流刑王ジルベールは新聞を焼いた 〜マスコミの偏向報道に耐え続けた王。加熱する報道が越えてはならない一線を越えた日、史上最悪の弾圧が始まる〜

五月雨きょうすけ

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第三話 これは趣味ですか? いえ使命です。

3−5

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 よもやよもやですねえ。
 まさかクソ親父と喧嘩してたら陛下にお会いできるなんて。
 しかも女装されてて……いや眼福でございまする。
 女顔とは思っていましたがちょっと化粧を施せばまさに絶世の美女!
 いっそ普段からあのお姿でいらっしゃれば新聞屋の連中も手心加えてくれるのでは、などと思うのは不敬ですね。

 初めてお会いした日のことを思い出します。
 王国総集学会なんて大それた場所で論文発表をしなくてはならないだけでもゲロ吐きそうでした。
 その上、陛下がいらっしゃっていて、しかも私にねぎらいのお声をかけてくださると聞いた時は絶望しましたね。

 庶民の私どもが新聞で読み知る陛下は、とても好色で女と見れば犯さずにはいられず、抵抗すれば四肢を切り落とす狂人であるとか、頭の出来が悪い事から優秀な人間に嫉妬して些細なことで揚げ足を取り処刑される卑劣漢であるとか、肌の色の濃い者を排除して国家を作ろうとしている人種差別主義者だとか、とりあえず良い噂をまったく聞かないお方でしたから。

 ですが、実際にお会いした陛下は私とたいして年齢の変わらぬご様子なのに威厳に溢れ、まるで娘を慈しむかのような目で私を見つめ、私の学業の成果を国の宝と評してくださいました。
 さらにその白く美しい手でインクが皮の裏にまで染み込んだぼろぼろの手を取って……
 私の人生で抱いたことのない暴れるような感情を目覚めさせたのです。

 次に疑問を抱きました。
 このお方は本当に皆が噂をするような無能で悪徳な暴君なのか。と。
 私は独自に陛下のことを調べました。
 記者の主観や憶測が入り混じるマスコミ発の情報を無視して、公式に国から発表されている事実のみを元に陛下の行いを追ったのです。
 すると浮き彫りになったのは、陛下は不当にマスコミから否定的な評価を与えられているということです。
 陛下が15歳で即位してから今日までの政策に致命的な欠陥はありませんでした。
 むしろ、歴代の王の中でも屈指の行動力と発想力の持ち主と呼べるのではないでしょうか。
 民の暮らしぶりを示す指標はどれもこれも前王の時代に比べて向上していますし、不正や賄賂に対しても毅然とした態度で処断されている。
 普通に考えればこんな王を貶める理由がありません。
 おそらくは即位直後に行おうとした『報道遵守大綱』の立案がマスコミ関係者の逆鱗に触れたのでしょう。

 近年の王国において新聞屋をはじめとするマスコミの専横は目に余ります。
 自分たちにとって邪魔な人物や勢力を貶める記事を書き国民を煽動し、逆に自分たちに利を為す者には好意的な記事を書いたり、不祥事を隠蔽する。
 陛下はそんな彼らの腐敗を正すべく、報道における不正捏造に対する罰則規定を含めた大綱を定めようとしたのです。
 しかし、それが廃案にされて以降、陛下はマスコミの格好の餌食となっていらっしゃる。
 事あるごとに非難され、人格を否定され、大衆の罵倒に晒されて…………
 なのに、あのお方は民のための善政を止めず、自らの責務を投げ出そうとはしなかった。
 なんという強靭な心の持ち主でしょうか。
 そのおかげで今のオルタンシア王国がある。

 そして陛下の功績を調べていくうちに私もまたその恩恵に預かっていた事を知ります。

 大学というのは基本的に貴族や大商人の子弟が通うハイソサイエティな空間です。
 なぜならば大学入学に必要な学力は義務教育のレベルでは全く到達できず、独自に家庭教師を雇うなどして自習する必要があります。
 そして学費も庶民では家を売りでもしなければ到底支払うことはできません。

 私はたまたま勉学に向いた能力を持って生まれていたのですが、大学への進学は諦めていました。
 母さんが死んでからあのクソ親父は酒浸りになり家に余裕などありませんでしたから。

 しかしそれを救ってくれたのが陛下が成立させてくれた大学進学者への特待生及び奨励金制度です。
 これは成績が優秀で国籍を持っていれば誰でも大学で学ぶことができるという制度です。
 しかも生活支援までしてくれる。
 まさに私のような貧困層の秀才を救済する制度でした。

 制度を利用して大学に入学した私は寝食を忘れるように勉学と研究に打ち込みました。
 貧乏人がまともな暮らしを得ようと思えば自身が持っている武器を磨き上げ、高給を得る仕事に就くしかない。
 それが私にとっては頭脳だったわけです。
 王国教養大学を選んだのも既に誰かがルール作りをした業界で働くよりも、自分でルール作りができる新たな金儲けの手段を得る方が良いと思っていたからです。
 自分のことに精一杯で当時の私は自分の頭脳を世のために役立てようなんてこと一才考えませんでした。
 だから陛下の『君の頭脳は国の宝』とおっしゃってもらった時、虚をつかれた思いでした。
 そして、陛下の献身を知った私は自分の頭脳を他者のために役立てられるような人間になりたいと熱望し、陛下のことを……お慕いするようになったのです。

 嗚呼、敬愛するジルベール陛下……
 未だ貴方は苦難の道を歩んでいる。
 陛下の手前、国の未来のために役立ちたいなどと言いましたが、本音は貴方様だけのためにこの頭脳を使いたい。
 そして、貴方と共に苦難に立ち向かいたいのです。
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