流刑王ジルベールは新聞を焼いた 〜マスコミの偏向報道に耐え続けた王。加熱する報道が越えてはならない一線を越えた日、史上最悪の弾圧が始まる〜

五月雨きょうすけ

文字の大きさ
上 下
1 / 65
第一話 暴れん坊王子は麻薬栽培を許さない

1−1

しおりを挟む
「愚民どもがせっせとワシのために金を耕してくれておるわ。
 ヒヒヒ……自分たちが何を作っているのかも知らずに、愚かなことよのう」

 趣味の悪いギラギラと光る衣服を身に纏った恰幅の良い中年男、ラクサス・フォン・サイサリス侯爵は自身の経営する集団農場に来ていた。
 ここで働いている者は皆、彼の領民であるがほとんどが借金の返済のために強制労働をさせられている。
 重労働に疲れ果てた労働者たちは顔色も悪く、動きを鈍らせれば監督役と呼ばれる領主の家来によって殴られる。
 罪人の懲役もかくやといった劣悪な労働環境である。

 王国屈指の大貴族であるラクサスがわざわざこのような場所に、しかも夜半に訪れているのは常識的にはあり得ない事だろう。
 だが、彼にとってはこれから行う仕事を他人に任せるわけにはいかなかった。
 何しろここで作られている作物が世間に知られれば、いかな大貴族たる彼であっても罰を免れない。
 少なくとも領主の地位を追われる事になるだろう。

 この後、ラクサスは少人数の護衛だけを連れて秘密裏に収穫物を馬車に積み込み農場を後にする。
 道中、憲兵に馬車を止められようと領主が乗った馬車の中身を取り調べることなどできるはずもない。
 港に着き、船に載せてしまえば悪事は終わったも同然。
 代金を載せた船が帰ってくるのを居城で何食わぬ顔で待っていれば良い。

 僕は例の作物が詰まった木箱を運んでいる。
 木箱は一辺50センチほどの立方体であり、子どもや老人が運ぶには重い。

「ああっ……!」

 案の定、僕の少し後ろで木箱を運んでいた老人が転けた。
 その拍子に木箱の中身が地面にぶち撒けられる。
 水を受ける時に人が両手を合わせた時のような形をした黄色い花……名前はカナシスという。
 茎の繊維質は衣服の材料に使われるが、花びらや葉はカルナインという麻薬の原料となる。
 幻覚効果や感覚の麻痺効果がある上に依存性が高く、これが蔓延した地域では死者や犯罪の数が激増するため『町殺し』との異名をつけて恐れられる凶悪な麻薬だ。

「このジジイ!!
 何してやがんだ!!」

 監督役は木の棒を握りしめて老人を打とうと歩み寄る。
 それを若い男が止めに入る。

「待ってくれ! この爺さんは足が悪いんだ!
 それでも朝からずっと働いていて……
 勘弁してやってくれ!!」
「邪魔するなっ!!」

 監督役の小男が若い男を蹴り倒した。
 さらに追い討ちをかけるように地面に倒れた男を何度も踏みつける。
 大きな骨格からして元々はかなりの膂力がありそうだがろくに食糧を与えられておらず弱っているのだろう。
 やり返すこともできず痛めつけられていたのだが、

「もう良い」

 ラクサスの声がかかり、小男はピタリと蹴るのを止めた。
 暴力が止んだことに男はホッと一息ついたのだが、

「口答えする道具も、古く朽ちた道具もいらん。
 農場の肥料にするか、家畜の餌にでもしてやれ」

 非情な命令が下された。
 小男が腰に携えたナイフを手に取り男に詰め寄る。

「うおおっ!! チクショウっ!!
 クソ領主がっ!!
 絶対テメエには海の神様の罰がくだるぞ!!」

 自棄になって罵声を叩きつけてくる男に対してラクサスは侮蔑の笑みを浮かべる。

「お前のようなゴミを何匹殺したところで罰など下るものか。
 そのよく回る舌を切って殺してやれ。
 アレは地獄の苦しみというからな」

 ククク……と肩を震わせて笑うラクサスを見て、救いようがないと思った。

 できる事であれば目立たず、密輸の証拠を取り上げて裁判にかけたかった。
 サイサリス侯爵家ほどの大貴族を一度の過ちで処分するのは惜しかったからだ。
 王国開国以来、この国を支えてくれた名門中の名門。
 せいぜいラクサスを隠居させて一族の中でまともな者に家を継がせ、密輸で得た利益を吐き出させるだけで済まされると思っていた。
 しかし、調べれば出るわ出るわ悪行の数々。
 ここで働かされている者たちの多くは海で魚を獲り生計を立てていた漁師だ。
 しかし、鮮度保持が難しく輸出に向かない海産物よりも禁制の麻薬原料の栽培の方が金になると目をつけたラクサスは、彼らから漁業権を剥奪し生活を成り立たなくさせた上で金貸しをあてがった。
 いわば、彼らはラクサスによって作られた借金奴隷だ。
 私腹を肥やすために無辜の民から自由を奪い、あまつさえ命すらも弄ぶ。
 許されるはずがない————

「やめろおっ!!」

 僕は叫び、持っていた木箱をラクサスの家来に向かって投げつけた。
 爆発したような音を立てて木箱が壊れる。
 中身のカナシスの花があたり一面に散らばる。
 頭に木箱の直撃を受けた男は意識を吹っ飛ばされて地面に落ちた。
 ナイフを突きつけられていた男は解放され、驚いた目で僕を見つめている。

「おい!! なんの真似だ!? 小僧!!」

 ラクサスの家来たちが得物を持って僕を取り囲もうとする。
 だが、シャッ! という風切り音が続けて四つしたかと思うと家来たちは地面に這いつくばった。
 彼らの太ももには投擲用の柄が短いナイフが突き刺さっている。

「で————坊っちゃま。
 ご無事ですか?」

 夜の闇に溶け込んでいたかのように隠れていたその影はヌッと僕のそばに現れた。
 身体にぴっちりと張り付くような黒いタイトなスーツを頭頂から足元まで来ているため、真っ黒なトルソーのような姿で目以外の顔も隠れている。
 ただ声とあらわな身体のラインから女であることは分かるだろう。
 彼女の名前はレプラ。
 僕の身の回りの世話から警護まで行ってくれる頼もしい部下だ。

「問題ない。
 それより先程のサイサリス侯爵の発言は覚えているな」

 僕が聞くとレプラは先程ラクサスが発した命令を一言一句漏らさず諳んじる。
 しかも声や喋り方を彼に寄せているものだから少し笑いそうになってしまった。
 一方、ラクサスは面白くなかったようで不機嫌な顔で僕に問いかける。

「貴様……憲兵か?
 それともどこぞの貴族家の飼い犬か!?」

 犯罪行為を見咎められているというのに焦る様子はない。
 揉み消すなど容易いと思っているのだろう。
 大貴族であるラクサスの権力に抗える者はこの国に100人といない。
 憲兵や並の貴族では彼を捕らえられない。
 だから事態がここまで悪化し、僕が出張る必要があったわけだ。

「サイサリス侯爵……いや、ラクサス。
 先月の晩餐会以来ですね」

 そう言って僕は目深に被っていた帽子を脱ぎ捨てた。
 僕の顔を見た瞬間、彼は目が飛び出しそうなくらい大きく開けた。

「え………あっ………」
「余の顔、見忘れましたか?」

 僕の問いにラクサスはブルンブルンと首を横に振り、地面に膝を着いて頭を下げた。

「ず、頭が高うございました!!
 ジルベール殿下!!」

 その名が発された時、ラクサスの家来たちも慌てて地面にひれ伏した。
 一方、先ほどまで地に這いつくばっていた奴隷の男はポツリと、

「ジルベール……第一王子……さま?」

 と呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!! 「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

処理中です...