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第四話 三年目のスキャンダル
三年目のスキャンダル③
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「……叔父上の言う事を聞くのは癪だが、フランをないがしろにし過ぎているのはたしかだな。
少し、彼女の部屋に行ってくる」
叔父上の突然の訪問後、気を取り直して書類仕事に取り組んだ私はレプラに声をかけた。
すると彼女は驚いたような顔をする。
「え? 今からですか!?
いきなりだと流石にマズイでしょう」
「夫が妻の部屋に行ってマズイ道理はなかろう」
「それはそうですが……身支度や化粧が必要なものでございますからして」
「互いの裸を見せあった男女に、今更隠すものなどあるものか」
そう嘯いて私は部屋を出ようとしたが、レプラは私を阻むように部屋の扉の前に立つ。
「レプラ、何故そこまで邪魔をする。
私がフランの部屋に行くと何かマズイのか?」
「……単純にあの女が嫌いなんですよ」
「十分に知っている。
私のことを常に考えて事あるごとに口出ししてくれるそなたがフランのことだけは何の助言もくれないからな」
「言ってるじゃないですか。
ギロチンです。ギロチンにかけましょう、って。
元々、あの娘は嫌いだったのです。
陛下が娶ると決めた時も言ったでしょう。
常識や倫理観に乏しく、周囲に与えられることを当然と疑わず、他者に与えることを嫌う。
努力や苦労を嫌い、目上を敬わないくせに見下されることを許せない。
虚言癖で癇癪持ちで怠惰で救いようのない————」
「分かった! 分かったから落ち着け」
鬱憤を吐き出したレプラは微かに満足そうな様子。
悲しいかなロイヤルベッドのような低俗な娯楽に需要があることを理解してしまった。
「同性の私は陛下よりもフランチェスカと接する機会が多かったですからね。
今の立場になって顔を合わせなくて良くなったと思いきや陛下が嫁として連れて来るんですもの。
文句の一言でも言いたくなりますよ」
一言どころではなかったが、とは口にしなかった。
まあ、気持ちは分かる。
レプラがもし私が大嫌いな男……ジャスティンのような厚顔無恥な卑劣漢に嫁入りしたら床に伏せるかもしれない。
まして子どもまで作られたら…………うん、気が狂うかもしれないな。
「愛娘を取られる父親の気分とはこういうものかな……
文句で済ませられるレプラは強いな」
「?」
脈絡のない言葉にレプラはキョトンとする。
そんな彼女の虚をつくようにドアノブに手をかける。
「陛下!」
「そうだ国王として王妃に話をしに行く。
邪魔をするな」
「…………御意」
ため息混じりに彼女は身体を避けた。
夜の王宮は静けさに包まれている。
王族が生活するという性質上、防音性が高いのも理由だろう。
各部屋の壁は分厚く、部屋の中で大声で歌っても廊下には届かない。
自分の足音を聞きながら誰もいない廊下を進むとなんだか悪いことをしているような気分になる。
まあ、取りようによっては夜這いのようなものだ。
このあと話の流れで同衾する展開をまったく期待していないわけではない。
叔父上の言うこともごもっともなのだ。
私たちはもう少し、接する機会を持つべきだ。
フランチェスカに恋慕の情は無いが、生まれた家の都合で政略の駒にされた彼女を憐れむ気持ちは持ち合わせているつもりだ。
人形のように美しい顔なのに私に笑顔ひとつ見せないのは自らの置かれた立場を呪っているからだろう。
15歳で恋も知らぬまま好きでもない男に嫁がされ、親元を離されて王宮に閉じ込められたのだ。
せめて、世継ぎを産むことで彼女が救われるのであれば私が非協力的になってはならんだろう。
「よし、がんばろう」
ぺしぺし、と頬を叩いて歩をすすめ、彼女の部屋の前に辿り着く。
扉の前には護衛の騎士が直立不動で立っていた。
騎士サリナス・ラング・レイナード。
王妃の護衛を務める若い騎士だ。
面識はほとんどないが名前と顔くらいは覚えている。
彼は私の顔を見ると腰を抜かさんばかりに後ずさった。
「へ、へ、陛下っ!?」
「驚かせてすまない。
妃と話がある。
扉を開けよ」
私が命ずると、サリナスは目を泳がせ、口の中をモゴモゴさせて動こうとしない。
「どうした?
王が命じているのだぞ」
「お、王妃様はすでにお休みになられておりますっ!
どうか、日を改めてくださいませ!!」
……なんだこのとってつけたような言い訳は。
まるで私を中に入れたくないような、と考えるのは穿ち過ぎではないだろう。
「そなたは私をどのような人間と聞いている?」
「え、あ……こ、国王陛下といえば名君の中の名君!
聖オルタンシア王国の隆盛はまさに陛下の————」
「気に食わない事があれば、一族郎党を皆殺しにする悪王だとは聞いた事がないか?」
「そ……そ、それは」
動揺した騎士の腰に刺した剣の柄を掴み、瞬時に抜き放つ。
自身の剣を奪われたことに気づいたサリナスは慌てて私の間合いから離れる。
「ネイルリプレの残忍王、アンリ3世は寝所の番をさせていた近衞騎士に殺された。
王宮の警護を司る者が王の命令に背くなど翻意を疑われても仕方なかろう」
「お、お許しください! 陛下!
私はただ…………」
地面に這いつくばり肩を震わせて頭を下げるサリナス。
どうやら悪意は無さそうだ。
だが、そのことが余計に不気味さを感じさせる。
いったい、この部屋の中に何が隠されている?
私は剣を持っていない方の手で扉を開けた。
少し、彼女の部屋に行ってくる」
叔父上の突然の訪問後、気を取り直して書類仕事に取り組んだ私はレプラに声をかけた。
すると彼女は驚いたような顔をする。
「え? 今からですか!?
いきなりだと流石にマズイでしょう」
「夫が妻の部屋に行ってマズイ道理はなかろう」
「それはそうですが……身支度や化粧が必要なものでございますからして」
「互いの裸を見せあった男女に、今更隠すものなどあるものか」
そう嘯いて私は部屋を出ようとしたが、レプラは私を阻むように部屋の扉の前に立つ。
「レプラ、何故そこまで邪魔をする。
私がフランの部屋に行くと何かマズイのか?」
「……単純にあの女が嫌いなんですよ」
「十分に知っている。
私のことを常に考えて事あるごとに口出ししてくれるそなたがフランのことだけは何の助言もくれないからな」
「言ってるじゃないですか。
ギロチンです。ギロチンにかけましょう、って。
元々、あの娘は嫌いだったのです。
陛下が娶ると決めた時も言ったでしょう。
常識や倫理観に乏しく、周囲に与えられることを当然と疑わず、他者に与えることを嫌う。
努力や苦労を嫌い、目上を敬わないくせに見下されることを許せない。
虚言癖で癇癪持ちで怠惰で救いようのない————」
「分かった! 分かったから落ち着け」
鬱憤を吐き出したレプラは微かに満足そうな様子。
悲しいかなロイヤルベッドのような低俗な娯楽に需要があることを理解してしまった。
「同性の私は陛下よりもフランチェスカと接する機会が多かったですからね。
今の立場になって顔を合わせなくて良くなったと思いきや陛下が嫁として連れて来るんですもの。
文句の一言でも言いたくなりますよ」
一言どころではなかったが、とは口にしなかった。
まあ、気持ちは分かる。
レプラがもし私が大嫌いな男……ジャスティンのような厚顔無恥な卑劣漢に嫁入りしたら床に伏せるかもしれない。
まして子どもまで作られたら…………うん、気が狂うかもしれないな。
「愛娘を取られる父親の気分とはこういうものかな……
文句で済ませられるレプラは強いな」
「?」
脈絡のない言葉にレプラはキョトンとする。
そんな彼女の虚をつくようにドアノブに手をかける。
「陛下!」
「そうだ国王として王妃に話をしに行く。
邪魔をするな」
「…………御意」
ため息混じりに彼女は身体を避けた。
夜の王宮は静けさに包まれている。
王族が生活するという性質上、防音性が高いのも理由だろう。
各部屋の壁は分厚く、部屋の中で大声で歌っても廊下には届かない。
自分の足音を聞きながら誰もいない廊下を進むとなんだか悪いことをしているような気分になる。
まあ、取りようによっては夜這いのようなものだ。
このあと話の流れで同衾する展開をまったく期待していないわけではない。
叔父上の言うこともごもっともなのだ。
私たちはもう少し、接する機会を持つべきだ。
フランチェスカに恋慕の情は無いが、生まれた家の都合で政略の駒にされた彼女を憐れむ気持ちは持ち合わせているつもりだ。
人形のように美しい顔なのに私に笑顔ひとつ見せないのは自らの置かれた立場を呪っているからだろう。
15歳で恋も知らぬまま好きでもない男に嫁がされ、親元を離されて王宮に閉じ込められたのだ。
せめて、世継ぎを産むことで彼女が救われるのであれば私が非協力的になってはならんだろう。
「よし、がんばろう」
ぺしぺし、と頬を叩いて歩をすすめ、彼女の部屋の前に辿り着く。
扉の前には護衛の騎士が直立不動で立っていた。
騎士サリナス・ラング・レイナード。
王妃の護衛を務める若い騎士だ。
面識はほとんどないが名前と顔くらいは覚えている。
彼は私の顔を見ると腰を抜かさんばかりに後ずさった。
「へ、へ、陛下っ!?」
「驚かせてすまない。
妃と話がある。
扉を開けよ」
私が命ずると、サリナスは目を泳がせ、口の中をモゴモゴさせて動こうとしない。
「どうした?
王が命じているのだぞ」
「お、王妃様はすでにお休みになられておりますっ!
どうか、日を改めてくださいませ!!」
……なんだこのとってつけたような言い訳は。
まるで私を中に入れたくないような、と考えるのは穿ち過ぎではないだろう。
「そなたは私をどのような人間と聞いている?」
「え、あ……こ、国王陛下といえば名君の中の名君!
聖オルタンシア王国の隆盛はまさに陛下の————」
「気に食わない事があれば、一族郎党を皆殺しにする悪王だとは聞いた事がないか?」
「そ……そ、それは」
動揺した騎士の腰に刺した剣の柄を掴み、瞬時に抜き放つ。
自身の剣を奪われたことに気づいたサリナスは慌てて私の間合いから離れる。
「ネイルリプレの残忍王、アンリ3世は寝所の番をさせていた近衞騎士に殺された。
王宮の警護を司る者が王の命令に背くなど翻意を疑われても仕方なかろう」
「お、お許しください! 陛下!
私はただ…………」
地面に這いつくばり肩を震わせて頭を下げるサリナス。
どうやら悪意は無さそうだ。
だが、そのことが余計に不気味さを感じさせる。
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