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第十一話 陛下の知らぬ間に
シウネ編
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やってくれましたねえ……
ホントによくもやってくれましたねえ……
ええ、貧乏人の分際で大学なんて分不相応な場所に通っているわけですからある程度仕方ないと思うんですよ。
コネも後ろ盾もろくにない女学者の成果なんていくらでも掠め取れる。
それくらい織り込み済みです。
大学に通えてるだけで御の字だし、成果は奪われても私に蓄積した身の財は引っぺがせませんから。
多少のことは大目に見るつもりでしたよ。本当に。
だけどねえ……コレはあんまりにもあんまりじゃあないですか?
「教授ーーーーー!!!」
通い慣れたヒューズワン教授の研究室の扉を体当たりで開けました。
教授を怒鳴りつけてやろうと思っていたのに、変わり果てた研究室の光景を見て罵声を呑み込んじゃいました。
「……ああ、ようやく来たかね」
頭頂部が禿げ上がっていて側頭部に白髪を残した小柄な老人はヒューズワン教授。
私が支持している王国教養大学の教授です。
彼は新聞を読みながら椅子に腰掛けているんですが……
研究室には椅子しかありませんでした。
壁を覆い尽くしても足りず、至る所に散乱していた本は一冊も残っていない。
私たち研究室に所属している人間が書き溜めた研究報告書や論文の類も一切失われている。
それどころか本棚や机も。
教授が座っている椅子は自前のものですよ。
「な、何があったんです!?」
「えーと、机と本棚とボクの着替えと……」
「物の有無の話じゃないですよ!
何が起こって研究室のものがなくなったんですか!?」
噛み合わない会話に付き合わされないよう語気を強めて問い詰めました。
「んーとね、ガサ入れなんだと。
キミが発明したカメラ及びフィルム写真の撮影技術一式、お役人に持ってかれた。
まあ、どれが該当するものか分からないから研究室の中にあるもの片っ端ね。
王国技術大学の特許を盗んで作ったという疑いが掛かってさ」
「ハ!? 特許侵害ですって!?」
あり得ないです。
カメラも写真も私の独自研究で完成まで辿り着いたものですから。
私が怒りながらここにやってきたのは、昨日配られていた新聞に貼られていた写真を見たからです。
写真自体はここ数年で研究が進んできた分野であり、誰が実用化に漕ぎ着けるか競い合っているような状態でした。
ですが、その写真は板に像を焼き付ける方式を取っており、写真を大量に複製する事は不可能だったし、カメラの小型化も困難でした。
それでは私のやりたい事には使えない、と世間の主流からは異なるアプローチで写真の実用化に向けて取り組んでいたのです。
結果、辿り着いたのがフィルムと名付けた感光体とそれを利用した写真現像でした。
目論見は当たり、大量複製、カメラの小型化、しかも白黒ではない天然色の写真が撮影できる仕組みを編み出せたのです。
この世界の誰も到達していない科学技術。
それが私の手の中だけにあったのです。
にも関わらず、私ではない誰かの手で同じ仕組みで作られた写真が世に出てしまった。
しかも民衆の暴力を煽動するという悪行に利用されて……
「シウネ、残念だけど騒がない方がいい。
王国技術大学は産業界と密接に繋がってて権力者や金持ちに顔が聞くからさ。
君がこの世界で生きていきたいなら、ここは我慢だ」
「ガマン……いやいやおかしいですよね?
ガサ入れって、ただ私が発明者である証拠を抹消したかっただけですよね?
そもそも盗んだのは絶対向こうでしょう!
あんな新聞記事に利用するような真似を!
そもそもアレはまだ未完成で実用化なんて————」
「盗んだんじゃないよ。
ボクが譲渡した」
教授は悪びれることもなくそう言ったから、私は一瞬、聞き間違いかと思いました。
「君もさ、分かってるだろ。
学問や研究の世界ほど外圧に弱い世界はないって。
お金、時間、環境。
全部他人任せでボク達は実るかわからない時間を過ごさせてもらってる。
この暮らしを壊されたくないんだよ」
分かっていないわけじゃありません。
教授の言っている事はよくわかるし、自分の立場の弱さだって……だけど!
「実るか分からない時間?
あなた方凡百と一緒にしないでくださいよぉ……私の研究は絶対なんですよ。実らせるんですよ。実らせなきゃならない、実らなければ死ぬ、実らせる、ってそういう気持ちで始めた事なんですよ」
「う、うん。わかるよ。
だから落ち着いて————」
「トチ狂ってんのはあなたでしょうが!!
カメラは陛下の御姿を写真に残すため!
写真は陛下の御姿を民衆に伝えるため!!
陛下のために捧げた研究なんですよ!!
それを……よりにもよって陛下の治世を脅かす連中に売りつけるなんて!!!」
悔しいです。
陛下に降りかかる非難を和らげるには陛下という御人を知ってもらうのが一番だと考えて……現代の科学研究の潮流に沿ったままでは数十年は掛かるだろう研究を飛び越えて数ヶ月で成し遂げたというのに。
陛下を救うどころか、その治世を揺るがし、あまつさえ大切な人を傷つけ辱めてしまったことをが悔しくて仕方ありません。
「……なるほど、君は親国王派だったんだね」
「過去形で話さないでくれますかぁ?
私はずっとジルベール陛下に」
「環境が変わった。
もう彼は国王ではないんだよ」
パサっと音を立てて新聞の一面が開かれます。
そこに書かれていたのは……ジルベール陛下がウォールマン新聞社を襲撃し、火をかけて大量殺人を行ったというものでした。
自分の愚かさを憎みます。
私がカメラなんて発明しなければ、レプラ様が襲われることもなく、陛下も王の座を追われることはありませんでした。
今、陛下は王都内のどこかに監禁されているということです。
命が無事なのは不幸中の幸いでしたが、裁判でどのような判決が出るか分かったものではありません。
しかも気が早いことに陛下の叔父上であるダールトン様が次の王になるという予想が書き立てられていました………………馬鹿げています。
先代が亡くなった時に30歳を過ぎた働き盛りで病気ひとつない王弟だったダールトン様。
それを押しのけて弱冠15歳のジルベール様が王位を継いだ時点でダールトン様の器が知れたというものです。
それでも新聞はダールトン様を名君の器と持て囃し、ジルベール陛下の治世の粗探しに躍起です。
こんなものが陛下の目に触れたらと思うと胸が痛んでなりません。
陛下は十分過ぎるほど頑張られていました。
弱い立場の者を切り捨てず、横暴や不正を許さない。
そのおかげで救われた者、報われた者は数え切れません。
なのに、どうして身を切るような生き方を選び、戦い続けてきた陛下がその報いを受けられないのでしょうか。
この世の理不尽を感じてはなりません。
涙がポタリ、ポタリと新聞を濡らしました。
その時です。
「シウネ!! お客だぞ!!」
クソ親父が部屋の外から叫んでいます。
……客人なんて嫌な予感しかしません。
「へへ……すみませんねぇ。
すぐに引っ張り出すんで。
オイ! シウネ! お客を待たせんじゃねえ!!」
ドアの向こうから聞こえる媚びたような口ぶり……土産に酒でももらったんでしょうか。
つくづく情けない男です。
とはいえ、部屋のドアを破られたらたまったものではありません。
観念して私は部屋から出ました。
「お初にお目にかかります。
私、ウォールマン新聞社で取材部を仕切らせていただいております、ステファン・ランティス、と申します」
粗末なテーブルと椅子が置かれただけの我が家の居間に身なりの良い男が居座っています。
童顔で愛らしい顔をしていますが、ウォールマン新聞社で重役を務めているという事は若く見積もっても三十は過ぎているでしょう。
年不相応な若づくりをしている男は信用ならないと昔の人も言っています。
「シウネ・アンセイルです。
ウォールマン新聞の方がどうして我が家に?」
「まあまあ、せっかくお会いしたんです。
記念に一枚」
そう言ってステファンは鞄から取り出したのは……カメラでした。
私の作ったプロトタイプと全く同じ形状。
無遠慮にレンズを向けてシャッターを切った瞬間になるカシャリ、という音も同じ。
「ふぅむ。失礼ですが、本当にあなたシウネ・アンセイルですか?
巷では美貌の女学者だと噂されているという事ですが……」
化粧もしていないし、昨晩は泣いたり寝付けなかったりでコンディション最悪なんですよ。
まー無遠慮な殿方を喜ばせるために化粧だなんて無駄なことしませんけど。
「嘘を言っていると思われたならお引き取り頂いても構いませんが」
「ムッ……失礼ですね。
わざわざこんな下町くんだりに足を運んだというのに。
まあ良いでしょう。
女だてらに学者なんて仕事をしているものだから周囲が無闇に褒めそやしているのでしょう。
よくある事です」
ほほう…………言うこと成すこと腹が立つ輩ですねえ。
無気力になっていた私には丁度いい気付け薬です。
「で、シウネさん。
先日、ヒューズワン研究室が特許庁の監査を受けた際に王国技術大学の研究を盗んだ証拠が見つかったと言うのはご存知ですか?」
「へえ、全く存じ上げておりません。
最近、私がやってたのはあなたがお持ちのカメラの開発くらいなもので!」
糾弾するようにビシリと奴の持っているカメラを指差しました。
するとステファンは呆れたようなため息を尽きます。
「カメラじゃありません。キャメラです。
王国技術大学と我が社が共同開発した写真を撮影する装置ですよ」
巻き舌気味にキャメラと発音する男に鳥肌が立つほど不快になりました。
白々しいにもほどがある。
「冗談じゃないです!
あなた方こそ私のカメラの研究資料を教授からもらっていたんでしょうが!!」
「…………プッ。ちょっと何を言ってるのか分かりませんねえ」
コ……コイツっ!? 鼻で笑いましたねっ!?
「いや貴方も学者ならご存知かもしれませんが写真を撮影する装置なんて既に手垢まみれの研究だ。
アマトの海洋都市なんかでは10年前くらいに撮影に成功している。
キャメラはそれらの研究の果てに完成した最先端の撮影機なんですよ」
「フーン……そうですか。
アマトで作られた写真機は露光時間に半日かかる銅板写真ですが、そこからよくもまあフィルムカメラに到達できたものですねえ?
塔を登ってたらいつの間にか山頂に着いてたってくらい無理がある話でしょうがぁ?」
「カメラじゃなくてキャ、メ、ラっ!!
あなたの作ったニセモノとは違うんです!
二度と間違えるんじゃないっ!!」
盗人猛々しいここに極まれりです。
やっぱりウォールマン新聞社は悪党どもの組織です。
陛下を陥れただけでなく、邪魔者はみんな排除しようとする。
しかも直接手を汚す事なく他人にやらせるんです。
ステファンは大きく息を吐き出して落ち着きを取り戻したようです。
腰を曲げて私を上目遣いに見上げて言いました。
「今日ここにきたのは忠告に来たんですよ。
もうすぐあなたの元に法務省の役人どもが訪れます。
そして特許法違反の容疑で逮捕されるんです」
「へっ!? そんなバカなこと」
「に、なるんですよ。
私たちが発明したキャメラと同じ構造、同じ部品、同じ理論で作られた写真撮影機はキャメラの特許を侵害します。
賠償額は何千万オルタになることやら」
「い、いくらなんでも横暴すぎます!
法を司る法務省の役人がこんな無茶苦茶な話に付き合うわけがありません!」
そう叫ぶとステファンは神妙そうな顔で顎に手をやります。
「たしかに。役人に賄賂を渡すのはリスクが高いですからね。
役人共は法に則って捜査を行い、判決を下すことでしょう。
我々もそれを歪めるのは難しい」
難しい……ですか。
できない、ではなくて。
まともな組織を相手にしている話とは思えません。
法律による社会システムの行使を歪めるような連中が野放しにされてしまっている現状はどう考えても異常です。
私が辟易するとステファンは口が裂かれたかのように大きな口を開けて笑って言いました。
「アハハハハハ! ですが、いくらお役人共の頭が固くともこの世の中のほとんどは脳が溶けた愚民ですからね!
『天才女学者シウネ・アンセイルは他人の研究を盗んでその地位を得ていた! 大学もシウネの色仕掛けに負けてそれを黙認していた!』とでも新聞が報じたら、あなたに不利な証言で溢れかえるでしょう!
そうなれば、事実なんてなんの力も持ちませんっ!
どう転んでもあなたは王国教養大学の名誉に泥を塗ることになる!
あー、それにあなたは特待生ですからねぇ。
『ジルベールがあなたに誘惑されて特待生制度を作った』だなんて!
きっと盛り上がる事でしょうねぇっ!!」
「な……!?」
「そもそも、あなたの研究資料なんてどこにも残っていないでしょう?」
と言ってステファンは紙の束を掲げます。
それは紛れもなくヒューズワン研究室に置いていた私のカメラの研究資料です!
それが奴の手元にあるということは、
「もし、そんなものがあれば弁解の余地はあるんですけどね。
徒手空拳で役人どもと渡り合えるなんて思っていないでしょう?」
目の奥が燃えるように熱いです。
怒りと悔しさで火がつきそうなくらい体温が上がっていきます。
マスコミが陛下に行った仕打ちは知っていました。
ですが、いざ自分の身に降りかかるとなるとあまりの卑劣さにクラクラしてしまいます。
しかし私は……どこまで陛下の足を引っ張ってしまうというのでしょう。
「おやおや、随分落ち込まれているようですね。
頭の良い方は悪いことを考えるのも得意なようだ」
「……何をすれば良いですか?」
「ほへ?」
「とぼけないでください。
わざわざ忠告に来たということは交渉材料があるということでしょう」
私の言葉にステファンは満足そうに首を縦に振る。
「話が早い。素晴らしいですよ。
ええ、そうです。
あなたの才能を腐らせるのは惜しい。
前向きなお話をしましょう。
シウネ・アンセイル。
ウォールマン新聞社に入社して私の部下になりなさい」
冗談キツイです。
この人、私にどう思われているのか自覚がないんでしょうか?
「…………えーと、私にウォールマン新聞のために働けと?」
「ええそうです。悪くないお話でしょう。
学者なんてのは研究ができれば幸せなんですから。
あなたの研究開発の成果や権利はすべて我が社で預かることになりますが、当然それなりの待遇をお約束しますとも。
断ればあなたは学者でいられなくなる上に、賠償金で死んでも返すことができない借金を背負う。
考える必要もない話ですよ」
ニコニコとゲスい話を垂れ流すステファン。
私は生まれて初めて明確な殺意を覚えたかもしれません。
こんな交渉、絶対にノーです。
契約書にサインでもしようものならこの男は私を奴隷のように扱うでしょう。
首輪をつけて地下に監禁し、そこで研究しろとでも言ってきそうです。
それに報道機関とは名ばかりで人の弱みを掴んだり作ったりして世の中を我が物のように操る連中の求める研究なんて碌でもないものに違いありません。
「学者はね、責任があるんですよ」
「ん?」
「今、この世界に存在しないモノや理論を生み出す。
それは釣り合った天秤の上に新しいモノを置くのと同じです。
元あった世界を壊し、戻れなくするものだってあります。
火薬の発達は鉱山の発掘作業の効率を上げ、事故死を減らしました。
ですが、戦場で事故死者の何万倍も人間を殺しています」
「何が言いたいんです?」
ここまで言ってまだ分からないのか、とため息を吐いてやります。
そうしたら奴の幼い顔が真っ赤に染まって歳相応の皺が深く刻まれていきます。
メッキが剥がれるとはこの事ですね。
トドメを刺すように言い放ちます。
「道具をまともに使えないバカどものために働くなんてまっぴらごめんなんですよ!
本来、写真は情報を鮮明にするものです!
カメラは真実の姿を写すために作られた道具なんです!
なのにあなた方はレプラ様の裸の写真と別の女が……し、している写真を組み合わせてありもしない強姦を捏造しました!!
私の、私が陛下のために捧げた研究を使ってっ!!
あなた方を私は絶対に許さない!!」
私の語気が荒くなるのに比例してステファンの顔も真っ赤に染まります。
「ほほう……良い度胸ですね。
自分の命運が私の手のひらの上で転がされているというのに」
構うものですか。
連中の悪事の片棒を担ぐくらいならば、いっそ陛下に殉死して差し上げましょう。
それがせめてもの、禊になるのなら————
「このバカ娘がアアアアアアっ!!!」
突然です。
クソ親父のビンタが私の頬を張りました。
大きな手の一撃に私は床に転がります。
追撃するようにクソ親父が胸ぐらを掴んできます。
「こんなウマイ話ねえだろうが!!
しょっ引かれて無一文にされるのと天下のウォールマン新聞社で働くなんて比べる間でもねえだろうが!」
「ば……バカなことを!!
コイツらは陛下を陥れて」
「バカはお前だ!!
陛下なんて赤の他人だろうが!
それより実の父親を飢えさせる方がよっぽど問題だろう!
お前の賢い頭はそんなこともわからねえのか!!」
再び顔を張られました。
頬が熱くて熱くて、涙が溢れてきました。
鬼のような形相をしているクソ親父の肩にステファンが手をかけます。
「まぁまぁ、そこまでされなくても。
女性の顔に傷を作るのは良くないですよ。
それにぃ……」
ねっとりとした声のステファン。
その視線が私の胸に寄せられているのは明らかでした。
先程、胸ぐらを掴まれた時にボタンが飛んでしまって、肌があらわになっている私の胸に。
「なるほど。周りの学者連中が夢中になるわけです。
いいモノをお持ちだ」
下劣な笑みを浮かべるステファンにクソ親父は腰を曲げて媚びへつらいます。
「一晩だけお時間をください!
ちゃんと明日にはステファン様の言うことならなんでも聞く従順な娘になっておりますので!」
「ほう……なんでも、って言いましたね?」
「ええ! どうぞ可愛がってやってください!
そのかわり……」
「アッハッハッハ! 皆まで言わんでもよろしい!
お礼はたっぷりさせていただきますとも、おとうさま」
結局、上機嫌でステファンは帰りました。
ハラワタ煮えくりかえるとはこの事ですね。
まさか実の父親に売られるとは思いませんでした。
金の無心くらいしかろくに会話しない間柄でしたが、ここまでとは……
ガチャリ、と玄関の鍵が閉められます。
まるで自宅が牢屋になったようです。
窓すらない粗末な我が家の出入り口は玄関しかありません。
さて、クソ親父はいったいどんな真似をして私に言うことをきかそうとするのか……
クソ親父は私に振り向きました。
珍しい。今日は酒が入っていないのか顔の赤みが引いています。
しかも、声を荒げることなく、静かに呟くように語りかけてきました。
「時間は稼いだ。
あとはお前の頭でなんとかしろ」
え?
「シウネ。俺はお前がやってることの素晴らしさなんて分からねえ。
だけど、お前はこんな俺の面倒を今日まで見てくれたからな。
その恩くらいは返すぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください!
お父さんは————」
「うるせえっ!! 早くしろ!!
お前はどうせ俺のことを邪魔なだけのクソ親父と思ってんだろう!
だったらそんな気持ちのままどこへでも行っちまえ!!」
クソ親父が唾を吐きかけるように怒鳴りつけてきました。
予想外過ぎる展開です。
こんなの、予想できるわけないじゃないですか!?
どんな感情曲線を描いて、どんな思考ロジックで、どんな事象の積み重ねで————わからないわからないわからない!!
頭を抱える私の肩をクソ親父が乱暴に掴みます。
「シウネ、お前がどうなろうが知ったことじゃねえ。
だが、あんなくだらねえ男に利用されるな。
無駄によく回る頭はなんのためにある?
アイツのためじゃねえはずだ」
クソ親父が発した言葉が気付けになりました。
そうでした……
私はまだなにも失っていない。
陛下だって生きているんです。
何かお力になれることだって。
でも……
「大丈夫ですか?
私がいなくなったらお父さんは」
「せいせいするさ。
俺は元々ひとりが好きなんだ。
今のご時世、適当に生きていても飢え死にすることはねえよ。
あんな子どもに王が務まるのかと思いきや、なかなか居心地いい世の中だ」
「おと————」
「もういいだろ。
俺に父親を求めるのはやめろ。
お前は子どもじゃないし、必要ねえ」
そう言って、黙りこくりました。
私は大急ぎで荷物をまとめました。
クソ親父は居間のテーブルで酒を飲みはじめました。
そしていつものように、
「行ってきます」
と声をかけて玄関を出ました。
最後まで、クソ親父は黙ったままでした。
家の外は夕闇に染まっていました。
慌てて飛び出したものの、流石に国外逃亡のノウハウなんてありません。
王都の外に出るのだって門番の目をくぐり抜ける必要があります。
とりあえずは落ち着ける宿か何かで作戦を————
「見事に予測通りだ」
「ひっ!?」
すぐそばから掛けられた声に私は驚きました。
声の主はフードを目深に被った女性です。
かなり背が高くて、ハスキーな声…………聴き覚えがありました。
「ディナリスさん?」
私が尋ねると彼女はフードを軽くあげて、その鋭くも整った顔を見せてきました。
「さすが天才学者さんだ。
良い記憶力をしている」
「どうしてここに————」
「再会を喜ぶのは後回しだ。
お互い、大手を振って表に出れる状態ではないからな」
そう言ってディナリスさんは私の手を引いて、歩き始めました。
ディナリスさんに連れられて行った場所はある貴族屋敷の一室でした。
王都内は貴族の住む区画はキッチリ区切られており、平民身分の人間が出入りすることはまずありません。
故に身を隠しやすい、と私を待っていたレプラ様はおっしゃいました。
「ジルベール陛下をお救いする!?」
「ええ。そのためには人手がいるわ。
シウネ・アンセイル殿。
あなたの頭脳が私たちには必要なの」
願ってもありません。
私の手で陛下をお救いできるのならなんだってします。
たとえ、犯罪に手を染めることになろうとも……
「シウネ、気負い過ぎるな。
別に私たちはクーデターを画策しているわけじゃない」
「え、そうなんですか?」
「らしいぜ。なあ、レプラ」
ディナリスさんがレプラ様に尋ねます。
すると机から視線を動かさずにレプラ様は答えます。
「国も民も奴らにくれてあげる。
そんなものより今欲しいのはジルに忠実な仲間よ」
「さっきみたいに一人一人スカウトしていくのか。
気が遠くなる話だな」
「いえ、ディナリスさんが誘うのはシウネさんだけで十分よ。
他に目星をつけている者は下っ端に声をかけさせるから」
レプラ様の言葉を疑問に思って尋ねます。
「あのー、なんで私だけなんですか?」
「あなたがこの計画の鍵だからよ。
どうしても欲しかったから面識のあるディナリスさんにお願いしたの。
私もそこそこ頭は回るけど、あなたほどじゃない。
最終的にこの王都からかなり大勢の人間を脱出させることになるわ。
ご存知のとおり、この街は城壁に囲まれ出入り口はすべて門番に守られている。
策が必要なの。
固められた絶対の守りを盤ごとひっくり返すような大きな策が」
作戦参謀に組み込まれているということですか。
陛下のために力を振るえるならば、これ以上に望むことはありません。
ですが、どうしても引っかかります。
「陛下を連れてお逃げするなら少人数の方が良いのではないですか?
大人数となれば目立ちますし、食糧の問題なんかも」
「……たしかに。
この国か別の国かでひっそり潜伏して暮らすというのならば私とジルの二人で逃げるのが一番効率的ね」
「そうですよ。
私だって運動はからきしですし。
何故、足手まといになるかもしれない人を増やすのです」
私の疑問はディナリスさんも思っていたらしく、首を小さく縦に振っています。
レプラ様は少し思案した後、躊躇い気味に打ち明けました。
「これは……私のエゴなのかもしれないけれど、あの子にコソコソとした生き方をしてほしくないのよ。
もちろん、しばらくは雌伏の時だと思う。
でも十年……いや、五年後にはジルが逃げ隠れしなくても良い環境を整えたい」
逃げ隠れしなくていい環境……それは困難というものでしょう。
裁判にかけられた陛下は死罪は免れるかもしれませんが、幽閉か国外追放は避けられません。
そして、王位を追われたからと言って陛下の安全が保証されるわけではありません。
いつ何時命を狙われるか分かったものではなく、それから身を守る手段は王の座にいた時よりも遥かに少ない。
王を守るにはどうしたって————————あっ?
至った結論をそのまま口に出しました。
「陛下をお守りするためだけに……国をつくる?」
「ハァッ!?」
驚く私とディナリスさんを見てレプラ様は妖しげに微笑みました。
「フフフ……いいわね。
頭の固い官僚と違って学者というのは」
「い、いえ! ちょっと待ってくださいよ!
原始時代じゃあるないし、ちょっと人が集まったから国になるというものじゃないでしょう!
世界中がどこかの国の領土なんですから!
それに手を出せば戦争……にすらならない!
鎮圧されるだけです!」
この世界の陸地は数世紀前の大航海時代に発見され尽くしました。
少なくとも人間の生きていける領域という意味での土地はどこにも残っていないはずです。
「まあ、土地については今は考えなくていいわ。
だけど人はこの国を出る時に引き連れて行くしかない。
最低200人。
仕事は山ほどあるわ。
食料生産、居住地開拓、資源採取、生活物資生産、そして軍備……ただ寄り合って生きるだけの集落でなく、世界を敵に回しても大丈夫な国の土台を作るにはこれくらいは必要。
もちろん、国外脱出後の人員だけでなく、脱出のために必要な人員もいるわ。
水夫や兵士を最低100人は。
そうすると、ざっと300人の人間を連れて行く必要があるってこと」
…………アハっ。
すっごいですねえ、この人。
ええ、学者やってたらいくらでも奇人変人に出逢いますがここまでネジが飛んでいる人は初めてです。
やっぱり女王候補として英才教育を受けたのが効いているんでしょうね。
いい意味で人を人と思っていない。
一人の罪人の身柄と心を救うために、国をつくる。
恐ろしいほど費用対効果が悪い話です。
その建国までの間に、国ができた後に、どれだけの人の命が消費されてしまうのでしょうか。
考えが顔に出ていたのか、私の顔を見たレプラ様は尋ねてきました。
「自己満足のために無辜の民を何百人と亡命させる。
彼らから穏やかな暮らしを取り上げ、道具のように扱おうとする。
下手をすれば地獄に一直線の計画に巻き込もうとする私を悪魔のような女だと思う?」
私は言葉に詰まってしまいましたが、ディナリスさんは首の骨を鳴らしながら答えます。
「いいんじゃないか。
悪魔でもなんでも。
どうせこの世の偉い人らは下々の連中のことなんて土から生えてくる作物程度にしか思っちゃいない。
あとアンタが聖人君子だなんて既に1ミリも思ってない」
歯に衣着せない物言いにハラハラしてしまいます。
ですが、レプラ様の気に障った様子はありませんでした。
「随分な言われようね。
それでも付き合ってくれるのはどうして?」
「ジル様は偉い人にしては珍しく下々の連中を大切にしていたお方だ。
報われないのは間違っていると思うから……ああ、私も自己満足したいんだよ。
そのためにはアンタの思惑に乗った方が勝算があるってだけさ」
ディナリスさんは堂々と胸を張ってそう言いました。
この方もまたジルベール陛下に魅せられた女性なんでしょう。
レプラ様も……そして私も。
「陛下はおモテになりますねえ。
国王でなくなるのならチャンス到来かと思ってましたけど、ライバルが多いですよぉ」
「おっ、やるかい?
言っとくが、今まで狙ったエモノを逃したことはないんだぜ」
私とディナリスさんのじゃれあいをレプラ様は呆れた顔で眺めています。
「楽天家ねえ、特にシウネさん。
あなたなんて今朝までは平和な日常を送っていた庶民でしょう」
「別に平和ってわけじゃないですよ。
クソ親父はいつも酒飲んで私に当たり散らすし、本を勝手に売られないように部屋に頑丈な鍵を付けたりして」
「お父様に、もう会えないかもしれませんよ」
人間を道具呼ばわりしていたくせに私には気遣ってくれるんですねえ。
この人の価値観も捉えどころがありません。
「親に会えなくなるなんて別に騒ぐことじゃないですよ。
それに……こんなことでもなければ1ミリも感謝できないクソ親父のままでしたから」
私はニッコリと笑顔を作ります。
落ち込むとか迷うとかは非効率です。
私にはやるべきことがあるんですから。
「じゃあ、頑張っちゃいましょうか!
完璧なジルベール陛下と仲間たちの大脱出計画を立てて見せますよ!」
腕をまくって気合を入れ直しました。
その時、コンコン、と部屋のドアがノックされました。
少し間を置いて扉が開くと黒ずくめの男がレプラ様に書簡を渡しました。
中身を読んだレプラ様の表情が一瞬、固まりました。
「どうやら300人のうち100人くらいは確保できそうね。
ダールトンが連れ去った王宮勤めの人間たちの消息が分かったわ。
今のところ全員生きてる」
「マジか! そいつはいい!
すぐに合流しようぜ!
ダールトンに殺されかけたんだ。
ジル様を助けて国を出ると言われたらついてくるに決まってる!」
レプラ様の言葉を聞いてディナリスさんが目を輝かせました。
一方、レプラ様は目を細め浮かない様子です。
「ディナリスさん。
あなたに出向いてもらうのは今回限りと思ったけれど、計画修正よ。
私と一緒に彼らの説得に向かってもらう」
「説得? 救出じゃなく?」
言い間違いを指摘するようにディナリスさんは笑い混じりに言います。
ですが、レプラ様の言葉を聞いてその笑いは消え失せたのです。
「さらわれた人たちはモンスター蔓延る荒野に拘束されたまま放り出されたけれど、無事救い出されたわ。
そこまでは想定外だけど問題ない。
だけど、思いのほか頭に血が上っているらしいわね。
彼らを焚き付けて、ジルベール救出のために暴動を起こそうと企んでいるみたい」
「暴動!? そんなことしたら逆に陛下の身が危ないですよ!!
私たちの計画も全部瓦解しかねません!」
「だから説得よ。
優秀な王宮勤めの100人。
しかも王国にいられない彼らを取り込めば、かなりの力になる」
「まったく……大した忠臣だな。
迷惑極まりないが。
そいつらの首謀者は分かってるのか?」
レプラ様は「てっきりダールトンの手先だと思っていたのですが」と前置きをして首謀者の名前を口にします。
「名門レイナード家の最高傑作と名高い王国屈指の剣の使い手にして、王妃フランチェスカの護衛騎士……
『サリナス・ラング・レイナード』」
ホントによくもやってくれましたねえ……
ええ、貧乏人の分際で大学なんて分不相応な場所に通っているわけですからある程度仕方ないと思うんですよ。
コネも後ろ盾もろくにない女学者の成果なんていくらでも掠め取れる。
それくらい織り込み済みです。
大学に通えてるだけで御の字だし、成果は奪われても私に蓄積した身の財は引っぺがせませんから。
多少のことは大目に見るつもりでしたよ。本当に。
だけどねえ……コレはあんまりにもあんまりじゃあないですか?
「教授ーーーーー!!!」
通い慣れたヒューズワン教授の研究室の扉を体当たりで開けました。
教授を怒鳴りつけてやろうと思っていたのに、変わり果てた研究室の光景を見て罵声を呑み込んじゃいました。
「……ああ、ようやく来たかね」
頭頂部が禿げ上がっていて側頭部に白髪を残した小柄な老人はヒューズワン教授。
私が支持している王国教養大学の教授です。
彼は新聞を読みながら椅子に腰掛けているんですが……
研究室には椅子しかありませんでした。
壁を覆い尽くしても足りず、至る所に散乱していた本は一冊も残っていない。
私たち研究室に所属している人間が書き溜めた研究報告書や論文の類も一切失われている。
それどころか本棚や机も。
教授が座っている椅子は自前のものですよ。
「な、何があったんです!?」
「えーと、机と本棚とボクの着替えと……」
「物の有無の話じゃないですよ!
何が起こって研究室のものがなくなったんですか!?」
噛み合わない会話に付き合わされないよう語気を強めて問い詰めました。
「んーとね、ガサ入れなんだと。
キミが発明したカメラ及びフィルム写真の撮影技術一式、お役人に持ってかれた。
まあ、どれが該当するものか分からないから研究室の中にあるもの片っ端ね。
王国技術大学の特許を盗んで作ったという疑いが掛かってさ」
「ハ!? 特許侵害ですって!?」
あり得ないです。
カメラも写真も私の独自研究で完成まで辿り着いたものですから。
私が怒りながらここにやってきたのは、昨日配られていた新聞に貼られていた写真を見たからです。
写真自体はここ数年で研究が進んできた分野であり、誰が実用化に漕ぎ着けるか競い合っているような状態でした。
ですが、その写真は板に像を焼き付ける方式を取っており、写真を大量に複製する事は不可能だったし、カメラの小型化も困難でした。
それでは私のやりたい事には使えない、と世間の主流からは異なるアプローチで写真の実用化に向けて取り組んでいたのです。
結果、辿り着いたのがフィルムと名付けた感光体とそれを利用した写真現像でした。
目論見は当たり、大量複製、カメラの小型化、しかも白黒ではない天然色の写真が撮影できる仕組みを編み出せたのです。
この世界の誰も到達していない科学技術。
それが私の手の中だけにあったのです。
にも関わらず、私ではない誰かの手で同じ仕組みで作られた写真が世に出てしまった。
しかも民衆の暴力を煽動するという悪行に利用されて……
「シウネ、残念だけど騒がない方がいい。
王国技術大学は産業界と密接に繋がってて権力者や金持ちに顔が聞くからさ。
君がこの世界で生きていきたいなら、ここは我慢だ」
「ガマン……いやいやおかしいですよね?
ガサ入れって、ただ私が発明者である証拠を抹消したかっただけですよね?
そもそも盗んだのは絶対向こうでしょう!
あんな新聞記事に利用するような真似を!
そもそもアレはまだ未完成で実用化なんて————」
「盗んだんじゃないよ。
ボクが譲渡した」
教授は悪びれることもなくそう言ったから、私は一瞬、聞き間違いかと思いました。
「君もさ、分かってるだろ。
学問や研究の世界ほど外圧に弱い世界はないって。
お金、時間、環境。
全部他人任せでボク達は実るかわからない時間を過ごさせてもらってる。
この暮らしを壊されたくないんだよ」
分かっていないわけじゃありません。
教授の言っている事はよくわかるし、自分の立場の弱さだって……だけど!
「実るか分からない時間?
あなた方凡百と一緒にしないでくださいよぉ……私の研究は絶対なんですよ。実らせるんですよ。実らせなきゃならない、実らなければ死ぬ、実らせる、ってそういう気持ちで始めた事なんですよ」
「う、うん。わかるよ。
だから落ち着いて————」
「トチ狂ってんのはあなたでしょうが!!
カメラは陛下の御姿を写真に残すため!
写真は陛下の御姿を民衆に伝えるため!!
陛下のために捧げた研究なんですよ!!
それを……よりにもよって陛下の治世を脅かす連中に売りつけるなんて!!!」
悔しいです。
陛下に降りかかる非難を和らげるには陛下という御人を知ってもらうのが一番だと考えて……現代の科学研究の潮流に沿ったままでは数十年は掛かるだろう研究を飛び越えて数ヶ月で成し遂げたというのに。
陛下を救うどころか、その治世を揺るがし、あまつさえ大切な人を傷つけ辱めてしまったことをが悔しくて仕方ありません。
「……なるほど、君は親国王派だったんだね」
「過去形で話さないでくれますかぁ?
私はずっとジルベール陛下に」
「環境が変わった。
もう彼は国王ではないんだよ」
パサっと音を立てて新聞の一面が開かれます。
そこに書かれていたのは……ジルベール陛下がウォールマン新聞社を襲撃し、火をかけて大量殺人を行ったというものでした。
自分の愚かさを憎みます。
私がカメラなんて発明しなければ、レプラ様が襲われることもなく、陛下も王の座を追われることはありませんでした。
今、陛下は王都内のどこかに監禁されているということです。
命が無事なのは不幸中の幸いでしたが、裁判でどのような判決が出るか分かったものではありません。
しかも気が早いことに陛下の叔父上であるダールトン様が次の王になるという予想が書き立てられていました………………馬鹿げています。
先代が亡くなった時に30歳を過ぎた働き盛りで病気ひとつない王弟だったダールトン様。
それを押しのけて弱冠15歳のジルベール様が王位を継いだ時点でダールトン様の器が知れたというものです。
それでも新聞はダールトン様を名君の器と持て囃し、ジルベール陛下の治世の粗探しに躍起です。
こんなものが陛下の目に触れたらと思うと胸が痛んでなりません。
陛下は十分過ぎるほど頑張られていました。
弱い立場の者を切り捨てず、横暴や不正を許さない。
そのおかげで救われた者、報われた者は数え切れません。
なのに、どうして身を切るような生き方を選び、戦い続けてきた陛下がその報いを受けられないのでしょうか。
この世の理不尽を感じてはなりません。
涙がポタリ、ポタリと新聞を濡らしました。
その時です。
「シウネ!! お客だぞ!!」
クソ親父が部屋の外から叫んでいます。
……客人なんて嫌な予感しかしません。
「へへ……すみませんねぇ。
すぐに引っ張り出すんで。
オイ! シウネ! お客を待たせんじゃねえ!!」
ドアの向こうから聞こえる媚びたような口ぶり……土産に酒でももらったんでしょうか。
つくづく情けない男です。
とはいえ、部屋のドアを破られたらたまったものではありません。
観念して私は部屋から出ました。
「お初にお目にかかります。
私、ウォールマン新聞社で取材部を仕切らせていただいております、ステファン・ランティス、と申します」
粗末なテーブルと椅子が置かれただけの我が家の居間に身なりの良い男が居座っています。
童顔で愛らしい顔をしていますが、ウォールマン新聞社で重役を務めているという事は若く見積もっても三十は過ぎているでしょう。
年不相応な若づくりをしている男は信用ならないと昔の人も言っています。
「シウネ・アンセイルです。
ウォールマン新聞の方がどうして我が家に?」
「まあまあ、せっかくお会いしたんです。
記念に一枚」
そう言ってステファンは鞄から取り出したのは……カメラでした。
私の作ったプロトタイプと全く同じ形状。
無遠慮にレンズを向けてシャッターを切った瞬間になるカシャリ、という音も同じ。
「ふぅむ。失礼ですが、本当にあなたシウネ・アンセイルですか?
巷では美貌の女学者だと噂されているという事ですが……」
化粧もしていないし、昨晩は泣いたり寝付けなかったりでコンディション最悪なんですよ。
まー無遠慮な殿方を喜ばせるために化粧だなんて無駄なことしませんけど。
「嘘を言っていると思われたならお引き取り頂いても構いませんが」
「ムッ……失礼ですね。
わざわざこんな下町くんだりに足を運んだというのに。
まあ良いでしょう。
女だてらに学者なんて仕事をしているものだから周囲が無闇に褒めそやしているのでしょう。
よくある事です」
ほほう…………言うこと成すこと腹が立つ輩ですねえ。
無気力になっていた私には丁度いい気付け薬です。
「で、シウネさん。
先日、ヒューズワン研究室が特許庁の監査を受けた際に王国技術大学の研究を盗んだ証拠が見つかったと言うのはご存知ですか?」
「へえ、全く存じ上げておりません。
最近、私がやってたのはあなたがお持ちのカメラの開発くらいなもので!」
糾弾するようにビシリと奴の持っているカメラを指差しました。
するとステファンは呆れたようなため息を尽きます。
「カメラじゃありません。キャメラです。
王国技術大学と我が社が共同開発した写真を撮影する装置ですよ」
巻き舌気味にキャメラと発音する男に鳥肌が立つほど不快になりました。
白々しいにもほどがある。
「冗談じゃないです!
あなた方こそ私のカメラの研究資料を教授からもらっていたんでしょうが!!」
「…………プッ。ちょっと何を言ってるのか分かりませんねえ」
コ……コイツっ!? 鼻で笑いましたねっ!?
「いや貴方も学者ならご存知かもしれませんが写真を撮影する装置なんて既に手垢まみれの研究だ。
アマトの海洋都市なんかでは10年前くらいに撮影に成功している。
キャメラはそれらの研究の果てに完成した最先端の撮影機なんですよ」
「フーン……そうですか。
アマトで作られた写真機は露光時間に半日かかる銅板写真ですが、そこからよくもまあフィルムカメラに到達できたものですねえ?
塔を登ってたらいつの間にか山頂に着いてたってくらい無理がある話でしょうがぁ?」
「カメラじゃなくてキャ、メ、ラっ!!
あなたの作ったニセモノとは違うんです!
二度と間違えるんじゃないっ!!」
盗人猛々しいここに極まれりです。
やっぱりウォールマン新聞社は悪党どもの組織です。
陛下を陥れただけでなく、邪魔者はみんな排除しようとする。
しかも直接手を汚す事なく他人にやらせるんです。
ステファンは大きく息を吐き出して落ち着きを取り戻したようです。
腰を曲げて私を上目遣いに見上げて言いました。
「今日ここにきたのは忠告に来たんですよ。
もうすぐあなたの元に法務省の役人どもが訪れます。
そして特許法違反の容疑で逮捕されるんです」
「へっ!? そんなバカなこと」
「に、なるんですよ。
私たちが発明したキャメラと同じ構造、同じ部品、同じ理論で作られた写真撮影機はキャメラの特許を侵害します。
賠償額は何千万オルタになることやら」
「い、いくらなんでも横暴すぎます!
法を司る法務省の役人がこんな無茶苦茶な話に付き合うわけがありません!」
そう叫ぶとステファンは神妙そうな顔で顎に手をやります。
「たしかに。役人に賄賂を渡すのはリスクが高いですからね。
役人共は法に則って捜査を行い、判決を下すことでしょう。
我々もそれを歪めるのは難しい」
難しい……ですか。
できない、ではなくて。
まともな組織を相手にしている話とは思えません。
法律による社会システムの行使を歪めるような連中が野放しにされてしまっている現状はどう考えても異常です。
私が辟易するとステファンは口が裂かれたかのように大きな口を開けて笑って言いました。
「アハハハハハ! ですが、いくらお役人共の頭が固くともこの世の中のほとんどは脳が溶けた愚民ですからね!
『天才女学者シウネ・アンセイルは他人の研究を盗んでその地位を得ていた! 大学もシウネの色仕掛けに負けてそれを黙認していた!』とでも新聞が報じたら、あなたに不利な証言で溢れかえるでしょう!
そうなれば、事実なんてなんの力も持ちませんっ!
どう転んでもあなたは王国教養大学の名誉に泥を塗ることになる!
あー、それにあなたは特待生ですからねぇ。
『ジルベールがあなたに誘惑されて特待生制度を作った』だなんて!
きっと盛り上がる事でしょうねぇっ!!」
「な……!?」
「そもそも、あなたの研究資料なんてどこにも残っていないでしょう?」
と言ってステファンは紙の束を掲げます。
それは紛れもなくヒューズワン研究室に置いていた私のカメラの研究資料です!
それが奴の手元にあるということは、
「もし、そんなものがあれば弁解の余地はあるんですけどね。
徒手空拳で役人どもと渡り合えるなんて思っていないでしょう?」
目の奥が燃えるように熱いです。
怒りと悔しさで火がつきそうなくらい体温が上がっていきます。
マスコミが陛下に行った仕打ちは知っていました。
ですが、いざ自分の身に降りかかるとなるとあまりの卑劣さにクラクラしてしまいます。
しかし私は……どこまで陛下の足を引っ張ってしまうというのでしょう。
「おやおや、随分落ち込まれているようですね。
頭の良い方は悪いことを考えるのも得意なようだ」
「……何をすれば良いですか?」
「ほへ?」
「とぼけないでください。
わざわざ忠告に来たということは交渉材料があるということでしょう」
私の言葉にステファンは満足そうに首を縦に振る。
「話が早い。素晴らしいですよ。
ええ、そうです。
あなたの才能を腐らせるのは惜しい。
前向きなお話をしましょう。
シウネ・アンセイル。
ウォールマン新聞社に入社して私の部下になりなさい」
冗談キツイです。
この人、私にどう思われているのか自覚がないんでしょうか?
「…………えーと、私にウォールマン新聞のために働けと?」
「ええそうです。悪くないお話でしょう。
学者なんてのは研究ができれば幸せなんですから。
あなたの研究開発の成果や権利はすべて我が社で預かることになりますが、当然それなりの待遇をお約束しますとも。
断ればあなたは学者でいられなくなる上に、賠償金で死んでも返すことができない借金を背負う。
考える必要もない話ですよ」
ニコニコとゲスい話を垂れ流すステファン。
私は生まれて初めて明確な殺意を覚えたかもしれません。
こんな交渉、絶対にノーです。
契約書にサインでもしようものならこの男は私を奴隷のように扱うでしょう。
首輪をつけて地下に監禁し、そこで研究しろとでも言ってきそうです。
それに報道機関とは名ばかりで人の弱みを掴んだり作ったりして世の中を我が物のように操る連中の求める研究なんて碌でもないものに違いありません。
「学者はね、責任があるんですよ」
「ん?」
「今、この世界に存在しないモノや理論を生み出す。
それは釣り合った天秤の上に新しいモノを置くのと同じです。
元あった世界を壊し、戻れなくするものだってあります。
火薬の発達は鉱山の発掘作業の効率を上げ、事故死を減らしました。
ですが、戦場で事故死者の何万倍も人間を殺しています」
「何が言いたいんです?」
ここまで言ってまだ分からないのか、とため息を吐いてやります。
そうしたら奴の幼い顔が真っ赤に染まって歳相応の皺が深く刻まれていきます。
メッキが剥がれるとはこの事ですね。
トドメを刺すように言い放ちます。
「道具をまともに使えないバカどものために働くなんてまっぴらごめんなんですよ!
本来、写真は情報を鮮明にするものです!
カメラは真実の姿を写すために作られた道具なんです!
なのにあなた方はレプラ様の裸の写真と別の女が……し、している写真を組み合わせてありもしない強姦を捏造しました!!
私の、私が陛下のために捧げた研究を使ってっ!!
あなた方を私は絶対に許さない!!」
私の語気が荒くなるのに比例してステファンの顔も真っ赤に染まります。
「ほほう……良い度胸ですね。
自分の命運が私の手のひらの上で転がされているというのに」
構うものですか。
連中の悪事の片棒を担ぐくらいならば、いっそ陛下に殉死して差し上げましょう。
それがせめてもの、禊になるのなら————
「このバカ娘がアアアアアアっ!!!」
突然です。
クソ親父のビンタが私の頬を張りました。
大きな手の一撃に私は床に転がります。
追撃するようにクソ親父が胸ぐらを掴んできます。
「こんなウマイ話ねえだろうが!!
しょっ引かれて無一文にされるのと天下のウォールマン新聞社で働くなんて比べる間でもねえだろうが!」
「ば……バカなことを!!
コイツらは陛下を陥れて」
「バカはお前だ!!
陛下なんて赤の他人だろうが!
それより実の父親を飢えさせる方がよっぽど問題だろう!
お前の賢い頭はそんなこともわからねえのか!!」
再び顔を張られました。
頬が熱くて熱くて、涙が溢れてきました。
鬼のような形相をしているクソ親父の肩にステファンが手をかけます。
「まぁまぁ、そこまでされなくても。
女性の顔に傷を作るのは良くないですよ。
それにぃ……」
ねっとりとした声のステファン。
その視線が私の胸に寄せられているのは明らかでした。
先程、胸ぐらを掴まれた時にボタンが飛んでしまって、肌があらわになっている私の胸に。
「なるほど。周りの学者連中が夢中になるわけです。
いいモノをお持ちだ」
下劣な笑みを浮かべるステファンにクソ親父は腰を曲げて媚びへつらいます。
「一晩だけお時間をください!
ちゃんと明日にはステファン様の言うことならなんでも聞く従順な娘になっておりますので!」
「ほう……なんでも、って言いましたね?」
「ええ! どうぞ可愛がってやってください!
そのかわり……」
「アッハッハッハ! 皆まで言わんでもよろしい!
お礼はたっぷりさせていただきますとも、おとうさま」
結局、上機嫌でステファンは帰りました。
ハラワタ煮えくりかえるとはこの事ですね。
まさか実の父親に売られるとは思いませんでした。
金の無心くらいしかろくに会話しない間柄でしたが、ここまでとは……
ガチャリ、と玄関の鍵が閉められます。
まるで自宅が牢屋になったようです。
窓すらない粗末な我が家の出入り口は玄関しかありません。
さて、クソ親父はいったいどんな真似をして私に言うことをきかそうとするのか……
クソ親父は私に振り向きました。
珍しい。今日は酒が入っていないのか顔の赤みが引いています。
しかも、声を荒げることなく、静かに呟くように語りかけてきました。
「時間は稼いだ。
あとはお前の頭でなんとかしろ」
え?
「シウネ。俺はお前がやってることの素晴らしさなんて分からねえ。
だけど、お前はこんな俺の面倒を今日まで見てくれたからな。
その恩くらいは返すぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください!
お父さんは————」
「うるせえっ!! 早くしろ!!
お前はどうせ俺のことを邪魔なだけのクソ親父と思ってんだろう!
だったらそんな気持ちのままどこへでも行っちまえ!!」
クソ親父が唾を吐きかけるように怒鳴りつけてきました。
予想外過ぎる展開です。
こんなの、予想できるわけないじゃないですか!?
どんな感情曲線を描いて、どんな思考ロジックで、どんな事象の積み重ねで————わからないわからないわからない!!
頭を抱える私の肩をクソ親父が乱暴に掴みます。
「シウネ、お前がどうなろうが知ったことじゃねえ。
だが、あんなくだらねえ男に利用されるな。
無駄によく回る頭はなんのためにある?
アイツのためじゃねえはずだ」
クソ親父が発した言葉が気付けになりました。
そうでした……
私はまだなにも失っていない。
陛下だって生きているんです。
何かお力になれることだって。
でも……
「大丈夫ですか?
私がいなくなったらお父さんは」
「せいせいするさ。
俺は元々ひとりが好きなんだ。
今のご時世、適当に生きていても飢え死にすることはねえよ。
あんな子どもに王が務まるのかと思いきや、なかなか居心地いい世の中だ」
「おと————」
「もういいだろ。
俺に父親を求めるのはやめろ。
お前は子どもじゃないし、必要ねえ」
そう言って、黙りこくりました。
私は大急ぎで荷物をまとめました。
クソ親父は居間のテーブルで酒を飲みはじめました。
そしていつものように、
「行ってきます」
と声をかけて玄関を出ました。
最後まで、クソ親父は黙ったままでした。
家の外は夕闇に染まっていました。
慌てて飛び出したものの、流石に国外逃亡のノウハウなんてありません。
王都の外に出るのだって門番の目をくぐり抜ける必要があります。
とりあえずは落ち着ける宿か何かで作戦を————
「見事に予測通りだ」
「ひっ!?」
すぐそばから掛けられた声に私は驚きました。
声の主はフードを目深に被った女性です。
かなり背が高くて、ハスキーな声…………聴き覚えがありました。
「ディナリスさん?」
私が尋ねると彼女はフードを軽くあげて、その鋭くも整った顔を見せてきました。
「さすが天才学者さんだ。
良い記憶力をしている」
「どうしてここに————」
「再会を喜ぶのは後回しだ。
お互い、大手を振って表に出れる状態ではないからな」
そう言ってディナリスさんは私の手を引いて、歩き始めました。
ディナリスさんに連れられて行った場所はある貴族屋敷の一室でした。
王都内は貴族の住む区画はキッチリ区切られており、平民身分の人間が出入りすることはまずありません。
故に身を隠しやすい、と私を待っていたレプラ様はおっしゃいました。
「ジルベール陛下をお救いする!?」
「ええ。そのためには人手がいるわ。
シウネ・アンセイル殿。
あなたの頭脳が私たちには必要なの」
願ってもありません。
私の手で陛下をお救いできるのならなんだってします。
たとえ、犯罪に手を染めることになろうとも……
「シウネ、気負い過ぎるな。
別に私たちはクーデターを画策しているわけじゃない」
「え、そうなんですか?」
「らしいぜ。なあ、レプラ」
ディナリスさんがレプラ様に尋ねます。
すると机から視線を動かさずにレプラ様は答えます。
「国も民も奴らにくれてあげる。
そんなものより今欲しいのはジルに忠実な仲間よ」
「さっきみたいに一人一人スカウトしていくのか。
気が遠くなる話だな」
「いえ、ディナリスさんが誘うのはシウネさんだけで十分よ。
他に目星をつけている者は下っ端に声をかけさせるから」
レプラ様の言葉を疑問に思って尋ねます。
「あのー、なんで私だけなんですか?」
「あなたがこの計画の鍵だからよ。
どうしても欲しかったから面識のあるディナリスさんにお願いしたの。
私もそこそこ頭は回るけど、あなたほどじゃない。
最終的にこの王都からかなり大勢の人間を脱出させることになるわ。
ご存知のとおり、この街は城壁に囲まれ出入り口はすべて門番に守られている。
策が必要なの。
固められた絶対の守りを盤ごとひっくり返すような大きな策が」
作戦参謀に組み込まれているということですか。
陛下のために力を振るえるならば、これ以上に望むことはありません。
ですが、どうしても引っかかります。
「陛下を連れてお逃げするなら少人数の方が良いのではないですか?
大人数となれば目立ちますし、食糧の問題なんかも」
「……たしかに。
この国か別の国かでひっそり潜伏して暮らすというのならば私とジルの二人で逃げるのが一番効率的ね」
「そうですよ。
私だって運動はからきしですし。
何故、足手まといになるかもしれない人を増やすのです」
私の疑問はディナリスさんも思っていたらしく、首を小さく縦に振っています。
レプラ様は少し思案した後、躊躇い気味に打ち明けました。
「これは……私のエゴなのかもしれないけれど、あの子にコソコソとした生き方をしてほしくないのよ。
もちろん、しばらくは雌伏の時だと思う。
でも十年……いや、五年後にはジルが逃げ隠れしなくても良い環境を整えたい」
逃げ隠れしなくていい環境……それは困難というものでしょう。
裁判にかけられた陛下は死罪は免れるかもしれませんが、幽閉か国外追放は避けられません。
そして、王位を追われたからと言って陛下の安全が保証されるわけではありません。
いつ何時命を狙われるか分かったものではなく、それから身を守る手段は王の座にいた時よりも遥かに少ない。
王を守るにはどうしたって————————あっ?
至った結論をそのまま口に出しました。
「陛下をお守りするためだけに……国をつくる?」
「ハァッ!?」
驚く私とディナリスさんを見てレプラ様は妖しげに微笑みました。
「フフフ……いいわね。
頭の固い官僚と違って学者というのは」
「い、いえ! ちょっと待ってくださいよ!
原始時代じゃあるないし、ちょっと人が集まったから国になるというものじゃないでしょう!
世界中がどこかの国の領土なんですから!
それに手を出せば戦争……にすらならない!
鎮圧されるだけです!」
この世界の陸地は数世紀前の大航海時代に発見され尽くしました。
少なくとも人間の生きていける領域という意味での土地はどこにも残っていないはずです。
「まあ、土地については今は考えなくていいわ。
だけど人はこの国を出る時に引き連れて行くしかない。
最低200人。
仕事は山ほどあるわ。
食料生産、居住地開拓、資源採取、生活物資生産、そして軍備……ただ寄り合って生きるだけの集落でなく、世界を敵に回しても大丈夫な国の土台を作るにはこれくらいは必要。
もちろん、国外脱出後の人員だけでなく、脱出のために必要な人員もいるわ。
水夫や兵士を最低100人は。
そうすると、ざっと300人の人間を連れて行く必要があるってこと」
…………アハっ。
すっごいですねえ、この人。
ええ、学者やってたらいくらでも奇人変人に出逢いますがここまでネジが飛んでいる人は初めてです。
やっぱり女王候補として英才教育を受けたのが効いているんでしょうね。
いい意味で人を人と思っていない。
一人の罪人の身柄と心を救うために、国をつくる。
恐ろしいほど費用対効果が悪い話です。
その建国までの間に、国ができた後に、どれだけの人の命が消費されてしまうのでしょうか。
考えが顔に出ていたのか、私の顔を見たレプラ様は尋ねてきました。
「自己満足のために無辜の民を何百人と亡命させる。
彼らから穏やかな暮らしを取り上げ、道具のように扱おうとする。
下手をすれば地獄に一直線の計画に巻き込もうとする私を悪魔のような女だと思う?」
私は言葉に詰まってしまいましたが、ディナリスさんは首の骨を鳴らしながら答えます。
「いいんじゃないか。
悪魔でもなんでも。
どうせこの世の偉い人らは下々の連中のことなんて土から生えてくる作物程度にしか思っちゃいない。
あとアンタが聖人君子だなんて既に1ミリも思ってない」
歯に衣着せない物言いにハラハラしてしまいます。
ですが、レプラ様の気に障った様子はありませんでした。
「随分な言われようね。
それでも付き合ってくれるのはどうして?」
「ジル様は偉い人にしては珍しく下々の連中を大切にしていたお方だ。
報われないのは間違っていると思うから……ああ、私も自己満足したいんだよ。
そのためにはアンタの思惑に乗った方が勝算があるってだけさ」
ディナリスさんは堂々と胸を張ってそう言いました。
この方もまたジルベール陛下に魅せられた女性なんでしょう。
レプラ様も……そして私も。
「陛下はおモテになりますねえ。
国王でなくなるのならチャンス到来かと思ってましたけど、ライバルが多いですよぉ」
「おっ、やるかい?
言っとくが、今まで狙ったエモノを逃したことはないんだぜ」
私とディナリスさんのじゃれあいをレプラ様は呆れた顔で眺めています。
「楽天家ねえ、特にシウネさん。
あなたなんて今朝までは平和な日常を送っていた庶民でしょう」
「別に平和ってわけじゃないですよ。
クソ親父はいつも酒飲んで私に当たり散らすし、本を勝手に売られないように部屋に頑丈な鍵を付けたりして」
「お父様に、もう会えないかもしれませんよ」
人間を道具呼ばわりしていたくせに私には気遣ってくれるんですねえ。
この人の価値観も捉えどころがありません。
「親に会えなくなるなんて別に騒ぐことじゃないですよ。
それに……こんなことでもなければ1ミリも感謝できないクソ親父のままでしたから」
私はニッコリと笑顔を作ります。
落ち込むとか迷うとかは非効率です。
私にはやるべきことがあるんですから。
「じゃあ、頑張っちゃいましょうか!
完璧なジルベール陛下と仲間たちの大脱出計画を立てて見せますよ!」
腕をまくって気合を入れ直しました。
その時、コンコン、と部屋のドアがノックされました。
少し間を置いて扉が開くと黒ずくめの男がレプラ様に書簡を渡しました。
中身を読んだレプラ様の表情が一瞬、固まりました。
「どうやら300人のうち100人くらいは確保できそうね。
ダールトンが連れ去った王宮勤めの人間たちの消息が分かったわ。
今のところ全員生きてる」
「マジか! そいつはいい!
すぐに合流しようぜ!
ダールトンに殺されかけたんだ。
ジル様を助けて国を出ると言われたらついてくるに決まってる!」
レプラ様の言葉を聞いてディナリスさんが目を輝かせました。
一方、レプラ様は目を細め浮かない様子です。
「ディナリスさん。
あなたに出向いてもらうのは今回限りと思ったけれど、計画修正よ。
私と一緒に彼らの説得に向かってもらう」
「説得? 救出じゃなく?」
言い間違いを指摘するようにディナリスさんは笑い混じりに言います。
ですが、レプラ様の言葉を聞いてその笑いは消え失せたのです。
「さらわれた人たちはモンスター蔓延る荒野に拘束されたまま放り出されたけれど、無事救い出されたわ。
そこまでは想定外だけど問題ない。
だけど、思いのほか頭に血が上っているらしいわね。
彼らを焚き付けて、ジルベール救出のために暴動を起こそうと企んでいるみたい」
「暴動!? そんなことしたら逆に陛下の身が危ないですよ!!
私たちの計画も全部瓦解しかねません!」
「だから説得よ。
優秀な王宮勤めの100人。
しかも王国にいられない彼らを取り込めば、かなりの力になる」
「まったく……大した忠臣だな。
迷惑極まりないが。
そいつらの首謀者は分かってるのか?」
レプラ様は「てっきりダールトンの手先だと思っていたのですが」と前置きをして首謀者の名前を口にします。
「名門レイナード家の最高傑作と名高い王国屈指の剣の使い手にして、王妃フランチェスカの護衛騎士……
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そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
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勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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