上 下
431 / 533
第16章 大使就任とアルトレリア健康計画編

第421話 クリューが倒れた!?

しおりを挟む
 信任式を終えて数日、気の抜けているところに突然の悲報が飛び込んできた。

「アルトラ様! クリューさんが!」

 涙を流しながらメイフィーが我が家へやってきた。
 泣きながら来るなんて……ただ事じゃないことが起こってる?

「クリューがどうかしたの?」
「農作業中に突然倒れて! 早く来てください!」

 急いでクリューのところへ向かうと畑のあぜ道で仰向けに寝かされていた。
 周りには数人の農作業員。

「何があったの!?」

 急いで駆け寄って、身体を揺するが何も反応無し。
 首筋に手を当ててみるも脈は無し。胸に手を当ててみるものの、心臓も動いていないみたいだ。

「アルトラ様を呼びに行った時には既に心臓は動いていませんでした……時間も経過してますし、残念ながら……もう……」

 周りは悲嘆に暮れている。
 みんな既にクリューは死んだものと思っているようだ。

 私は義体コレが何なのか分かってるから焦りは無いんだけど、彼女らからすると本当に死んでしまったと思っているようだ。心臓止まってるし……
 しかし、死神本体がこの中にいないんなら、本体はどこへ行った?
 死神の仕事行くにしても、他の誰にも気取けどられないように自分の家で義体から抜け出るはずだし……

 座ったまま周囲をキョロキョロと見回すと――

『アルトラ』

 声をかけられたためそちらを向くと、クリュー  (死神本体)に上から覗き込まれていた。

「あれ? 何でそんなところに居るの?」

「「「えっ!?」」」

 私が発した一言に、この場にいる全員が振り向いた。

「アルトラ様……だ、誰に向けて言ったんですか……?」

 何も無い方向へ話しかけたため、みんなに怪しまれてしまった……
 その場から立ち上がり、義体から抜けたクリューの本体へ近付いて小声で話しかける。

「……あなたの姿は私以外には見えてないから、このままここで話してると私が変人認定されちゃう。場所を移しましょう……」
『わかりました』

 筋力強化魔法を使い、寝転がったクリューの義体を肩に抱える。
 背の高さの関係で足をちょっと引きずってしまってるけど、それは勘弁してもらおう。頭引きずるよりは良いだろう。
 ゲートを出現させる。

「ど、どうするつもりなんですか?」
「まさかもう埋葬を……?」
「いや、まだ生き返るかもしれない。私が何とかしてみる!」
「まだ蘇生できるんですか!? 心臓が止まって大分時間経ってると思いますけど……」
「うん、多分まだ大丈夫」
「ホントですか!? ……では、お願いします!」

   ◇

 ゲートにて我が家に帰って来た。

「カイベル~……は今日はいないんだっけ」

 今日はどこかのお店の開店のアドバイスに行くとか言ってたっけ。花屋だったか、種苗屋、植林業だったか……植物関係だったような……
 家に居れば原因を教えてもらおうかと思ったけど……カイベルが帰って来るまでこのまま放置しておいたら義体が傷んでしまうから、私が考えるしかないか。

 現在リディアは家にいない時間だから、ここで処置すれば問題無い。
 ネッココは庭に埋まって日向ぼっこしてるから多分まだ家の中には入って来ないだろう。

「で、どういう状況なのか説明してもらえる?」
『私にも何が何だか……突然義体の外へ排出されてしまいました』
「こんなことは初めてなの?」
『はい、義体に戻れなくなったのも初めてです』
「最近になって、義体に入ってて何かおかしいことなかった?」
『そうですね……最近、何だか少しの動作で義体から投げ出されることが多くなりましたね。例えるなら緩々になったスマホとスマホケースとか』
「あなたスマホ知ってるの!?」
『ええ、まあ……たまには人間界に出張もしますし、地球で死神業務に就いていたこともあるので』
「地球に出張なんてするの!?」
『我々が寿命を司るのは地球では広く知られてると思いますが……』

 聞いたことくらいはある……
 寿命を迎える人を死神の鎌で斬って肉体と魂を切り離すとか、寿命と同じ長さのロウソクを持っていて、それが尽きたら死ぬとか何とか、そんな諸々のおとぎ話をいくつか聞いたことがある。

『地球での主な仕事は死した魂を三途の川へ送り届けることです。分業化されてて三途の川の渡し守も死神ですよ』
「て、天使が迎えに来るって言う話も聞いたことがあるけど……?」

 どうせ迎えに来てもらうなら、どちらかと言えば死神より天使に来てほしい。

『基本的に善人寄りは天使が、悪人寄りは死神が迎えに行きますね。必ずというわけではないですが、どちらが来るかでほぼその後の行き先は決まります。まあ……こういうところが低級の神たる所以なんですが……神でもない天使と同等の仕事って……』

 あ、珍しくちょっと卑屈な状態に……
 私はどっちが迎えに来たのかしら? と言うかどっちが迎えに来たかなんて覚えてる人いるんだろうか?

「それで今は魔界で脱走亡者を捕まえる仕事に異動したってわけね」
『まあそういうことです。……それよりも早く、原因を調べてください』
「…………確か最初に義体に入った時に霊肉一致してないから魂 (本体)が出やすいんじゃないかって分析してたよね?」
『そういえば、そんなこと言いましたね』

 魂って変化するのかしら?
 と考えながらクリュー (死神本体)を見るものの……変わったところがあるようには見えない。
 ってことは、義体の方に何か変化があったってことなのか……?

 ……
 …………
 ………………
 あっ!

「…………ちょっと思いついたことがある、義体の隣に寝てみてくれる? 足の位置を揃えて」
『は、はぁ、わかりました』

 義体と死神本体を寝かせたのには理由がある。
 身長が同じかどうかを確認するためだ。
 この義体はクリューの魂と同じ身長に作ったはずだから、今も変わってはいないかどうかを確認したい。私の推測が正しければ――

「やっぱり! 義体の方が、四、五センチ程度高くなってる」

 思った通りだ。この義体、成長してるわ!
 この短期間に五センチも! もしかして成長期?

『ど、どういうことですか!?』
「多分、義体を作る時に『少年』ってイメージで作ったから、あなたという魂が入ったことによって『成長するスイッチ』みたいなものがONになったのかな? 創成魔法で作った肉体が成長するなんて思いもしなかったけど……」

 多分、“動かないはず”の肉の塊に、“命=魂いのち”が入り込んだから、成長する回路が入ったんだと思う。

『……ああ、そういえば最近妙に靴が窮屈だと……』
「多分、成長によって魂と義体でズレが生じてきちゃったから、ここ最近義体の外に投げ出されることが増えて、そのズレが限界に達したから肉体に戻れなくなったんだと思う」
『それで、何とかなるんですか?』
「う~ん……再構築すれば問題無いと思う。その際に成長もしないように施しておくよ」
『でも、背が低くなるんですね……五センチも……』
「まあ、このままだとこの肉体では生活できないから仕方ないね」
『ちょっと待ってください、もう一度戻れないかどうか確認します!』

 そう言うと、義体を何回も通り抜ける。

『ダメですね……肉体に引っ掛かることすらしなくなりました』
「じゃあもう再構築するけど良いかな?」
『な、何とかこのまま利用できないですか? 五センチも伸びたのに勿体ない!』

 未練がましいなぁ……

「もう何度も入ろうと試みたんでしょ? このまま置いておくと腐っちゃうから」
『何とか! 何とかならないんですか!』
「う~ん……自分で『霊肉一致してないから』抜けやすいんじゃないかって分析してたじゃない」
『それはそうなんですが……』
「じゃあ、自分で魂の形を変形させたりとか出来ないの? 肉体の方に魂を合わせられれば抜けにくくなるんじゃない?」
『それは固有の姿がある我々には出来ないですね。伸縮自在の精霊体からだを持つ精霊とかなら可能なんですが……もしくは魂だけの存在になれるなら』
「魂だけの存在になる? 今のあなたは魂の状態なんじゃないの?」
『アルトラは霊体や魂を同じものと考えているようなので話に齟齬そごが生まれています。この際なのできちんと説明しておきますね。地球の生物の身体というのは魂を中心に三段階の“包み”があります。分かり易いように順を追って説明しましょう。まず中心に魂があります。――』

 ( 魂 )

『その外側に霊体、――』

 ( 魂 ) 霊体 )

『更にその外側に幽体、――』

 ( 魂 ) 霊体 ) 幽体 )

『そして肉体が最も外側に位置します。――』

 ( 魂 ) 霊体 ) 幽体 ) 肉体

『――これが地球の生物の構成です」

 あ、魂と霊体って別のものなんだ……それどころか幽体も別のものなのか。
 私はこれらを全部同じようなもので、ただの呼び方の違いだと思ってた……

「対して冥球は星そのものを含めて全てが半物質、つまり幽体に当たるのでこの魔界の生物には一番外側の“肉体に当たる部分は元々存在しません”。魔界ここであなたが肉体だと思っているものは全て幽体に当たります。つまりこの冥球の生物の構成は――』

 ( 魂 ) 霊体 ) 幽体

『――となります。そのためチャンネルの合わない地球人には我々幻想生物われわれの姿を視認できる者が少ないのです』

 なるほど、地球人には幽体の状態が見えないから幽霊とかも見えないのか。で、稀にそのチャンネルに合わせられるのが霊能力者ってわけか。

 この話は以前レヴィに聞いたから何となく覚えがあるわ。
 レヴィは半霊体って言ってたけど、多分あれが幽体のことよね。 (第56話参照)
 冥球の生物は、自身が半霊体 (幽体)の状態だということを知らない (=自覚が無い)から、『肉体』と呼称しているって話を聞いた。

『そして今の私は魂ではなく、二番目の霊体の状態なので形を変化させることはできません。精霊の場合はこの『霊体』の部分が『精霊体』に置き換わります。彼ら精霊種は受肉するための物質が液体やエネルギー体であることが多いため、精霊体は伸縮自在なんですよ』
「へぇ~、じゃあ精霊体になるか魂だけになればこの義体に形を合わせられるんじゃない?」
『…………あなたは身体から霊体だけ出せって言われたら出来るのですか?』
「………………」

 霊体離脱~~ってことか?
 そりゃ、もちろん出来るわけがないよね~……

『そういうわけで、霊体を義体に合わせて変化させることはできません』
「じゃあ、私に出来ることはやっぱり元の身長に戻すことくらいしか無いかなぁ……もう方法が無ければ再構築を開始するけど、良い?」
『………………う~んう~ん…………そうですね……やむを得ません……お願いします……』

 今彼の中で物凄い葛藤があったのかもしれない。
 自分で霊体を変形させることはできないと力説した直後にテンションだだ下がった。

 創成魔法で義体を再構築。
 再構築が終えると、すぐに義体に戻るクリュー。

「何とか戻ることができました。アルトラ、ありがとうございます」
「何事も無くて (?)良かったわ」
「しかし……ああ、何だか急激に目線が低くなった気がします……」

 五センチじゃそんな変わらんやろ……
 と、心の中でつっこむも、口には出さないようにした。

   ◇

「あ、アルトラ様、クリューさんは大丈夫だったんですね!」
「みなさん、お騒がせしました」
「何とも無いんですか?」
「ええ、もう大丈夫、元気元気です!」
「そうですか……何事も無くて安心しました…………ん?」
「メイフィーさん、どうかしましたか?」
「クリューさん、何だか……背の高さ変わってませんか? 何かちょっと……小さくなったような? それに顔もちょっと幼くなったような……?」

 あ~、やっぱり違和感は覚えるのね……
 五センチの違いって結構大きいのかしら?

「き、気のせいじゃないですかね」
「そうですか? まあ、とにかく何事も無くて良かったです」

 こうして人騒がせな出来事は、周囲にほんの少しの違和感を残しながらもそれほど気取けどられることなく終わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

処理中です...