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第一話 暴れん坊王子は麻薬栽培を許さない

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 真夜中に目を覚ました。
 普段よりずっと早い時間に眠りに落ちたからだ。
 レプラは僕を布団の中に収めると部屋の外に出ていったらしく僕は部屋にひとりだった。

 眠れなかった僕は夜の王宮を歩き回り、バルコニーに出て夜風を感じながら眼前に広がる王都を見下ろした。

 50万人の人間が住まう王都。
 それでも聖オルタンシア王国の全人民の1パーセントに過ぎない。
 星の数ほどの人間の暮らす国の統治者として国王は存在する。

 王位継承権一位の僕はやがて父上の後を継ぐ。
 そうなった時に民のために働けるだけの力を持っているだろうか。
 過ちを起こさない強い精神を持っているだろうか。
 僕は立派な王様になれるのだろうか。

 考えると不安で仕方なくなる。
 今回の件は僕と王家の評判を下げるだけに留まった。
 しかし、王の決断が過てば何万という民が簡単に死んでしまうのだ。
 そうなればたとえレプラの太ももに顔を埋めても心が晴れることはないだろう。

 ヒヤリ、と背筋が冷えたのは夜風のせいではない。
 嫌なことばかり考えて佇んでいる僕に背後から声が掛かった。

「謹慎中と言ったはずだが」

 振り向くとそこには父上がいらっしゃった。

「父上……これは、その」
「冗談だ。バルコニーならば王宮の中ということで良い」

 そう言って屋内からバルコニーに出てくる父上。
 護衛の騎士は屋内に待機させており、僕と二人きりになった。
 気まずくて言葉が出てこない僕に父上はにこやかに話しかける。

「ラクサスは投獄されることになったぞ」
「えっ? でも新聞では」
「マスコミ連中がラクサスを持ち上げようが罪を見て見ぬふりしようが事実は変わらん。
 王子の証言に加えて憲兵隊が膨大な量の証拠と余罪を挙げてくれた。
 あの若い憲兵隊長、なかなか見込みがあるな」
「イーサン……」

 僕の言葉が彼を発奮させたのか、もともと優秀な人間だったのか、この際どちらでも良い。
 僕の行いは無意味でなかったのだ。
 思わず、頬を緩めてしまうが父上に怒られてしまうと口をつぐむ。
 だが、父上は、

「いやあ、胸がすく思いだ!
 サイサリス侯爵家の横暴は先代の頃より目に余っていた。
 奴らの力を削ぐ良い機会になったぞ!」
「ち、父上?」
「なんだ? まさか私が息子の言葉よりマスコミの言うことを信じたとでも思ったか?
 だとしたらまだまだ青いな。
 王たる者、顔を使い分ける程度の器量は必須だ。
 よく覚えておけ」

 明らかに上機嫌な父上の様子に緊張が解けて何故だか泣きたくなってくる。
 さらに父上は僕に尋ねる。

「ジル。シルバスタンで連中を全員打ち倒したというのは本当か?」
「え、ええ……護衛の者の援護もありましたが」
「ん、ああ。あの娘か。
 素性は悟られていないだろうな」
「顔は隠しておりましたので」
「ならば良い。
 それよりもどのように倒したのだ。
 詳しく聞かせよ」

 それから僕は父上に自分の武勇伝を身振り手振りを交えて伝えた。
 父上は無邪気な子どものように聞き入ってくれた。
 そうしていると、いつのまにか空が青白くなっていた。

「フフフ……痛快で時間を忘れてしまったわ。
 やはり武芸に長けた者の話は良い。
 私はあのシルバスタンを青眼に構えることすらできん。
 お前は本当に強く育った。
 危なっかしい真似はこれ限りにしてもらいたいがな」
「申し訳ありません。
 父上の大切なお時間を使わせてしまい」
「良い。お前と語らう機会が最近無かったからな。
 特に、このように、ただの父と子のようには」

 父上の顔が青白く見えるのは夜明けの光のせいではない。
 元々、身体が強いお方ではない。
 にもかかわらず、寝る間を惜しみ国のために働き、王としての責務を他人に譲ろうとはしない。
 不安になる程細く小さな背中にこの国を背負っていられる。
 弱々しい足取りを支えるために僕は肩を貸す。

「僕は……父上のことを理想の王であると尊敬しています。
 だから、どうかご自愛ください。
 父上に代われる者などこの国にいないのですから」

 思わず感情を吐露してしまう。
 すると父上は切なそうに笑った。

「買い被りすぎだ。
 私は王として落伍者もいいところだ。
 まだ40にもならんのに老人のごとき体力で、跡取りも一人しか残せなんだ。
 国王どころか、一人の人間としても出来損ないだ」
「そんなこと————」
「挙句、父としても失格だ。
 見事な武勇を挙げた息子を人前で褒めてやることもできず、このように隠れて話を聞いてやることで許してもらおうとしている」
「許す……って……」

 自分の身が弱っていることを知りながら、わざわざ夜更かしをして僕の他愛ない自慢話を聞いてくれた。
 そして、それでも足りないと負い目を感じていられる。
 父上の気持ちに触れた僕は怒られた時以上に泣きたくなってきた。

「もし我々が騎士爵程度の家に生まれていたならば、私は跡取り自慢をしながら楽隠居させてもらっていたな。
 だが、我々は王族だ。
 国を動かす基幹装置としての役割を果たすため、一分の隙も許されん。
 人前で情を見せるな。付け込まれるぞ。
 判断を情に委ねるな。見誤るぞ。
 情を頼りに人生を謳歌するのは民たちだけで良い。
 王ならば自分の人生を諦め、民の幸せの中に己の幸せを見出せ」

 僕に教え聞かせる言葉は、父上の苛烈な人生を写したものだった。
 そして、不謹慎ながらも遺言のように聞こえた。


 それから一年も経たない冬の晩————父上……国王リシャール・グラン・オルタンシアは眠るように息を引き取った。
 王国議会で形ばかりの後継者選定の儀が行われ、僕が新国王に選出された。

 国王ジルベール・グラン・オルタンシア、15歳。

 後に『建国以来の愚王』『オルタンシア王家の失敗作』『無能な働き者』『出来損ないの喜劇役者』『夜の三振王』『短小』…………とありとあらゆる罵詈雑言をマスコミや世間からぶつけられる王の誕生である。
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