祠村

白狐

文字の大きさ
上 下
7 / 7

7.2人だけの時間

しおりを挟む
 外灯すらない夜道の闇に紛れ、吐き出される激しい吐息と、バタバタとした足音。背の高い少女は、背の低い少年の手を引き、2人は誰もいない村の間を走り抜ける。唯月は恐くて、自分を助けようとしている小鳥の姿から、目を逸らせなかった。まわりに聳える明かりのない家も、黒い水が淀む田んぼも、風に揺らぐ木々も、全て自分達を監視しているという強迫観念。そして、いつ逃げ出している所を知られてしまうか分からない、そんな恐怖が絶え間なく襲ってくるのだ。

 村を外れ、出入り口である門までようやく辿り着くと、2人はひとまず足を止め、少しの間だけ英気を養う。死と隣り合わせという緊張の圧迫が、疲労を煽り、より体に重くのしかかる。例え、立ち止まって復調を望んでも、安楽な感覚が戻る気配はない。

「はあ・・・・・・はあ・・・・・・!唯月くん・・・・・・大丈夫・・・・・・?」

 小鳥は膝に手を置くと体力に限界を感じた唯月も大の字に倒れ、全身の痛みに、嘔吐に似た咳を吐き散らす。

「げほっ、おぇっ・・・・・・!・・・・・・うう、ぐすっ・・・・・・もう、走れそうにもない・・・・・・!」

「頑張って・・・・・・もう少しだから・・・・・・!」

 小鳥は、生きた心地のしていない従弟を見下ろすと、平気を偽り無理に微笑んだ。

「・・・・・・こ、小鳥お姉ちゃん・・・・・・足・・・・・・速いね・・・・・・あっという間に・・・・・・げほっ!村の入り口まで・・・・・・着い・・・・・・ちゃったよ・・・・・・」

「へへん、毎日、畑仕事や近所の草野球で鍛えていたからね・・・・・・こう見えても結構、体力には自信があるんだ・・・・・・」

 小鳥は自慢気に言って、立った姿勢を崩すと、唯月の傍で腰を下ろす。

「小鳥お姉ちゃん・・・・・・僕ね・・・・・・久々に、小鳥お姉ちゃんに会えて・・・・・・嬉しかった・・・・・・」

「え・・・・・・何、このタイミングで・・・・・・ちょっとぉ、時と場所を考えなよ・・・・・・」

「死んじゃったら・・・・・・言えないから・・・・・・」

「・・・・・・ありがとう・・・・・・でも、心のどこかでは、私の事・・・・・・恨んでるんでしょ?」

 小鳥の問いに、唯月はようやく浮かんだ笑顔を横に揺らし

「ううん・・・・・・だって、お姉ちゃんは僕の事、助けてくれた・・・・・・やっぱり小鳥お姉ちゃんは昔のまま、優しくて強い・・・・・・僕にとって1番のヒーローだよ・・・・・・」

「唯月くん・・・・・・」

 想像の欠片もなかった言葉に、小鳥は無意識に苦笑を崩し、泣き出しそうな顔を露にする。自分を信じてくれた嬉しさと、そんな彼を卑劣に裏切った罪の意識。その正反対の感情に胸を絞めつけられ、どうしても返答が見いだせなかった。

「・・・・・・昔、小鳥お姉ちゃんと・・・・・・遊んだ日の事を思い出した。遠い過去だから・・・・・・何もかも忘れていたけど、1つだけ覚えている事があるんだ・・・・・・」

唯月は、遠い空に広がる無数の星を見上げながら、話の内容を続ける。

「家に遊びに行った時・・・・・・小鳥お姉ちゃんは、庭で洗濯物を干していたよね・・・・・・?僕はお姉ちゃんを驚かせようと、こっそりと後ろから近づいて抱きついた・・・・・・反応はいまいちだったけど・・・・・・その瞬間をおばさんが撮影したんだよね・・・・・・」

「ああ、あれ?いきなり誰かに抱きつかれて、近所の子供がいたずらしてきたと思ったら、まさかの唯月くんで・・・・・・反応は薄かったって言うけど、結構びっくりしたんだよ?そして、同時に幸せな気持ちになれた・・・・・・大好きな人が来てくれたんだからね・・・・・・」

告白に似た語尾の台詞を耳にし、唯月は頬を赤くした照れ臭い表情を、小鳥がいる真逆の方へ逸らした。

「あ~あ・・・・・・もう一度、驚かせられたらよかったのにな・・・・・・だけど、失敗しちゃった・・・・・・」

「今回は、お姉ちゃんの勝ちだったね・・・・・・?一勝一敗の引き分け・・・・・・ふふっ・・・・・・」

 静かに吹き出した小鳥に釣られた唯月も、可笑しくてたまらなくなり、2人は声を出して笑い合う。殺されるかも知れない状況を忘れ、そこにあるのは愉快な一時を分かち合う従妹同士の姿。

「ぼ、僕もね・・・・・・こ、小鳥お姉ちゃんの事が・・・・・・」

 唯月が恥ずかしさを堪え、ソワソワと何かを言おうとした時


『"捕まえた生贄が逃げたぞぉー!!仲間が1人殺されたぁぁー!!"』


 静けさを打ち消すように村人が怒鳴り声を発し、異常事態を知らせたかと思うと、すぐさま、甲高い鐘の音が村一帯に響き渡った。緊張感が戻った2人は我に返り、遠くにある祠村に視線の向きを変える。騒ぎを聞きつけた大勢の村人達が、波のように押し寄せて来るのが、松明の明かりで知った。

「どうしよう・・・・・・!?」

「まずいよ・・・・・・村の出入り口はここしかないから、あいつらもきっと、私達がここを通る事を想定している。急いで森を抜けよう!ほら、立って!」

 小鳥はまだ疲れが残った唯月を手を掴み、引っ張り上げると、再び手を繋ぎ黒い森の中へと駆けていく。村から距離を置く度、鐘の音が遠ざかっても、追って来る村人達の声は次第に近づいていた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

徹夜でレポート間に合わせて寝落ちしたら……

紫藤百零
大衆娯楽
トイレに間に合いませんでしたorz 徹夜で書き上げたレポートを提出し、そのまま眠りについた澪理。目覚めた時には尿意が限界ギリギリに。少しでも動けば漏らしてしまう大ピンチ! 望む場所はすぐ側なのになかなか辿り着けないジレンマ。 刻一刻と高まる尿意と戦う澪理の結末はいかに。

鮮やかな殺人

ホラー
短編集です。 最初は、主人公達也が親を殺した企業への憎しみを思い出し、殺しに出る最初の一歩の話です。

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

孤独な箱舟の惨劇

ジャン・幸田
ホラー
 目覚めたときから悪夢だった。  とある罪で全身拘束刑を受け、恒星間長距離航行船に搭乗させられていた08567”ディズ”は目覚めさせられたのは、ある問題が発生したからだ。  「ディズ! お前にしか解決できない問題がおきた!」  機械に覆われたディズに襲い掛かるのは恐怖しかなかった!

強制調教脱出ゲーム

荒邦
ホラー
脱出ゲームr18です。 肛虐多め 拉致された犠牲者がBDSMなどのSMプレイに強制参加させられます。

短編怖~い話1話完結

ムーワ
ホラー
昔、筆者が学校の先生から聞いた話や都市伝説などにもなっている怖~い話や筆者自身の恐怖体験なども踏まえて紹介していきます。

処理中です...