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運命の二人
3-6 春の体質
しおりを挟む春は無言で喰魔の消滅を見届けると十六夜と篝の方を見やる。
二人は春と耀の方に向かって走って来ており、そのことから春は風魔法の喰魔を二人が倒したと理解する。
戦いは終わった。
そう分かった春は先程までの緊張感が解け、後ろへ倒れるように腰を下すと疲れを吐き出すように大きく息を吐いた。
「はあああぁぁぁ………」
先日のように大声を出して喜ばないその姿から、疲労具合と余裕の無さが伺える。
そんな春を心配し、耀は駆け足で近寄ると目線を合わせるように屈んだ。
「春、大丈夫?」
「ああ、大丈夫。腹と頬と口の中と左腕が痛いけど」
「全然大丈夫じゃ無い!?」
大したこと無さそうにへらへらと笑って答える春。
それとは対照的に耀は慌てるようにツッコみを入れた。
そして、改めて春の姿を見る。
砂と土で汚れ、口元は血を流した跡が残り、左の頬も赤と青が混じった色をして腫れており、とても痛々しい様になっていた。
そんな春の姿に耀は表情を暗くさせる。
そんな彼女の表情に春もへらへらと笑うのを止め、何とも言えない表情で困ったように頭を掻いた。
そんな春に対し、耀は治療をするために怪我を見せるように言った。
「怪我、見せてくれる?」
「ああ」
春は耀に言われ、服を捲って負傷した腹と左腕を露出させる。
それにより、中学生とは思えぬほどに鍛え抜かれた腹筋と太い腕が現れる。
しかし、それよりも目立つのは赤と青が混じった痛々しい拳大ほど大きさの痣であった。
その痣に耀は息を呑み、暗い表情に加えてその赤い瞳を潤ませた。
「二人とも大丈夫!?」
そこへ心配そうに二人へ声を掛けながら駆け寄る篝。そして、春の露出した腹と左腕の痣の痛々しさに顔を顰める。十六夜は左腕をあまり動かさないようにしながら篝の後ろに続き、春の痣に対し不機嫌そうに目を細めた。
「今治すからね」
耀の声はいつもと違って暗く、落ち込んでいることが分かる。
しかし、力強く発せられていたことで春を治療する意気込みは強く感じられた。
耀が両手を春の腹へと翳そうとすると、春は声を掛けてそれを制止した。
「待ってくれ、耀」
「なに?」
「俺よりも先に二人の方を治してくれないか?」
十六夜と篝の方を見てそう言う春。
しかし、耀は二人よりも先に春を治したいため、春の要望に食い下がる。
「けど………」
「俺は闇魔法のせいで回復系の魔法が効きづらい。それに、十六夜の左腕は俺と同じくらい重傷のはずだ」
「そうなの? 十六夜君?」
篝がそう尋ねると、十六夜はゆっくりと左腕の袖を捲り上げて肌を露出させる。
その左腕は拳大ほどの大きさの痣に加え、大きく腫れあがっていた。
その見た目は動かすだけで激痛が走ることを見る者に理解させるほどに、痛々しいものであった。
そんな十六夜の腕を見た篝は目を見開き、その驚きを露わにした。
「貴方こんな酷い状態で戦ってたの!?」
「別に大した事ねえよ。動かそうと思えば動かせるし、痛みは我慢すればどうにかなるしな」
「これが大したことなければ大半の怪我が怪我じゃ無くなるわよ! もうっ!」
あっけらかんと答える十六夜。
しかし、篝は怒るように十六夜の言い分を否定する。
耀も十六夜の怪我に対して驚き、目を見開いて固まる。
そんな耀に春は同意を求めるように声を掛けた。
「な?」
「………はぁ、分かったよ」
どこか不服そうに耀は答える。
心情としては一番重傷の恋人である春を真っ先に回復させたかったが、春の言い分はもっともであり、隊員としての自分もそう思うことから渋々納得するのだった。
春はそんな耀の姿に愛らしさを感じ、小さな笑みを浮かべた。
「でも! 春もちゃんと後で回復させるからね!」
「ああ、分かった」
子供が駄々をこねるように念を押す耀。
その言葉に、春は心からの笑顔を見せて答える。
その笑顔に毒気を抜かれたのか、耀も優しい笑顔を浮かべて立ち上がった。
「十六夜。治すから腕見せて」
「俺は別に今すぐ治さなくてもいいんだが」
「変な意地を張らないの! 早く治して貰いなさい!」
「へーい」
まるで母親が子供を叱るように怒る篝。
十六夜も渋々母親に従う子供のように返事をする。
そして、怪我をした左腕を耀へと突き出した。
その腕に耀は両手を翳し、魔法を行使する。
「白の癒し」
耀の両手にぽうっと白い光が灯る。
しかし、その光は今までの力強い光とは違い、優しく温かな光であった。
その光は怪我をした十六夜の腕を照らし、同時に包み込む。
すると、少しづつだが変化が現れる。
腕の腫れはゆっくりとではあるが引いていき、青から赤、赤から肌色へとその色を変えていく。
その様子を他の三人は感心するように見つめていた。
十六夜の腕が治ったのを確認すると耀は光を消し、翳していた両手を下す。
十六夜は突き出した左腕を下げると調子を確かめるように力を込めたり、腕を回したりした。
「ふぅー、腕の調子はどう? まだ痛い?」
「いや、完全に治ってる。ありがとな、白銀」
「どういたしまして」
十六夜の感謝の言葉に笑って返す耀。
一方、春と篝の二人は未だに感心したように耀と十六夜の左腕を見つめていた。
「聞いてはいたけど、本当に回復まで出来るとはなぁ」
「ええ、本当に凄いわ」
自分たちにはできないことが出来る耀を春と篝は素直に褒めたたえる。
その言葉が嬉しい耀はその心情を表に出すように笑った。
「えへへ。それじゃあ、次は篝の番だね」
「私? 私はいいわよ。私の怪我なんて大したことないし、帰ってから支部で治療を受けるわ。私の分の魔力は春君に使って」
篝も怪我をしているのは間違いない。
しかし、そのほとんどは掠り傷であり、出来た痣も小さい。
少し痛む程度で動くのに支障は無かった。
ゆえに篝は耀の治療を遠慮し、自分よりも重傷である春へとその魔力を回すように伝えた。
篝は遠慮するが、耀は春に二人を治すように言われた。
そのため自分一人では決定できず、その判断を委ねるように春へと視線を向ける。
その視線を受け、春は篝の提案を受けることにした。
「じゃあ、そうさせて貰おうかな」
「ええ」
「なら、次は春の番だね」
耀は再び屈むと春の腹へ両手を翳し、回復するための準備を整える。
「まずはお腹からね」
「ああ。よろしく頼むよ」
「うん」
そう言うと耀は再び両手に光を灯す。
その光は春の負傷した腹を照らし、優しく包み込んだ。
(温かくて、優しい光だな)
その温かさに心まで安らいでいく春。
しかし、春は耀に対して申し訳なさそうな表情を浮かべる。
(俺は闇魔法のせいで回復魔法が他の人より効きづらい。全部の怪我を完治させるとなると、かなりの負担を耀に掛けることになる)
先ほど春が言っていたように、春は他人に比べて回復魔法が効きづらい体質であった。
比率で表すならば、春の回復には通常の四倍もの魔力を使う必要がある。
今の自分の怪我を完治させるには、戦闘後の耀の魔力では不可能であることを春は悟っていた。
(ある程度治ったらやめるように言お―――)
「あれ?」
そのとき、耀が首を傾げて間の抜けた声を上げる。
その視線は春の腹へと向いており、その視線を追うように春も自身の腹を見つめる。
すると、どうだろうか。
腹の痣は十六夜のときと同じように消えていき、それと同時に腹の痛みが引いていくのを春は感じていた。
「なっ!?」
「はぁ?」
「嘘!?」
耀を除いた三人が予想外の事象に目を見開き、その驚きを全面的に露わにする。
春の腹が完治すると耀は光を消して両手を下げる。
そして、その場に流れる不思議な空気を紛らわせるように微笑を浮かべた。
「えっと、普通に治せたけど………」
「マジか………」
未だに驚きから立ち直れない春。
自身の腹を右手でペタペタと触り、完治していることを再確認する。
「本当に治ってる」
「白銀、俺を治したときと春を治したときで違和感は無かったか? 回復が遅いとか、魔力を多く使ったとか」
「ううん。そういうのは特に………」
「………そうか」
十六夜は耀へ違和感が無かったか尋ねるも、特にそういったことは無いと言われる。
それを聞くと十六夜は口を閉ざし、考え込むように押し黙る。
それは春と篝も同様であり、この状況についていけない耀だけが戸惑いを見せていた。
「そんなに変かな?」
「ああ、かなり変だ」
耀の疑問に即答する春。
そして、耀の疑問を解消するようにその理由を述べ始めた。
「昨日も話したけど、他の人に回復魔法をかけて貰ったときは必ず全員に『回復が遅い』『治すのにいつもの四倍くらい魔力を使った』って言われてきたんだ。その原因を探るために体を調べたら闇魔法の影響なのか、魔力を受け付けづらい体質になってるって。だから、普通に回復できるなんて………」
前述した通り、春は回復魔法が効きづらい。
それは闇魔法による肉体の変化が理由であった。
魔法が肉体に変化を与えることは珍しいことではない。
例を挙げるならば、炎魔法を使う者は暑さに強い。
回復系の魔法を使う者は傷の治りが早い。
毒魔法を使う者は薬や毒が効きづらいなど、様々な事例が存在する。
春もそれに該当し、尚且つ顕著に影響が現れている稀有な体質を持っていた。
ゆえに、春は回復魔法を掛けても正常に機能しないはずなのだ。
しかし、耀の回復魔法は正常に機能し、春の傷を治した。
だからこそ三人は驚愕したのだ。
「なんで普通に回復できたのかしら?」
「さあな。だが、光魔法は闇魔法の影響を受けなかった。これは確かな事実だ」
十六夜の言葉に春と篝は険しい表情で押し黙る。
光魔法は闇魔法の影響をなぜ受けないのか。
光魔法と闇魔法とはそもそも何なのか。
この二つの魔法に―――春と耀には、どんな繋がりがあるのか。
これらのことを否が応でも考えてしまう。
それは耀も同じであり、何も言葉を発さずに考え込む。
しかし、光魔法が闇魔法の影響を受けないと知って何かが分かるわけではない。
耀は思考するのをやめ、目の前の春へと伏せていた目線を戻す。
腹は治ったが、未だに腕と頬は青い痣が残っていた。
「春」
「ん?」
耀の呼びかけに春も顔を上げ、険しい表情を解いた。
「残りの怪我も治すね」
「あ………」
その言葉に春は左腕と頬を負傷していたことを思い出す。
怪我を忘れていた自分に呆れ、何とも言えない表情を浮かべた。
「………よろしくお願いします」
春は少し恥ずかしそうに笑うと耀に治療をお願いするのだった。
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