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第一話 暴れん坊王子は麻薬栽培を許さない
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「愚民どもがせっせとワシのために金を耕してくれておるわ。
ヒヒヒ……自分たちが何を作っているのかも知らずに、愚かなことよのう」
趣味の悪いギラギラと光る衣服を身に纏った恰幅の良い中年男、ラクサス・フォン・サイサリス侯爵は自身の経営する集団農場に来ていた。
ここで働いている者は皆、彼の領民であるがほとんどが借金の返済のために強制労働をさせられている。
重労働に疲れ果てた労働者たちは顔色も悪く、動きを鈍らせれば監督役と呼ばれる領主の家来によって殴られる。
罪人の懲役もかくやといった劣悪な労働環境である。
王国屈指の大貴族であるラクサスがわざわざこのような場所に、しかも夜半に訪れているのは常識的にはあり得ない事だろう。
だが、彼にとってはこれから行う仕事を他人に任せるわけにはいかなかった。
何しろここで作られている作物が世間に知られれば、いかな大貴族たる彼であっても罰を免れない。
少なくとも領主の地位を追われる事になるだろう。
この後、ラクサスは少人数の護衛だけを連れて秘密裏に収穫物を馬車に積み込み農場を後にする。
道中、憲兵に馬車を止められようと領主が乗った馬車の中身を取り調べることなどできるはずもない。
港に着き、船に載せてしまえば悪事は終わったも同然。
代金を載せた船が帰ってくるのを居城で何食わぬ顔で待っていれば良い。
僕は例の作物が詰まった木箱を運んでいる。
木箱は一辺50センチほどの立方体であり、子どもや老人が運ぶには重い。
「ああっ……!」
案の定、僕の少し後ろで木箱を運んでいた老人が転けた。
その拍子に木箱の中身が地面にぶち撒けられる。
水を受ける時に人が両手を合わせた時のような形をした黄色い花……名前はカナシスという。
茎の繊維質は衣服の材料に使われるが、花びらや葉はカルナインという麻薬の原料となる。
幻覚効果や感覚の麻痺効果がある上に依存性が高く、これが蔓延した地域では死者や犯罪の数が激増するため『町殺し』との異名をつけて恐れられる凶悪な麻薬だ。
「このジジイ!!
何してやがんだ!!」
監督役は木の棒を握りしめて老人を打とうと歩み寄る。
それを若い男が止めに入る。
「待ってくれ! この爺さんは足が悪いんだ!
それでも朝からずっと働いていて……
勘弁してやってくれ!!」
「邪魔するなっ!!」
監督役の小男が若い男を蹴り倒した。
さらに追い討ちをかけるように地面に倒れた男を何度も踏みつける。
大きな骨格からして元々はかなりの膂力がありそうだがろくに食糧を与えられておらず弱っているのだろう。
やり返すこともできず痛めつけられていたのだが、
「もう良い」
ラクサスの声がかかり、小男はピタリと蹴るのを止めた。
暴力が止んだことに男はホッと一息ついたのだが、
「口答えする道具も、古く朽ちた道具もいらん。
農場の肥料にするか、家畜の餌にでもしてやれ」
非情な命令が下された。
小男が腰に携えたナイフを手に取り男に詰め寄る。
「うおおっ!! チクショウっ!!
クソ領主がっ!!
絶対テメエには海の神様の罰がくだるぞ!!」
自棄になって罵声を叩きつけてくる男に対してラクサスは侮蔑の笑みを浮かべる。
「お前のようなゴミを何匹殺したところで罰など下るものか。
そのよく回る舌を切って殺してやれ。
アレは地獄の苦しみというからな」
ククク……と肩を震わせて笑うラクサスを見て、救いようがないと思った。
できる事であれば目立たず、密輸の証拠を取り上げて裁判にかけたかった。
サイサリス侯爵家ほどの大貴族を一度の過ちで処分するのは惜しかったからだ。
王国開国以来、この国を支えてくれた名門中の名門。
せいぜいラクサスを隠居させて一族の中でまともな者に家を継がせ、密輸で得た利益を吐き出させるだけで済まされると思っていた。
しかし、調べれば出るわ出るわ悪行の数々。
ここで働かされている者たちの多くは海で魚を獲り生計を立てていた漁師だ。
しかし、鮮度保持が難しく輸出に向かない海産物よりも禁制の麻薬原料の栽培の方が金になると目をつけたラクサスは、彼らから漁業権を剥奪し生活を成り立たなくさせた上で金貸しをあてがった。
いわば、彼らはラクサスによって作られた借金奴隷だ。
私腹を肥やすために無辜の民から自由を奪い、あまつさえ命すらも弄ぶ。
許されるはずがない————
「やめろおっ!!」
僕は叫び、持っていた木箱をラクサスの家来に向かって投げつけた。
爆発したような音を立てて木箱が壊れる。
中身のカナシスの花があたり一面に散らばる。
頭に木箱の直撃を受けた男は意識を吹っ飛ばされて地面に落ちた。
ナイフを突きつけられていた男は解放され、驚いた目で僕を見つめている。
「おい!! なんの真似だ!? 小僧!!」
ラクサスの家来たちが得物を持って僕を取り囲もうとする。
だが、シャッ! という風切り音が続けて四つしたかと思うと家来たちは地面に這いつくばった。
彼らの太ももには投擲用の柄が短いナイフが突き刺さっている。
「で————坊っちゃま。
ご無事ですか?」
夜の闇に溶け込んでいたかのように隠れていたその影はヌッと僕のそばに現れた。
身体にぴっちりと張り付くような黒いタイトなスーツを頭頂から足元まで来ているため、真っ黒なトルソーのような姿で目以外の顔も隠れている。
ただ声とあらわな身体のラインから女であることは分かるだろう。
彼女の名前はレプラ。
僕の身の回りの世話から警護まで行ってくれる頼もしい部下だ。
「問題ない。
それより先程のサイサリス侯爵の発言は覚えているな」
僕が聞くとレプラは先程ラクサスが発した命令を一言一句漏らさず諳んじる。
しかも声や喋り方を彼に寄せているものだから少し笑いそうになってしまった。
一方、ラクサスは面白くなかったようで不機嫌な顔で僕に問いかける。
「貴様……憲兵か?
それともどこぞの貴族家の飼い犬か!?」
犯罪行為を見咎められているというのに焦る様子はない。
揉み消すなど容易いと思っているのだろう。
大貴族であるラクサスの権力に抗える者はこの国に100人といない。
憲兵や並の貴族では彼を捕らえられない。
だから事態がここまで悪化し、僕が出張る必要があったわけだ。
「サイサリス侯爵……いや、ラクサス。
先月の晩餐会以来ですね」
そう言って僕は目深に被っていた帽子を脱ぎ捨てた。
僕の顔を見た瞬間、彼は目が飛び出しそうなくらい大きく開けた。
「え………あっ………」
「余の顔、見忘れましたか?」
僕の問いにラクサスはブルンブルンと首を横に振り、地面に膝を着いて頭を下げた。
「ず、頭が高うございました!!
ジルベール殿下!!」
その名が発された時、ラクサスの家来たちも慌てて地面にひれ伏した。
一方、先ほどまで地に這いつくばっていた奴隷の男はポツリと、
「ジルベール……第一王子……さま?」
と呟いた。
ヒヒヒ……自分たちが何を作っているのかも知らずに、愚かなことよのう」
趣味の悪いギラギラと光る衣服を身に纏った恰幅の良い中年男、ラクサス・フォン・サイサリス侯爵は自身の経営する集団農場に来ていた。
ここで働いている者は皆、彼の領民であるがほとんどが借金の返済のために強制労働をさせられている。
重労働に疲れ果てた労働者たちは顔色も悪く、動きを鈍らせれば監督役と呼ばれる領主の家来によって殴られる。
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王国屈指の大貴族であるラクサスがわざわざこのような場所に、しかも夜半に訪れているのは常識的にはあり得ない事だろう。
だが、彼にとってはこれから行う仕事を他人に任せるわけにはいかなかった。
何しろここで作られている作物が世間に知られれば、いかな大貴族たる彼であっても罰を免れない。
少なくとも領主の地位を追われる事になるだろう。
この後、ラクサスは少人数の護衛だけを連れて秘密裏に収穫物を馬車に積み込み農場を後にする。
道中、憲兵に馬車を止められようと領主が乗った馬車の中身を取り調べることなどできるはずもない。
港に着き、船に載せてしまえば悪事は終わったも同然。
代金を載せた船が帰ってくるのを居城で何食わぬ顔で待っていれば良い。
僕は例の作物が詰まった木箱を運んでいる。
木箱は一辺50センチほどの立方体であり、子どもや老人が運ぶには重い。
「ああっ……!」
案の定、僕の少し後ろで木箱を運んでいた老人が転けた。
その拍子に木箱の中身が地面にぶち撒けられる。
水を受ける時に人が両手を合わせた時のような形をした黄色い花……名前はカナシスという。
茎の繊維質は衣服の材料に使われるが、花びらや葉はカルナインという麻薬の原料となる。
幻覚効果や感覚の麻痺効果がある上に依存性が高く、これが蔓延した地域では死者や犯罪の数が激増するため『町殺し』との異名をつけて恐れられる凶悪な麻薬だ。
「このジジイ!!
何してやがんだ!!」
監督役は木の棒を握りしめて老人を打とうと歩み寄る。
それを若い男が止めに入る。
「待ってくれ! この爺さんは足が悪いんだ!
それでも朝からずっと働いていて……
勘弁してやってくれ!!」
「邪魔するなっ!!」
監督役の小男が若い男を蹴り倒した。
さらに追い討ちをかけるように地面に倒れた男を何度も踏みつける。
大きな骨格からして元々はかなりの膂力がありそうだがろくに食糧を与えられておらず弱っているのだろう。
やり返すこともできず痛めつけられていたのだが、
「もう良い」
ラクサスの声がかかり、小男はピタリと蹴るのを止めた。
暴力が止んだことに男はホッと一息ついたのだが、
「口答えする道具も、古く朽ちた道具もいらん。
農場の肥料にするか、家畜の餌にでもしてやれ」
非情な命令が下された。
小男が腰に携えたナイフを手に取り男に詰め寄る。
「うおおっ!! チクショウっ!!
クソ領主がっ!!
絶対テメエには海の神様の罰がくだるぞ!!」
自棄になって罵声を叩きつけてくる男に対してラクサスは侮蔑の笑みを浮かべる。
「お前のようなゴミを何匹殺したところで罰など下るものか。
そのよく回る舌を切って殺してやれ。
アレは地獄の苦しみというからな」
ククク……と肩を震わせて笑うラクサスを見て、救いようがないと思った。
できる事であれば目立たず、密輸の証拠を取り上げて裁判にかけたかった。
サイサリス侯爵家ほどの大貴族を一度の過ちで処分するのは惜しかったからだ。
王国開国以来、この国を支えてくれた名門中の名門。
せいぜいラクサスを隠居させて一族の中でまともな者に家を継がせ、密輸で得た利益を吐き出させるだけで済まされると思っていた。
しかし、調べれば出るわ出るわ悪行の数々。
ここで働かされている者たちの多くは海で魚を獲り生計を立てていた漁師だ。
しかし、鮮度保持が難しく輸出に向かない海産物よりも禁制の麻薬原料の栽培の方が金になると目をつけたラクサスは、彼らから漁業権を剥奪し生活を成り立たなくさせた上で金貸しをあてがった。
いわば、彼らはラクサスによって作られた借金奴隷だ。
私腹を肥やすために無辜の民から自由を奪い、あまつさえ命すらも弄ぶ。
許されるはずがない————
「やめろおっ!!」
僕は叫び、持っていた木箱をラクサスの家来に向かって投げつけた。
爆発したような音を立てて木箱が壊れる。
中身のカナシスの花があたり一面に散らばる。
頭に木箱の直撃を受けた男は意識を吹っ飛ばされて地面に落ちた。
ナイフを突きつけられていた男は解放され、驚いた目で僕を見つめている。
「おい!! なんの真似だ!? 小僧!!」
ラクサスの家来たちが得物を持って僕を取り囲もうとする。
だが、シャッ! という風切り音が続けて四つしたかと思うと家来たちは地面に這いつくばった。
彼らの太ももには投擲用の柄が短いナイフが突き刺さっている。
「で————坊っちゃま。
ご無事ですか?」
夜の闇に溶け込んでいたかのように隠れていたその影はヌッと僕のそばに現れた。
身体にぴっちりと張り付くような黒いタイトなスーツを頭頂から足元まで来ているため、真っ黒なトルソーのような姿で目以外の顔も隠れている。
ただ声とあらわな身体のラインから女であることは分かるだろう。
彼女の名前はレプラ。
僕の身の回りの世話から警護まで行ってくれる頼もしい部下だ。
「問題ない。
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僕が聞くとレプラは先程ラクサスが発した命令を一言一句漏らさず諳んじる。
しかも声や喋り方を彼に寄せているものだから少し笑いそうになってしまった。
一方、ラクサスは面白くなかったようで不機嫌な顔で僕に問いかける。
「貴様……憲兵か?
それともどこぞの貴族家の飼い犬か!?」
犯罪行為を見咎められているというのに焦る様子はない。
揉み消すなど容易いと思っているのだろう。
大貴族であるラクサスの権力に抗える者はこの国に100人といない。
憲兵や並の貴族では彼を捕らえられない。
だから事態がここまで悪化し、僕が出張る必要があったわけだ。
「サイサリス侯爵……いや、ラクサス。
先月の晩餐会以来ですね」
そう言って僕は目深に被っていた帽子を脱ぎ捨てた。
僕の顔を見た瞬間、彼は目が飛び出しそうなくらい大きく開けた。
「え………あっ………」
「余の顔、見忘れましたか?」
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「ず、頭が高うございました!!
ジルベール殿下!!」
その名が発された時、ラクサスの家来たちも慌てて地面にひれ伏した。
一方、先ほどまで地に這いつくばっていた奴隷の男はポツリと、
「ジルベール……第一王子……さま?」
と呟いた。
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