね!」

 ここの暮らし考えれば、確かに私たちは恵まれてるのかもな……
 この町も多少裕福になってきたとは言え、まだまだ細身の体型の子が多い。
 子供たちの栄養を考えると、この学校でも給食にしたいところだけど……さて、どの程度のことまで出来るかな。
 開校されるまでに調理師と食材の入手経路を確保しておかないと。

「しかし……今後我々はそれら学校に関する単語を全部覚えなければならないんですね……」
「大丈夫、学校が出来れば、子供が居る家は自然と覚えていくだろうから」
「下校放送があるなら登校放送というのはあるんですか?」
「登校放送? さあ? 私は聞いたことないね。多分無いんじゃない?」

 登校時に放送する必要性が無いし。登校放送なんて無いよなぁ……? 登校放送がある学校なんてあるんだろうか?

「次の部屋へ行きましょうか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

処理中です...