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第15章 火の国ルシファーランド強制招待編

第406話 レジスタンスの存在とマーケットの様相

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 分身体は近くの建物の屋根に立ち、少年を鞭打つ兵士の近くに砂煙を起こす。

「な、何だこれは!? 誰だ、俺にこんなことするやつは!?」

 高いところから見下ろす覆面姿の分身体。
 兵士の注意を引き付けて、逃げるように移動を始める。

「おい、誰かいないか! 屋根の上に不審な人物がいる! 恐らく反政府組織レジスタンス『宵の明星』の者たちだ! 捕まえて拷問にかけろ!」

 やっぱりレジスタンス組織は存在するのね。名前は『宵の明星』か……
 火の国の魔王であるルシファー、この『ルシファー』という名前には『明けの明星』という意味があるらしい。
 それを踏まえて“政府に反抗する組織”だから、明けの明星と対となる『宵の明星』という名を名乗っているというところだろう。
 偶然知り得たとは言え、これで反政府組織が存在していることが分かった。やっぱり国が疲弊してたらそういう組織が登場するのは世の常なのかもしれない。

 分身体は砂煙を撒き散らしつつ、周囲に居た兵士たちを巻き込みながら逃亡。周辺に居た兵士たちのほとんどは分身体を追って行った。
 私たちはその隙に少年に駆け寄る。

「うぅ……」

 背中の傷は思ったより酷い……何回も鞭打たれたことにより、服は大きく破れ、多重のミミズ腫れが背中全体に付いている。同じところを何度も鞭打たれたのか大きく皮膚が裂けて出血している部分も……
 出血量はそれほど多くはないが、このままにしておくと感染症や怪我による体力の低下で死ぬ可能性は低くはない。

「う……あなたは……?」
「怪我に響くからしゃべらなくて良いよ。回復してあげる」

 建物の陰に移動、少年をうつ伏せにさせて、回復魔法を施す。
 すると、近くで見ていた奴隷らしき女性に声をかけられた。

「その子を助けていただきありがとうございます。あの……あなた方が『宵の明星』のメンバーなんですか?」

 この質問が来るということは、虐げられる奴隷たちを救う活動をしている組織があるってことなのかな。

「いえ、そうではありません。ただの旅人ですがあまりに酷い仕打ちでしたので見ていられず介入してしまいました。期待させてしまってすみません」
「そ、そうですか、それでも助けていただきありがとうございます。しかし兵士たちの目を引くように逃げて行った覆面の方は大丈夫なのですか? もし捕まってしまえば酷い拷問をされるかもしれません」
「ああ、“彼”は決して捕まることがないのでご安心ください。それよりこの少年の介抱をお願いします。そのままうつぶせで寝かせておけば一時間くらいで動けるようになると思います。では、我々は急ぎますので」

 鞭打つヒトを救ったとて一時しのぎにしかならないかもしれないが、これでも彼がこの怪我が原因で死ぬことはなくなっただろう。
 どうやらレジスタンスも動いてるようだし、今後この地が彼らによって正常化していくのを期待しよう。

「さあ、私たちは早いとこ物資を調達してこの町を出ましょう」
「使い魔の彼は大丈夫なのですか?」
「はい、“彼”は特殊な移動方法を持ってますので絶対に捕まることはありません」

 実際のところは特殊な移動方法などではなく、水になって消滅するだけだが。 (分身体の特徴については第77話参照)
 “彼”が消えた後には、地面に水が残ってしまうことになるけど、姿、魔力紋含め、完全に改竄かいざんしてあるから、残された水の魔力紋を頼りに私に辿り着くことは無いだろう。
 そもそも魔力紋を調べる技術自体が、まだフリアマギアさん周辺しか知らない技術だから、例え偽装してなかったとしても私に辿り着けるのは、技術が一般化する数年先になると思う。

「少々心配ですが……アルトラ殿がそう言うのなら……では市場へ向かいましょうか」

   ◇

 デザートソリド内にある市場に着いた。
 この元要塞内の中にあった広場を現在は市場としており、規模はそれほど大きくはない。広さを何かに例えるなら一般的な体育館四棟程度の広さというところ。
 天井が無いが雨がほとんど降らない土地のため、ほぼ毎日ここで市場が開かれているらしい。ただし周りが砂漠のため、飛んでくる砂が多く、商品には短時間でも砂埃が付着する。各々の露店で店主が拭き掃除をしているのをよく見かける。
 食材以外にも、衣類、日用雑貨、家具、嗜好品、高級品らしきものまで種類を問わず何でも売っている。

「古くて価値がありそうなものまで売っているけど、あれは高いものではないんですか?」
「この町は店舗も狭く、仕入れた品物を全て置いておけるわけではないので、比較的安価なものはこちらで売られることになります。盗品も売りに出されますよ。嗜好品や高級品の半分くらいは盗品だと思います」

 う~ん……治安悪っ!
 とは言え、町の様子を見てる限りには、きっと生活するために盗むのよね……

「もっとも……奴隷にはとても手が出るような値段ではないので、それを見に集まるのは支配者階級が多いのでしょうがね」

 確かに良い格好をしたヒトが多く集まっているように見える。

「ここから盗まれたりしないんですか?」
「しますよ。盗まれるのは自己責任ですね。自身で警備を雇うくらいしか対策は無いですね。ちなみに警備兵も巡回していますが、彼らが泥棒を捕まえたところで、品物が返って来ることはありません。返してもらうには賄賂が必要ですね」

 酷いっ!

「この町は小さく、ここが最も規模が大きいマーケットですので、賄賂目当てで警備する兵士も多いのでしょう。マーケットは大規模なものはここの他にもう一ヶ所あるので、ここで盗んであちらで売ったり、あちらで盗んでここで売ったりなども、割と日常茶飯事ですよ」

 私たちも所持品盗まれないように気を付けないとな……

「さあ、私たちの目的は食料ですので、食料品を扱っているところへ行きましょう」

 レドナルドさんに付いて行く。
 何の迷いもなくその場所に向かっているように感じる。

「レドナルドさんって、この町の出身なんですか?」

 何気なく聞いたところ、振り返って一瞬だけ驚いたような顔をされ、すぐに元の寡黙な表情に戻る。
 火トカゲ爬虫人サラマンディア族はトカゲのようなドラゴンのような形の顔をしているので表情が読み難い。それが本当に驚いた顔だったかどうか分からないが、少なくとも私にはそういう表情に見えた。

「……なぜそう思ったのですか?」
「いえ、町の事情にも詳しいようですし、今も食料品のところまで迷いなく移動しているように思えたので」
「……いえ、この町の出身ではありません」
「この町についてよく知っているような口ぶりでしたが……」
「ええ、出身ではありませんが、ここにしばらく滞在したことがあるのです」

 “滞在”と濁したが、奴隷身分ということを考えれば、ここで強制労働でもさせられていた可能性が高いかな?

「身の上については突っ込んで聞かないでいただけるとありがたいです」

 予想は多分当たりか。
 その後は少し沈黙が続き、食材を売っている市場に着いた。

「肉だ、肉を買い込めアルトラ! お、これなど良いのではないか?」

 と、フレアハルトが指し示したのは首を落とされて吊り下げられた巨大な鳥らしきものの肉。三メートルくらいの大きさがある。
 貼られた値札には『デザートオストリッチ』と書かれている。
 道中私たちが食べてた鳥肉じゃないか。小分けしてないとこんなに大きいのか。

「レドナルドさん、首都アグニシュまであと何日でしたっけ?」
「二日ほどです」
「じゃあ流石にこんなに要らないよ」
「余ったらお主が亜空間に入れておけば良いではないか」
「今ですら亜空間収納ポケット内には肉が沢山入ってるのに、そうそうほいほい種類を増やしたくはないわ」
「二日ならこの程度のもので良いでしょう」

 レドナルドさんが指し示したのは、『デザートラビット』と書かれた肉。砂漠にウサギ? イメージ湧かないな……
 しかも、ウサギと言うにはかなり大きめ。頭が無いにも関わらず吊り下げられた状態で私の身長くらいある (百四十センチほど)。

「小分けにしてください」

 切り分けてもらい、骨も排除してもらって、私が普段イメージする肉の形で受け取った。

「あとは野菜と……水も補給しておきましょうか」
「野菜は要らぬ!」
「いや! 要るよ!」
「フレハル様、す~ぐ野菜排除しようとするんだから!」

 子供みたいな舌だわ……

 その後、野菜類と水を買って駱駝らくだ車へと帰還。

   ◇

 戻ってみると駱駝らくだ車の周りから巨人が居なくなっていたため、遠目からでも砂賊が保安組織に引き渡されたのが分かった。

「フレアハルト様、アルトラ様、レイア、レドナルドさんお帰りなさいませ」
「うむ」
「うん、ただいま。問題は無かった?」

 アリサに訊ねてみるも――

「一度……駱駝らくだ車ごと奪われそうになりましたが、撃退しました。どうやら護衛の少ないよそ者が狙われ易いようですね。見張りが女だと思って奪えるとでも思ったのでしょう」

 あの短時間で!?
 治安悪過ぎだろ……買い出しの私たちはよく襲われなかったもんだ……
 体格の良いフレアハルトとレドナルドさんが居たからかな?

「町の周囲の方々は見て見ぬフリでしたので、この町に寄るのはまさに自己責任と言うヤツですね」
「兵士まで見て見ぬフリだったの?」
「ええ、どうやらお金持ちかどうかで態度が変わるようです。わたくしたちは……その、どう見てもお金持ちの駱駝らくだ車ではないので……」

 ひっでぇ町だな……
 ここでも袖の下 (※)を要求するってわけか。
   (※袖の下:賄賂のこと)

「そう……見張りお疲れ様」
「はい」
「サンドニオさん、引き渡しは問題ありませんでしたか?」
「はい、心配された砂の精霊による砂賊たちの奪還もありませんでした」
「巨人はどうしました? 連行するのは大変だと思いますが……」
「兵士の方々が十数人で来て運んで行きました。その際に少しの褒章をいただけましたので、皆様に」
「いえ、全部あなたたちが使ってください」

 彼らのこの扱いを考えると受け取るのも忍びない。

「では旅の路銀として使わせていただきます。さあ用は済みましたのですぐにでもここを発ちましょう」

 何だか随分といそいそとここを発とうとしているな……
 治安を考えるとおかしいことではないけど……

 そう思ったが、『彼らが奴隷の身分だということ』、『この町に詳しい』、『鞭打つ』という単語から、なぜすぐさまここを発とうとしているのか察してしまった。
 彼らにとってみればここには碌な思い出が無いのだ。それならすぐに発ってやるというのが人情というものだろう。

「そうですね。じゃあ出発しましょうか」
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