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ノスフェラトゥ
永遠を半分こ
しおりを挟むまったく。いつ聞いても脳天気な音楽だ。
このあたりの何も考えてないのよぅ、加減がシオは嫌いなのかもしれない。
俺には思わず浮かれっちまう様な、心躍る音楽に聞こえても。
「こんな日に出歩くなんて…どうなっちゃうかわかんないのにっ!!」
俺の腕にしっか、としがみついているシオが泣きそうな声で言う。
強引に連れ出すしか手段がなかったとはいえ…ちっと可愛そうだったかな?
「だーいじょうぶだって! 俺のこの! 根拠のない自信を信じろ!」
「なんで根拠がなくて信じる事が出来るのよぉっ!!」
「毎年この時期は部屋にこもって過ごすのに! 何が起こるかわかんないんだから!」
腕にしがみついたまま腰が引けているシオを連れて歩く。
それでも今夜この時は街中が浮かれてる。
通りは大半がカップルで俺達だってそう違和感なく溶け込んでいる。
そうに違いないと思った。
「部屋に閉じこもってるから、肝心な事を見逃しているのかもしれないよ」
「どういう事よぅ?」
「きょうは“赦される日”だって事」
「どうしようぅ……うかつに出歩いて、本性隠せなくなっちゃったら…気味の悪い姿に変化したりしたら…また…狩られちゃう……」
「そんな事にはならない」
俺はきっぱり言い切った!!
「例えなったとしても…話術で!切り抜ける!」
「なにそれぇ!」
「シオ一人なら出来ないだろ。俺が居て良かったねぇ。シオちゃん」
「恩に着せる気ぃ?! どうなっても知りませんからねっ!!」
ぶーぶー文句を言いながらもシオはおずおずと付いてくる。
その彼女に見せたいものがあった。
広場へと出る。
イルミネーションとジングルベルの音。
鳴り響き、街中に溢れるクリスマスソング。
そんな中を抜けていく。
二人で寄り添いながら。
俺はもう決めていた。
狩られるのなら。
二人で逃げよう。どこまでも。
どこへでも。
広場を抜け、その先の公園へ。
ここは巨大な並木で有名な所だった。
そして、そこで繰り広げられるイベントでも。
「シオ」
「何?」
シオはそれでもおずおずとながら初めて見るクリスマスイブの眺めを興味深く見つめていた。
好奇心を抑えきれない瞳はあちこちを眺めて回る。
「みんな幸せそうに見える。そう見えない?」
「一人で俯いて歩いていく男の人もいたわよ。あの人は幸せなの?」
「違った意味でね。それは笑い話に出来るから」
「…ふ~ん」
「幸福の形は人それぞれだけど、不幸はみな一緒な様な気がする」
「誰にとってもその不幸は不幸で……人に話す事で共感する事が出来る」
「それが……福音、と言う事なのかもしれないと思ってたんだ…」
「…………」
「一人でさえ、いなければ…不幸も、分かち合う事で少しはマシな事になる」
「そうしたいと……思っていたんだ」
歩いている俺達の目の前で一斉に光が弾けた。
「わぁ~~~!!」
突然目の前が明るくなる。
並木に伝わせたライティングが一斉に点る。
光の道が出来る。
「綺麗……」
「これが見たくて……みんな集まってくるんだ…今日はね」
立ち止まりその光の満ち溢れるストリートにに見入る。
小雪がその底知れぬ夜空から降り注いできた。
降ってきたか…。
細かい小雪は傘をさすほどのものじゃない。
イルミネーションに照らされて降る雪は、銀色の星くずの様だった。
並木道を人の流れに押されて歩く。
隣にはシオが居る。
雪が舞い降りる中、生きる事は赦されていた。
シオにも。俺にも。
彼女の中に俺の血が流れている。
分かちがたい血の絆を感じ、彼女に囁いた。
「一緒に同じ所に行こう…シオの行く所…」
この生の果てに、同じ所に。
「いいの…?」
彼女は呟く。俺は頷いた。
そのまま、人並みに押される様に歩き続ける。
彼女の手がペンダントに伸び、それを引きちぎった。
ぷつ、と小さな音を立て、金鎖がほどける。
手に残ったクルスを……シオは、手放した。
それが路上に落ち、立てたはずの微かな音は聞こえなかった。
押される様に歩き続ける。
もう戒めはない。
クルスを棄てる。あるがままを受け入れる。
今ある事を楽しむ。
それを阻むものがあるなら。
例えなんであれ、それはいらないものだ。
俺達にはそんなものいらない。ドブに叩っこんだれ。
俺は…“魔”へと一歩踏み込んだ。
シオの立っている場所へ。
力強くずいっ、と。
行き当たりは大きなモミの木だった。
飾り立てられたその巨大なクリスマスツリーの前でみな立ち止まり、その頂にある大きな星を見上げる。
まるで祈りを捧げるかの様に。
「ここなら目立たない」
「何が?」
「キスしてても」
辺りを見回すと、ひた、とくっつきあってるカップルがいっぱいいる。
「俺達は……キスじゃないけど」
「さぁ……噛んでくれる?」
シオが首にしがみついてくる。
俺の首にちくり、とした痛み。
今までとは少し違っていた。
シオの気持ちが……流れ込んでくる。
歯がむず痒く、指先で探ってみる。
それは…鋭く尖っていた。
その牙を…シオの首筋に突き立てた。
口の中に溢れてくるシオの血……命そのもの。
それは甘く、眩暈がするほど濃厚で……美味だった。
少しだけ吸い上げ、唇を離す。みるみるうちにシオの首筋についた穴が塞がっていく。
きっと俺の首筋もそうなのだろう。
もうすでに俺の血を吸い終わっていたシオが、見つめてくる。
その瞳は揺れていた。
「もう…………後戻り出来ないよ……ばか……」
「いいさ…今日は“赦される日”だから」
シオが抱きついてくる。
彼女が赦される日があってもいいはずだ。
極東の地にある…いい加減な神様は、総てを適当に取り扱いたもう。
線は引かれ、内外が離れても、容易に逆転し、回転し混在する。
その線引きを取り払う事こそが、赦される夜。
そのあり方。
あっていい。すべてが。
それが祝福だ。きっと。
でも……例え、神様に祝福されていないのだとしても。
俺達は踊り続ける。
俺達二人だけになろうとも、浮かれ続けてやるさ。
いつまでも踊り続けよう。
今夜。
メリークリスマス。
xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
森は無人で静かだった。いつもの静謐なる夜。
それでも…今日は一つだけいつもと違っている。
雪は降り積もる。しんしんと。
木々の頂を白く覆い、闇夜の中で、ぼう、とした柔らかい光を放つ。
思い出したのは、今朝方だった。
そう言えば、今日はクリスマスだ。
あの日から一年が経ったのだ。
高校を中退し、俺は志願して家具職人の弟子と言う事で、山の中へ来ていた。
親を説得するのは案外楽だった。
なんたって、成績で食っていける様な柄じゃなかったし。
何よりも、シオを放っておくわけにはいかない。
腕を磨くなら早いうち、と強引に親を説得し、山中の家具製作会社に就職した…と言う事になっている。
ごめん。親父。お袋。
俺達はそこには行かなかった。
山の奥へと進んでいった。
廃村がただ残っているだけ、というカンジの出来るだけ人目につかない所へ。
ただ一人の老婆が残っているだけ、という寂れた村に着いた時、俺達は荷物を降ろした。
あちこち彷徨い歩き、まったくの無人よりはそれくらいの方がいいと判断したからだ。
老婆は歓迎してくれた。
生活に必要なあれこれを教えてもらい、一つの無人の家に腰を下ろすと、そこのいろりに灯を点した。
生活はネットをあれこれして…あまりいい事ではないが、何とか幾ばくかの金を得る。
それも、そんな大金はいらない。ほんの僅かで良かった。
俺達はもう、食事はいらない。
食べられなくもないが、いくら食べなくても平気だ。
お互いさえいれば。
身の回りのものは山の中から調達した木々で、自分達で作り上げた。
しんしんと降り続ける雪。重苦しい雲が冷たい夜風に流されていく。
月明かりが積もったばかりの新雪をきらきらと、きらきらと輝かせる。
今夜は聖なる夜。
BRANDーNOW SNOW。
BRANDーNOW LIFE。
しんしんと冷え込む山中。夜空はこぼれ落ちんばかりの星。
赦される夜。
吸血鬼であることの罪も。俺の過ちも。無鉄砲も。
「ただいまぁ」
俺は、自然のままの明かり、いろりの火が燃えているだけの部屋の奥に声をかけた。
「おかえりぃ!」
走り出てきたのはシオだ。
もう何ヶ月も新しい服を着るシオは見ていない。
それでも…シオはやっぱり綺麗だった。
「知ってる?」
「…たぶんね」
わくわくした素振りを隠そうともせず、シオがうれしげに話しかけてくる。
「だから…今日、出かける、とか言ってたんだ…」
「そう言う事」
「言ってよぅ」
「言っちゃったら…」
俺は、シオの前に綺麗にラッピングされた箱を取り出した。
「サプライズ・プレゼントにならないじゃないか」
中身は、新しいシオの服だった。
シオが飛びかかる様に抱きついてきた。
俺も腕の中にしまい込む様に抱き締めた。
「いてて」
「んふふ…ちゅー」
「ご飯の時間はまだじゃないのか?」
「今日は早めのご飯なの…」
「んじゃ………俺も」
「ん……」
シオの細い首筋に歯を立てる。
あれ以来俺の歯も鋭い切っ先を持つ様になっていた。
ぷつり、とシオの薄い肌を破り、切っ先が沈み込んでいく…口の中に甘いシオの血が流れ込んでくる…その瞬間が好きだった。
鬼血の眩暈。
与え、与えられる螺旋。
そのぐるぐると深く回り続ける渦に呑み込まれていく。
それが恋愛だ。俺達の。
互いを分かつことなく生きていく唯一の方法だった。
喉を通りすぎていく血は甘く濃い。
俺の喉をシオの甘い血が流れ落ちていく。
命が満たされる。
我ら星を見上げる。
感謝する事を憶えたばかりの初心者だけど。俺達二人とも。
我ら血を分け合う。 プレゼントは互いの命。心の糧。
混ざり合い、互いの体の中で溶け合う血が絆になる。
分かちがたく結びついていく。
もう“死”はない。
永遠に。
君の中で生き続ける俺。
俺の中で生き続ける彼女。
この静かな山中の夜。
人目を避けて、永遠の夜を俺達は生きる。
祝福し合い、感謝し合う。
命ある事を。
互いある事を。
暗い森のてっぺんに光り輝く星は、あの時見たモミの木の頂の星と同じように見えた。
大きく、明るく、キラキラと瞬く。
聖なる夜は、いつもと同じように
微笑んでいた。
ノスフェラトゥ 終
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