Paradox world

三章 さあ行こう。この世界の真実を知るために

仲間は乖離世界に散る

　軽く朝食をとった僕らは準備をし、動き出そうとしていた。東京駅構内を出た途端にゴゴゴ...と地鳴りがし、下から突き上げるような激しい揺れに襲われた。ガラス片が上空から飛び散り、僕らの上に降り注ぐ。

「屈んで!上を向くな!」

冬樹さんが怒声を発する。

「痛っ...」

僕の後方で瑞稀が小さく声を上げる。

「大丈夫か?」

「うん。降ってきたガラスで腕切っちゃった」

えへへと笑いながら、彼女は腕から出た血を軽く拭う。

「明日香さん。ちょっと傷見てくれませんか?瑞稀の」

無言で彼女の腕を軽く見た彼女は救急箱から消毒液と絆創膏を取り出した。それを慣れた手つきで貼る様はどこかその方の仕事をやっていたかのような、そんな不思議な安定感を感じるほどだった。

簡単な応急処置を済ました後、また道なりに歩を進めていった。

　地震による足止めを幾度か喰らい、やっとこさ皇居外苑へとたどり着いた。よく見ると空には科学の教科書に載るような「お手本のような積乱雲」が生み出されており、一目見ただけで豪雨が降るなとわかるようなその見た目は美しくも少し恐ろしく見えた。

「もう動けないよ...」

そう沙綾が小声を漏らすもみな気にかけず、「早く安全な所へ」という思いの元せっせと移動を再開した。


　皇居外苑を抜け大通りに出た僕らはその光景に唖然とした。先ほど通った道もそうであっただろうが、道にはオフィスビルから降ってきたであろうガラスが大量に散乱し、街頭は倒れ、アスファルトには亀裂が入り、時折めくれ上がっているものもあった。一部には陥没しているのもあり、ここを通るのは危険だと冬樹さんは判断したそうで、皇居をぐるりと回って官邸に行く道のりになった。
　皇居に戻った時、唐突に雨が降り出した。降り始めはさらさらと小さい雨粒だったが、次第にざあざあととても大きなつぶの雨が降ってくる。その雨は一瞬で僕らの視界を奪い、行動さえも制限される。迂闊に動けば負傷する可能性があったからだ。そして遠くではごろごろと雷鳴が響き、稲妻が空を切り裂く。

「恐ろしいな...」

そう僕がこぼした瞬間だった。
足元にあった硬い板が抜かれたような感じがしたのと同時に、地面がうねる。僕はその場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。揺れのせいで立ち上がることが出来ない。周りを見ると、ショートしながら倒れてくる街灯のようなものが見えた。それと同時にどこからか「うっ...」という呻き声が聞こえた。おそらく荒川さんだろう。

　揺れは一分を超えても続いていた。この世界を破壊し尽くすかのように。

　揺れが収まり、懐中電灯を頼りにみなを集める。雨音に掻き消されそうになる中必死に声を張り上げて

「ここだ!僕はここにいる!」

と。

　数秒後には冬樹さんや瑞稀が集まった。だが、そこに荒川さんはいなかった。

「荒川、多分街頭を頭に喰らったな。生きてる見込みはほぼ皆無だ。」

冬樹さんがそう言葉をこぼす。それを聞いた皆は黙り込んでいた。

「もし荒川さんが亡くなっているなら、ご遺体を探しましょう。こんな雨の中ですが、私たちが最後にできる彼への恩返しだと思うんです。」

そう明日香が言うと、「そうだな」と皆賛成した。そして、荒川さん探しが始まった。
大雨の中数十分ほど探し回っていると、雨足が少し弱くなり、ある程度の視界が確保されてきた時だった。

「...見つけたぞ」

そう鰆さんが声を上げた。が、彼はもう手遅れだった。街灯が頭にクリーンヒットし、頭が凹んで、地面には血溜まりが出来ていた。

「彼をどうしようか...」

「欄干に寄りかからせてあげましょう。」

「そうだな。そうしよう。」

荒川さんの遺体は内堀通りの橋の欄干に寄りかからせて、ひとつ手を合わせてから、また行動を開始するのだった。