流刑王ジルベールは新聞を焼いた 〜マスコミの偏向報道に耐え続けた王。加熱する報道が越えてはならない一線を越えた日、史上最悪の弾圧が始まる〜

五月雨きょうすけ

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第六話 彼女が幸せなら、かまわない

彼女が幸せなら、かまわない⑩

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※シウネ視点です



 私が写真を発明するキッカケは絵画というものの不誠実さが気に食わなかったからです。
 絵画はどうやっても本物の姿を写さない。
 インクや墨や絵の具を使って形を取っているだけでその形も精密には程遠い。
 写実的な肖像画なんて最悪ですねぇ。
 なまじ本物に近い形をしているところに書き手の意図で肌を綺麗にしたり、醜い箇所を描かないようにするんですから。
 誠実にありのままを鏡のように写した絵を創る手段を私は欲していました。
 そう、すべてはあのお方のありのままを写すために————


 プレアデス教の祭事に使われる衣装はとても肌面積が少ないです。
 布が高価で普段着用しない祭事用の衣装にお金をかけられなかった時代の名残という説が有力ですが、私は時の権力者の趣味だと思っています。
 実際、普段使いは絶対できない代物です。
 下半身は腰回りこそ隠されているけれどおみ足は丸出しだし、上半身も背中や脇腹に布はなく、翼をイメージして作られた袖にはヒラヒラと飾り布が取り付けられていますが、二の腕はしっかり晒されていらっしゃる。
 宗教的儀式とはいえ、この格好で衆目に晒されるのはかなり勇気がいることだと思います。
 フランチェスカ様が嫌がるのも分からなくはありませんねぇ。
 とはいえ、このお役目を男であるジルベール様が行われるなんて気の毒に……と思っていた時期が私にもありました。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………
 フゥ……最高かよ……」

 私は鼻息を荒げよだれを垂らしながら神々しく舞うジルベール陛下に視線とカメラのレンズを向けております。
 ヤバいです。マジでヤバいです。
 日夜、勉学に酷使しまくっている私の脳が過負荷に耐えきれず壊れてしまいそうです。
 むしろ既に壊れているのではないでしょうか?

 美しい……美しすぎますよぉ……陛下ぁ…………

 以前お声掛けいただいた時も麗しい姫騎士のような御姿で興奮したものですが、今日はまた格別です!
 裸のような格好なのに少しもいやらしさや汚らわしさを感じさせないイノセントな美貌! 可憐さ!

 男性にしては小柄な陛下ですが、頭が小さく手足も長いので舞う姿が映えます。
 湖面と空の境界線が分からなくなるような蒼空鏡の幻想的な光景の中でも際立つように御姿は輝かしい。
 湖の中に舞台を沈めているらしく、陛下は水の上を滑るように足を運びます。
 腕を掲げれば白い翼が見えるかのよう。
 空を仰げば神の息吹が注がれ、宙を舞えば天使が戯れに寄ってくる。
 私には見えます。

 ああ……ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!
 私は思い上がっていました!!
 写真ならば陛下の美しさをありのまま世の人に伝えることができるなんて!!
 陛下は、陛下は、陛下の美しさは実際に見なければ分からないっ!!

「ふぅ。本当に天女のようだな。
 あれで豪剣の使い手なのだから唆るよなぁ」

 私の隣で舌舐めずりしながら不謹慎なことを言っているディナリスさんとかいう女騎士……騎士というより用心棒か何かですかね。
 陛下やお貴族様が連れて歩く護衛にしては野生的すぎる気がしますが、ハッとするほどに恵体の美人さんですのでさもありなん。
 神話に出てくる戦女神が実在したらこんな感じなのかと思います。

「なぁ、シウネ。
 今日のジルの姿、あの鏡に映した絵みたいにできるんだよな」
「絵じゃなくて写真です。
 もちろんですよ。
 その場で写真が出てくる試作機とは違って現像の工程がありますが、このフィルム方式の完成機ならば同じ写真の複製も可能です」

 元々、撮影機としてのカメラの理論は100年以上前にありました。
 ただ、写した像を定着させるために必要な薬品や機構が確立され始めたのはここ最近のことです。
 陛下が推し進めてくれた大学の研究環境の整備や職人ギルドとの連携があってこその成果だと言えるでしょう。

 私は儀式の直前に陛下にお願い申し上げました。

 比翼の儀を舞われる陛下の御姿を写真に収め、世間に広めさせてください! と。

 陛下は困惑されておりました。

「私の舞姿など撮っても誰も喜ばないだろう」

 なんて!
 このお方はご自分の美しさに呆れるほど無頓着なのです!!
 私は言葉を尽くし説得いたしました。
 すると陛下は、

「そなたの研究に役立てられるなら好きにしたまえ。
 これ以上私の評判が下がることはないからな」

 とても後ろ向きな了承をしていただきました。

 陛下にお会いしてから、世間の評判と実際の陛下との乖離について調査を進めてきました。
 もちろん、マスコミによる印象操作が一番の原因なんでしょうが、世間の人の殆どが陛下のお顔を知らないことが作用していると思うのです。
 実際、私は人並外れた才覚があったから庶民の分際で拝顔すること叶いましたが、普通に生きていたら遠巻きに見るだけで陛下のお顔を知る機会はありません。

 陛下はお美しいです。
 中性的で幼なげであり性別問わず「可愛い!」と胸を突かれるものです。
 一度お顔をお披露目されればきっと世間の風当たりも変わると思うのです。
 人間、美しいものに安易な怒りや憎しみをぶつけることはしませんから。



 儀式が終わり、

「で、その写真は一枚いくらくらいなんだ?
 50000オルタくらいなら即金で払うぞ」
「ごま……!
 いや、そんなにいりませんよ!
 原材料費だけなら500オルタもかかりませんから」
「500ぅ!?
 おいおい冗談だろ!
 安い酒場でも一晩で使い切っちまう金額だぞ!」
「これでも高いと思うんですよ。
 材料費を大量購入にすることでコストは抑えられるし、複製は容易いですから……最終的に市販価格は100オルタくらいには抑えたいですね」
「はぁ~~~絵画なんてヘッタクソに描き殴ったようなものでも何万もするのに。
 あんなに精密に描かれたものがねえ」
「ん? 貴方は写真を見たことがあるんですか?」

 写真の研究開発をしているという話は国内では聞きませんでした。
 おかげで手探りで開発を進めることになったのですが。
 ディナリスさんは不敵な笑みを浮かべて答えます。

「ああ、見せていただいたんだよ。
 昨夜、陛下の枕元に置かれている写真をな」
「まくら…………ハッ!」

 まさかこの女!?
 陛下と————

 きっとひどい顔をしてしまったのでしょう。
 ディナリスさんは噴き出すように笑いました。

「ハハハハハハ!
 お偉い発明家も頭の中はなかなか下世話なようだな。
 安心しなよ。
 我が主人と一緒に酒を飲んで喋っていただけさ」

 高笑いするディナリスさん……あーびっくりした。

「だが……この姿を見た後だったら分かんなかったなー。
 最高にエロくて唆るじゃないか」
「エッっっっ!?
 へ、陛下をそんな目で見ないで下さい!!
 不敬ですよ!!」

 と、怒ってみましたがディナリスさんの表情はどこか寂しげです。

「あんなに、綺麗でエロい男なのにな。
 どうして大切にしてもらえないんだか……」
「大切にしてもらってない?
 陛下が?」

 尋ねるとディナリスさんはヤベッ、と口走って頭を掻きました。
 ああ、なるほど。
 彼女もこっち側の人間ということですか。

「貴方も陛下の評判が不当に下げられていることに気づいてるんですね!」
「へ……あ、ああ。そうだよ。
 王都の新聞はろくな事書かないからなー」
「そうなんですよ!
 来る日も来る日も飽き足らず陛下を非難してばかり!
 しかもそのほとんどが事実無根ですからね!」

 私は同志を見つけられ思わず気分が上がってしまいます。
 ちゃんとマスコミに惑わされず陛下のことを評価してくれる人がいることがいるって、陛下にお伝えしたくてなりません。

「でも、シウネのアイデアはいいと思うよ。
 周りの空気に流されているだけの連中はあのジルの舞い姿を見れば印象変わるだろうな」
「いやあ……でも、欠陥も思い知りました。
 写真では瞬間の視覚情報しか記録できないし伝えられないんですよ。
 風景や肖像ならそれでもいいんですが、世の中のもののほとんどは時間の流れに乗っかっていますからね。
 踊りみたいに動きのあるもの、時間の推移とともに表現されるものを記録するには写真では足りないのです」
「ほう……よく分からんがアンタが言うならそうなんだろうな」

 あ、でも待てよ。
 瞬間を記録できるならそれを細かく繋げれば時間になるんじゃないでしょうか?
 フィルムや撮影、現像の仕組みはそのまま流用できる…………

「なんか、すごいこと思いついちゃったかもしれません!!
 やっぱりジルベール陛下は最高です!
 あの方を想うと未知のインスピレーションが次々と湧いてくるんです~!」
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