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第15章 火の国ルシファーランド強制招待編

第393話 砂漠の宿とトラブル

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 宿に入ってみると、まずは外から入って来た者たちが義務として通過しなければならない部屋へ通された。

「何ですか?」
「宿に入る前に砂漠で付着した砂を極力持ち込まないように処理します。まずは――」

 足首ほどまである水のプールに通された。

「――この水のプールを歩いて足元に付いた砂を水の中に落としてください」
「私、裸足ですけど……」
「靴と同じ要領で良いと思います」

 プールの終わりには火の魔力が蓄えられて温かくなっている魔石の板が置かれていた。どうやらこの上に乗って靴を乾かせってことらしい。
 この効果が凄いもので、あっという間に足元から水気が無くなった。

 次に通されたのは、細長い通路。壁には無数の穴が開いている。
 穴の中をよく見ると魔石が埋まっている。ここでも魔石が活用されてるみたいだ。

「何か穴の奥に魔力を帯びた石が埋まってますけど、あの魔石は何ですか?」
「風の魔石です。あの魔石を細い穴に埋め込むことで噴出力を上げ、強い風が出る仕組みになっています。これからあの穴から風が出て、外套がいとうや服に付着した砂や埃を除去します。ここを通過すれば、晴れて宿に入ることができますよ」

 あ、こんなようなの見たことある! 食品工場とかにあるヤツだ。風で服に付着したゴミや埃を払うっていう。

 通路に足を踏み入れると風が勢い良く噴射される。
 ビュオオォォォォォっという、完全に耳に聞こえる強風が私の全身を襲う。

「ちょ……息が出来ない……!」

 顔が歪む!!
 風で顔の形が変形、髪の毛が暴れまわり、闇のドレスも気を抜くと持って行かれそうになる。
 それでも何とか腕で顔を隠しながら、十メートルほど進むとようやく通路の端に着いた。

「目やら口の中やらがカラッカラね……髪の毛もボサボサ……」
「これだけ風を浴びると水がほしくなるな」
「あなたが水を欲するとはね」
「水が飲めるようになると、喉越しを欲することも増えてな。そうすると口の中も乾くようになってきたのだ」
「え!? それって今までの生活に影響無いの? 火の中に入ると身体に熱が溜まるようになっちゃったとか」

 熱中症のような症状が出るようになったら、火の中で生きる彼らの命に関わる。

「身体に熱か? そんなことは考えたことが無いが……」
「そ、それなら良いわ。安心した」

 水を欲するようになったというだけで、身体の構造までは変わってないらしい。良かった……

「さあ、これで外から持ち込んだ砂はあらかた処理できたと思います」

 埃除去の処理を終え、手櫛てぐしで乱れた髪を整えながら中に入ると、普通に立派なホテルのようなロビー。
 岩を掘って作ったと聞いていたのでもっと殺風景なロビーを想像していたが、とても一つの岩を掘って作ったとは思えない。
 気候が温暖なため、エアコンのような設備も必要とせず快適。

「おお、凄いな、これほどの大岩を掘って宿泊施設にするとは……」
「ここって泊まるのにお金かかるんですよね?」

 樹の国の森小屋のように勝手に泊まれるケースもあるから、一応の確認。 (第316話から第317話参照)

「はい、ですがここはわたくしどもが出しますのでご心配には及びません。我々が宿泊する部屋はほとんど素泊まりですのでそれほど高くはありません。わたくしは宿泊手続きをしてきます」

 サンドニオさんが手続きをしに、私たちのそばを離れた。
 状況が落ち着いたため、メンバーを見回したところサンチョさんが居ない。

「あれ? サンチョさんはどうしました?」
駱駝らくだ車の点検・整備、ラクダへの餌やりをしてから来るそうです。風で切れてしまったほろも修繕しないといけないと言っていました」

 そっか、明日のためにそういうのもやっておかないといけないのか。

「レドナルドさん、ご飯はどうするんですか?」
「この宿に食堂やレストランのようなところはありません。持ち込みして各自食べるという感じです」

 なるほど、格安で必要最低限の設備くらいしか置いてないってことか。

「ただ、近くの川から水を引き入れて温めていますので、風呂には入れますよ」

「「「ホントですか!?」」」

 私、アリサ、レイアの三人の声がハモった。

「二人もお風呂入りたかったのね」
「そりゃあ、体中砂だらけですし……」
外套がいとう着て、駱駝らくだ車で移動しているのに、服の中に砂が入ってきますからね……」
「でも火山内部で生活してる間は水になんか入らなかったでしょ? それなのに砂に汚れた程度が嫌なの?」
「あの頃は水自体が苦手でしたが、水に強くしてもらってからはお風呂を欠かしたことはありません。身体が綺麗になるのは気持ち良いですから」

 フレアハルト同様、水を克服したら随分と生活様式が変わったようだ。

「ああ、フレアハルトも含めて、一応三人に言っておくことがあるんだけど……」
「何だ?」
「お風呂沸騰させないでね。沸騰したお湯に入ったら死んじゃう種族は多いだろうから」 (第58話参照)
「大丈夫ですよ。今は沸騰させなくたって入れるようになりましたし」

 アルトレリアを発ってからここまで四日、一度もお風呂には入れていない。
 船から降りた後も、『砂漠渡りだから』と諦めていたが、ここに来て温泉があるとは!
 ここに宿が建っててくれて良かったわー!

 と喜んだのも束の間、トラブルがあらぬ方向からやってきた。

「どけっ!」
「わっ!」

 誰かに突き飛ばされ、私は前方へとよろける。
 振り向くと、多分港町に居た恰幅の良い商人風の男たちの一人と思われる人物。

 水棲亜人かしら? 見た目はナマズみたいに見えるけど。
 …………いや、これは陸棲亜人だ。ただのナマズ髭した亜人のおっさんだ。

 直後にそれを見ていたフレアハルトが食って掛かる。

「おい! 貴様! 突然ぶつかっておいて失礼であろう!」
「何だお前は?」
「ぶつかっておいて詫びの一言も無しか!?」
「ぷははッ、ちょっとぶつかった程度であまりムキになるな――」

 『ちょっとぶつかった程度』って……私には明らかに「どけっ!」って聞こえたが……

「――見たところあまり金を持っていそうもない身なりではないか、慰謝料でも払えば良いのかな? ほら一万フラムやるからこれで手打ちにしろ」

 一万フラム札をこれ見よがしにピラピラとはためかせながらしゃべる。

 物凄い不快感煽る男だな……
 私たちを相当な貧乏人と思っているのかもしれない。

「そんなことを言っておらん! ぶつかったのなら一言謝るのが筋であろう!!」
「なに? 一万じゃ足りないか? 卑しいヤツらだな、ほれ二万やろう」
「ふざけてるのか貴様!」

 商人の挑発とも取れる行動にヒートアップするフレアハルトに対し、商人の近くにいた護衛たちが商人を守るように立ち塞がった。

 私としてもこの男の態度を考えると『ざまぁ』したい心情ではあるが、実際のところただちょっと強くぶつかられただけだし、大ごとにする方が後々面倒そうだ。

「フレアハルト、私のことは大丈夫だから!」
「しかし!」
「大ごとにしないで。この旅自体意味の無い旅なんだから、この国に後々アルトラルサンズに害になりそうな遺恨は残したくない」
「ぬぅ……分かった……」
「私の連れが失礼を致しました」

 矛を収め切れないフレアハルトに代わって商人に謝る。

「ふんっ、今後他人につっかからんようにきちんと言い聞かせておけよ!」

 元はと言えば、自分で起こしたトラブルなのにこちらの所為にし、二万フラムを投げ捨てるようにして去って行った。
 一応丸く収まった、フレアハルトとレイアの心中以外は。

「ぬぅぅ!! 腹立つ!! 何だあの者たちは!! 我はアルトレリア以外をほとんど知らんが、他の国もあんなのが跋扈ばっこしておるのか!?」
「ホンット腹立ちましたよ!!」
「あそこまで無礼なのは今まで関わったことないね」

 もっとも……いわれのない罪をでっち上げられて水の国で逮捕されたこともあるし、小娘のような見た目だから失礼な態度を取られたことは数知れないが……

「………………あの男……焼きましょうか?」
「いやいやいや、そんなことしなくて良いから!!」

 黙ってるかと思ったらアリサも大分頭に来ていたらしい。

「どうか致しましたか?」

 宿泊手続きを終えたサンドニオさんが戻って来た。
 今あったことを説明。

「ああ……この国を訪れる商人にはそのような横柄な者は目立ちます。もちろんきちんとした方の方が多いのは事実ですが……彼ら商人は流通の要ではあるため、事実上野放し状態という感じですね。もっとも、その態度が災いして痛い目見る者も多いですが」

 まあ他の国にだってあんなのは居るはずだし、今まで運良く関わらないで来れただけだろう。
 ただ、この国を私の目で見た感想を述べるなら、首都とその他の町のパワーバランスを考えるに、あの手の横柄な商人は他の国よりも多いのではないかと思うけど。

「いずれにせよ、もう関わることもないだろうから忘れてしまった方が精神衛生上健全よ、ハイ忘れたー」

 そうだ、あんな無礼なのは心を無にして受け流した方が良い。

「さ、そんなのはどうでも良いから早速お風呂行きましょうか」
「そうですね、早く砂埃を落としたいですしね」
「ストレスも落としてスッキリ致しましょう」

 借りた部屋へ行く前に風呂に直行することにした。

   ◇

「風呂は外にあるのか?」
「そうですね。本館とは別に外に作られています」

 前を歩くフレアハルトとサンドニオさんの会話を聞いて違和感を覚える。

 う~ん……サンドニオさんとレドナルドさん、やっぱりこの二人おかしい気がする。
 『わたくしども程度の身分では』なんて度々枕詞のように言うが、色々と怪しい。いくら自国とは言え、奴隷の身分の者がこんなに事細かに各地の情報を知っていたりするものだろうか?
 私を首都まで案内するのに必要だからと覚えた可能性はあるが、もっと付け焼刃的な説明になっててもおかしくないはず。それなのに彼らの説明はいつも的確だ。
 例えばこの宿の説明をするためには、少なくとも一度は泊まったことがなければ風呂と本館が別かどうかなんて知り得ない。入口の砂を払う施設についても熟知していたようだし。ここに食堂やレストランのようなものが無いことも知っていた。
 時折見せる現ルシファーに対する不満を述べる姿が本当なのか、それともルシファーの部下として私を連れに来てる方が本当の姿なのか。
 いずれにせよ何かしら秘密を持ってるのは間違い無さそうだ。
 現時点では危害を加えられたりとかそういう気配は無いが、いつそういう状況になるとも限らない、注視しておこう。
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