流刑王ジルベールは新聞を焼いた 〜マスコミの偏向報道に耐え続けた王。加熱する報道が越えてはならない一線を越えた日、史上最悪の弾圧が始まる〜

五月雨きょうすけ

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第十話 報いを受ける

報いを受ける③

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 牢の鍵が開けられた。
 腰に枷がつけられ、それに繋げられた鎖で引っ張られるながら私は外に出された。
 建物の外は抜けるような青空で、陽射しが地面を白く染めていた。
 久しぶりに受ける眩しさに、全身の皮膚が焼けて灰に変わってしまいそうな錯覚を覚えた。
 出立の朝に相応しい天気だったが、剣呑な雰囲気はこの憲兵団本部の四方を囲む高い壁の向こうからも伝わってくる。
 私の輸送を行う憲兵たちも顔色悪く、警戒を強めている。

「ジルベール……様!」

 躊躇いがちにかけられた声の主は、イーサンだった。

「わざわざ見送りに来てくれたのか?
 自分が取り押さえた凶悪犯を」

 嫌味っぽく尋ねると、一瞬怯んだものの表情を立て直し私に言う。

「見送りではなく……アルケー島行きの船が出る港まで同行します。
 混乱が予想されますので」
「ああ、凶悪な王が混乱に乗じて逃げ出す可能性があるしな」

 当然、そんなつもりはない。
 だが、イーサンは警戒心をあらわにする。

「…………俺が止める」
「正義の英雄はやらねばならんことが多いな」

 私は促され、護送用の馬車に乗った。
 馬車といっても王宮で使っていたような代物ではない。
 金属製の棺桶といった方が適切なくらい、乗り心地が悪く、鉄網のかけられた小さな窓しか明かりを取り入れる場所はない。
 私の対面の席に座るイーサンが気の毒なくらいだ。

 ゆっくりと馬車は動き出し、門が開いた音が聴こえた。
 その瞬間、堰を切ったように罵声が流れ込んできた。

「くたばれ!! ジルベール!!」
「建国以来の愚王!! 短小野郎!!」
「国民に迷惑ばっかかけやがって!!
 なんで生まれてきやがった!! バカヤロウ!!」
「オラあああっ!! 今すぐ死ねよ!!
 王家の失敗作!!」
「馬車に隠れてるんじゃねえぞ!!
 臆病者ぉ!!」

 汚く稚拙な言葉と新聞に書かれていただろう文句を足し合わせた言葉ばかり。
 威勢よく怒鳴りつける声は怒りと喜びに溢れている。
 気持ち良いのだろう。
 攻撃性を剥き出しにして他者を罵倒するのが。

 一方、イーサンは狼狽え、鉄網越しに外を覗き始めた。

「な……なんだ? どうして彼らはここまで怒っているんだ?」
「そなたは新聞を読まないのか?
 私がどのように書かれているか知っているだろう」
「……当然、知っています。
 ですが、意味が分かりません。
 彼らすべてがあなたの行為の犠牲者やその関係者でもないのに……まるで親の仇のように」
「王に怒りをぶつけることが正義だと、新聞に教わったからだ。
 正義に酔いしれているうちは気持ちが良いからな」

 少し棘が入った言い方をしたのはイーサンに少なからず怒りを覚えているからだろう。
 私が罰を受けるのは構わないが、ジャスティンを殺し損ねたことは後悔している。


 ガァンッ!!


 馬車に石か何かが投げつけられた。
 ひとつ投げられれば我も我も、と横殴りの雨のように礫が降り注ぐ。
 たちまち馬車は立ち往生してしまった。

「やれやれ……100メートルも進んでいないぞ。
 このままでは民の私刑で殺されてしまうな」

 自嘲気味に呟くとイーサンは舌打ちをして馬車の外に出た。

「やめろっ!! 貴様ら!!
 罪人の護送は憲兵の重要な仕事だ!!
 邪魔するというなら貴様らもしょっ引くぞ!!」

 ドスの効いた声で怒鳴るイーサン。
 しかし、民は————

「うるせえ!! ちょっとマスコミにもてはやされてるからって調子に乗んな!!」
「税金で食わせてもらってるのに偉そうにすんじゃねえ!
 媚びてへつらえ!!」

 イーサンの言葉にも聞く耳を持たない。
 彼は虚を突かれたように目を泳がせた。


 どうせ、ここまで来たら罪状が増えたところで問題はあるまい。
 そう結論を出し、腰を浮かせて足に力を込める。

「イーサン、追いかけっこだ」
「は?」

 ドンッ、と体当たりをくらわせて体勢を崩した彼から枷に繋がれた鎖を奪い取った。

「なぁっ!?」
「もう一度、捕まえてみろ!!」

 馬車から飛び降り、駆け出した。


 私が現れると民は怯えて道の真ん中を避けるようにして道の両側に下がった。
 そうやってできた道を私は全力で走る。
 監禁生活で体力はかなり落ちているが、やるしかない。
 足を止めて地面に倒れれば殺される。

 私が攻撃してこないと見なすと民はあらゆるものを投げつけ始めた。
 石ころや酒瓶のような硬いものや生ゴミや糞尿といった汚物も。
 ついこないだ平民の居住区も含め、王都内の下水道を完備させたのに。
 わざわざ私にぶつけるつもりでかき集めてきたのか……ご苦労なことだ。

 興奮状態で手当たり次第に投げつける物に命中精度などあるはずもなく、私の向こう側に立っている者にぶつかるばかり。
 当てることができるのは100人に一人いるかいないか。
 私が進むほどに騒ぎは拡がり、悲鳴や罵声が立ち上る大混乱の坩堝と化していく。
 道の脇の人が途切れる様子はない。
 憲兵団の本部に詰めかけていなくても、自宅の前に出て護送される王に罵声や汚物を投げつけてやりたいと思っている者が多いのだろうか。
 国を挙げたパレードでもこんなに集まっていなかったろう。


 石がぶつかれば痛みが走り、汚物がぶつかれば悪臭と不快感で心が腐りそうになる。
 それでも止まらずに駆け続けていると、記憶にある場所に出た。
 新聞社に向かう前、食事を取った屋台通りだ。
 あの時、食事を振る舞ってくれた店主たちの姿が見えた。

 一瞬、期待した。

 一見のよしみがある彼らは、私に何も投げつけないのではないかと。


「こっちに来んな!! くたばれ!!」
「死んでしまえっ!! ジルベール王!!」


 期待は瞬時に裏切られた。
 調理のために使われていた燃料や熱湯、残飯、食器や調理器具までが投げつけられる。
 スピードを落としてしまっていた私はそれらのほとんどをくらってしまった。

「ッッ!!?」

 肌を焼かれ、その上に刺される痛みに声を上げそうになった。

 倒れるな!
 倒れたら殺されるぞ!

 奥歯を噛み締めて痛みを堪えて、通りを走り抜ける。

 なんて愚かな……連中だ。
 私のことに気づかないのは良い。
 だが、自らの商売道具を投げつけるとは。
 少なくとも、王宮勤めの料理人はそんなことはしないだろう。
 不味い飯しか作れないのは、材料や技術だけでなく、仕事に対する精神の軽薄さが表れているからだ。


 愛した————愛そうとした民は私に石を投げる。
 私に当たらなかった石が自分たちを傷つけることに気づかずに。

 愚かだ。実に愚かだ。

 だが、もう知らない。
 どうにでもなれ。
 私はもう王ではないし、知ったことじゃない。

 耳を塞ぐように頭を抱えて走り続けた。
 痛みと悪臭に塗れ、力尽きそうになりながらもどうにか王都を囲む城塞の門にたどり着く。
 門番はボロボロになった私を見て、ギョッとした顔になった。

「仕事を増やしてすまないな!」

 最後のひと踏ん張り、と言わんばかりに全速力で門をくぐり抜け王都の外に飛び出した。
 振り向くと、少し離れた後方から民の群れが土石流のように押し寄せてくるのが見えた。
 だが、その人混みの上を渡るようにしてイーサンが現れ、先頭に踊り出した瞬間、門番に命令する。

「そのまま門を閉めろっ!!
 民衆は一人も外に出すなっ!!」

 閉じていく扉のわずかな隙間に飛び込み、イーサンも王都の外に出た。
 直後、門は固く閉ざされ、民衆はそこで食い止められた。
 分厚い門の向こうからも分かるほどに民は怒鳴り声を上げて私を追いかけ回したがっている。
 イーサンは私には目もくれず、おぞましいものを見る目で門を睨みつけていた。

「門の中にいるのは魔物ではないぞ。
 そなたが守るべき無辜の民だ」
「……貴方様も皮肉をおっしゃられるのですね」
「さすがに、な。
 真正面から受け止め続けるには辛いことが多すぎる。
 覚悟しておけ。
 次、奴らが追い回すのはそなたかもしれんぞ」

 民は自分が信じたいものしか信じない。
 正義の英雄と持ち上げられたイーサンであっても、自分たちの正義の邪魔になるなら罵倒し侮辱するのだ。

「陛下……貴方様は彼らを、いや私たち王都に住む民をどうお思いですか?」

 イーサンが沈痛な顔をして聞いてきた。
 汚物に塗れ、傷や火傷だらけになった顔で私はにこやかに笑う。

「大キライだよ。お前たちなんか」
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