流刑王ジルベールは新聞を焼いた 〜マスコミの偏向報道に耐え続けた王。加熱する報道が越えてはならない一線を越えた日、史上最悪の弾圧が始まる〜

五月雨きょうすけ

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第四話 三年目のスキャンダル

三年目のスキャンダル⑤

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 レプラの部屋に入ると床に金タライが置かれていてそれには湯気が立つお湯が張られているのが見えた。
 先ほどまで行水をしていたのだろう。
 彼女の肌がうっすら湿っているように見える。

 腕を引かれた私は強引にベッドに腰掛けさせられ、二人並んで座る形になった。

「子作りを拒まれた……くらいではこのようにはなりませんよね。
 話していただけますか?」

 心配そうに私の手を握るレプラ。
 何もかもぶち撒けたくなる一方、恥ずかしくて口が裂けても言いたくない気持ちが立つ。
 さっきからまるで赤子に還ったみたいにまともな思考ができない。
 しばらく私の様子を窺っていたレプラがため息を吐く。

「靴を脱いでください」
「は?」

 レプラはベッドに腰掛けている私の前にかがみ込み、靴を脱がすと湯の張った金だらいを引き寄せて私の足を浸けた。
 湯の温かさが足先に伝わり、ほぅ、と息を漏らす。
 さらにレプラは私の足を洗うようにしてじんわりと揉みほぐしていく。

「陛下はいろいろと母君譲りですね。
 男の足とは思えないほどお綺麗なこと」
「そんなの譲り受けたくなかっ————アウウウッ!!」

 足の裏のツボを強く押し込まれて思わず声を漏らしてしまう。
 一方レプラは悪戯っぽく舌を出す。

「これは凝ってますねえ。
 明日、議会の机の下に潜り込んで、ずっと揉んでてあげましょうか?
 いろんなところを」
「くうぅぅぅっ!! そ、そんなことしたらぁっ!
 他の議員に怒られるだろうぐゎああああっ!!」
「あら。おぼこい陛下でもちゃんと意味が分かりますか」
「は? 議場は関係者以外立ち入り禁止だろう?」

 私がそう答えるとレプラがガクリ、と肩を落とした。

「…………はぁ」
「なんだ、そのため息」
「いいえ。陛下は純粋で素晴らしいと溜息を漏らしたのであります」

 足を押す指の力が弱まり、私はいつの間にか気分が落ち着いていることに気づいた。

「レプラは凄いな。
 ピアノの調律師のように私の心を整えてくれる」
「本来なら、フランチェスカ様がするべきお役目なのですけどね」

 皮肉ぽく口にされたその名前を聞いて私は再び気が重くなった。

「別にあの女がどんな悪女でも良いんですよ。
 陛下に対して敬意を払い、愛情を以って支え慈しんでくれるのであれば。
 ですが、子作りは拒むし、舞踏会もろくに同伴しないし、サロンの女同士の集まりで陛下の悪口を言う始末。
 ただでさえ重責を担う陛下にとってあの女は重荷でしかありませんから……私はっ、嫌いっ、なんですッ!」
「痛い痛い痛い!
 私を痛めつけてどうするっ!?
 しかし……たしかにフランに妻らしいことをしてもらった記憶はないな。
 こうやって足を揉んでくれるような間柄ならば良かったのに」
「そうでしょう。
 私が妻ならば————」

 レプラはピタリと喋るのを止め、同時に手も止めた。
 私が妻ならば、の後に続く言葉を聞きたくて耳を傾けるが、

「出過ぎたことを申しました。
 忘れてください」

 と、話を流そうとするレプラ。
 だが、私は逃がさない。
 実に楽しそうなの話だ。
 もっと話を膨らませたい。

「レプラが妻なら、か。
 だったら最高だったろうな。
 絶対裏切らないだろうし、いつもそばに居てくれる。
 私もそなたなら心から愛を捧げられるだろう」
「お戯れを……」

 うつむいて表情を隠すレプラ。
 肩を震わせて笑うのを堪えているのだろうか。
 意地悪なヤツだ。

 私はレプラの顎を掴んで顔を持ち上げる。

「本気で言ってるのに笑うことはないだろ…………う?」
 
 レプラは頬を薄紅色に染めて、瞳を潤ませていた。
 化粧を落としているから、眉は薄くなり隠していたそばかすが見えている。
 なのに、その顔はどうしようもなく色気があって、可愛らしくて……胸が掻きむしられる。

「分かってますよ……
 陛下は女性をからかえるようなお方ではない……から」

 首を横に振り視線を逸らすレプラ。
 ここまでにしなさい、と言いたげな仕草だ。
 だけど臍下から湧き上がるように昂ってきた感情が私を突き動かした。

「レプラっ!!」

 彼女の手を引き、抱き寄せるようにしてベッドの上に押し倒した。

「キャアッ……陛下!!
 お戯れを!」

 拒むように顔を背け、抵抗しようと腕を押し返すレプラ。
 その姿が一瞬、いつぞやのフランと重なってしまう。

 一年以上前だったか。
 半ば強引にフランを抱こうとした時、彼女は顔を背けて私を突き飛ばした。
 そこで諦めた私を彼女は鼻で笑った。

『殿方とは思えぬ程、お淑やかだこと』
 
 からかい半分のその言葉が私の胸に突き刺さり、彼女の元に通うのが怖くなった。


 だけど、レプラなら……レプラは私を!

 レプラの寝巻きの裾に手を入れる。
 彼女はビクリと身体を強張らせるも、私の手にしがみつくようにして侵入を防ぐ。

「ダメです!
 陛下! 私にそんなことを求めては————」
「ダメなんて言わないでくれ!!
 お前だけは私を拒まないでくれ!!」

 衝動的に叫んでしまった。
 すると、レプラは一瞬驚いて目をつぶったが、すぐに私を見つめ、心配そうな顔をした。

「陛下?」

 彼女の瞳には醜く滑稽な子供の姿が映っている。
 18歳になってもまだ男らしさのかけらもない不気味な生き物。
 こんな奴に抱かれてもおぞましいだけだ。
 フランが僕を拒んで、あんな……あんなことをしたのも…………当然じゃないか。

 レプラの頬にポツリ、ポツリ、と水滴が落ちる。
 私の涙だった。

「…………仕方のない子ね」

 レプラは私の頭に手を回し、引き寄せると不慣れな様子で唇を合わせた。
 乾いた唇同士が触れるだけの素っ気ないキス。
 まるで子供の頃と変わらない。

 またね、とか、おやすみなさい、とか、泣かないで、とか、大好きだよ、とか……
 ありふれた気持ちを交わし合うためにキスができた時代、幸せだった幼い頃の私たちの姿が思い起こされて、頭が冷やされた。

「ここまでなら、家族のじゃれあいで済ませられ……ますよね?」

 照れと焦りが混ざったレプラの顔を見て、笑ってしまった。

「フフフ、そうだな。
 じゃれあっているだけだ。
 姉弟みたいに」
 
 私は彼女の両頬につつくようなキスをした後、身体を避けて、隣に寝そべった。

「ムードを壊すようで悪いが、聞いてくれるかい?
 私がフランの部屋で見てしまったことを」
「それで貴方の心が救われるなら」

 天井を見つめながら、私はあの光景を思い返す。
 レプラの手を命綱のように握りしめて、全てを白状した。
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