流刑王ジルベールは新聞を焼いた 〜マスコミの偏向報道に耐え続けた王。加熱する報道が越えてはならない一線を越えた日、史上最悪の弾圧が始まる〜

五月雨きょうすけ

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第十一話 陛下の知らぬ間に

ディナリス編

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『ジルベールの付け火』と後に呼ばれる聖オルタンシア王国最大の言論弾圧事件が起きたあの日————

 レプラが目を覚ましたのはジル様が出て行ってまもなくだった。
 彼がほんの少し、レプラの裸の写真が貼られた新聞を見る時間が遅れていたのなら、いろんなものの運命が違っていたんだろう。


 目覚めたレプラに私は自己紹介した。
 バルト領主殿の護衛であることを伝えると一安心した様子だった。

 だが、ジル様が新聞を見て怒って外に出て行った事を知ると血相を変えて起きあがろうとした。
 本職の男達に寄ってたかって嬲られたんだ。
 いかに心が強くとも身体はついてこれない。

「無茶するなって。
 アンタが死んだら私は自刃ものなんだ」
「いま無茶しなくて……いつするんですか。
 王宮内にはダールトンの息のかかっている者はたくさんいます。
 王宮は数刻のうちに牛耳られるでしょう。
 昔から自分の痛みや損だけには敏感な男でした。
 陛下に属する者や自分を笑った者を生かしておくとは思えません」
「そいつは穏やかじゃないな。
 だが、領主殿と落ち合うのは明日の予定だ。
 ひとまず、王都のどこかに隠れて」
「それでは遅すぎます。
 教皇庁にはどの道向かわねばなりません。
 バルト様もいるなら好都合。
 あなたの脚ならば私を連れても今日中に着けるでしょう」

 私を連れてって……そもそもアンタ歩けるような状況じゃ————

「ハ!? まさかアンタを背負って走れって!?」
「馬車では目立ち過ぎます。
 陛下の盟友であるバルト様が王都に舞い戻った事をダールトンが知れば面倒なことになります。
 よろしくお願いします」

 淡々とした口ぶりで状況を説明するレプラ。
 たしかに言ってる事はもっともだけど……

「嫌だ! 私をウマ扱いするなっ!」
「あら、できませんか?
 てっきり体力自慢だと」
「できる! 余裕だ!
 だが、私はアンタを守るとは約束したが使いパシリになるつもりはない!
 たとえ領主殿の妻になられるお方だろうとな!」
「妻……私が? バルト様の?」

 しまった。口が滑った。

「ふむ……ああ、なんとなく分かりました。
 それで教皇庁に……フフ、やはりあの方は辺境に置いておくのは勿体ないですね。
 政略家としても、忠臣としても」

 私の漏らした一言だけで色々察してしまったらしい。
 大したキレ者ぶりだが、私がプライドを捨てられるかは別問題だ。
 最強と謳われるほどの力を得るためにどれほどの試練をくぐり抜けたことか。
 それはすべて自由であるためだ。
 どんな偉い奴、強い奴に命令されても気に入らないことに否を突きつけられるようになりたかったからだ。

「ですが、困りましたね。
 見ての通り、今の私はろくに歩くこともできない」
「そうだ、あきらめろ。
 王都内だったら人道の範疇としておぶってやる。
 だが、馬車で一夜かかる距離を走れ、とかあり得ないって」

 くだらないかもしれないがプライドの問題だ。
 そもそも彼女は頼み方がなっちゃいない。
『私は正しいことを言ってるのだから従いなさい』みたいな偉そうなお貴族様らしい態度は下賤の生まれとしてはどうしても鼻につく。
 頭を下げて『お願い! あなたの力が必要なの!!』とでも乞われれば考えなくもないがな。

 私がフン、と鼻を鳴らして拒絶の意思を示す。
 突っぱねられたレプラは残念そうに呟く。

「惜しいですねえ……
、D・ヴァルキュリア』の背中に乗って国家の危機を教皇猊下にお伝えしたとあれば、生涯の自慢になると思ったんですが————」
「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てぇーーーーーっ!!
 な、な、何故その名を知っているっ!?」

 戦乙女以下略、は駆け出しの頃に自ら名乗っていた名前だ……私が。
 いや、そもそも戦女神だとか言い出したのは周りだったし、実際にその名で呼んでくれる人もいたから必ずしも私のせいではないが…………

「で、当時パーティを組んでいた仲間が酒場で『ウチの戦女神(笑)さあ、俺にだとかだとか恥ずかしい異名つけようとするんだよ。どうしよう。すげえくだらない理由でパーティやめたくなってきた』と言ってるのを影で聞いてしまって、名乗らなくなったとか。
 本当ですか?」
「やめろぉっ! やめろぉぉおおおおお!!
 やめてくれっ!! この通りだ!!」

 蓋を開けたように当時の記憶が蘇る。
 なまじ強くて周りが文句を言わないのをいいことにやりたい放題していた恥ずかしい日々…………
 私は頭を下げて、これ以上辱めないように懇願した。

「アンタ……どうしてそんな情報を……
 この大陸から遥か離れた国での出来事だぞ。
 新聞に書かれるようなことではないし」
「新聞なんかよりよっぽど正確に幅広い情報を知る手段はあります。
 市井の人間は想像もしてないでしょうけどね。
 元々、あなたには目をつけていました。
 生まれや血縁者はもちろん、親密だった男性のことまで把握しています」

 レプラの声は微かに弾んでおり、笑みすら浮かべていた。
 今が緊急事態であると察しているのに、全く狼狽えたり慌てたりはしていない。
 この女が急がなくてはならないというのなら本当にそうなんだろう。

「……いいよ。乗せてやる。
 だが、吹聴するなよ。
 私の沽券に関わる」
「私を背中に乗せて走ることですか?
 それとも『振るう刃は闇を切り裂き、疾るその脚は雷鳴の如き戦女神————」
「どっちも!! どっちもだよ!!
 いや、どちらかと言えば後者!!」

 ジル様や領主殿が入れ込むくらいだからたいそうな女傑だと踏んでいたが……想定以上だ。



 王都からの脱出はさして手間もかからなかった。
 レプラが王宮の隠し通路や人通りの少ない道を把握していたからだ。
 全力で走り、教皇庁にたどり着いたのは夕暮れ時。
 さすがにへばって地面に腰を下ろしていると領主殿がやってきて労ってくれた。
 私が事の仔細を伝えると彼は目頭を押さえて俯いた。

「モンスターと殺し合いしてるウチの方がよっぽどマシに思えてくるな。
 王都は魔性の棲みつく地だ」
「本当に……ジル様みたいな善人が統治する方が無理がある。
 その点、あの女は……」

 教皇庁にたどり着くやいなやレプラは教皇への面会を申し出た。
 すると謁見の間ではなく、自室に呼ばれて二人きりでいるという。

 宗教に権威を、国王に根拠を与え合うための共生関係によりこの国の政と宗教は結びついている。
 この国の最高権力者は国王だが、その国王を任命しているのは教皇。
 その二人に近しいというだけでレプラという女の特別さが分かるというものだ。

「これから奥様になられる方が男の部屋で二人きりというのに焦りはしないのか?」

 そう言って領主殿をからかったが薄ら笑いすらしない。

「レプラが教皇に孫娘のように溺愛されているのは有名過ぎる話だ。
 ジルを助けるには権力者の力が必要になる」
「領主殿だって権力者じゃないか」
「辺境領主なんざ王都では役なし貴族と変わらんよ。
 だから俺は一人の兵士として、忠義を果たす」

 領主殿はそう言うとキュッと引き締めるように顔から覇気……いや、怒りを溢れ出させた。

「ジル様は早晩取り押さえられるだろう。
 憲兵であれば国王陛下の命は奪うまい。
 牢屋に収容されたところを襲撃し救出する。
 そしてレプラもまとめて我が領に招く。
 ジル様が正統な国王で、国王の座すところが王都だ。
 我が領を新王都としてジル様の王位を主張する。
 当然、ダールトンは黙ってないだろうが上等だ。
 醜悪なマスコミ諸共、ジル様に仇なす者すべて叩き潰してやる」
「国を二分するつもりか?
 大戦争になるぞ」

 さまざまな国を渡ってきた経験から考えて領主殿の構想はあまりに過激過ぎる。
 国を割ると言うことは国全体を戦争に巻き込むということだ。
 当然、近隣諸国も黙っていない。
 軍事介入や後方支援により燃料が注ぎ込まれれば何十年と続く戦いになる。

「望む所だ。ご存知の通り、俺は中央の連中が嫌いだ。
 奴らがヌクヌクと暮らしている頃、我が領では民や兵がモンスターや敵国との戦いに明け暮れている。
 そんな俺たちをジル様は守護者として称え、感謝をしてくれる。
 だが、議会ごっこにご執心な王国議会の連中は蛮族のように扱う。
 東部で流れる血を穢れと忌み、獣同士の縄張り争いと嗤っている。
 その上、ジル様をも堕ちた王と嗤うなら……もうやるしかない。
 親しい者の亡骸に囲まれて、暴力の恐怖にむせび泣く絶望を、奴らにも味あわせてやる」

 ジル様への忠誠心を敵への憎悪に変えて領主殿は邪悪な笑みを浮かべる。
 正気に戻さねば、と胸ぐらを掴んだ瞬間だった。

「バルト様、お顔が怖いですよ」

 レプラがひょっこり現れて領主殿に声をかけた。
 すると、彼の表情に漂っていた闇が弾け飛んだ。

「レプラ。教皇との話は終わったのか」
「ハイ。すべては思い通りに。
 バルト様。あなたにも協力をお願いします」

 レプラに見つめられて、領主殿が少し浮ついているのが感じ取れた。
 本当に好きなんだなぁ、とホッコリした気持ちになっていたのだが、続くレプラの言葉に冷や水をかけられた。

「何もせずに自領にお戻りください。
 決して陛下を救おうとしたり、味方になろうとしたりせず、黙って自領にお篭りください」

 ピシャリと言われた領主殿は流石に不満を訴えた。

「ちょっと待て……それではジル様を見捨てる羽目に」
「そうです。一旦、陛下は見捨てます。
 殺されはしませんよ。
 用心棒程度に倒されるほどヤワではありませんし、取り押さえられるとすれば腕利きの憲兵か騎士くらいのものでしょう。
 彼らは節度を弁えています」
「待て待て待て!!
 ジル様が投獄されるのを指咥えて見てろって!?
 冗談じゃない!!
 俺とディナリスならば多少憲兵に囲まれたくらいなら蹴散らせる。
 そのままウチに戻って、徹底抗戦に持ち込めば————」
「内乱の誘発こそ陛下のもっとも望まないことです!!
 シュバルツハイム卿! 
 何故、陛下が今日まで耐えに耐え続け、今も仲間を引き連れず出て行ったか理解できませんか!?」

 レプラが領主殿を一喝した。
 側で見ているだけの私すら後退りしてしまいそうな迫力だった。

「ウォールマン新聞を潰すだけならばいくらでもやりようはありました。
 それをなさらなかったのはすべて民のためです」
「その民がジル様を裏切った……
 あのお方にとって誰よりも大切なお前を蹂躙し、御心を傷つけようとしたんだ!!
 刃を向けるよりも悪意のある謀反だ!!
 俺はジル様の怒りに寄り添いたい!!」

 負けじと言い返す領主殿。
 レプラはふっ、と小さく吐息を漏らす。
 すると彼女の纏っていた几帳面そうな雰囲気が砕け、柔らかい口調で語りかけてきた。

「あなたは未だにジルを親友として見ているのね。バルト」
「……都合よくレオノーラを出すんじゃない」
「そう。捨てたはずの王女だった頃の関係性をチラつかせるなんてのは都合がいいわね。
 だけど、それはあなたもでしょう。
 今のジルに加担して自領に連れ帰ったとて、始まるのは終わりのしれない内乱よ。
 名君たるバルトロメイ・フォン・シュバルツハイムがそんな手段を選ぶわけがない。
 あなたはジルの親友という立場を使って、怒りに殉じることを許そうとしている」
「王を守るのは忠誠心の内だろう!」
「違うわ。忠誠心とは王を正しく導こうとする志のことよ。
 王が間違ったり危険なことをしようとすれば正す。
 一緒になって暴れるなんて低俗な男子の友情観でしかない。
 そもそも、あなたが実家に戻り、陛下が即位した時点で道は分たれた。
 個人的な友誼は統制を乱すとジルは理解していたから。
 仮にあなたの思惑通り、ジルと共に反対勢力を根絶やしにして、その後に続くジルとあなたの二頭体制は独裁になるわ。
 ナンバーワンとナンバーツーが親友同士で命を救いあってる関係だなんて自浄作用が働くわけがない。
 それに対する臣下の不満は国を焼くに余りあるわ」

 言い負かされている自覚があるのか領主殿は目を逸らした。

「チッ…………相変わらずだな。
 一言返せば何倍にもして返してくる」
「口喧嘩ならもっと激しく罵ってるわ。
 私がしたいのはあなたの説得。
 臣下としても親友としても、今動くのは得策ではない」

 そう言ってレプラは領主殿の拳を両手で包む。

「堪えて、バルト。
 ジルが今まで我慢したように、私たちも我慢するの。
 私だって……本当は……」

 レプラの手に力がこもっている。当然だ。
 犯されこそしなかったものの、裸の写真を国内にばら撒かれていることは私から伝えた。
 恥ずかしさや屈辱がないわけないのに、彼女は呑み込んで、ジル様のために動こうとしている。
 しかも衝動的なものではなく、細い糸を手繰り寄せるような念の入れようで。
 強い奴だ。

 領主殿も察したらしく、大きく深呼吸をして気持ちを宥める。
 落ち着くと再びレプラに話しかける。

「お前はこれからどうするつもりだ?」
「…………ジルが罪に問われれば死刑にならずとも王位を追われてすべてを失う。
 そして、このままだと死ぬまで後悔を繰り返す。
 あの子は自罰的だから。
 権力は失っても責任感によってこの国に縛られ続ける。
 でもそんなことはさせない。
 私があの子の身柄も心も全部連れ去ってやるわ」
「逃げ切る?」
「ええ。ジルが捕まった場合、課される罰はおそらく国外追放。
 国内に前国王を監禁するなんて反体制勢力の良い神輿になるだけだからね。
 唯一の陸路の国境線はシュバルツハイム領に属しているから使いたくない。
 海路を使うことになる。
 分かるわね?
 ここがこの計画の肝よ」

 領主殿はハッ、と気づいた顔をした。

「そうか……俺がシュバルツハイム領にいれば追放されるジル様を見過ごすわけがない————と思われる。
 追放先の選択を狭める抑止力となるってわけだ」

 領主殿がレプラの語る話を聞き入っている。
 話術、というのだろうか。
 声の大小や緩急を織り交ぜた喋り方の巧みさのせいか、異様に納得できてしまう。
 まるで見てきたことのような明確な未来の予測は続く。

「ジルの裁判はすぐには始まらない。
 聞き入って国王を裁判にかけるなんて前代未聞だもの。
 司法省は慎重になるだろうから、ある程度時間がかかる。
 その間に船を買い、護送船とすり替える手筈を整える。
 もちろん護送には憲兵連中も同行するだろうけど船は海の上。
 始末はいかようにでもできる」

 冷たく言い放たれたレプラの言葉に思わず反応する。

「おいおい! 皆殺しにするつもりか!?」
「当たり前じゃない。
 生かして王都に帰したら報告されて討伐対象になるわ」
「だが、憲兵なんてのは上の命令を聞くしかできない剣持ち役人だ!
 命令を遂行してるだけの奴を殺すなんて————」
「私は神様じゃない。
 人を殺す殺さないの判断を善悪の天秤にかけて行うほど自惚れていないわ。
 だからシンプルに『ジルの邪魔になるなら殺す』で判断しているの。
 これからあの子は裁判にかけられ、すべてを失い、世界の敵としてこの国を追われる。
 ならば私もこの国を敵に回してやる。
 無辜の民だろうと赤子だろうと、ジルの邪魔をするならば生かしてはおかない」

 ……つくづく見誤っていた。
 この女の覚悟を。

「領主殿。こんな女を娶らなくて正解だと思うよ。
 アンタの手に負える代物じゃない」
「ハッキリ言ってくれるな。同感だが」

 領主殿はコホンと咳払いをして、レプラに問う。

「ジル様を逃して……それからアテはあるのか?」
「ないわけではありません。
 ここからの頑張り次第ですね。
 忙しくなるので、失礼します」

 そう言ってレプラは踵を返して、建物の中に戻っていった。



 レプラが建物に入ったのを確認して領主殿は呟く。

「久しぶりの再会だったのに、圧倒されっぱなしだったな。
 俺ってカッコわりい……」
「ジル様も領主殿も女の趣味がわる————独特でいらっしゃることで」

 領主殿は拗ねたように唇を尖らせる。

「仕方ないだろう……俺もジル様も高貴過ぎる身分だからな。
 ああいう誰に対してでも自分を曲げないタイプの強い女は貴重なんだよ」

 偉い人は偉い人なりの面倒さがあると来たものだ。
 それにしても、

「プロポーズはしなくて良かったのか?」
「できるか!! あー、もう全部ご破算だよ!
 国教会を味方につけるのも結婚相手探しを終わらせるのも!
 この恨みはいつかマスコミ連中にぶつけてやるからなっ!!」

 領主殿の顔は言葉とは裏腹に晴れやかなものだった。

 一方、私は……迷っていた。
 ジル様と交わした約束は『バルトとレプラを守ってくれ』だった。
 なのに、二人は違う道を行こうとしている。
 領主殿は自領に戻らなくてはならない。
 護衛は当然必要だ。
 しかし、レプラがやろうとしていることも綱渡りの連続……
 憲兵の護送からジル様を奪うにはそれなりの精鋭が必要だ。
 身体が二つないのが悔しいとさえ思えてくる。

「どうした? ディナリス」
「いや、領主殿との付き合いも長くなったと思ってな」

 私にしては長く居座り続けている。
 放浪の旅を始めて十年以上になるが、一年も同じ場所に居続けたのはこの人の側が初めてだった。
 総大将だと言うのに前線に出てくるものだから、共に何度も戦場を駆けた。
 男と女の関係になったわけではないのに、共に何度も夜を明かした。
 彼が誰かを嫁に取り、家族を作っていくのならば、その安全を守るために居着いても良いとさえ思っていた。
 そんな深い間柄の人間をどうして、数日前に初めて出逢った人間との約束を秤にかけてしまっているんだろう。

 そわそわした気持ちが止まらなくて、身動きが取れなくなってしまった。
 そんな私に領主殿は笑いかける。

「ディナリス。お前は強いが、どうしようもなく女だと思うぞ」
「ハッ!? ど、どういう意味だ!?」
「深い意味はない。
 ただ、ジル様はお前に少なからず女を感じているみたいだぜ」
「なぁっ!?」

 領主殿の言葉とともに記憶の中にあるジル様の姿が、声が、合わせた剣の重さが、思い出される。
 新雪のように白く汚れない純真な王。
 今まで出会った事がないタイプの男に心が惹かれたのは事実だ。
 可愛らしい見た目と腕っぷしの強さとの差異も、身にかかる苦難や不幸を一身に抱えようとする不器用さも……愛しい女のために全てを投げ出すような危うさすらも尊かった。
 そして、そんな彼が悲壮な覚悟で剣を持って出ていくのを止めなかったことを……後悔している。

「こんなに戸惑っている時になんてことを言ってくれるんだ!
 どうしても意識してしまうじゃないか!」
「意識しろよ。余計なしがらみにとらわれて欲しいものを見過ごすほど、間抜けな女じゃないだろ」
「ジル様には……レプラがいるだろう」

 自分で言って胸が痛んだ。
 私はジル様との約束を守ることでしか動いていない。
 レプラはジル様の身柄と心をまとめて救うために国を敵に回すほどの覚悟を決めた。
 やっぱり、人生のほとんどを共に過ごした女とぽっと出の女では戦いにすらなれるわけないものなのか。

「えらく弱気だな。
 お前の最強は負け戦をしないだけのものかよ。
 違うだろ。誰が相手でも勝つから最強なんだろうが」
「戦いと…………い、色恋では勝手が違うだろう」

 声がうわずった私を領主殿が笑った。

「ハッハッハッハ!! 語るに落ちたな!」
「このおっ!!」

 恥ずかしさを紛らわすように領主殿の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
 それでも彼は笑うのをやめない。

「ヒヒヒ……まあ、なんだ。
 ジル様やレプラは特別大切なんだが、ディナリス、お前のことも大切に思ってるよ」
「そんなの……言われなくても分かってるさ」

 かけられた親愛の一言が胸に沁みた。
 そして、迷いは振っ切れた。

「領主殿。お願いしたいことがあるんだが————」
「ああ、みなまで言うな。
 俺の部下として、最後の命令を告げる。
 レプラについて行ってジル様を絶対に守り抜け。
 二人には、『最強の剣士、ディナリスを送り出したことが俺の変わらない忠義と友情の証だ!』と伝えてくれ」

 私の背中を叩いて、レプラのいる建物の方角に押し出した。
 何か言葉を返そうとするが詰まってしまう。
 そんな私を見かねたように領主殿は軽口を叩く。

「お前もレプラとは違うタイプだが自分を曲げないからな。
 ジル様に気に入られると思うぞ。
 へへ、俺の送り出した刺客にジル様を掻っ攫われた時のレプラの泣きっ面が見てみたかったぜ」

 清々しい笑顔でそんなこと言われてもな……
 ああ、だけど気分が良い。

「領主殿の期待に答えなくてはな。
 しっかりオトしてくるさ。
 万が一、ジル様にフラれたら……領主殿の愛人にでもしてもらうかな」
「そりゃあいい。どっちに転んでもおいしいってヤツだ」

 軽口に軽口を返して笑いあう。
 そういうことができる関係だったからだろう。
 今日まで私たちの主従関係が続いたのは。
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