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第2楽章 花一倶楽部編
16、うっかりの事前打ち合わせ
しおりを挟む♪勝って嬉しい 花いちもんめ
♪負けて悔しい 花いちもんめ
♪あの子が欲しい
♪あの子じゃ わからん
♪この子が欲しい
♪この子じゃ わからん
♪相談しよう
♪そうしよう
恵業は過去を懐かしむようにして歌を歌い終わると、徐々に険しい表情になっていった。
「その歌はもしや……わらべうた?」
(音楽の教科書にも載ってた気がする)
陽の予想が確信に変わった時、歌の内容にしかけがあったことを思い出す。
「歌いやすいメロディですけど、歌詞がちょっぴり怖いですよね」
「おお、若いのによく知ってるな。……実は最近、"はないちもんめ"を歌いながらターゲットに近づく人攫い集団が暗躍してるそうでな」
「何を隠そう、そいつらが花一倶楽部ってワケっスよね」
最初から分かってましたと言わんばかりの影助はさておき。
不思議なことに、狙われているのはもれなくイタリア国籍の女性なのだという。
(組織の名前からして、この国の人たちだと思うけど……)
「ーー報復でしょうか。それともただの趣味?」
「どちらにせよ、イタリアマフィアを狩るのはオレたちだ。ライバルが少ないにこしたことはねェ。デカくなる前に潰しとくか……おい、ヨウ。急にぼーっとすんな。」
思考を巡らすのに集中しすぎて、影助が腰をかがめて陽の顔を覗き込んでいるのに、気づくことはできないまま。
陽がびっくりして頭を上げようとすると、その反動で影助とおでこ同士がぶつかり合ってしまう。
「でいっ、痛⁈ ご、ごめんなさい影助さんっ! 私ったら気づかなくて!」
双方、血までは出ていないが、反射的に額を押さえた。
「な⁈ 大丈夫かあ⁈ 2人ともーっ! とりあえず何か冷やすものをーー」
僕が、と聖田は心配そうに陽の額を診にいく。
「なんてかわいそうな陽さん。こんなに赤くなってしまってーー」
さらりと陽の額を撫でた聖田は、影助の方を向いた。
「痛いの痛いの、影助さんに飛んでけー!」
聖田は、わざとらしくポーズを作って影助へと波動を送る。
ーーこの男、ディアボロの異名は伊達じゃない。
影助は色々な要素で我慢の限界が過ぎ、わなわな震える。
「……うるせー! オレだって痛ェんだよコンチクショーッ!」
チクショー、
チクショ…、
チ…ショー…
ショー……
ショ……
影助の叫びは、いつまでも屋敷中にこだまし続けた。
*
『……ちょっとー、今の影ちゃん? 急に大声出さないでよねーマジビビるし。耳壊れるかと思ったんだけどお』
「あ? ンだよ、セイコーーって、やべ」
影助は何かを感じ取ったかのように、姿勢を正す。
『ボス、ボース。ーー聞こえてる?』
こちらを窺うような、しっとりした女性の声。
まさか、と陽は思う。
『……てかコレ放置ってこと? おーい。』
そのまさかだった。
なんとこの場にいる全員が、恵業とセイコのトランシーバーが繋がったままだったということをすっかり忘れていたのだ。
「アッ、……ああ! セイコ、すまんすまん! 誓ってわざとじゃないんだ!」
恵業は炊飯器のスイッチを入れ忘れた時のように慌てふためく。
聖田は声を殺して笑っていた。
『ひどくなーい? もしわざとだったら、さすがのボスでも半殺しだよ。……わりと本気で!』
100%冗談、には聞こえなかったが、セイコの声には笑いも入り混じっていたので、とりあえず殺すほど怒ってはいなさそうだと察して安心する。
『全くもおー、アタシだけおいてけぼりで会議始めないでくださあい』
頑張ってるのにー、とセイコはトランシーバー越しに不満を漏らす。
「悪かったなセイコ。今度いいワインでもツケてやるから、それで勘弁してくれないか」
頼む!と恵業は向こう側のセイコに拝む格好になった。
「ボス、失礼ながらそういうところではないでしょうか」
聖田は顎に手を添え、苦笑い。
『えー、ホントに⁈ やったやったー! ボスだあいすき♡』
「許せねーアイツ……セイコって、いつもあーやって人のコト脅してくンの」
影助がトランシーバーを指差して、陽に耳打ちしてくる。陽は次はおでこをぶつけないよう、一生懸命身を縮めた。
(そういえば小学校の女子トイレでも、こういう風に噂話をしてる子たちがいたなあ。懐かしいなあ。)
「カルマの古株だからってボスまで尻に敷いちまってさあ、何様だよってカンジだろ? クッソ腹立つよなァ、あの古参ババーー」「影ちゃん?」
セイコの鋭い眼光が、トランシーバー越しにでも伝わってきた。
『影ちゃん、新入りちゃんに何吹き込んでるのかな? ん? そう、答えられないんだ』
セイコの威圧感に、悪いことをしていない陽まで震え上がってしまう。
「……あーウザッ! つーかお前、実は全部見えてンじゃねェかよ⁈」
『アリア堂のティラミス』
ギャンギャン鳴く犬なんて気にも止めず、セイコはバサッと切り捨てる。
(影助さん、南無三ーー!)
陽は近くにいた聖田と一緒に目を伏せた。
『あ、そーだ。本題だよー! ほ・ん・だ・い! 影ちゃんのせいで忘れちゃったじゃん!』
やだもー、とセイコがあちらで机か何かを叩いているのが聞こえた。
『ーー今アタシさ、情報屋御用達って噂のバーにいるんだけど』
ーーセイコの話はこうだ。
当のバーへの潜入に成功したはいいものの、調査に難航し、それどころか花一倶楽部の情報1つ掴めない、と言う。
(そこが、今から私たちが行くところ、なんだよね)
陽は拳をきゅっと握る。
『ホントさー、しっぽを散らつかせやしなくって。ため息も出るってものよねえ』
なら、と恵業が静かに息を呑んだ。
「俺らが応援に行くまでの間、くれぐれも危険なマネはするんじゃねえぞ」
『うん、もちろん。でもアタシーーボスのためなら全力で体、張っちゃうよ♡』
「……気持ちはありがたいが、掟に触れねぇようほどほどにな」
じゃあまた後で落ちあおうと、通話はやっと途絶えた。
「お前らあ、準備はできてるか」
恵業は振り返りもせず問う。
「「Ovviamente、ボス」」
胸に手を当て、男2人は礼儀正しく返事をした。
陽はというと、出遅れてボス!の部分しか合わせられなかった。しかし気持ちはきっと伝わったはずだ。多分。
__________________________________________
ーー煌々と光るネオンが夜を蝕む、飲み屋街。
この街の喧騒と雑踏の中で、陽は今、トランペットを響かせる。
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