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第17章 風の国ストムバアル『暴食』の大罪騒乱編

第453話 予見されていた第三のはぐれジャイアントアント

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 一方時は少しだけさかのぼり、カゼハナに向かったフレアハルト、アスタロトたちは――

 イルリースの空間転移魔法により、最も戦闘が激しい地域から少し離れた高台へ移動して来ていた。
 樹の国五百余名、雷の国六百余名、そして風の国の精鋭二百+準精鋭五百余名の大部隊。

「ここがカゼハナの激戦地か……」
「あれが巣穴ですか?」

 高台から見下ろしてみると、大地に巨大な大穴が開き、そこからジャイアントアントが湧き出し続けている。

「ジャイアントアントの巣穴にしては直径が大きすぎる気がしますが……」

 巣穴は二週間の激戦により入り口が大きく広がってしまっており、それが這い出てくるアリたちの勢いを増長させていた。

「巣穴の周辺の黒いものは何だ?」
「恐らく……ジャイアントアントや風の国兵士たちの死体でしょう」
「げぇ……体液で黒いってこと!?」
「あれが全部か!?」
「もう二週間戦い続けていますから……」
「しかし大分劣勢に立たされているようですね」

 巣穴周辺が死体や血で黒く見えているということは、最前線がかなり押し戻されてしまっていることに他ならない。
 事実、属国ヴィントルの兵士たちは疲弊し切っていて、もはや軍が瓦解するのも時間の問題だった。

「アスタロト殿、ここの他にも巣穴があるとのことだが?」
「はい、そちらも交戦中ですが現在は小康状態ですので、まずはここを片付けてから周辺を掃討すれば良いでしょう。ひとまず指令本部へ移動しましょう」

   ◇

 部下たちを指令本部の外に残し、隊長格が本部に入る。

「おお……やっと本国からの援軍ですか……」
「もう押しとどめるのも限界です……」

 そんな中一人の騎士がアスタロトの前へ出る。

「アスタロト殿、魔王代理直々にこのようなところへようこそお出でくださいました。カゼハナの指令本部を預かるキャストム・ウィドランであります!」
「戦況は?」

 アスタロトが指令本部に入るなり司令官キャストムに状況説明を求める。

「依然膠着こうちゃく状態です。ただ……倒しても倒しても湧いてきますので、こちらの被害もどんどん拡大しております。それに……兵たちの疲労ももはや限界に来ています」
「そうですか……それで現在の被害状況は?」
「分かっているだけで死者千六百余名、行方不明が四百余名、怪我人はその三倍ほどです」
「アリの撃破数は挙がっていますか?」
「主要な巣穴だけで九百を数えましたが、まだ衰える気配はありません」

 この報告を聞き、『ベルゼビュート様はボレアースに女帝蟻が出現すると仰っていたが、やはり全く勢いを衰えないところを見るとカゼハナに居るのでは?』とアスタロトは考えていた。

「他の巣穴を合算するとどれくらいになっていますか?」
「千二百体ほどの撃破数になります。他の巣穴は我々を撹乱するような動きが多く最初こそ混乱させられましたが、今はあまり動きがありません。現状を考えれば間もなく沈静化すると考えて良いと思います。それで……その方々は?」

 アスタロトが引き連れて来た雷の国騎士、樹の国守護志士、レッドドラゴン部隊を見てそう質問する。

「この戦況を大きく変動させられる者たちです」
「それはそれは! 一体どちらの方々なのですか?」
「雷の国と樹の国からの援軍、そして、彼らはレッドドラゴンたちです」

「「「ドラゴン!?」」」

 部屋に居た騎士全員が驚きの声を上げる。
 ドラゴンは大抵一個体、もしくは少数で行動するため、ドラゴンの集団というのはそれほどに珍しい。

「この方々全員がですか!?」
「そうです、二十人います。これだけの人数のドラゴンが居てくれれば、あっという間にケリが付く。戦場にいる全員を下がらせてください」
「しかしそんなことをすれば、あっという間に勢力拡大されますが……」

 この言葉にフレイムハルトが説明のために前に出た。

「我々が出れば、周辺が火の海になります。戦場に亜人が残っていた場合、我々のように火に耐性のある者以外は生きてはいられないでしょう」
「しかし退却するにしても、背中を狙われしまいます!」
「それは我々がサポートしましょう!」

 樹の国の団長マルクが名乗り出る。

「なぁに、退却させるだけの簡単なお仕事ですよ」

 雷の国団長エリザレアもそれに続く。
 それを聞いたアスタロトが引き連れて来た騎士に指示。

「ティナリス隊も退却のサポートをお願いします」
「分かったよ」
「ではすぐにでも作戦に移りましょう――」

 と、作戦開始に向けて動き出そうとした瞬間、新たに伝令の騎士が駆け込んできた。

「失礼します! こちらに魔王代理のアスタロト殿がいらっしゃると伺いましたが」
「アスタロトは私です。どうしましたか?」
「ご報告致します! 本日の十時から十二時の間、ここカゼハナから六百キロ西、我が国ヴィントルの隣国であるアーヴェルムのヴァントウという町付近で、三度目のはぐれジャイアントアントの集団が確認されました! しかし、前回、前々回にヴィントル我が国で発生したものとは違い、今回発生した個体は硬く強く、現在アーヴェルム国内の騎士団を派兵して対応していますがその対応にも苦慮している、とそう本国から連絡がありました!」
「えっ!!?」
「何だとっ!!?」
「何ですってっ!!?」

 伝令に来た騎士の報告を聞き、アスタロトとティナリス、アスタロトに帯同していたイルリースが驚愕の声を上げた。
 アルトレリアでカイベルがアスタロトたちに語った“第三のはぐれアリ”の情報が、今しがたようやくアスタロトたちの耳に届いたのだ!
 三人のそのあまりの驚きように、伝令の騎士が少したじろぐ。

「お三方、殊更驚愕されてどうかされたのですか?」

 三人同時に大袈裟とも言える驚きの声を上げたため、少し心配になったマルクがそう訊ねるも――

「い、いえ……続けてください」

 ――動揺を隠すことができず呼吸も荒くなる。
 一方の伝令の騎士もアスタロトたちのあまりの驚きぶりに気圧けおされて少しの時間硬直していたが、アスタロトから促されてそのまま報告を続ける。

「ほ、報告を続けます! す、巣穴の発見されなかった前回、前々回とは異なり、今回は巣穴が発見されています。ここカゼハナと同様、どんどんと新しいアリが出てきてる状態のようで……しかもそのうち数体が兵隊アリのようです!」

 半信半疑であったアスタロトも、カイベルが予見していた『風の国を乗っ取られる』という言葉を信じざるを得ない状況に立たされる。
 アスタロトとティナリスが独り言のように呟く。

「……ま、まさかカイベルさんの言う通りの場所に出現するとは……出現する属国と町の名前までピタリと一致……しかも今回は先日より強い個体だと……? 弱く若い働きアリではないということか……」
「……ここまでピタリと当たってるなんて……」

 その独り言の後、ティナリスが小声でアスタロトに話しかけた。

「……ねえアスタロト、これはもうカイベルさんの説を無視する訳には行かなくなっちゃったんじゃない……?」
「……そのようです……我々ですら関知していないことを言い当てたとなっては、無闇に捨て置ける意見ではなくなりましたね……」
「……それに……彼女の話では確か明日から三日間の間のどこかで世界中の国でジャイアントアントが出現するって……」
「……ええ、覚えています。そんなこと言ってましたね……正直そんな規模に発展するなど到底信じてはいませんでしたが……ヴァントウの件が当たってしまったことで一気に現実味を帯びてきましたね……」

 三人の表情が更に一段と険しくなる。イルリースは黙っているもののデスキラービーの時のことを思い出し、恐怖心を帯びた表情が更に濃くなった。
 それを見ていた伝令の騎士はアスタロトに指令を仰ぐ。

「い、いかがいたしましょうか!?」
「ジャイアントアントが確認された属国のアーヴェルムへ連絡してください! その付近にも女王が潜んでいる可能性があるので、土の精霊を派遣してくまなく調べるようにと命令を! それから三日前と六日前にヴィントル国内で発生した場所にも報せるように! 巣穴が見つからなかったがその二ヶ所も新しい女王蟻が潜んでいる可能性が高い!」
「了解しました!」
「それと各七大国へ、近日中に各々の国でジャイアンアントの発生が予想されると連絡をしておいてください」
「で、ですがその根拠となるものがありませんが?」
「これはあまりにも不確定要素が多過ぎて公表できなかった情報ですが、ヴァントウでアリが発生するという情報はとある方から事前に知らされていました」
「事前に……ですか?」
「ええ、あまりに常識外れでしたのでほとんど信じてはいませんでしたが、それが当たってしまったことを考えると新たなジャイアントアント発生まで一刻の猶予もありません。各国に理由を聞かれたら、『我が国の高名な占い師がそう言っていた』とでも言っておいてください! 相手方が信じるか信じないかはともかく、伝えて少しでも警戒させておくことが大切です! 我が国にジャイアントアントが発生したことは既に各国に伝達済みですので、意見を丸々無視することはできないでしょう。もう時間がありません! 早々に連絡を!」
「りょ、了解しました!」

 第三のはぐれジャイアントアントの集団が見つかったことで、一気に慌ただしくなる。
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