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第17章 風の国ストムバアル『暴食』の大罪騒乱編

第461話 銀色のアリへの逆転の一手

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「くそっ! そろそろ限界だぞ……フリアマギアは何か方法を見つけられたのか……?」

 隊長格と少しだけ残った一般兵士たちだけで渡り合っていたものの、磁力に吸い寄せらる攻撃を避けることを繰り返すのも限界に近い。
 特に磁力効果範囲内に残ってしまった一般兵士たちは回避だけに専念しているにもかかわらず、既に息も絶え絶えで次の一撃、その次の一撃で致命傷を喰らってもおかしくないほど疲弊し切っている。
 磁力の効力が切れたタイミングで、磁界の外側にいる隊長格と交代しようにも、離脱する速度より早く第三、第四の磁力付与が来るため交代が出来ない。だからと言って外側の隊長格が参戦しようものなら、乱戦になってしまって回避がし辛くなる。
 何か糸口が見つからないかと、関節、首、上半身と下半身の繋ぎ目、両目に至るまで攻撃を加えてみたものの、傷が付く様子は無い。
 体力的にも運動能力が低下していっており、鈍重なアリの攻撃が徐々にかすり始めている。
 マルク自身も、先ほど貰ってしまったパンチによって腹部に無視できないダメージを負ってしまっていた。

 万事休すかと思われたその時、エルフヴィレッジからフリアマギアが戻って来た。

「お待たせしました!」

「「「 フリアマギア殿!! 」」」

「戦況は変わってませんか?」
「ええ、ですがもう彼らも限界に近いと思います」
「分かりました、今から作戦を伝えます」
「磁界の外側に居る我々がやる作戦ですか?」
「はい、この作戦には射撃手シューターが二人必要不可欠です。ラッセル殿と……クラウディオ殿は戻って来ていますか? クラウディオ殿はどこに? まだ戻ってませんか!?」
「ここにいる」

 アリ追跡から遅れて戻って来たクラウディオが登場。

「この状況は何だ? 説明願いたい」
「簡潔に説明します――」

 この大惨事を引き起こした経緯をかなり端折りながら説明。

「何と……そんなことが……たった二撃……? 当たればそれほどの攻撃力ということか」
「それで、クラウディオ殿にも作戦に協力してもらいたいと思います。ではお二方、エルフヴィレッジから持ち出したものの説明をします。まずはこれです」

 金属製の筒を見せる。

「これは? 銃弾の形に似てますね」
「仰る通りあなた方が使う銃弾を模したものです。銃弾と同じく鉛と銅を使って作ってあり、命中した瞬間に弾けて中の薬品が敵にかかる仕組みです。中には私が作った三つの薬品が入っています。一つ目は私が予想した本命と考える『水酸化ナトリウム溶液』。溶けださないように鉄とアルミの合金で作った入れ物に入れてあります。この液体が何に使われてるかは今は時間が無いので省きますが、種族にもよりますがヒトの肌に触れると炎症を起こしてただれます。目に入れば失明の可能性があり、体内に入れば呼吸器疾患を起こす、そういった薬品です」

 エリザレアも加わって三人で話を聞く。

「き、危険ですね」
「アリ相手にも同じ反応が起こるのですか?」
「それは試したことがないので分かりません。ただ私の考えではあの銀色のアリには、これをかけることで外骨格を脆くできるのではないかと考えています」

「合金とのことですがそれはなぜ?」
「これを銀色のアリに撃ち込みたいのですが、鉄だけで作った場合、双方の強度を考えると当たった瞬間に弾かれる可能性が高いでしょう。アルミだけでは中に入れた水酸化ナトリウムで溶けてしまうため合金にしてあるのです。ぶつかった衝撃で砕けるように強度を調整してあります」
「しかし、脆く作られているのでは射出した時の衝撃でバラバラに分解する可能性が高いと思いますが……」
「そこは抜かりありません。底の部分だけ厚い鉄で作ってあります。その他の部分もアリに衝突するまでは強度を保てるようになっていますので大丈夫です」
「なるほど」

「そして私の予想が外れて効かなかった場合の保険として、筒の中に壁で仕切ってもう二つの薬品が入っています。その一つ目の保険が『王水』です」
「王水! 聞いたことあります! 確かほとんどの金属を溶かせるんですよね?」
「はい。そのままこの筒の中に入れると溶けてしまうので、すずで包んだ入れ物に入れてあります。柔らかい金属ですので衝突時に壊れて王水が流れ出す構造です。そして二つ目の保険が『マンイーターの樹液』です。これは生物だけを溶かす性質のある酸性の液体で金属や鉱物にはほとんど影響がありません。持ち出したものは千倍に濃縮したものです」 (マンイーターについては第320話から第321話参照)

「「「 千倍!? 」」」

「この樹液単体でも生物の身体をほんの数十秒で溶かす劇薬に仕上がっています。雫が指に少し触れただけで放っておけば穴が開く代物です」
「恐ぁ~~、な、何でそんなもの作ったんですか?」
「ただの好奇心です。これは生物以外をほとんど溶かさないので王水同様にすずの入れ物に入っています。これはあの外骨格が生物由来のものであると仮定して入れてあります」
「こ、これ喰らったら私たち魔人や亜人はドロドロに溶けてしまいそうですね……」
「そして持ち出した次のものは、この魔道具です」

 手袋型の魔道具を見せる。

「これは、『この手袋を手にはめて持った液体状の物質』の効力を三分ほどの間だけ十倍にする紋章術が施されています」

「「十倍!?」」

「劇薬を更に十倍にするんですか!?」
「ええ、短時間で外骨格を壊さなければもうみんな限界に来ていますから。あの外骨格さえ剥がしてしまえば、雷や炎も十分通じると考えています」
「さ、差し支えなければ、どんな用途で作ったのか教えてもらえますか?」
「あ~……それはまあ時間もありませんので生きて帰れた時に聞いてください」

「三分間だけというのは?」
「作成当時まだ子供だったので私の能力が未熟で、それだけしか持たないというだけの話ですよ」
「なるほど、意図したものというわけではないのですね」
「おっと、そんなことを悠長に話してるヒマはありません。ここから作戦を伝えます。まずラッセル殿にこの手袋を付けてもらいます」
「私が? 大役ですね……」
「我が国でもあなたの狙撃能力は高いと知られています。更に雷魔法を利用した高速の狙撃能力があると聞いているので、あなたが適任です。これも渡しておきます」

 同時に銃弾を模した筒を手渡す。

「これ一発しかありません。確実に撃ち込んでください」
「……了解しました」

 “銃弾”を受け取り、左手に手袋の魔道具をはめ……ようとするラッセル。

「手袋……小さいですね……」
「しまった……大きさまで考慮してませんでした! …………親指と小指だけ指抜きに残して残りの指は切ってしまいましょう」

 フリアマギアが風魔法を手にまとわせ、手袋を切る準備をする。

「良いんですか!?」
「紋章術式は手の甲に刻んであるのでそこさえ残しておけば大丈夫です」

 手の甲と固定するための親指と小指の一部分だけ生地を残して、他の部分は取り払う。
 そして雑に縫い合わせて手袋が固定できるように手のひら側に帯を作り、術式経路を手のひら側に構築する。

「これでよし! ではよろしくお願いします」
「こんなに雑な縫い合わせで良いのですか?」
「どちらにしろ弾丸は一発しかないので、その一発さえ射出できれば良いのですから問題ありません」
「……確かに」

 手袋だったものを左手にはめるラッセル。

「そして最後に持ち出したのが、これです」

 黄色の塗料を持ち出す。

「ただの塗料……ですか?」
「何でこんなものを?」
「水魔術師のみなさーーん!」

 待機していたアリ追跡班の兵士の中の水魔術師たちに呼びかける。

「「「 ハッ! 」」」

「これを水に溶いて、黄色の水を作ってください。そうですね……百五十から二百リットルほどあれば十分でしょう。その半分を沸騰させてください」

「「「 了解しました! 」」」

 再び隊長格三人の方を向き直し――

「そしてここからは作戦を伝えます。まず私が磁界の外側から高速で突入してヤツの気を引きます」
「気を引く? そんなことで気を引けるんですか?」
「この惨状を散々見せつけられた後です。『わざわざ自分から相手のバトルフィールドに入ろうとする者はいない』、あちらもそう考えてると思います。そこへ私が単身乗り込めば、『何か策があって突入してきた』と考えるのは正常なことです」
「確かに」
「そこで高速で突っ込んで、黄色の水を浴びせかけ“ようと”します。わざわざ磁界に突っ込んでまで水を浴びせかけようとするのですから、あちらには『これはただの水ではないのでは?』という疑念が生まれ、避けようとする意志が生まれるでしょう。色も黄色と異様な色ですのでより警戒するはずです」
「ただの水を浴びせ“ようと”する? 実際には浴びせないのですか?」
「はい、これも作戦のうちです」

「そこは高速で飛び込んで薬品をかけてしまえばもう達成なのでは?」
「先ほども言ったようにヒトの肌に触れればただれたり溶けたりしますから広範囲にばら撒くにはリスクがあります。高速で飛び込んではぶかける際に安定しませんし、下手をしたら私自身が浴びることになりかねません。磁力で他人を吸い付けて盾にされればその者に浴びせてしまうことにもなります。それに手袋をしなければ外骨格を砕くのに相当の時間を要すると考えています。脆くなる前に水で洗い流されてしまえば終わりです」
「な、なるほど、ただばら撒くだけではダメなんですね」
「それと……アイツの動き、さっきより早くなっているのに気付いていますか? アイツが登場してすぐの頃は目に見えて遅い動きでしたが、徐々に動きに慣れてきています。隊長たちに攻撃がかすり始めたのも、隊長たちが疲れたのと同時にアリが動きに慣れてきたからだと思います」
「た、確かに!」

「水を黄色にするのはどういう意図があるんですか?」
「アリは赤色があまり見えていないのではないかという研究結果があります」
「えっ!? あの血に塗れた中に居るのに赤色が見えないんですか!?」
「私はアリではないので本当のところは分かりませんが、そういう研究結果を見たことがあります。そして黄色に強く反応するとの結果があります。ですので見えにくい赤色に塗れたところに突然黄色の液体をぶちまけられれば強く警戒感を植え付けることができる、そう考えて塗料を黄色にしました」
「なるほど、強く反応するということは強く警戒もするということですね」

「あともう一つ可能性があって、私が特攻した時に警戒して、紫色の磁界ドームを再び展開する可能性があります。そうすると私にも磁力が付与されるでしょう。これがどこに効果があるのか、生物に限るのか、物質にも付与されるのか定かではありませんが、もし私が持っている全ての物に付与されるとしたなら、当然薬品も磁力を帯びてしまいます。そうなってしまった場合、ぶっかけたところでヤツに届く前に魔力磁界で吸い取られてしまって浴びせられない可能性があります」
「なるほど」
「薬品を浴びせかけた時に避けられては終わりですから、真意を悟られぬように、『磁界の外側から』確実に狙撃できるところへ誘導しなければなりません」
「その水を浴びせかけるのも誘導のうちか?」
「はい。今までの作戦では凍らせる補助以外に水を使っていません。私が特攻した時点から突然液体を使いだしたら、“あの黄色の水には何か意味がある”と考えるのが普通でしょう。それを『触れたら危険』と思考するところまで刷り込んでいきます」
「水を危険と刷り込む? 本命は薬品なのだろう?」
「はい、しかしこの黄色の水が狙撃ポイントへ追い込むための布石になるのです」

「……我々にはまだ全容が見えんが……では、フリアマギアが特攻した後はどうするのだ?」
「次は我が国で狙撃能力が高いクラウディオ殿にお願いします。あなたは投擲とうてきできるものを自在に操れましたよね?」

 クラウディオは念動力のように空中に物を浮かべて射出する能力を持つ。
 投擲とうてき可能なものであれば、同時に操って広範囲に攻撃が可能なため、集団戦では特に効果が高い。
 デスキラービー駆除の際は働き蜂の牽制の役割を担っていた。 (第348話参照)

「あなたは集団を一度に狙撃する能力に長けているため、沸騰する黄色の水を使って雨のように狙撃し、“当てないように”アリを撃ってください」
「当てないように?」
「そう、当ててしまえばただの水だと分かってしまいますから。最初は全然当たらないように、ある程度沢山撃った後はギリギリ当たらないところへ撃ち込んでください。跳ねる水しぶきも操れますか?」
「確かに操れるがそれが?」
「地面に落ちた時の水しぶきも絶対に当たらないように操ってください」
「神経を使いそうな注文だな……だが了解した」

「なぜ沸騰させるのですか?」
「着弾した時に蒸気を発生させることで溶けたようにみせかけるためです。『当たったら溶けるのではないか』という疑念を刷り込みます。避けるようとする動作を示せばかなり刷り込みが進んでいると考えられます」
「なるほど、そんな意図が」
「そして最後は沸騰してない特大の水を“アリに良く見えるように注目させ”つ“絶対に当ててやる”という気概で撃ち込んでください。この時に生じる水しぶきは操らなくて結構です。自然のまま投げつけてください」
「最後は当たるようにするのか?」
「はい。最後に大量の黄色の水をこれ見よがしに見せつけることで、相手は『あの水には絶対に触れてはならない』という思考が働き、着弾した際に生じる“弾ける水”や水しぶきが当たらないようにするため、大きく跳躍しなければならなくなるでしょう」

「「「 ああ!? なるほど! 」」」

「見たところ羽の類いは持っていないので、ジャンプさせてしまえば狙撃手にとっては格好の狙撃ポイントに早変わりです。そこを手袋をはめたラッセル殿が超速度のレールガンで薬品弾を撃ち込む。これでヤツの外骨格は砕くことができるほど脆くなるはずです」
「確かに! 空中なら身動きが取れない!」
「わ、私は! 私は何かお手伝いできることはありませんか!? このまま指をくわえて見ているだけでは申し訳ないです!」

 エリザレアが手を上げる。

「特には……」
「そうですか……あ、そういえば、敵は磁力を操ってるって言ってましたけど、私も磁力が操れますよ?」
「え? 本当ですか!?」
「ええ、私が使う雷魔法を推進力に使う能力は磁力を元にしています。ただ、恐らくあのアリの吸引力には敵いませんが」
「相手の磁石化の能力をそのまま利用できますか?」
「できると思います。兵士たちが磁石のようになっているなら、こちらからも引っ張れるかと」
「それは素晴らしい! では私が特攻したら、周りに居る隊長たちがヤツに磁力で引っ張られないように抵抗してください」
「か、敵わないと思いますけど?」
「吸引される速度が遅くなるだけでも十分です! では作戦開始です!」
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