流刑王ジルベールは新聞を焼いた 〜マスコミの偏向報道に耐え続けた王。加熱する報道が越えてはならない一線を越えた日、史上最悪の弾圧が始まる〜

五月雨きょうすけ

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第九話 ジルベールの付け火

ジルベールの付け火③

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「お待ちしておりました。陛下」

 ジャスティン・ウォールマンは恭しく腰を折り曲げて礼をする。
 部屋の入り口にいる私と、その反対側の大きな窓の取り付けられた壁のそばに立つジャスティン。
 歩み寄る素振りを見せない互いの態度が私たちの関係を明確に物語っている。

「どうして逃げなかった?
 護衛も残っていない。
 私がその気になれば貴様など二秒で叩き殺せる」
「殺すのですか?
 国王ジルベールは正しき王の体現者だというのに」

 不敵に、嘲笑うように言い放ったジャスティン。
 怯えや狼狽えはなく余裕に満ち溢れている。

「その正しき王を貶め、心を擦り減らすのが貴様の生業か?」
「それは副産物というものです。
 元より、あなたが何を感じようがどうでもいいんですよ。
 あなたが傷つき心を病まれようがあなたのお気に入りが陵辱されようが」
「それは誤報だっ!!
 彼女は汚されてはいない!!」
「ええ、知っていますよ。
 しくじった、と報告を受けておりますからね」
「っ!? やはり貴様が……」

 わなわなと怒りに震える私に対して、奴はフッとキザに笑い、近づきながら語り始めた。

「聡明なる貴方様のことですから、見当はついているのでしょう。
 サンク・レーベンが襲撃されたのは私どもの新聞のせい。
 世間から悪と断じられている女が嫉妬や情欲を抱く程度に美しく、ろくな護衛もつけていないと知れ渡れば暴力の行使が行われるのは必然。
 特に生活水準の高い王都では他所に比べて暇と体力を持て余した愚民がわんさと溢れかえっている。
 焚き付けるように扇動者が先頭に立って歩けば、暴徒は蟻の如く群れてついてくる」

 答え合わせをするかのようにひとつひとつ私の反応を窺いながら聞いてくる。
 悪びれる様子は一切ない。
 内乱の扇動という極刑に値する行為の告白をしているのに。

「想定外だったのは二つ。
 あのレプラという女の腕が思った以上に立ったこと。
 荒事専門のプロを雇っていたのに、なかなか仕留められず時間を浪費してしまった。
 殺してはならない、というのが難しかったようですね。
 最後は無理やり押さえつけたようですが、不甲斐ないことこの上ない。
 そして、もう一つの想定外はあなたが異常に早く助けに来られたこと。
 せっかく国教会のお付き合いの日を選んで事を起こしたのにね。
 本当に詰めが甘かったですよ。
 ご覧いただけました?
 今朝のロイヤルベッドの記事と写真は?」

 答えない。
 というより、歯ぎしりがおさまらなくて口が開けないのだ。

「……聞くまでも無さそうですね。
 いやあ、お恥ずかしい!
 捏造……もとい体裁を整えるために別の女の写真をつなぎ合わせた出来の悪い紙面を見られてしまうなんて!
 当初の予定では池に落ちたウサギが魚たちによってたかられて食い尽くされるように、彼女が往来に引き摺り出され愚民どもに輪姦され尽くした姿をお見せしたかったのですが……惜しいことをしました」

 目の奥が発火したように熱くなり、飛びかかり、奴の襟首を掴んだ。
 全力で蹴った床は圧力でヒビが入っていた。

「なんて真似を……貴様のやっていることは完全な犯罪行為だ!
 いや、新聞という社会の公器を悪用し、秩序を破壊した反乱行為だぞ!!
 分かっているのか!?」
「犯罪も反乱も、やったのは愚民どもでしょう。
 あなたの大好きな無辜の民が」
「なにを他人事のように!!
 貴様も民の一人であろうが!!
 地位と権力を得て、自らが特別であると思い上がったか!?」

 不遜な態度に怒りを叩きつける。
 いつものようにのらりくらりとかわそうとするかと思ったが、意外なことに奴は糾弾に対し憎悪の表情を浮かべて反論してきた。

「見当外れも良いところですね。
 私は無一文の頃より、無知蒙昧な愚民どもとは異なり、人間の精神を持っていましたよ。
 だから一緒にしないでいただきたい」
「は? まるで民が人間に値しないとでも言わんばかりだな」
「その通り。
 あなたが民と呼んでいる奴らの多くは人間ではない。
 餌を食い、子を作ることしか頭にない家畜と変わらぬ下等生物だ」
「違う! 民も王も同じ人間だ!
 立場や力の違いはあれど私たちは皆この社会を生きる同胞なのだ!
 だからこそ、私たち為政者は身を尽くし、民を守らねばならない責務がある!」

 冗談みたいな構図だ。
 王国議会の議員といえど平民であるジャスティンが民を下等生物呼ばわりして、国王である私がそれを否定する。

「あなたは夢見がちなんですよ。
 愚民に過度な期待をし、ヒト同士ならば同レベルの感性を持って分かり合えると信じている」
「それは絵空事ではなかろう!
 現に、方向は誤っているとはいえ、貴様たちマスコミは平民階層に情報を与え、意識を改革した。
 もはや権力者が一方的に民を支配できる時代は終わりつつある」
「終わりませんよ。
 彼らは支配されたがっている。
 ただ、あなたに支配される時代は終わろうとしているだけです」
「……貴様が、マスコミが我々に成り代わるというのか?」

 私の問いにジャスティンはハァとため息を吐き、冷めた表情で答えを返す。

「あなたもダールトン様も根っこは一緒なのですね。
 あなたは愚民を導くために、彼は愚民から崇められるために、支配という手段を必要としている。
 ですが私は支配など興味がないし、するつもりはない。
 好き好んで家畜の餌の用意や糞の世話をしようとは思いません」
「ならば何を望んでいるのだ!!」

 襟首を掴む手に力がこもると、さすがのジャスティンも苦しさに顔を歪め始めた。
 絞め殺すわけにもいかないので乱暴に床に投げつけた。
 体を強く打った痛みに悶えながらも立ち上がり、不敵な笑みをたやさずに言い放った。

「私は……喜劇を書き上げたいのですよ。
 この国をすべて巻き込んだ一大喜劇を!」
「喜劇だと?」
「ええ! 食うことと子作りしか知らなかった下等生物どもに新聞によって情報を流し込む。
 すると奴らは女の味を初めて知った青年のように自分が偉くなったような気になり、情報を求め、食らい続けるようになった。
 家畜暮らしをしていれば一生得ることができないほどの情報を得た奴らは、いつしか自分を賢い人間だと思い込むようになる。
 立派な仕事をしていなかろうが、金がなかろうが、学がなかろうが、他人に認められていなかろうが、自分は賢い人間だと信じて疑わない。
 スラッパー連中は典型的ですが、その予備軍のような者どもは世間に溢れかえっている。
 そんな連中が次のステップとして求めるのは自らの賢さの証明だ。
 もし、自分が想像したように世の中が動けば自分の賢さが正しいものだと信じられる。
 たとえば、『自分が愚かだと思っている王が愚かさゆえに破滅する様』を見届ければ————」
「まさか……そんなことの為に王室に対して侮辱を重ねたというのか!!
 私を……こうやっておびき出すために!!」
「そうですとも。
 よもやあなたもこのような真似をしてタダで済むとは思っていますまい。
 愚民どもはあなたの失脚を歓迎するでしょう。
『賢いボクの考えはやっぱり正しかった!』なんて。
 自分の知性が証明された充足感に満たされて絶頂を迎えるのです!」
「いや、その理屈はおかしいぞ。
 貴様の示す民は何もしていない。
 新聞に書いていることを鵜呑みにして————あっ……」

 ジャスティンの意図を理解した。
 同時に奴は意地悪く笑った。

「ねぇ。最高の喜劇でしょう。
 彼らは自分の頭で考えることをしていないのに知恵物の気分になり、彼らのような弱者を守ろうと働いてくれた王を追い出して喜ぶんです。
 やがて、ダールトン様が即位すれば、劇はいよいよ起承転結の転に入ります。
 マスコミはダールトン新国王を持ち上げます。
 ご存知のとおり、ダールトン様にあなたほどの手腕もなければ、下々に奉仕する精神もない。
 政策も自らの権威の強化や仲の良い貴族連中へのお裾分けのようなものばかりとなる。
 私どもは黒を白に、屑鉄を金塊に、愚行を快挙に言い換えて世間に伝えます。
 次々届く吉報に愚民どもは、自らの選択と行動が間違いなかった、とさらに喜びます。
 フフフ、床下にまで火が迫っていることも知らずに踊る阿呆のようにね。
 気づいた時には、もう遅い。
 愚民は与えられた物によってしか肉体的にも精神的にも生きていけない、つまりその生殺与奪自体を他者に支配された存在だということを知らしめて、終幕です。

 悦に浸りながら解説するジャスティンに空恐ろしいものを感じた。
 何千万という人間の運命に関わるとてつもない計画を喜劇と称する奴の思考に。
 道徳的な不快感と同時に発想のスケールにおいて敗北を感じた。

「いったい……誰のためだ?」
「は?」
「誰のためだと聞いているんだ。
 ダールトンと共謀しておきながら、貴様は奴に名君の称号を与えるつもりはなかろう。
 今話した計画を推し進めれば国内は大混乱に陥る。
 隣国のヴィルシュタインの主戦派あたりと手を組んでいるのか?
 それとも————」
「残念。ハズレです。
 本当にあなたは他者を高く評価しすぎだ。
 故あって、利のために、欲のために……人が行動するには必ず真っ当な理由があると思われている。
 ですが、私がこの喜劇を行うのに理由などありません。
 あえて言うなら……喜劇がみたいために喜劇を起こすのです。
 これでも若き頃は劇作家を志望していたものでね」
「そんなこと……!! 納得できるかっ!!」
「王族として生まれ育ったあなたには分からんでしょう。
 あなたは常に舞台に立つ側の人間、看板役者だ。
 自らの与えられた役をこなすことにしか喜びを見出せない。
 私は劇作家。役者たちを意のままに踊らせ、観客の感情を狙った通りに誘導することに喜びを感じる。
 あなたの想像の範囲で私を語らないでいただきたい」

 想像を遥かにうわまる悪辣さ。
 嗜好が理解できないということがここまで不気味だとは。
 もはや目の前の男が、人間ではない……何か魔性の者であってほしい、とすら思えてきた。
 治めるべき人民の中にここまで異常な価値観の者がいること自体おぞましかった。

「とにかく、あなたが納得しようがされまいが、もはや幕は上がってしまったのです。
 さて……一応、本題に入りましょうか。
 わざわざ、あなたはここに何をしにきたのです?」

 奴のケロリとした顔を見てようやく理解した。
 もはや、私の暴力や脅迫など通用しない。
 奴は生きている限り、悪意をばら撒くだろう。
 そしてそれは……この国の禍根となる。

 拳を握りしめて、構える。
 奴を殺すのには拳で十分。
 シルバスタンを汚す必要はない。

「…………それは悪手ですよ、陛下。
 私を殺すのならば、もっと早くにするべきだった」
「ああ、後悔している。
 だが遅すぎるというわけでもないはずだ」

 偏向報道を正すことも、レプラの名誉を取り戻すことも、もうできない。
 私はどこかでジャスティンのことを信じていた。
 平民でありながら王国議会の議員となり、大新聞社を経営するほどに有能な人物であれば、どこかに落とし所を作ることもできると……勘違いだった。
 奴のいうとおり、私は他者を信じすぎていたのだ。

「いいえ、遅すぎましたよ。
 オルタンシア王国の王、ジルベール陛下ならば私を殺せた。
 ですが、貴方は既に正しき王ではない」
「だまれ、私は王だ。
 国王として貴様を粛清する。
 この塔とともに貴様の喜劇とやらは幕引きだ」

 ゆっくりと一歩一歩奴に近づいていく。
 自らの手で人を殺すのは初めてだ。
 覚悟を決め、躊躇わないよう心を鎮めていく。

「あなたは分かっていない。
 あなたがこの劇において敵役となり得たのはあなたが正しき王であったからだ。
 しかし、今はどうです?
 私憤に駆られて民間人が働く建物に火を放ち、何人もの民を斬り伏せた。
 まるで、私がでっち上げた愚王の描写そのままだ」

 後退りしながらよく喋る。
 命乞いではなく非難の言葉というのが奴らしいが惨めったらしいことに変わりはない。
 どんな言葉が出てくるか、一応耳を傾けていたのだが————

「知りませんか?
 西
 王としての護身の究極は、なんですよ」


 ………………ゾッとした。

 背筋を氷の刃で撫でられたかのような危うい冷たさが走る。
 何故、何故なんだ?
 どうしてコイツが、よりによってコイツがレプラと同じ言葉を————————っ!!?

 ようやく、朝からずっと頭に上っていた血が降りてきた。
 そして、レプラが王宮を去るときに残した手紙の一節が頭をよぎる。


『王は自分の身を守るために正しくあらねばなりません。
 正しき王はたとえ嫌われていようと、罵られようと、刃を向けられることはないのです。
 貴方様はマスコミ連中の嫌がらせのような報道とそれに踊らされた愚民どもの声に心を痛められています。
 挙げ句の果てには叔父君と娘までが敵にまわってしまった。
 しかし、それでも耐えている限りは身は安全なのです。
 ゆめゆめお忘れなきよう————』


 私はレプラの忠告を失念してしまっていた。
 自分が立っていた足場がいきなり消えたかのような焦燥感が込み上がってくる。

「ああ…………アアアアアアアアアッ!!!」

 悲鳴を漏らしながら、ジャスティンに襲いかかった。
 嫌な予感に全身が縛られ動けなくなる前に事を成さねばならない。
 だが、焦りが不安が、私の感覚を悪い方向に研ぎ澄ましているせいで時間の流れが急激に遅くなったように感じる。
 鈍重な脚で重い身体を運び、どうにかジャスティンの頭蓋に拳を届かせようと進む。

 ————間に合えっ!!

 と、願いを込めて放った右拳。
 軌道上にはジャスティンの顎がある。
 この腕が伸び切れば、すべてが終わる…………ハズだった。

 ドッ!! と鈍い音が右肩から鼓膜に駆け上がるようにして響き、同時に襲ってきた衝撃によって私は横に倒れるようにして転がった。

 この音と衝撃が奴の頭蓋を破壊したものではないことは肩に焼き付くような痛みで分かる。

「っ………ぅぅっ!!」

 恐る恐る右肩を見ると矢が刺さっていた。
 いったいどこから、と推測を働かせる前に答えが明かされる。

 バリバリ! と音を立てて部屋の向こうの窓が割れ、そこから人が入ってきた。
 気づかなかったが窓の向こうにはバルコニーでもあって待ち構えていたのか?
 いや、それだけでは片付けられない。
 何故なら入ってきた者たちはこの新聞社とは関係がない、憲兵隊だったからだ。

「さすがです! 憲兵様ぁ!!
 さあさあ! その調子で乱心した国王を取り押さえてくださいまし!!」

 嬉しそうなその声に聞き覚えがあった。

「き……さまぁ……どうして」
「どうして、ここに居るかって?
 そりゃあ、社長の腹心たるもの!
 危機に駆けつけるのは当たり前のことでしょう!」

 憲兵隊を案内してきたと思われる男はつい先ほどまで私が連れ回していた少年だった。
 おどおどした様子はなりを潜め、溌剌とした表情で私を嘲笑っている。

 憲兵の放った矢はかなり深く肩に突き刺さり、右腕が痺れている。
 まともに戦えない状態の私に、憲兵隊の長と思われる男は腰に下げた剣の切先を向けて告げる。

「陛下! どうか抵抗なされないでください!!
 私は……貴方を斬ってでも、暴挙をお止めする責務があるのです!!」

 悲壮感を漂わせながらも揺るがない確固たる意志を持った憲兵。
 その崇高なる姿勢に、自分の愚かさと過ちが浮き彫りにされていくように感じて……絶望した。


 私は自惚れていた。

 自分の暴力によって解決できる、とたかをくくっていたからこんな無謀な襲撃計画を企てた。
 それがどうだ?
 肩を矢で貫かれ、精強な憲兵に囲まれており絶体絶命だ。
 矢傷による痛みのせいで今まで蓄積してきた疲労とダメージが溢れ出したせいか身体は重く、呼吸も荒くなった。
 その上利き腕もほとんど動かない今、連中とまともにやりあえるわけがない。
 …………だが目的は果たす!

 私は視線で憲兵たちの注意を誘導し、ジャスティンから意識を外したと判断した瞬間、思いきり奴に飛びかかった。
 この距離なら矢を構える時間もないはず!!

 左手でシルバスタンを振るい、ジャスティンに向かって振り下ろす————が、間一髪、憲兵の隊長が間に割り込んで剣で受け止めた。

「陛下! おやめくださいっ!!」
「チィッ!! 邪魔立てするな!!
 コイツは今すぐ殺さねばならんのだ!!
 忌まわしい新聞とともにコイツの邪心も野望も!
 全て焼き払われねばならんのだぁっ!!」

 鍔迫り合いになればシルバスタンの超重量は有利に作用する。
 片腕だけといえど、はねのけるくらいは出来る————っ!!?

 鳩尾に衝撃が走った。
 憲兵隊長の蹴りが突き刺さったのだ。
 怯んだ隙に彼は剣を持つ私の手首を握り押さえた。

「はっ…………はなせえええええっ!!」
「離しません!! 御身の暴挙は拙者が必ず止める!!
 たとえ……この命と引き換えになっても!!」

 万力で締め上げられるかのように手首が捻られていく。
 とんでもない怪力、執念か。
 絶対に自らの勤めを果たそうとする強い意志が伝わってくる。

 ふと、彼の顔を見上げる。
 兜をかぶっており、没個性的な兵士の姿をしていたが、この男の顔は見覚えがあった。
 だが、私が思い出すよりも先に向こうから正体が明かされる。

「憲兵としての責務を果たすのであれば、たとえ王族であろうとも! 腰に提げた剣の切先を向けねばならない————そうお教え下さった貴方様に……このような形で再会するだなんて!!」

 …………思い出した!
 王子だった頃にサイサリス侯爵家のラクサスという悪徳貴族の悪事を暴いた。
 その時に後始末を任せた憲兵隊の男……名前は、

「イーサン、だったな……
 王都の警備を司るとは、出世したものだな」
「……幼き貴方様に戒められたあの時、非常に恥ずかしく、悔しい思いをしました。
 そして誓ったのです。
 国家の秩序を守る憲兵として、恥じるような行いは二度とするまいと!」

 イーサンは容赦なく膝蹴りや肘打ちをあびせてきて私を痛めつけた。
 国王である私に対して一切の容赦がない。
 腑抜けていた田舎の憲兵にはできない芸当だ。

「ぐっ……! イーサン!
 私を止めるな! コイツはとんでもない悪党だ!
 コイツを生かしておけば国が傾く。
 とんでもない数の犠牲者が出てしまってからは遅いんだぞ!!」

 私は必死で訴えた。
 満身創痍のこの身体ではイーサンに勝てない。
 だが、悪はジャスティンにあるのだ。
 憲兵として捕まえなければならないのは向こうのほうで————

「申し訳ありません…………陛下!
 今のあなたのご命令は承れません!!」

 そう怒鳴ってイーサンは私の手首を押さえつけたまま、ガードをしていない側頭部目掛けて蹴りをぶちこんできた。
 丸太で殴りつけられたような威力の一撃に私の身体も意識も吹っ飛ばされて、転がって壁に叩きつけられた。

「な……なんで…………」
「貴方様は下の階の惨状を知っているんですか!?
 放たれた火が次々と燃え移り、すでに火の海!!
 出入り口には焼け出された怪我人や大火傷を負った人々が溢れ、戦場さながらの光景!!
 それでも炎はとどまることを知らず近隣の家屋にも燃え移っている!!
 民を……国を守るべき王がどうして民を傷つけるのです!?
 何故街に火を放つのです!?」

 イーサンから聞かされた言葉に、私は絶句した。

 そんなバカな、ありえない。
 この建物は石造だぞ!
 あの程度の火で炙られようと燃え移るものがない。
 まして、この建物の外にまで被害が出るなど……

 私が狼狽えていると、横から口が挟まれる。

「そうですよぉ~~~~~!!
 王様ぁあ゛あ゛! なんで真面目に働き、税も納めている我々が焼き討ちに合うんですかあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 汚い声で泣き叫んでいるのはあの童顔の男だ。
 ジャスティンの腹心とかいう……

「社内で働いていた私の部下や、恋人がっ!!
 見つかっていないんですっ!!
 きっとあの炎の中にぃいいいいい!!
 うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「デタラメ言うな!!
 私は……そんなことをしては…………」

 嘘に決まっている。
 奴らの得意な嘘だ。
 私がそんな悪虐を…………

 ガタガタ、と手が震え始めた。
 恐怖している? まさか……

「陛下。言ったでしょう。
 もう貴方は正しき王でない、と」

 余裕ぶってジャスティンが私を見下ろしながら告げる。

「あなたは悪虐と分かりながら我が社を襲撃した。
 本当に私を叩き潰したいのであれば、やりようはもっとあったはずだ。
 それでもこんな野蛮な手段を選んだのは、あなたが王の重責を投げ出したかったからだ」
「な、何を言って」
「認めなさい、ジルベール王。
 あなたは王という立場から解放されて暴力や悪虐に酔いしれたかったから、私に逆恨みをしたんだ。
 思うままに私の従業員や財産を蹂躙するのは楽しかったか?」
「ち…………」

 違う、と言いたいのに声が出てこない。
 分かっているんだ。
 私に正義がないことは。

「…………私は悪虐を犯した。
 犠牲者を出したかもしれない。
 正直……しがらみを忘れて暴れているとスッとした。
 なんで私はこんなに無駄な我慢をしていたのか、と後悔したくらいに」

 だが、奴らが許されていいわけがない。
 ジャスティンは、奴の計画に関わった連中はレプラを辱め晒し者にした。
 それだけで私の怒りは絶えることなく燃え盛り続ける。

「だからっ!! どんな罰でも受けてやる!!
 ジャスティン!! 貴様を殺した後でなアアアアアアッ!!!」

 再びジャスティンに向かって飛びかかる。
 当然のようにイーサンが立ち塞がる。
 もはや手段は選ばない。
 どんな汚い手を使おうともこの拳を届かせる!

 口の中に溜まった血を唾と絡めて、口を尖らせて吐き出す。

「ペッ!!!」

 赤い血糊が発射され、イーサンの目に命中した。

「うっ!?」
 
 これで奴の視界は潰れた。
 一瞬が、あればいい。
 ジャスティンの頭蓋に、渾身の一撃を————っ?????

 視界がグルリと縦に回転し、顔の正面に床が現れた。
 その床は私を引き寄せるかのように迫ってきて、顔が叩きつけられた。

「あ…………あっ……」

 首を動かすと私の視界には、目を瞑ったまま手技を放ったと思われるイーサンの姿が入った。
 構えを見れば分かる。
 この男は強く、鍛え上げている。

 ああ、なんて最悪な結末だ。
 何もかも中途半端だ。

 王としての責務を全うすることはできず、家族を守ることもできず、約束も破り、民を傷つけ、街を焼いて、そのくせ怒りに身を任せきることもできなかった。
 もし、私が怒りのままにジャスティンと向き合っていれば、確実に奴は殺せた。
 それすらできなかった。

 しかも、邪魔をされたのが幼い頃の私が諭したせいで、腕を磨きあげた男だなんて…………


「私は————愚かだ」


 そう呟くとともに、目の前が真っ暗になった。
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