目は見えなくなったけど、この世界で頑張りたい。

いがむり

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ヒトノコ

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初めて長が、人間を拾って来た時は驚いた。いつもなら、森にやって来た奴らを追っ払ったり、迷い子を近くの出口まで誘導したりしていたが、まさか連れて帰るとは思わなかった。まあ、今まで見た中では目鼻立ちは整っているし、もし他の人間に見つかったら同族とはいえ、何されるか分かんねえ。人間は他の種族より弱い奴らが多いのに考え方が貪欲な奴らばかりだからなあ……

「よろしくお願い……します」

多少怯えてはいるが、子どもにしてはしっかりしている。長が連れて来たってことは恐らく捨てられたんだろう。本当に人間のすることは酷なことばかりだ。この子どもには、同情しちまうな。

 

 

 

《何か着るものを貰ってこよう》

《うん、お願い》

「ペティさん、ジャイールさん。ありがとうございます」

幼馴染のペティと一緒に子どもの世話をすることになった。俺は服を貰いに近くの家に向かう。ああ、あそこの家はあの子どもと同じくらいの子どもがいたはず。

《おーい、誰かいるか?》

《ああ、ジャイールじゃないか。どうしたんだい?》

中から恰幅のいい虎耳の女が出てきた。

《子どもの服をくれるか?さっきの子どもに着せてやりたいんだが》

《それは別に構わないけど……あの人の子、どうなんだい?》

《少し怯えてるくらいだな。子どもにしてはしっかりとした言葉を話すんだ。弟や妹たちにも見習ってほしいくらいだな》

《あっはっは!幼いうちは、伸び伸び育てばいいんだよ》

《まあ、そうだな!》

弟や妹たちが皆、賢くなったら……俺、小間使いされそうだな。

《そうだよ。はいこれ、あの子どもに渡してやんな!》

《ああ、ありがとう!》

俺は駆け足でぺティと人の子の元へ向かった。

《おーい!持ってきたぞ~》

「ありがとうございます、ジャイールさん」

《おう!》

人の子の名前はユーマ。どこか、珍しい名前だと思った。ユーマは貰った服を頑張って着ていたが、前と後ろが反対だとペティに指摘されると、恥ずかしそうにしていたところは、子どもらしいと思ったな。

 

 

 

《今日から共に住むこととなった、ユーマだ》

長の言葉を聞いた大半は驚いた。まあ、俺も初めに聞いていたら、同じ反応をするだろうがな。

「ユ、ユーマです。今日からお世話になります……」

《あんなに小さい子どもが、ちゃんとした挨拶をしているぞ》

《恐らく捨て子だろうが、貴族か何かか……?》

《何もないといいけど……大丈夫かしら》

まだ、不安げな声が聞こえる。外の世界に出るものは少ないから、関係を持つことに警戒してしまうのも無理はない。

《おっ、ガロスが戻って来たな》

ガロスは長の弟だが、数十年前の人間どもの反逆の話を知って、誰彼構わず人間を毛嫌いしている。この話を聞いて、一番嫌がりそうなのは、目に見えてはっきりしているな。

「よろしくお願い……します」

《……ふんっ》

珍しく反抗しなかったな。人目があったからか?いずれにせよ、一緒に暮らすには問題無さそうだな。

《ユーマは誰の家に?》

普段なら長の家なんだろうが……ガロスがな。それなら、うちで預かった方が良さそうだな。

《んじゃあ、俺の家で預かろうか?》

別に子どもが一人増えたって、手のかかる具合は変わらねえ。それに、他の奴らに頼むより近くで様子を見ていられるからな。そっちの方が、俺もペティも、何より長が安心出来る。

 

 

 

まさか、ユーマは目が見えていなかったとは……普通に目開いてたし、声の聞こえる方を向いていた。確かに目が合うことはなかったと思うが、ユーマが俺たちに怯えて合わせられなかったとも言えたからな。でも、さっきの丸太が見えなかったのはどう見てもマジだった。丸太を俺の足と間違えるほどだったしな。

《さっきは疑って悪かったな。ユーマ》

「いえ、疑って当然ですよ。誰だって、目が見えるかどうかなんて、傍から見て分かりませんから」

《そう言ってくれると助かる》

ユーマはさっきから目を閉じている。

《ユーマ、目はどうしたんだ?》

「見えていないのに、目を開ける必要もないと思ったので」

《そうか……》

俺の中で勿体無いと思ってしまった。なぜかは俺も分かんねえが……

《も、もうすぐ家に着くぞ》

「はい」

 

 

 

兄弟たちはユーマが家族になったことを喜んだ。勿論、妻のミューラも。

兄弟たちもいつも通り元気にしているし、嫌がっている反応は無いことに安心した。ユーマの兄弟としての順番は一番落ち着いてるし、俺の次になった。後は……

《俺たちは家族になったし、そんな他人みたいな話し方はなしでいいんじゃないか?》

家族になるにはまず、形からだな!

「分かりまし……分かった」

兄弟たちは大喜びして、ユーマを振り回す。人間は体が弱いから、弟や妹たちがあまり強引だと注意しないとな。……とあれこれ話している内に妹のメルが腹を空かした。

《じゃあ、飯にするか!》



今日はギルもメルも飯の支度を自分からやると言い出した。ユーマに良いところを見せたいんだろう。

《よし、俺とニルは薪や枝を集めに行こう!ユーマはどうする?》

「ジル兄さんについて行くよ」

ジル兄さん、か……新鮮だな。

《手をつないで行こうな》

俺はユーマに手を出す。ユーマは、ゆっくり俺の手を取った。

《ニルも!》

《そうだな!》

ニルは俺のもう片方の手を取った。ニルは誰かの真似をするのが、本当に好きなようだ。

《行くぞ~》

《おー!》

「お、おー」

こうして俺たちは近くの小枝がある場所まで歩いていった。

 

 

 

《ニル、ユーマ疲れてないか?》

「大丈夫だよ」

《ダイジョウブー!》

二人とも元気そうだ。もう少しで着くし、今のところ何もなくて安心した。

《おっ、着いたぞ。ニルとユーマは一緒に拾ってくれ。俺は良い木を探すからな。離れちゃあ駄目だぞ?》

《はーい!》

「はい」

今度はユーマの手を握るニル。見ているだけで微笑ましい兄弟だ。

《にい!こっち!》

「う、うんっ」

さて、俺も──

《うわああああん‼》

メルの泣き声……!しかも家の方角!

《ユーマ!ニル!ここで待ってろ、すぐ戻るからな‼》

 

 

 

家ではミューラが、ユーマの目が見えていないことをギルとメルに話していた。ミューラは色々と助けてもらってばかりだな。でも、危ないことに遭っていなくて良かった。俺はほっと溜息を吐く。

《もう大丈夫だな。ニルとユーマのところで戻らないとな》

《ええ、ニルも今頃、メルの声を聞いて泣いているかもしれないわね。あ、噂をすれば……ほら》

ミューラが言うと、今度は元いた方向からニルの泣き声が聞こえてきた。

《い、行ってくる!》



《おう‼》

俺は家を飛び出し、駆け足でニルとユーマの元へ向かった。

《わああああん!》

ニルの声が近づいてきた……急ごう!

《ニル‼どうしたー‼》

駆けつけると、ユーマは泣きじゃくるニルを宥めてはいるが、ユーマの膝から通常より多い血が出ていた。多分、ユーマの血を見たんだろうな。走れるようになったニルが、こけた時によく泣いていたし……って今はそれどころじゃない。

《ニルー、もう大丈夫だぞ~?家に帰って上手い飯食べような》

《ぐすっ……うん……》

ニルが頷いたので頭を撫でる。

「良かった……」

いやいや、自分のこと忘れてないか……?

《今日はもう帰ろう。薪も小枝もまだ残りがある。でも、その前に……》

「……?」

おいおい、ユーマ。マジでこけた傷、忘れてないか?

《簡単だが、ユーマの膝を手当てして置かねえとな?》

「大丈夫ですよ?これくらい」

《いやいや、見た感じだと、その傷まあまあ深いぞ?》

自分のことになると、鈍いみたいだな、ユーマは。

《とにかく、ほら》

多少強引になってしまうが、ユーマを傍にあった切り株に座らせ、俺の膝にユーマの足を乗せた。大分血は止まっているが、思いっきりこけたのが分かるくらいの擦り傷と尖った石に刺さったような傷……あまり思い浮かべたくない。それにしてもユーマの足は細すぎるな……ちゃんと飯を食べさせてもらっていなかったんだろう。

「ジル兄さん……ありがとう」

《これくらい、どうってことないぞ》

ユーマは、周りをあまり頼ろうとしないんだろうな。それが良いのか悪いのか、どっちかは言えないが、家族としては少し寂しい。いや、俺が一番寂しいのかもな。

《よし、これでひとまず良さそうだ》

《にい、いたい?》

「ううん、痛くないよ。大丈夫」

《うん!》

ニルも、ユーマの手当てが終わるまで帰りたい気持ちを我慢して待っていた。

《ニル、よく待っていたな。えらいぞ~》

《えへへ~!》

ニルは虎柄の尾をぶんぶん振って喜んだ。

《さっ、帰ろうな!》

《うん!》

「は……」

言い間違えたのか、首を横に振って言い直した。

「うんっ」

 

 

 

《ユーマ、本当にここでいいのか?》

ユーマはギルたちと寝させようかと考えていたが、家の中を案内していた時に余部屋の前を通ると、

「ジル兄さん、この部屋は?」

と、尋ねてきた。さっきまでの落ち着き具合とは打って変わって、興味がある様子を見せた。

《あ~ここは……元々客間にしようとしたんだが、狭くてな。結局大きな窓があるだけの部屋なんだ》

「……大きな窓」

小さく呟いていたが、まさかここを寝室にしたいと言うとは思わなかったな。まあ、布団は沢山余ってるし、ユーマが気に入ったのなら良いか。そう言えば、布団があることに驚いていたな。布団を敷き、ユーマを横にしてから部屋を出る。

《何かあったら言うんだぞ?俺とミューラは隣にいるからな》

「うん、ありがとう」

《おやすみ、ユーマ》

「おやすみなさい、ジル兄さん」

俺は扉を閉める。するとギルたちの寝室からミューラが出てきた。寝かしつけてくれたようだ。

《すまない、ミューラ。今日はずっと弟たちを任せきりだったな》

ミューラは首を横に振る。

《良いのよ。あなたも、お疲れさま》

俺たちは軽くキスをする。ミューラが俺の妻で幸せだ。

「……ここがいいんだ……」

ユーマの声が聞こえる。

《ジャイール?》

ミューラの言葉を遮り、ユーマの話し声に耳を澄ます。

「夜がこんなに静かだったなんて、以前の家だったら思いもしなかった」

ユーマの家は、争いが絶えなかったのかもしれない。

「ここに来れて、この世界に来れて、本当に……良かった」

本当に良かった……か。

《……どうしたの?》

《いや、何でもない》

《そう……今日は皆とっても楽しそうだったわね》

《ああ。喧嘩もなく、あんなにはしゃいでいたのは初めてじゃないか?》

ミューラもギルたちの変化に気づいていた。これもユーマが来てくれたお陰だろう。

《あっ、ユーマがね?ご飯を食べていた時、笑っていたのよ。心から嬉しそうに》

それは知らなかったな……俺も見たかったな、その時のユーマの顔。

《見れなかったのは残念だな》

《ふふっ、また見れるかもしれないわよ?》

ミューラの言う通りだな。これから、一緒に過ごすんだからな。

《そうだな》

《私たちも、そろそろ寝ましょうか》

《ああ、今日は良い夢が見れそうだ》

《そうね。新しい子どもの夢なんて見れるかもしれないわよ?》

《それが、現実でも俺は嬉しいぞ》

おやすみ、ギル。おやすみ、メル。おやすみ、ニル。

 

──おやすみ、ユーマ。

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