幸狂曲第5番〈Girasole〉

目玉木 明助

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第2楽章 花一倶楽部編

16、うっかりの事前打ち合わせ

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♪勝って嬉しい 花いちもんめ
♪負けて悔しい 花いちもんめ

♪あの子が欲しい
♪あの子じゃ わからん
♪この子が欲しい
♪この子じゃ わからん
♪相談しよう
♪そうしよう

 恵業は過去を懐かしむようにして歌を歌い終わると、徐々に険しい表情になっていった。

「その歌はもしや……わらべうた?」

(音楽の教科書にも載ってた気がする)

 陽の予想が確信に変わった時、歌の内容にしかけがあったことを思い出す。

「歌いやすいメロディですけど、歌詞がちょっぴり怖いですよね」

「おお、若いのによく知ってるな。……実は最近、"はないちもんめ"を歌いながらターゲットに近づく人攫い集団が暗躍してるそうでな」

「何を隠そう、そいつらが花一倶楽部ってワケっスよね」


 最初から分かってましたと言わんばかりの影助はさておき。



 不思議なことに、狙われているのはもれなくイタリア国籍の女性なのだという。


(組織の名前からして、この国の人たちだと思うけど……)

「ーー報復でしょうか。それともただの趣味?」

「どちらにせよ、イタリアマフィアを狩るのはオレたちだ。ライバルが少ないにこしたことはねェ。デカくなる前に潰しとくか……おい、ヨウ。急にぼーっとすんな。」

 思考を巡らすのに集中しすぎて、影助が腰をかがめて陽の顔を覗き込んでいるのに、気づくことはできないまま。


 陽がびっくりして頭を上げようとすると、その反動で影助とおでこ同士がぶつかり合ってしまう。


「でいっ、痛⁈ ご、ごめんなさい影助さんっ! 私ったら気づかなくて!」

 双方、血までは出ていないが、反射的に額を押さえた。




「な⁈ 大丈夫かあ⁈ 2人ともーっ! とりあえず何か冷やすものをーー」



 僕が、と聖田は心配そうに陽の額を診にいく。


「なんてかわいそうな陽さん。こんなに赤くなってしまってーー」

 さらりと陽の額を撫でた聖田は、影助の方を向いた。

「痛いの痛いの、影助さんに飛んでけー!」

聖田は、わざとらしくポーズを作って影助へと波動を送る。


ーーこの男、ディアボロの異名は伊達じゃない。


 影助は色々な要素で我慢の限界が過ぎ、わなわな震える。

「……うるせー! オレだって痛ェんだよコンチクショーッ!」

 チクショー、
 チクショ…、
 チ…ショー…
 ショー……
 ショ……


 影助の叫びは、いつまでも屋敷中にこだまし続けた。



『……ちょっとー、今の影ちゃん? 急に大声出さないでよねーマジビビるし。耳壊れるかと思ったんだけどお』

「あ? ンだよ、セイコーーって、やべ」
 
影助は何かを感じ取ったかのように、姿勢を正す。

『ボス、ボース。ーー聞こえてる?』

こちらを窺うような、しっとりした女性の声。

まさか、と陽は思う。


『……てかコレ放置ってこと? おーい。』

そのまさかだった。

 なんとこの場にいる全員が、恵業とセイコのトランシーバーが繋がったままだったということをすっかり忘れていたのだ。


「アッ、……ああ! セイコ、すまんすまん! 誓ってわざとじゃないんだ!」

 恵業は炊飯器のスイッチを入れ忘れた時のように慌てふためく。
 
 聖田は声を殺して笑っていた。

『ひどくなーい? もしわざとだったら、さすがのボスでも半殺しだよ。……わりと本気で!』

 100%冗談、には聞こえなかったが、セイコの声には笑いも入り混じっていたので、とりあえず殺すほど怒ってはいなさそうだと察して安心する。

『全くもおー、アタシだけおいてけぼりで会議始めないでくださあい』

 頑張ってるのにー、とセイコはトランシーバー越しに不満を漏らす。



「悪かったなセイコ。今度いいワインでもツケてやるから、それで勘弁してくれないか」

 頼む!と恵業は向こう側のセイコに拝む格好になった。


「ボス、失礼ながらそういうところではないでしょうか」

 聖田は顎に手を添え、苦笑い。


『えー、ホントに⁈ やったやったー! ボスだあいすき♡』


「許せねーアイツ……セイコって、いつもあーやって人のコト脅してくンの」

 影助がトランシーバーを指差して、陽に耳打ちしてくる。陽は次はおでこをぶつけないよう、一生懸命身を縮めた。

(そういえば小学校の女子トイレでも、こういう風に噂話をしてる子たちがいたなあ。懐かしいなあ。)



「カルマの古株だからってボスまで尻に敷いちまってさあ、何様だよってカンジだろ? クッソ腹立つよなァ、あの古参ババーー」「影ちゃん?」

 セイコの鋭い眼光が、トランシーバー越しにでも伝わってきた。


『影ちゃん、新入りちゃんに何吹き込んでるのかな? ん? そう、答えられないんだ』

 セイコの威圧感に、悪いことをしていない陽まで震え上がってしまう。

「……あーウザッ! つーかお前、実は全部見えてンじゃねェかよ⁈」

『アリア堂のティラミス』

 ギャンギャン鳴く犬なんて気にも止めず、セイコはバサッと切り捨てる。

(影助さん、南無三ーー!)
 陽は近くにいた聖田と一緒に目を伏せた。



『あ、そーだ。本題だよー! ほ・ん・だ・い! 影ちゃんのせいで忘れちゃったじゃん!』

 やだもー、とセイコがあちらで机か何かを叩いているのが聞こえた。

『ーー今アタシさ、情報屋御用達って噂のバーにいるんだけど』





ーーセイコの話はこうだ。


 当のバーへの潜入に成功したはいいものの、調査に難航し、それどころか花一倶楽部の情報1つ掴めない、と言う。


(そこが、今から私たちが行くところ、なんだよね)

 陽は拳をきゅっと握る。


『ホントさー、しっぽを散らつかせやしなくって。ため息も出るってものよねえ』


 なら、と恵業が静かに息を呑んだ。

「俺らが応援に行くまでの間、くれぐれも危険なマネはするんじゃねえぞ」

『うん、もちろん。でもアタシーーボスのためなら全力で体、張っちゃうよ♡』


「……気持ちはありがたいが、掟に触れねぇようほどほどにな」

 じゃあまた後で落ちあおうと、通話はやっと途絶えた。



「お前らあ、準備はできてるか」

 恵業は振り返りもせず問う。


「「Ovviamente、ボス」」

 胸に手を当て、男2人は礼儀正しく返事をした。

 陽はというと、出遅れてボス!の部分しか合わせられなかった。しかし気持ちはきっと伝わったはずだ。多分。










__________________________________________



 ーー煌々と光るネオンが夜を蝕む、飲み屋街。



 この街の喧騒と雑踏の中で、陽は今、トランペットを響かせる。
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