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第17章 風の国ストムバアル『暴食』の大罪騒乱編

第444話 女帝蟻の不可思議な行動

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「話を戻しますが、もしや数百キロ離れたところで見つかったジャイアントアントはただのはぐれ者ではないと考えているのですか?」
「はい」
「しかし、現に未だにカゼハナの巣穴からは働きアリが出現し続けているのですよ? 産み落としている女帝元凶がいるからに他ならないのでは?」
「そのように見えるかもしれませんが、ヴィントルから湧き出しているアリたちは陽動と考えます。女帝がそこにいると見せるためのカモフラージュですね。それに……孵化して二週間程度のジャイアントアントでは戦力にはなりません。幼体から成体になるまで二ヶ月かかり、早期に対抗戦力として使うにしても一ヶ月ほどかかります。機動力が無くなった古い個体を囮としてヴィントルに置き、まるで最近産み出されているかのように波の動きを取り入れて時間稼ぎをしているのです。亜人の目から見れば若くても年老いていても、アリの見た目は分かりにくいですから」
「最近産み出されているかのように装っている? そ、それはつまり今涌き出しているように見える働きアリたちは大量にストックされていたということになりませんか!?」
「そうなります。その女帝らしき個体を『暴食グラトニー』の宿主と仮定した場合、『暴食グラトニー』は行方不明になって既に二十七年経っています。年数を考えても思惑の実行のために働きアリを大量にストックしていたとしても不思議ではありません」

 アリにしては随分理知的な行動だな。働きアリ兵士温存ストックしているって。

「二十七年働きアリをストック? 二十七年隠し通すにはかなり無理があるのではないですか?」
「これは私の憶測の域を出ませんが、女帝蟻が『暴食グラトニー』の宿主になったのは、行方不明になった二十七年前ではないのではないかと考えます」
「? どういうことですか?」
「何度か転々と宿主を変え、最終的に女帝蟻に行き着いたのではないかと」
「なぜそんな憶測に?」
「今アスタロト様が仰られた二十七年間働きアリを隠し通すのは無理があるというところが一番の理由です。体高二メートル、体長三メートルもの巨大生物が二十七年間もヒトの目に触れないことなどあり得ないでしょう。だとすれば女帝蟻の前に別の生物が『暴食グラトニー』の宿主になっていた可能性が高いと考えます」
「しかし、魔王の能力の継承ですよ? 宿主になった生物が魔王相当の力が出せるとしたらアリの前にその別の生物が台頭してもおかしくないのではないですか? それなのに『暴食グラトニー』は二十七年もの間一度も見つかることがなかった。そこはどのように説明付けるのですか?」

 二十七年か……確かに別の生物が宿主になっていたとしてもそれだけ長い間見つからないのは不自然だ。最初から女帝蟻を宿主にし、今の今まで隠れていたと考えるのが普通かもしれない。
 でも、アリの二十七年って言ったら女帝から生まれる数も物凄い量になってるだろう。
 『ジャイアントアントは見つけ次第駆除の対象』だから一匹でも見つかれば徹底的に調査されて駆除されているはずだし。
 それだけの期間ジャイアントアントが増え続けていたら、とっくの昔に魔界全土がアリの手に落ちているであろう。それくらい長い期間だ。

 亜人に全く悟られずに隠し通すのは……百パーセント不可能に等しい。大きめのアリとは言え二十七年も生きてられるかどうかも分からないし。
 とうことはやっぱりそれより前に別の生物が宿主になっていて、最近女帝蟻が大罪を継承した可能性に行き着くわけだ。

「そうですね……では『なぜ女帝蟻以前の生物が台頭できなかったか?』、その理由を考えてみましょう。例えば……亜人相当の思考能力を有していなければ、魔王の力の継承が上手く行かないと仮定したらどうでしょう?」
「継承が上手く行かなくて魔王本来の能力が出せないということでしょうか?」
「はい。あくまで可能性の話ですが」
「もしそういう理由があるなら、魔王の力が出せず、天敵には簡単に捕食されちゃいそうですね!」
「そうして転々として行き着いたのが現在の女帝蟻ではないか。そういう考えはどうでしょうか?」
「確かに……今までは亜人や魔人など知的生命体にしか継承されてこなかった大罪ですので、虫には継承が上手くいかないという可能性は無きにしも非ずですが……」
「じゃあ、カイベルさんは女帝蟻は継承が上手く行ったのに、それ以前の生物に継承が上手くいかなかったのは何でだと思ってるんですか?」

 ティナリスの問いにカイベルは少し考えるフリをして――

「…………恐らく、それら女帝蟻以前の宿主は亜人を食べないタイプの生物だったのではないかと」
「“亜人をタイプの生物?”」
「亜人が食べられることが重要なのですか?」
「はい。『暴食グラトニー』の権能の中に『食べた者の能力を得る』というものと、『食べた者に変身できるようになる』というものがあると聞きました。亜人を食べたことにより、亜人へ変身する能力を得たとします。アリの場合、これにより亜人に近い思考能力を得ることができ、魔王本来の能力の伝達・継承に至ったのではないかと」

 そうか、例え『暴食グラトニー』の宿主になったとしても亜人のような思考をする生物を食べなければ、虫がそれ相応の思考能力を獲得することはできないってわけか。
 アリなら亜人を食べる可能性があるけど、例えば蝶みたいな蜜しか摂取しないような生物だと亜人を食べてその能力の獲得が出来ないからイコール亜人相当の思考能力を得るのは不可能というわけだ。

「継承したのは恐らくここ三年ほどと考えます。自身の成長に一年を費やし、その間に亜人を捕食して思考能力を得て魔王の能力が覚醒。二年目に今後の計画に必要となる複数の女王蟻と各種働きアリを生産しつつ亜人に知られないように戦力を温存。一年前にヴィントル付近の森で音が聞こえたというのは、まだ女帝による統制が上手く行っておらず、働きアリが勝手に地上へ出てしまったからではないかと」

 統制が上手く行ってなくて勝手な行動をする。勝手な行動は人間でもあり得るのだから、アリにだって無い話ではないな。

「辻褄は合います。が、それはカイベルさんの想像でしかありませんよね?」
「確かに。しかし今までに虫が継承したケースは無いのですよね? だとすればそういった我々が認知していない現象が起こっていてもおかしくないのでは?」
「確かにそうなのですが……あまりにも歴史上で云われてきたこととかけ離れているので……そのまま信じるには無理があります……」

 論理的にも想像にしても納得する材料はあるものの、歴史上前例の無い“虫が宿主になった”という事態に、すんなり腑に落ちないという感じ。
 “一端いっぱしのメイド”に主導権を握られ続けているのが気に入らないというところも手伝っているのもあるのだろう。
 ただ、最初は邪魔な者を見るような目で見ていたアスタロトも、カイベルの話に聞き入るようになってきている。

「…………ん? 我々はカイベルさんに一年前の音の話をしましたか? 先ほどベルゼビュート様と話している時には居なかったように思うのですが……」
「あ、ああああ!! わ、私が事前にカイベルに話したの!!」
「そうでしたか」

 そんな時間は無かったが、一応誤魔化せたらしい。

「では少し話を戻しますが、あなたは今ヴィントルで湧き出しているアリは囮だと言いました。しかし現に我々が土の精霊に依頼した調査では卵が巣の中にあったのですよ? それはどう説明付けるのですか? それにそれだけ大量の働きアリを誰にも知られずにどうやって増やし続けるのですか?」
「はい、卵については産み落として放棄したのだと思われます。先ほども申しましたが、ジャイアントアントが卵から成虫になるまでおよそ二ヶ月。成虫でなくても亜人相手の対抗戦力になるまでおよそ一ヶ月。現在居る老兵戦力だけで十分陽動はできると考え、保険として一ヶ月後に戦力として数えられる卵を残し、女帝自身はその地を離れたのだと考えます」
「しかし我々がカゼハナのアリたちを全滅させてしまえば、卵も見つかるのでは?」
「全滅間際になれば埋めて隠すでしょう。その際に卵のお世話係を一緒に埋めれば一ヶ月後には若いアリが地表に出てきて、再び陽動の役目を担ってくれます」

 全滅させたと思ったアリが一ヶ月後にはまた出てくるのか……それは厄介だし、終わったと思っている現地のヒトたちからすれば恐怖だな……

「卵の方はそうだと考えましょう。では、働きアリのストックの方はどう説明付けるのですか?」
「実際に見たわけではないので、推測にしかなりませんが……いくつか人目に付かせず働きアリたちを増やし続けられそうな方法が想像できます」
「それは?」
「『働きアリをできるだけ動かさず女帝蟻自身が働きアリを養うこと』、『食べられる植物を自給自足すること』、『食べられる植物を人目に付かず収穫してくること』、少し考えてこれくらいでしょうか」

 アスタロトとティナリスが顔を見合わせて難しい顔をする。アスタロトに至っては少々呆れ顔。

「……まあ、一つずつ説明をお願いします」
「はい。まず一つ目についてですが、仮に女帝蟻が魔王相当の能力を持っていた場合、単独で行動すれば亜人に見つからずに食料を調達するのはそれほど難しいことではありません。アリは自分より何十倍、何百倍も重いものを持てます。ジャイアントアントは自身の体重のおよそ五百倍ほどのモノを持ち上げられ、二千五百倍を引きずることができるとされています。体重は四百五十キロほどなので、持ち上げられるのは二.二五トンほどでしょうか」

「「「二.二五トン!?」」」

「それって少し集団になるだけで家みたいな建造物まで持ち上げられるんじゃないんですか?」
「はい、そういった危険性も見つけ次第駆除しなければいけない理由です」

 え~と……確かブルーソーンがドラゴン化した時に体重四トンとか言ってた気がするから……二、三匹もいればドラゴンも持ち上げられるってことになるのかな。 (第325話参照)
 まあその前に尻尾で蹴散らされると思うけど……それでもウジャウジャたかられれば、一瞬で骨も残らない可能性がある。
 流石に家を持ち上げるには数匹では無理かな。平屋でも三十トンも四十トンもあるって聞いたことあるし。

「種族の強靭さにも依りますが、多くの亜人は掴まれてしまえば身体は一瞬でバラバラです。駆除に際して掴まれないよう立ち回りをしますよね?」

 これには実戦経験が多いティナリスが答える。

「た、確かに……ジャイアントアントの初めての作戦で先輩騎士に『絶対に掴まれるな』と教えられました。基本的には距離を取って遠くから魔法で駆除に当たるのが望ましいと言われましたね。相手はバカみたいに思考能力の低いアリですから複雑な策は取りませんし、高位防御魔法を使っても数秒掴まれれば死は免れないそうなので近接戦闘は愚策と言われています。私は幸いルフ族という強靭な種族に生まれたので掴まれても平気でしたが、脆い種族なら一瞬掴まれただけで簡単に腕が飛んでいくとも……」

 ちょっと掴まれただけで腕が飛ぶって……幻想世界に生きるヒトたちは命がけだわ。
 地球ではスズメバチの駆除するのにも命がけだって言うのに、それよりも遥かに危険度が高い虫を相手にしなきゃならないんだから……

 ここまで堂々と話していたカイベルを見て、アスタロトが疑問を呈する。

「ちょっと良いですか? あなたはなぜジャイアントアントについて、そこまで詳しく知っているのですか……?」
「アクアリヴィアにて、ジャイアントアント研究の論文を読んだことがあります。前述のように働きアリですら強靭な能力を持つため、部屋を分厚い金属で作る必要があり、捕らえて研究するのは至難の業であったとの記述もあります。この論文に依れば捕獲直後はまだ狂暴性がありましたが、日が経つにつれて食料が自動的に供給されることもあり、徐々に大人しくなっていったそうです。ただ、この論文は分厚い金属の箱での研究結果であって、土の中の生態についての研究は記載されていませんでしたが」

 もっともらしく語っているが、このカイベルの発言に私は思った。『嘘だな』と……
 カイベルがアクアリヴィアに行ったのなんて、去年クリスマスに年末年始の買い出しに行った時くらいだし…… (第201話参照)
 彼女が『アクアリヴィアで論文を読んだ』と口にしたのは、私のいた『アクアリヴィアで雇ったメイド』という嘘が土台だろう。 (第98話参照)
 まあ、ジャイアントアントの生態については合ってるんだろうけど。
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