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運命の二人

2-1 転校生を紹介します!

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「今日も疲れたなー」

 オレンジ色の照明で照らされた薄暗いトンネルに足音が響き渡る。
 スーツを着た青年が四角い鞄を手に持ったまま歩きながら、仕事で疲れた体をほぐすように背を伸ばす。
 疲れたなと言いつつも、その声は若々しさに溢れていた。

「帰ったら新作のゲームやるぞー!」

 入社して一年が経ち、仕事にもやりがいを感じ始める。
 働いて得た給料で趣味のゲームを買ってプレイする。
 そんな充実した毎日を過ごしていた。
 今日もまた家にある買ったばかりのゲームに思いを馳せ、疲れていることなど忘れたように軽やかな足取りで帰路についていた。
 そんなとき、男の鼻に錆びついた鉄の匂いが届く。
 決して良いとは言えないその匂いに、男は顔を顰めた。

「なんだこの匂い?」

 そう呟くと足を止め、匂いの原因を探ろうと辺りを見回す。
 すると、少し先に黒い水たまりのようなものが見えた。
 目を凝らすが、オレンジ色の照明と薄暗さのせいでそれが何なのか分からなかった。
 会社への通勤で使う道のため、ほぼ毎日と言っていいほど通っている。
 今朝も通ったが、あんなものはなかったはずだ。

 嫌な予感がしつつも、黒い水たまりが何なのかを探るために足を進めていく。
 近づいていくごとに異臭は強くなり、さらに顔を顰めていく。
 そして、側まで近づいたことでその水溜まりの全容をはっきりと捉えることができた。

「なん、だよ。これ………」

 そう呟く男の声は恐怖で震えていた。
 黒い水たまりの周りには、同じような小さな黒い水たまりがいくつもあり、その水たまりから伸びる何かが擦れたような跡と、黒い水がトンネルの壁面に飛び散って滴り落ちたような跡があった。
 そこでようやく、男は黒い水の正体が何なのか分かった。

「これ、血………! ひぃぃぃぃぃっっっ!!」

 血が、大量の血・・・・が目の前に広がっていた。
 その凄惨な光景に男は悲鳴を上げ、後ろへ倒れるように腰を抜かしてしまう。

「ハァ、ハァ………!」

 ドクンドクン、と恐怖で心臓が強く鼓動を打ち、呼吸を荒くさせる。
 恐怖で揺らぐ視界の中で男は血の付き方で一つ、おかしなものがあることに気づいた。
 人の足跡とは違う、異質な血の足跡に。

「―――!!!」

 足跡のぬしが誰なのか、その正体に気づいた男は声にならない悲鳴を上げる。
 そのとき、男の背後から硬い何かが地面を削るような音が鳴った。

 ―――ガリッ

「………………っ!!!」

 その音に男は小さく肩をビクリと震わせる。
 その音は一度だけでなく、その後も連続して鳴り続ける。
 そして、ゆっくりと自分へ近づいてきていることに男は気づいた。
 恐怖で震え、石のように固まった体に鞭を打ち、ゆっくりと体を後ろへと振り向かせる。

 そして、ようやく振り返った男が視界に捉えたのは―――



 ―――怪物であった。







「で、どうなったんだ昨日のデートは?」

 春と耀の二人が出会った翌日の朝。
 春、十六夜、篝の三人は学ランとセーラー服に身を包み、教材などが入ったかばんを片手に自分達が在籍する星導市中学校に向かっていた。
 春は十六夜からの質問に昨日のことを思い出し、苦笑しながら話し始める。

「二人と別れた後に喰魔イーターの群れが現れて、それどころじゃなかったよ」

「え!? それ、大丈夫だったの!?」

 そんなことになっているとは思わなかった篝は大きな声を上げて驚き、心配そうに春を見つめる。
 十六夜も口には出さないものの目を少し見開いて驚いていた。

「耀も一緒だったからな。危ない場面もあったけど、俺と耀の二人ともケガなく終わったぞ」

「そう………。デートが出来なかったのは残念なことだけれど、二人とも無事でよかったわ」

 二人とも無事ということに篝はそっと息を吐いて安堵の表情を浮かべる。

「デートが出来なかったってことは、結局何も分からなかったってことか………」

「いや、帰り道で耀といろいろ話すことが出来たよ」

 つまらなさそうに呟く十六夜。
 春の見る夢について何か分かるかもと期待していた分、何も聞けなかったとなればがっかり感は否めない。
 しかし、春の言葉でその表情を一変させる。
 不敵な笑みを浮かべ、その笑顔を春へと向けた。

「ほーう? その感じだと、何かはあったみたいだな」

「うーん、あるにはあったんだけど………」

 春は唸るような声を上げて言葉を濁す。
 確かに聞きたいことは聞くことができ、耀にも十六夜と篝の二人には秘密を話していることは伝えてある。
 しかし、直接彼女の口から二人に話していいと聞いたわけではないので話していいものかと悩んでいた。

「どうかしたか?」

「いやー、耀のことだから勝手に話していいものかと」

「ああ、なるほどな」

「なら私達は直接耀に聞きましょう?」

「そうだな。っと、この話はここまでにしておくか」

 周囲に視線を向けると話を終わらせようとする十六夜。
 周りには三人と同じように学生服に身を包んだ学生が見え始め、彼らが歩くその先には学校の校舎も見える。
 春の見る夢については春自身が他人に知られたくないということで人が多いところでは話さないようにしていた。

 そこから三人が夢について話すことはなく、そのまま中学校の校舎の中へと向かう。
 登校したばかりの生徒達で賑わう昇降口で靴を履き替える。
 そのまま先にある階段へと向かうのだが、春はふと足を止めて右の方へと振り返る。

「春君?」

 目の前でいきなり足を止めた春に声を掛ける篝。
 何事かと思ったが、これと近い状況が昨日あったことを十六夜と篝は思い出す。

「おい、春。まさかとは思うが………」

「うん、居るな・・・。職員室に」

 春が見ている方角には職員室があり、そこからある人物の気配を春は感じ取っていた。
 そして、春の一言で十六夜と篝の二人もそこに誰が居るのかを理解した。
 出会った瞬間に春へと告白して恋人になった女の子、白銀耀ただ一人である。

 今日は耀が転校してくる日であり、職員室に居てもおかしくはない。
 二人とも昨日の春と耀の出会いを見ているため、春が言ったことを疑うことはなかった。
 しかし、何故春が耀の気配を感じ取れるのか分からない篝は首を傾げて春へ問いかける。

「昨日もそうだけど、春君って魔力感知そんなに得意だったかしら?」

「いや、魔力感知は苦手なままなんだけど耀の気配は分かるんだよなー」

「末期のストーカーみたいで引くわー」

「がはっ………!」

 十六夜はそう言うとに春に対して引くように一歩後ずさりし、冷たい眼差しを向ける。
 その言葉と態度が心に深く突き刺さった春は、その場で崩れ落ちるように膝を着いた。

「ぶふっ!」

 そんな春の姿と十六夜の言い方がツボに入った篝は、笑いを堪え切れずに吹き出していた。







 その後三人は階段を上ると、そのすぐ側の教室へと歩いていく。
 扉の前に着くと三人は教室から漏れる騒がしい声に足を止め、顔を見合わせた。

「なんだか騒がしいわね」

「なんかあったのか?」

「ま、入ってみれば何か分かるだろ」

 そう言うと十六夜は扉を左にスライドさせ、教室の中へと入っていく。
 二人もその意見には同意であり、その後に続くように教室の中へと入っていった。
 扉から教室に入ると教卓付近に立つ三人。
 そこから広がる教室の光景は主に二つに分かれていた。

 女子は近くの席の女子や親しい友人と談笑していた。
 会話のテンションがやや高い気もするが、それ以外はいつも通りの光景と言える。
 しかし、男子は異様なほどに盛り上がりを見せており、教室の外にまで漏れる声の主な原因は男子達であった。

「なにこれ?」

「十六夜君分かる?」

「現在考察中」

 これは一体何なんだと戸惑いを見せる三人。
 その三人に一人の男子生徒が上機嫌そうに近寄っていった。

「おっはよー! 三人とも!」

「お、遠藤《えんどう》。おはよう」

 元気な声で三人挨拶をした男子、遠藤。
 春が遠藤に挨拶を返すと教室の現状を把握するために篝が遠藤へと声を掛ける。

「遠藤君、随分と教室が騒がしいようだけれど何か知らないかしら?」

「知ってるぜ。というか、その騒がしい理由に俺が関わってるしな!」

「「「はあ?」」」

 ふふん、と鼻を鳴らして誇らしげに胸を張る遠藤に対し三人は首を傾げる。
 そして、その理由とやらを探るために十六夜が問いかけた。

「どういうことだ?」

「お! 聞いちゃう? 聞いちゃいます?」

「「「いいから早くしろ」」」

「よーし! そこまで言うなら話してやろう」

 遠藤のノリがウザったくなった三人は鋭いツッコみを入れる。
 しかし、遠藤はそんなツッコみなど意に介さず話を続ける。

「ついさっきのことなんだけど、サッカー部の朝練を終えて部室の鍵を職員室に返しに行ったんだよ。そしたら、うちの担任の鈴木先生と見かけたことない女子が話してたんだよ」

「職員室で」

「見かけたことのない」

「女子………ね」

「そう! 赤い瞳に黄色っぽい茶色の長い髪でさー、すっっっごく美人で可愛かったんだよ!」

 話し方に段々と熱が入っていく遠藤の姿に、職員室に居た女子生徒はよほどの美人だということが分かる。
 遠藤の話を聞いていた三人は、その特徴から一人の人物を頭に思い描いていた。

(絶対に耀だ)
(絶対に白銀だな)
(絶対に耀ね)

 三人同時に心の中で確信した。

「あ、もちろん桃山さんも負けず劣らずの美人だぜ!」

「はいはい。ありがとう遠藤君」

 親指を立ててグッドサインを篝に送る遠藤。
 このノリと勢いがいい所が遠藤という人物である。
 そんな遠藤のお世辞に悪い気にならない篝は笑顔を浮べつつも、いつものことだと軽い対応で答える。

「で、遠藤。お前がその話をクラス中に広めたからこうなってるってことか?」

「まあな。でも、話はこれだけじゃないんだぜ!」

 春のまとめを肯定しつつも、まだ何かあるような言い方をする遠藤。
 しかし、十六夜はその時点でなんとなくこの後に続く話の流れを理解した。

「………ああ、なるほど。そういうことか」

 遠藤の残りの話を察した十六夜はそう呟くと、頬を釣り上げて微笑を浮かべる。
 その逆に、察しの付いていない春と篝の二人は首を傾げる。

「どいうことだ十六夜?」

「どうもこうも、そのすっごく美人で可愛い女子はこのクラスに転校して来るんだろ?」

「イッエース!」

「「え?」」

 十六夜の推測を笑顔で肯定する遠藤。
 春と篝の二人は目を見開いて唖然とするも、すぐにその表情を驚きから喜びへと変える。

「「やったー!」」

 片や恋人と、もう片方は友人と同じクラスになれる。
 願っていたことが現実となり、春と篝の二人はまるで子供のように無邪気に喜ぶ。
 そんな二人の姿に十六夜は小さく笑い声を漏らした。
 しかし、遠藤は目の前でなぜ二人が喜んでいるのかが分からず、理由を知っていそうな十六夜にそっと耳打ちするように話しかける。

「立花。二人はなんでこんなに喜んでるんだ?」

「ま、そのうち分かる」

「えぇー………」

 教えてくれないことに不満そうな声を上げる遠藤。
 自分だけが仲間外れになっているようで寂しさを感じていた。

 そんなとき、春が唐突に廊下の方へと振り向く。
 十六夜と篝はもう慣れたものであり、春が廊下へと振り向いた理由を即座に理解する。
 何も知らない遠藤だけが春の行動に首を傾げていた。
 それからすぐに教室内にチャイムの音が鳴り響き、それを皮切りに席を立っていた生徒達は自分の席へと戻っていく。
 それを見ていた春は他の三人に席に着くことを促した。

「俺達も早く席に着かないと」

「そうね。それじゃあ、また後でね」

「ああ、また後でな」

「いやー、楽しみだなぁ!」

 クラスメイト同様に自分達も席に戻ろうとする四人。
 しかし、春は去り際に十六夜がした不敵な笑みをしっかりと見ていた。
 春は今までの経験から十六夜が不敵な笑みを浮かべたり、ニヤッと笑うときは大抵何かが起こることを知っている。
 正確に言えば、十六夜は自分にとって面白い何かが起こることを予期したときか、期待しているときに笑うのだ。

(なんか、急に不安になってきた………)

 これから一体何が起こるのか。
 そんな不安を抱きながら春は自分の机に鞄を置く。
 春の教室の生徒は三十三人の男子が十七人、女子が十六人のクラスである。
 春の席は前から見て左から三列目の前から三番目の席で、十六夜と篝の二人は左側二列の四番目の席に座っていた。

 春が席に座るのと同時に春達が利用した教卓付近の扉が開き、スーツを着た少し線の細い一人の男性が現れる。
 その男性が春達のクラスの担任、鈴木先生であった。

「みんなおはよー!」

「おはよー鈴木先生」

「おはようございます先生」

 明るく元気な先生の挨拶に教室の生徒達も挨拶を返す。
 その様子から生徒達に慕われていることがよく分かる。
 先生が教卓に立ち、その上に出席簿を置くと一人の生徒が号令をかける。

「起立、礼。おはようございます」

『おはようございます』

 号令に合わせてクラスの生徒全員が動き、三十三人の声が教室内で響き渡る。

「着席」

 その号令と共に生徒が全員席に座る。
 全員が座ったのを確認すると、先生は笑顔で話し始める。

「おはようございます。今日は出欠を取る前に、みんなに転校生を紹介します! それじゃあ、入ってー!」

 その声に続いて、先生が入って来た扉が再び開かれる。
 そして、扉から現れたセーラー服に身を包んだ一人の女子の姿に春、十六夜、篝の三人を除いた生徒全員が息を呑んだ。

 腰まで伸びた綺麗な亜麻色の髪を揺らしながら歩く姿は気品を感じさせる。
 右手に持った鞄とは別に、左肩に掛けた竹刀袋からは活発で元気な印象を見る者に与える。
 女子生徒が先生の隣で足を止めて振り返ると、その可愛らしくも端正に整った顔と自分達を見つめる美しい赤い瞳から、生徒達は目を離すことが出来なかった。

 そして春もまた、恋人の可愛いセーラー服姿に胸をときめかせて見惚れていた。

(か、可愛い………!)

「白銀耀といいます。皆さん、よろしくお願いします!」

 主に春へと視線を向けて微笑みながら自己紹介をする耀。
 その挨拶で耀が本当に自分のクラスに転校してきたことを実感した春は嬉しそうに頬を吊り上げて笑顔を返す。
 篝も頬を釣り上げて輝くような笑顔を見せ、それを横目で見ていた十六夜も嬉しそうに微笑んだ。

『うおおおおおおお!』

「うおっ」

 男子達が耀の微笑みを見た途端、今まで静かだったことが嘘のように一気に湧き上がる。
 座席から立ち上がり、果てには両手に拳を作りてんじょうに向かって突き上げる者まで居た。
 春は男子達の急な大声に驚き、肩をビクっと浮き上がらせた。

「美少女だああああああ!」

「想像以上の美少女だああああああ!」

「このクラスに美少女が増えたぞおおおおおお!」

「急に騒ぐな男子!」

「びっくりするじゃない!」

 喜ぶ男子達に怒号を飛ばす女子達。
 女子達もまた、春と同様に男子達の大声に驚いていたのだった。

「「あはは………」」

「もう………」

「まあ、男子中学生なんてこんなもんだろう」

 混沌とした状況に乾いた笑いが出る春と耀。
 篝は男子に対して呆れ、十六夜は仕方のないことだと肩を竦める。
 騒ぎの原因である耀と耀のことを知っている三人は、周りの生徒達に比べて落ち着きを持っていた。

「はーい。みんな静かにー」

 先生の制止によって、騒がしかった生徒達が徐々に静かになっていく。
 生徒達が静かになったのを確認した先生は耀の紹介を始めた。

「白銀さんは黒鬼達と同じ魔法防衛隊の隊員です。任務もあって大変だろうから、学校生活で困っていたら助けてあげてください」

「へぇー」

「防衛隊員なんだ」

「すごーい」

「ってことは魔法師か」

「どんな魔法使えるんだろう?」

 防衛隊の隊員と聞いた瞬間、教室内がざわつき始める。
 しかし、聞こえる声は全てもの珍しさや感心から来るものであり、悪意あるものは何一つなかった。
 身近に春達という防衛隊員が居ることでそこまで騒ぎ立てることもなく、三人がクラスに与えている印象が良いことにも起因している。
 耀も悪意ある声がなかったことに安堵し、胸を撫で下ろした。

「はいはーい! 質問いいですかー!」

 春が座る列の一番前の席にて右手を指先までまっすぐ天井へと伸ばし、大きな声を上げる遠藤。
 先生は転校生に対して質問をしたくなるのは仕方のないことだと理解している。
 そのため、本人がいいならと耀へ確認を取った。

「いいかな白銀さん?」

「はい。答えられる範囲でなら」

「よし、いいぞ遠藤」

「よっしゃ!」

 遠藤は拳を握りガッツポーズをとる。
 テンションが高いことはいつも通りなのだが、今日はいつにも増してテンションが高いように見えた。

(なんか嫌な予感が………)

 遠藤の様子に春は嫌な予感を覚える。
 そして、その予感は見事に的中することとなった。

「現在付き合ってる人はいますか!? 居ないならぜひ俺と付き合ってください!」

「………あ゛?」

(今、この馬鹿はなんて言った?)

 心の中で脅しにも聞こえる言葉を吐きながら怒気を放ち、遠藤の背中を力強く睨みつける春。
 腹の底から漏れ出たような春の低い声を聞いた周囲の生徒が視線を向け、普段と違う春の雰囲気に小さく悲鳴を上げる。
 そして、なぜ怒っているのかを理解できずに戸惑っていた。

 遠藤がした耀への告白はノリと勢いによるものであり、もしかしたら付き合えるかもという小さな期待を込めた軽いものであった。
 告白の態度からもそれが見て取れる。教室の全員がそのことを理解していた。

 春も同じようにそのことは分かっている。
 いや、分かっているからこその怒りもあった。
 そんな軽いノリで告白をするなど、一体何を考えているのだと。
 例え、この告白が真剣なものであったとしてもこころよく思うことはできない。
 自身の愛しい恋人に、別の男が付き合おうと言い寄っている。
 この状況だけで春にはたまらなく不快なものであった。

 そんな春のことには気づかない遠藤は、耀の返事をワクワクしながら待つ。
 耀に恋人がいないなら付き合えるかも、と遠藤のように淡い期待を持った男子達もそわそわしながら返答を待っていた。

「えーと」

 男子達の期待に満ちた視線に戸惑いを見せる耀。
 付き合っている人と言われて咄嗟とっさに春を見る。
 視界に映る春は今にも襲い掛かりそうな目で遠藤を睨んでいた。
 そんな春の姿に耀は優しく微笑み、愛おしそうに見つめる。
 例え冗談だとしても、自分に告白してきた男性に怒りを見せるほど大切に思ってくれている。
 少なくとも、誰かに取られたくはないと思ってくれている。
 それだけで、春に対する愛おしさが胸の内から溢れていた。

 春を見て落ち着きを取り戻した耀。
 遠藤に向かって頭を少し下げ、謝罪の言葉を口にする。

「ごめんなさい。実はもう付き合ってる人がいるんです」

「あー、やっぱりかー。残念!」

 元から無理だとは思っていたため、残念そうに肩を落とすも顔は笑っている遠藤。
 他の男子達も残念に思う声がちらほらと上がり、女子達は耀の付き合っている相手がどんな人なのかと色めき立っていた。
 耀が遠藤の告白を断ったことで春から放たれる怒気がなくなり、周囲の生徒も安堵する。
 しかし、それでも春は遠藤のことを不機嫌そうに見つめていた。
 知らないこととはいえ、やはり自分の恋人に告白されるのは気分が悪い春だった。

 この話題はもうこれで終わり。
 そんな空気が教室内に流れる。
 しかし、耀はまだ遠藤の質問と告白に対して一番伝えたいことを言えていなかった。
 耀はにっこりと笑顔を浮べ、一番伝えたかったことを教室全体に聞こえるように言い放った。

「私は黒鬼春君と付き合ってます」

「………え?」

『………え?』

 ざわつく教室内に耀の声が鮮明に響き渡り、再び静寂が訪れる。
 耀の言ったことが理解できない遠藤が間の抜けた声を上げ、呆然と耀を見つめる。
 それは先生を含めた事情を知らない教室の全員も同じであった。

 彼女の口から唐突に語られた恋人の名前に、教室の全員の脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。

 そんなわけない。
 同姓同名の別人だ。

 全員が真っ先にその結論に思い至ったが、もしかしたら自分達のよく知る人物ではないかという可能性を捨て去ることが出来なかった。
 そして、その人物である春へと答えを求めるように全員がゆっくりと視線を向けた。

「えーと………」

 その視線に春は何とも言えない表情を浮かべる。
 しかし、耀がここまで堂々と言い切ったのだから自分が言い逃れるのはダメだ。
 そう思った春は意を決して話し始めた。

「いやー、まぁ………白銀耀さんと付き合ってます」

 頬を赤く染め、幸せそうに笑顔で頭を掻きながらも耀と付き合っていることを明言する春。
 その反応から教室の全員が思い違いではないことを知る。
 そして、押さえきれなくなった驚きを吐き出すように声を張り上げるのだった。

『えええええぇぇぇぇぇーーーーーー!!?』
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