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第六話 彼女が幸せなら、かまわない
彼女が幸せなら、かまわない⑨
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謁見が終り、中庭に出た私はバルトを問い詰めた。
「さっきの詰問はなんだ?
私は知らされていなかったぞ」
「でしょうな。
あの騒動の頃、陛下はまだまだ幼かったですから。
大人の感情の機微を察するほどの器量はなかったでしょう」
余裕ぶった笑みを浮かべるバルトに苛立つ。
信頼はしているが、信用できないのはこういうところだ。
「私は……フリーダ王妃のことはよく知らない。
母も私を彼女から遠ざけたがったようだし」
「側室の産んだ嫡男に対して複雑な感情をお抱きになる。
その程度にはあの方は先代のことを想われていましたよ。
フランチェスカとは違う」
いきなり引き合いに出された我が不貞の妻。
苦笑して流すしかなかった。
「それよりも教皇があんな下世話な冗談を言うとは思いませんでした。
自分はレプラの父親じゃないぞ! なんて言われるまでもない」
「下世話な冗談というわけじゃない。
『アルルカンの落ち子』というプレアデス教の説話のひとつだ」
古代の王族、アルルカンは妻がいたのに市井の娘と密通し子を成してしまった。
バレてしまえば他の兄弟に王位を奪われてしまうと考えたアルルカンは子を認知せず、女にも口止めした。
だが、日に日に成長していく我が子が可愛くてこっそりとお金を支援していたが、その金額は平民が持つには過ぎた額だった。
羽振りの良さに目をつけられた子供と女はある日、強盗に襲われて金品と共に命を落とす。
怒り狂ったアルルカンは強盗たちを血祭りに上げ、その成果が認められて王に任命されたという話。
教皇は私がプレアデス教について知見があるかを試し、私はそれに応えたのだ。
このことをバルトに説明すると、
「さすが陛下は物知りでございますね」
なんて呑気な顔でのたまってきた。
自分には関係ないけど、と言わんばかりだ。
「面倒ではあるが蔑ろにするつもりはない。
国教会絡みの案件は今日のように王族が出向いて行わねばならんこともあるからな」
そろそろ本来の役目に取り掛かるため支度部屋に向かおうとした、その時だった。
「陛下ーーーーっ!!」
遠くの方から甲高い女の声が聞こえてきた。
国教会本部に出入りする聖職者にしてははしたない……というか、聞き覚えのある声だ。
声の方を向くとシャツとズボンという男のような格好をした女がこっちに向かって駆け寄ってきている。
栗色の髪の毛を三つ編みにして肩に垂らしている。
ろくに化粧をしていない飾らない容貌にも関わらず、目鼻立ちは極めて整っている、美女…………
よし、今回は見間違わない。
「シウネ・アンセイル!
久方ぶりだな!」
「キャアっ!?覚えてくださったんですか!?
望外の喜びに胸が震えますっ!」
彼女が飛び跳ねるとシャツを押し上げる豊かな胸が震える。
その様に目が奪われた。
会うたびに私を魅了してやまない隠れた美貌の持ち主だが、真価はそこではない。
彼女は天才的な学士だ。
日々、大学で研鑽に励んでいると聞いていたが、どうして教皇庁に?
「こんなところに何か用か?」
「よくぞ聞いてくださいましたっ!
ついにコレが完成したのです!」
首に下げたベルトは四角い金属の箱を留めていた。
サイズは大きめの人の頭ひとつ分くらいか。
だが、単眼鬼のようにひとつだけ目がついた箱の形状に見覚えがある。
これは————
「持ち運び可能になったカメラです!
これでシウネはようやく陛下のお役に立てまする!」
真っ赤に興奮した顔ではしゃぐ彼女の頭の中には私が思いも寄らぬことが詰まっているのだろう。
比翼の儀————
プレアデス教の祭事であるこの儀式は神の遣いである天使と共に空を飛んだ娘の説話に基づき行われている。
人が神を信じ、戒律を守る限り神は人を見捨てない、というお話だ。
蒼空鏡と呼ばれる教皇庁のそばにある湖にて首楼閣の司教達が祝詞を上げた後、教会楽団が演奏する賛美歌と娘に扮した踊り手の神楽を捧げる。
で、私はその踊り手を務めることになっている。
この役はオルタンシア王族が代々務めることとなっているのだが、基本的に舞うのは女性だ。
父の代ではフリーダ妃や我が母マリアンヌと王の妻達が執り行っており、母が亡くなった後は私が継いだ。
王位についてからも愚妻のフランチェスカは「人前で踊るなんてはしたない!」と拒否したため依然私が務める羽目になっており、もう慣れたものだ。
国教会との付き合いで受けているお役目だが、満更でもないという気持ちもある。
神楽を教えてくれたのはレプラだった。
彼女が比翼の儀で実際に舞うことは一度として無かったが、その舞い姿は見事なものだった。
化粧を施され、衣装を纏って軽く舞ってみると、昨年のことを思い出す。
レプラがそばにいた記憶だ。
もう、彼女が私の神楽を見に来ることはあるまい。
「陛下、お時間です」
司祭が私を呼びにきた。
スーッと深呼吸をして私は蒼空鏡に向かう。
儀式という厳かなものに没頭しようとしてるからだろうか。
レプラがそばにいないこともバルトが嫁にもらっていくことも、全部受け入れられる気分になった。
蒼空鏡は字のごとく、蒼空を鏡のように映し出す湖が私の姿を映し出している。
裸足の足先を浸けると波紋が広がった。
少しの間をおいて教会楽団の歌唱隊によるソプラノボイスが響き渡り、奉納の儀の始まりを告げる。
私は両手を天に掲げ、翼をはためかせるように振るい、湖に向かって、翔んだ————
「さっきの詰問はなんだ?
私は知らされていなかったぞ」
「でしょうな。
あの騒動の頃、陛下はまだまだ幼かったですから。
大人の感情の機微を察するほどの器量はなかったでしょう」
余裕ぶった笑みを浮かべるバルトに苛立つ。
信頼はしているが、信用できないのはこういうところだ。
「私は……フリーダ王妃のことはよく知らない。
母も私を彼女から遠ざけたがったようだし」
「側室の産んだ嫡男に対して複雑な感情をお抱きになる。
その程度にはあの方は先代のことを想われていましたよ。
フランチェスカとは違う」
いきなり引き合いに出された我が不貞の妻。
苦笑して流すしかなかった。
「それよりも教皇があんな下世話な冗談を言うとは思いませんでした。
自分はレプラの父親じゃないぞ! なんて言われるまでもない」
「下世話な冗談というわけじゃない。
『アルルカンの落ち子』というプレアデス教の説話のひとつだ」
古代の王族、アルルカンは妻がいたのに市井の娘と密通し子を成してしまった。
バレてしまえば他の兄弟に王位を奪われてしまうと考えたアルルカンは子を認知せず、女にも口止めした。
だが、日に日に成長していく我が子が可愛くてこっそりとお金を支援していたが、その金額は平民が持つには過ぎた額だった。
羽振りの良さに目をつけられた子供と女はある日、強盗に襲われて金品と共に命を落とす。
怒り狂ったアルルカンは強盗たちを血祭りに上げ、その成果が認められて王に任命されたという話。
教皇は私がプレアデス教について知見があるかを試し、私はそれに応えたのだ。
このことをバルトに説明すると、
「さすが陛下は物知りでございますね」
なんて呑気な顔でのたまってきた。
自分には関係ないけど、と言わんばかりだ。
「面倒ではあるが蔑ろにするつもりはない。
国教会絡みの案件は今日のように王族が出向いて行わねばならんこともあるからな」
そろそろ本来の役目に取り掛かるため支度部屋に向かおうとした、その時だった。
「陛下ーーーーっ!!」
遠くの方から甲高い女の声が聞こえてきた。
国教会本部に出入りする聖職者にしてははしたない……というか、聞き覚えのある声だ。
声の方を向くとシャツとズボンという男のような格好をした女がこっちに向かって駆け寄ってきている。
栗色の髪の毛を三つ編みにして肩に垂らしている。
ろくに化粧をしていない飾らない容貌にも関わらず、目鼻立ちは極めて整っている、美女…………
よし、今回は見間違わない。
「シウネ・アンセイル!
久方ぶりだな!」
「キャアっ!?覚えてくださったんですか!?
望外の喜びに胸が震えますっ!」
彼女が飛び跳ねるとシャツを押し上げる豊かな胸が震える。
その様に目が奪われた。
会うたびに私を魅了してやまない隠れた美貌の持ち主だが、真価はそこではない。
彼女は天才的な学士だ。
日々、大学で研鑽に励んでいると聞いていたが、どうして教皇庁に?
「こんなところに何か用か?」
「よくぞ聞いてくださいましたっ!
ついにコレが完成したのです!」
首に下げたベルトは四角い金属の箱を留めていた。
サイズは大きめの人の頭ひとつ分くらいか。
だが、単眼鬼のようにひとつだけ目がついた箱の形状に見覚えがある。
これは————
「持ち運び可能になったカメラです!
これでシウネはようやく陛下のお役に立てまする!」
真っ赤に興奮した顔ではしゃぐ彼女の頭の中には私が思いも寄らぬことが詰まっているのだろう。
比翼の儀————
プレアデス教の祭事であるこの儀式は神の遣いである天使と共に空を飛んだ娘の説話に基づき行われている。
人が神を信じ、戒律を守る限り神は人を見捨てない、というお話だ。
蒼空鏡と呼ばれる教皇庁のそばにある湖にて首楼閣の司教達が祝詞を上げた後、教会楽団が演奏する賛美歌と娘に扮した踊り手の神楽を捧げる。
で、私はその踊り手を務めることになっている。
この役はオルタンシア王族が代々務めることとなっているのだが、基本的に舞うのは女性だ。
父の代ではフリーダ妃や我が母マリアンヌと王の妻達が執り行っており、母が亡くなった後は私が継いだ。
王位についてからも愚妻のフランチェスカは「人前で踊るなんてはしたない!」と拒否したため依然私が務める羽目になっており、もう慣れたものだ。
国教会との付き合いで受けているお役目だが、満更でもないという気持ちもある。
神楽を教えてくれたのはレプラだった。
彼女が比翼の儀で実際に舞うことは一度として無かったが、その舞い姿は見事なものだった。
化粧を施され、衣装を纏って軽く舞ってみると、昨年のことを思い出す。
レプラがそばにいた記憶だ。
もう、彼女が私の神楽を見に来ることはあるまい。
「陛下、お時間です」
司祭が私を呼びにきた。
スーッと深呼吸をして私は蒼空鏡に向かう。
儀式という厳かなものに没頭しようとしてるからだろうか。
レプラがそばにいないこともバルトが嫁にもらっていくことも、全部受け入れられる気分になった。
蒼空鏡は字のごとく、蒼空を鏡のように映し出す湖が私の姿を映し出している。
裸足の足先を浸けると波紋が広がった。
少しの間をおいて教会楽団の歌唱隊によるソプラノボイスが響き渡り、奉納の儀の始まりを告げる。
私は両手を天に掲げ、翼をはためかせるように振るい、湖に向かって、翔んだ————
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