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第17章 風の国ストムバアル『暴食』の大罪騒乱編

第450話 谷底の草木伐採作戦

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 城に戻ると、カゼハナ討伐組は既に出発したとのこと。
 私は私がやるべきことをやろう。

 このボレアース部隊の指揮は私に一任するとのこと。
 指揮権渡されても困ってしまうが、幸い私一人だけが女帝蟻がボレアースを狙っているという少し先の情報を持っている。
 早速私のところに配属された騎士たちを集め、城の前に整列させる。
 レッドドラゴン五人、アスタロトの私兵二十人、風の国の準精鋭以下の騎士を五十人と精鋭には達していない一般騎士が四百二十人。
 それと――

「アスタロト様から貴女の補佐を申しつけられました、エイビス族のウィンダルシアと申します」

 ――アスタロトの考えを理解している精鋭騎士の一人を補佐に付けてくれた。彼は怪鳥種エイビス族の上位存在で、準精鋭騎士や一般騎士たちの上の階級に当たる。
 彼は私が前代ベルゼビュートだということを“信じている寄り”のヒトらしいから、彼が補佐してくれれば私の考えをスムーズに伝えやすくなる。
 今まで怪鳥種はルフ族のティナリス、ガルダ族のセシーリアさん、エイビス族のウィンダルシアさんと出会ってきたが、風の国の騎士団には怪鳥種の上位存在が多いらしい。
 彼と私を加えた総勢四百九十七人の大部隊。
 魔王が相手と考えるとまだまだ不安だが、今はこの部隊で出来る最善のことをするしかない。

 アスタロトの私兵は、彼が『私兵』と言うだけあり洗練されていて、整列も美しい。
 騎士たちに関しては……きちっとしてるとは言えるが、まだ精細さには欠けるように思う。
 そんな中、ウィンダルシアさんから質問が来た。

「アルトラ部隊長――」

 部隊長!?
 おお……何か……良い……
 私は『隊長』呼びに密かな憧れでもあったんだろうか? 少し新たな扉が開いた気がする。

「――アスタロト様からあなたのことを仰せつかりましたが、急なことでしたのでジャイアントアント関連とだけ聞いていますがなぜここに配属されたか詳細までは聞いておりません。精鋭は私一人を残してカゼハナへ発ちましたし、我々はここで何の任務に当たるのですか?」
「ボレアースをジャイアントアントが襲撃する可能性がありますので、その迎撃準備をしたいと思います」

 『ボレアースが襲撃される』、そう聞いた騎士たちが騒然とする。

「ここをですか? カゼハナからはかなり距離がありますし、ここは安全なのでは?」
「今はまだ何も起こっていないのでそう思うかもしれませんが、明日、遅くとも明後日、ボレアースが襲撃される可能性が濃厚です!」

 そのやり取りを聞いていた他の一般騎士たちからも様々な言葉が上がる。

「こんなに穏やかな日々が続いているのに?」
「そんなバカな!」
「アリが能動的に亜人の住処を攻撃するなど聞いたことがありませんが?」
「しかし、アスタロト様の私兵まで集められて、こうして部隊が結成されているのは気になるが……」

 アスタロトの私兵を含め、疑問を持つ者が大多数。
 私兵にしても、ウィンダルシアさんと同様に私の下に付く理由は恐らく聞いていないのだろう。
 なぜならアスタロトにとっても“信じられない寄りの半信半疑”で迂闊に『女帝蟻がボレアースに出現する』とは言えないからだ。
 もしそれを言ってしまって、カゼハナの方を疎かにし、樹の国、雷の国に被害が多数出るようであれば、自身の国の問題で同盟国に損害を与えたとして責任は免れない話になる。

 そして私は今、『明日巨大地震が来ると天啓があったから避難の準備をしておけ』という予言に等しいことを言っているわけだ。
 そりゃにわかには信じられない。
 しかし、女帝蟻がこの場に出現することは、今起こっている事実とカイベルの分析による行動予測のため、地震の予測とは違って未来予知ではない。
 最も遅くとも明々後日しあさってには必ずここに出現するはずなのだ!
 彼らが信じない頭でも、何とか信じる方向へ切り替えなければならないわけだ。

「と、とにかく! 明日、遅くても明々後日しあさってにはここを襲撃される可能性が高いから、いざ出現した時に後悔したくないのであれば私の指示を聞いてください!」

 ……
 …………
 ………………
 少しの沈黙。

「…………それで、我々はどうすれば良いのでしょうか?」

 ウィンダルシアが騎士たちを代表するように私に指示を仰ぐ。上手い具合に先導してくれてありがたい。
 それに、『後悔したくなければ』という言葉でみんな少しだけ私の言葉を聞いてくれる準備ができたみたいだ。
 もっとも……多くの騎士たちの表情から邪推する限り心中は、『遅くとも明々後日しあさってにはジャイアントアントがボレアースを襲撃するという話は嘘だったと判明するだろうから、三日間くらいはこの“一応の”部隊長に付き合ってやるか』程度に考えている者が多数かもしれないが……

「まずはジャイアントアントが出現する可能性が濃厚なキノコ岩の崖下の草木を綺麗にします」
「綺麗にする? 掃除するんですか?」
「はい、先ほど下見に行ってきましたが、今のままだと草木が生い茂り過ぎていて私たちにかなり不利に働くので、まずは草木を刈り取って戦場の視界を確保します」
「戦場の視界を確保!? つ、つまり我々の住む場所の直下が戦場になるわけですか?」
「そう考えています」
「キノコ岩の上には家族や友人、知り合いも沢山いるんですよ!?」
「じゃあ、非戦闘員を避難させないといけないじゃないですか!」

 五百人弱も居れば、中には私の言葉を信じる者も出てくる。

「今すぐにでも避難させてください。ただし、その方々が私の言葉を真に受けてくれるのであれば、ですが……」
「あっ……」

 『自分たちですら大部分信じていないのに、戦場とは縁遠いところにいる家族や知り合いに報せたところで信じてくれる可能性は低い』、そういう考えが表情に現れた。

「私としてはボレアースに出現しないのであればそれが最良だと思ってます。むしろ外れるなら外れて欲しいと思います。ですが、今ジャイアントアントが世間を騒がせているのは事実ですので、後悔しないために今やれるべきことをやっておきましょう。今回の女王蟻は従来と少し違うという話は聞いていますか?」
「確か……今まで行方不明であった『暴食グラトニー』を得た可能性が高いとか何とか……」
「その通りです。そのため今回の女王蟻は亜人や魔人など、ヒトと同等の思考回路を獲得していると見られています」
「ヒトの思考を獲得している……? ではボレアースに出現する目的まで推測できているのですか?」
「はい。ジャイアントアントは風の国の乗っ取りを目論んでいると考えられます」

「「「風の国の乗っ取り!?」」」

「そんな話は聞いたことがありませんが……」

 『乗っ取り』の単語により、なお一層騒然とする騎士たち。
 黙っているものの、これには流石にウィンダルシアも否定的な表情を見せる。
 否定的なのは当然のことだ、これを聞いたのは私とアスタロトとティナリスとイルリースさんの四人だけだ。私以外の三人は風の国の重役たちだから、国が乗っ取られる可能性があるなんて迂闊に口にできるはずもない。

「第一の狙いは首都と予想されるため同じキノコ岩の上でも、城から離れれば離れるほど安全性は高まると考えています」
「それは本当ですか?」

 別の騎士からも疑惑に満ちた声。

「はい。疑うならアスタロト殿かティナリス殿に聞いてみてください」

 とは言っても、二人とももう城にいないのだが……

「それならなぜアスタロト様とティナリス団長はこちらを優先しないのですか? もしここにジャイアントアントが出現するのが分かっているなら、どう考えても属国のヴィントル (カゼハナのある国)よりも、本国の首都を優先するべきだと思いますが?」
「それは……ややこしい話になりますが、アスタロト殿らも半信半疑だからこちらに戦力を割く決断ができなかったと考えています。現状はどう見てもカゼハナの方が被害規模が大きいですし、樹の国や雷の国の兵士たちを巻き込むような作戦は立てられませんから」

 ああ……詳しく言えないってのがこんなにモドカシイとは……

「それは……アルトラ殿の妄言ではないのですか?」

 そう思われるのも仕方ないが……

「貴様!」
「言って良いことと悪いことがあるぞ!」

 侮辱とも取れるこの発言にレッドドラゴンの男二人マグマーレとプロクシアスが怒りをあらわにする。
 そこでウィンダルシアが助け舟を寄越してくれた。

「私がここに配属された以上は、妄言と切り捨てるには浅慮が過ぎる。アスタロト様も何かしらの懸念があったからこそ、私をアルトラ殿に付けられたのだろうからな」
「そ、それもそうですが……」

 精鋭陣の一人であるウィンダルシアの一言により、この“妄言”は少ならからず説得力を帯びる。

「それに……私はアスタロト様から彼女は恐らくこの連合軍の中で最も強い魔術師であろうと聞いている。ジャイアントアントがボレアースに出現しても彼女であれば何とかしてくれるとお思いなのだろう」

「アルトラ殿がこの連合軍で最強!?」
「ティナリス団長や隣の国のウォライト殿よりも!?」
「竜種や怪鳥種より強い亜人ですか!?」

 ちょ、ちょっと期待が重いが……まあ説得してくれて助かった。

「ではジャイアントアントがここを襲撃する“かもしれない”というのはこの国の上位陣しか知らないことなのですか?」
「現状ではアスタロト殿、ティナリス殿、イルリース殿の三人しか知りません」

 ……
 …………
 ………………
 再び少しの沈黙。

「しかし、再度言いますが、ジャイアントアントは絶対に来ます! 後悔しないために、先んじて家族を避難させたいという方があれば一時間だけ待ちます。その間に避難を促して戻って来てください」
「す、すみません。家族に報せに行ってきます」
「俺も!」
「私も!」

 しかし、その言葉で不安になった騎士の一部は家族へ避難を促しに走る。
 それでもこの場を離れたのは十分の一ほど。

「あなたたちは良いのですか?」

 アスタロトの私兵に問うと――

「我々はアスタロト様にあなたに仕えるように命令されておりますので、この場を離れるわけにはまいりません」

 お抱えの私兵となると主人に忠実ってわけね。

「ウィンダルシアさんは?」
「私も彼らと同じです。ここを離れるわけにはいきますまい」

「あなたたちは?」

 と一般騎士たちに問うと――

「我々はそこまで大ごとになるとは思えませんので」
「……そうですか」

 予想通りほとんどは真に受けてはいない。
 それでも五百人弱のうちの十分の一も報せに走ってくれれば、そこから噂となって広がり、避難しようとする者も増えるだろう。
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