グレゴリオ

猥歌堂

文字の大きさ
上 下
13 / 16
自己催眠は人間を猫化出来るか?

加速する混乱 迷走する現実 催眠術って?なに?

しおりを挟む






「…お兄ちゃん達にバレた」
憮然とした表情で乃々子が言う。
俺達は、真智子狩りの一環として、校内パトロールの途中だった。
補習なんか無視だっっ!

「なんでぇ? 帽子は」
「弟がふざけてむしり取って…大騒ぎになった」
むくれた様な顔で、短く吐き捨てる乃々子。
「だ…大丈夫だったろ……兄弟なら」

「お兄ちゃん達に触られまくった。耳とか尻尾とか…」
「……」
「記念写真取りまくり」
「…」
誰しも考える事は同じか。
「おっきい兄ちゃん、なんであんなに女の子の服いっぱい持ってるのかなぁぁ……?」
「……」
コメントは避けておくぞ! おっきい兄ちゃん! 
「ちっちゃい兄ちゃんは、こういうポーズ!とか、演技指導するし…」
「……」
気持ちはわかるぞ! ちっちゃい兄ちゃん。うんうん。
「弟は、スマホのメモリぱんぱんになるまで何か撮ってるし。デジカメのメモリも、買い足しに行くし」
「……」
やはり…そうか……。やるよなぁ。男兄弟に女一人なら。
「ま……まあ、大筋問題はなかった、と言う事で…」
「家で帽子をかぶってる必要はなくなったけどぉ…なんとなく……ひっかかるものが…」
「気にしない、それよりも……解決方法、な? な?」

不機嫌そうにぶうたれる乃々子の、なまねこみみがぴくぴくと動く。
うん。無理もない。
すっかり、乃々子の男兄弟3人に親近感を感じてしまった。

「案外…一生このままでも生きていけるんじゃないか?」
「いやぁぁぁっっっ!!」
ふるふると乃々子が首を振る。よほどの悪夢らしい。
かといってなぁ…どうする事も。
悪の魔法使いめ…。
この呪いは絶対に解いてやる。


俺と乃々子は、ゆっくりと階段を上がっていった。
「…犯罪者は、必ず、現場に戻る、というからな…」
「犯罪者なの?」
「もっとタチ悪いかも」


ばん、とドアを開ける。
一抹の不安はあったが…怒りがそれを上回っていた。
武者小路のバカ野郎の魔法陣はそのままだ。
これを消しちまえば…何とかなるのかも知れない。
乃々子は大人しく後ろについてくるが、魔法陣の中には決して入ろうとはしなかった。
俺は一人、魔法陣の中に入り込み、なんとか考えをまとめようとしていたその時…。

「ふふ。来ると思ったですわん」
その声は………ふっ。
「…犯罪者は必ず、再び現場に戻る…警察の公式発表は正しかった! そうだな!……マジカル真智子!」

振り返った俺の目に、魔女の姿が映る!
「……なんだ? そのステッキは?」
もしかして…。自分で作ったのか……? またえらく安っぽい…。
「そう!! 魔女っ子ものにはおきまりのアイテムです事よぉん。そぉれぇっっ。かえるになぁれぇぇ~~」
「バカ野郎っっ! 俺に向かって振るんじゃねぇ!」
俺は慌てて、逃げまどった! 魔法陣から四つん這いになってあわあわと脱出!
その様子をくすくすと笑いながら、魔女と化した真智子がが眺めている。

くっそぉぉ。何が起こるかわからねぇ!
悪の魔法使いめぇぇぇ。
「今まで何してやがった!」 

「心ゆくまで、この世の悪を追求して! 窮乏の民の悩みを解き放つ! そんな活動に従事しておりましたのですわよ。おほほほひひひ」
「それは平たく言うと、世間に災厄を振りまいて来た、と言う事だな! 魔女め!」
「急ごしらえの上品ぶった口調はやはり不自然だ! マジカル真智子!」
「悪の魔法使いである事を認め! 呪いを解放しろ!」

「あ~ら。気張っておりますわねぇ。勇者アリマ。ぐふふ。そんなに乃々子ちゃんがぁ…? あれあれぇ?」
「その小学生の様なツッコミは止めろ!」

やめねぇか? この遊び。
総ての支配を企む悪の魔法使いマジカル真智子。
あんまりか弱くもない、乃々子猫型お姫様。
そして、なんでこうなるの…?と呟き続ける勇者アリマ。
とてつもなく奇妙なファンタジーに違いない。
どんなストーリーだよ。まったく。


何故かうっとりとしている乃々子。
「どした? 何やってる! 敵の目の前で!」
「ん……あっ…そうね……」
「ぽーっとしててどうする。乃々子ちゃんの問題なのに」
「ち、ちょっと違う事考えてましたぁ……あはは」
「敵呼ばわりはひどぉぃ。勇者アリマめぇぇぇ」
「この無二の親友の間を裂こうというのですねぇぇぇ」
「そうだよ。引き裂いちゃうんだよ。生木を引き裂く様に! ばりばりとな!!」
「それがイヤなら、大人しく乃々子ちゃんを元に戻せ!」
「いいですよぅ」

なんと。
えらいあっさりと。
「今日は元々そのつもりでいましたしぃ。ここに来たのもその為だしぃ」
「……何を企んでやがる?」
「なんにもぉ……さすがに乃々子ちゃんそのままじゃ、問題あるでしょうしぃ」
「まぁ…その通りだけど」
「来てくださぁい。乃々子ちゃん。この魔法陣の真ん中までずずずいい、とぉ。ぐふふ」
「え……」

一瞬乃々子は呆然としていた。
そりゃそうだよな。あまりにも怪しすぎる。
かといって…今はそれ以外に手はないのも事実。
「行ってこいよ。おかしな事しそうなら踏み込むから」
乃々子の背中を軽く押してやる。
「…………うん……」
どこか、不安げに、というより不承不承、という雰囲気も漂わせ、乃々子がおっかなびっくり魔法陣の中に入っていく。
「おかえりなさい。乃々子ちゃん」
魔女がぺこり、と頭を下げる。
いいっつうの。そう言う小ネタは。
きょろきょろと不安げに辺りを見回しながら、乃々子は魔法陣の真ん中に女の子座りで座り込んだ。

「それでは華やかにまいりましょうぅぅ。マジカル真智子様による乃々子ちゃんディスペルの儀式ぃぃぃ」
嬢、から様、にスキルアップしてやがる。いつのまにか。
「というのはつまらないのでぇ……」
何?!
「当初予定の催眠術しょおぉぉぉ!! ぐふふふ」
「バカ、やめ……うっ!」
魔法陣から立ち上がる光は、外部からの侵入を拒む!
手を突き通そうとしても、途中で止まる!
くそ!
「バカ、何する気だっ!」

「三つ数えたらぁ…あなたはっ! 身も心も!! 猫になりまぁす。猫の様に気ままで自由でぇ…誰からも愛される人格になりまぁす…」
「バカ野郎ぅぅぅっっっ。ウソだろっ!! やめろっっ!」

信じた私がバカでしたあぁぁぁぁっっっっ!

「13、48、6、35、3ぁぁぁん!!」

何故そのデタラメな数字っ! くく!

光が薄れていく。
中にいる二人に…なんの変化もなかった…。
外見上は。

「…にゃあ」
それまで、女の子座りの姿勢で目を閉じていた乃々子が、はたり、と前に倒れると…四つん這いになって手で顔を擦る。
その仕草は…ねこ?

簡単すぎる!いや、単純すぎる! この女!
「嘘だろ…」
あれ…?
招き猫ポーズで座り込んでいる、乃々子は俺と目があっても怒り出そうともせず、不機嫌な顔をする事もなかった。
むしろ、逆だ。
「にゃぁぁぁん!」
うれしげに一声上げると、どたどたと寄ってくる。
その様は…本当に猫。
身体をなすりつけてくる様に…足下に擦り寄ってきた。
「ほんとうに? 本当に催眠術にかかっているのか?」

「ほんとーです」
きっぱりと言い切るマジカル真智子。
ありえねぇ。
何か不可思議な力が働いていなければ…ありえねぇ。こんな事。

「にゃぁぁぁん!」
媚びたような猫声で…乃々子が飛びついてくる!
「うわはっっっ!」
かろうじて後ろに倒れないですんだ。
そのまま猫乃々子を抱きかかえるようにしてしりもちをついた形になる。
目の前の女の子はこないだ俺を投げ飛ばした時の面影など欠片もなく、にこにこと笑みを浮かべては、じゃれついてくる。
なんだ、なんだこれは?…すげぇ…。
すげぇ…よ。催眠術。グレートだよ…。

乃々子はすっかり猫になりきっている。身も心も!!
喉までぐるぐると鳴らすとは。
なりきる、と言うのはすごい。出来るんだ…。はぁぁ。
「で、どうやって戻すんだ?」
「…やーだぁー………決めてません」
「…」
「…」
「さ、面白いものも見たし、帰ろうかな」
「ちょっと! 待ってぇぇぇぇぇ~~~~」
「ここで帰られちゃこまるぅぅぅぅ~~~~」
「帰るんじゃねぇっ! 逃げたいんだ!」
もうこんなん理解出来るか。
魔法と催眠術のツープラトン攻撃。
もう、なにがなにやら。

「とにかくしばらく預かっててぇ、ということにしてぇ…おほほのほ」
そう言い残し、真智子はすたこらと校舎に通じるドアにすり寄っていく。
え…?
「じゃ、後は若いもんどうしで…おほほほのほ」
ばたん、とドアが閉まる。
ん…?
「にゃん」
ああ…?

はああああああっっっっ!!

に、逃げやがった!! お前がかっっっ!!
野郎! どうするこの状況?! 猫と化した乃々子と!!
「にゃん」
誰もいない冬休みの屋上でっっっ!!
「にゃにゃん」
二人っきりですかはっ!!
「にゃぁぁぁぁん」

「どうして! 何故! この状況は一体何! 俺何でここにいる?!」
「にゃぁん」
「どうしてこういう事になるんだ!!!!!!!!!」

乃々子は膝の上でごろごろとのどを鳴らしている。
やべぇぇぇぇ。

理性が持つかぁぁぁぁ。俺ぇぇぇぇぇ。
じゃなくて!
「おい。正気に戻れ! 乃々子ちゃん!」
がくがくと肩を掴み揺さぶってみる。
「ふぅぅっっ!!」
猫乃々子は、爪でひっかく様に肩を掴んだ俺の手を払いのける。
ねこだ…ねこだよ…。心身共に。

俺はがっくりと両手を、屋上の床に付けた。
やられたっ…!
マジカル真智子めぇぇ。悪の魔法使いめぇぇぇぇ!!
あ~あぁ♪ あああ~~♪
信じたわたしがぁ~ば~かでぇ~しぃ~たぁ~♪
歌っている場合ではないのはもちろんの事だ。

どうするぅ? 
「にゃああん」
その猫乃々子ののんきな鳴き声は、気にする事はないのよ、という風に聞こえた。
勿論…錯覚だろう。
うぐぐぐぐぐぐ。



部室になんとか、むずかる猫乃々子を引き込む。寒いからだ。
けして立ち上がって歩こうとはしない乃々子を連れてくるのは一苦労。
ふぅ。
とにかく、表にゃ出れない。人前にも出れない。出れるかぁ。
猫乃々子をじゃらして時間をつぶすしかない。
時間をつぶすとはいえ…それは根本的に解決になってない様な気が…。
ああああああ。
幸い家は後一週間、誰もいない。その間に…真智子に何とか…。
あんなん頼りにしなきゃならんのかっっ…?
果てしなく不安が広がるぞ。
俺の心の中にぃっ。
しかし、それ以外に…打つ手はなしか…。
な、なんでこんなことにぃぃぃぃ。


猫乃々子はご機嫌でじゃれついてくる。と来れば…。
仕方ない。そう。仕方ないのだ。これは。
よしよし、と頭を撫でてやるとすごくうれしそうな顔をする。
ん…可愛いな。これならな。
「…五百十円返せよ。もう」
聞こえているのか、いないのか。こうなっている時には言葉も通じなくなってしまっているのだろう。
全く我関せず、という顔で、あぐらをかき、床に直座りしている俺の太腿の上に腹這いに乗っかってくる。
う…はぅ……。
それは……………………ボク、困る。うん。
どかし、立ち上がると、猫乃々子が見上げてくる。
その顔は寂しげで、表情にどうしたの、と書いてある。
「…なんでもないよ」
また、しゃがみ込み、頭を撫でてやるとうれしげに目を細めた。
はぁ…。
どうすりゃいいんだ…。これ………。

「ちっ………惜しい」
気付くと、部室のドアが薄く開いてやがる。その隙間から見える目は………真智子。
「なにがだ!! なにが惜しいって?!?!」
「あきもっちゃんのぉ、理性の限界にちゃれんじぃ!のコーナーだったのにぃ」
「くだらねぇコーナー作ってんじゃねぇ!!」

「時間が立てば元に戻るかと思ったのにぃ~~~」
「何か手を施せ!!!」

鐘が鳴った。機械式だから誰もいなくても鳴る。
こんな時間か…これはもう、一度家に連れて帰るほか…ん?
その瞬間!猫乃々子がすっく、と立ち上がる。
「なにこれぇ!」

う?!

「なんでここにいるのっ?」
ううううっっっっ!! せ、説明出来ないっ!
「…なにしてたの…アンタ」
ううううっっっっっ! さ、さらに説明出来ないっっっ!!

「わたしがいしきをうしなっているあいだに」
「どうして、わたしはここに、いどうしているのでしょうか」
ことさらに、冷静をつくろう乃々子の声。この声は…聞き覚えがあった。
「く…詳しい事はこちらのマジカル真智子嬢から…あっ」
部室のドアから覗き込んでいるはずのその姿は影もない。
「誰もいないじゃない………戻ってきたの? 真智子ちゃん」
「……くっ」
思い出していた。
マジカル真智子はテレポーテーションが使えるのだっ!
解説かよ。
「さ、催眠術にかかっていた、という記憶は……?」
「催眠術ぅ……? 真智子ちゃんのはかからなかったし、それに魔法使いじゃなかったの?」
ああ……。
あああああ。もう、なんの論理的説明も出来ないっ!
混乱しきった俺の頭で、出来る事はただ一つだった。

腹はくくった。男はじたばたしないもの。
「………どうぞ」
すっく、と立ち上がり、俺は手を伸ばした…
はずだった。
半分も伸びきらないうちに、天井は足下にあった。

んごぐはぎへごふぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!
俺は次の瞬間、部室の床に叩きつけられていた。
「……んぐほぉ………」
い、息が…息が…止まるっす………。

「アンタがなにしたか知らないけどねっ! 後でこの事はきっちり説明してもらいますからねっ!!」

乱れたスカートをささっと直すと…乃々子はすたすたと出て行った。
怒りのあまり、尻尾をピン、とあげたまま。
後に一人残るは、呼吸停止寸前で床でのたうち回る俺。
んぐぉほぉ………。げふぁー。げふぁー。

「放課後の鐘で元に戻るようねぇ~~~」
このあいだ、俺が隠れていた掃除道具入れの扉がゆっくりと開き、そこに隠れていた悪の魔法使い…真智子の姿が現れた。
お前なんて大嫌いだ…と言おうとしたが、今の俺は言葉をしゃべれるような状態ではない事に気付く。げふぁー。

かろうじて声を発する事が出来るようになるまで、たっぷり三分はかかった。げふぁー。
「…オマエの催眠術はタイマー付きか?」
「自動的に戻るのか? ああん?!」

「さあ…うまくいったの初めてだしぃ~~~」
「何とかしろよ! 俺はもう知らねぇぞ!!」

もう、縁を切る。頼むから逃げさせてくれ。

もうこのマジカル真智子の魔境には近づく事はないだろう。
正直。

カラダがもたねぇぇぇぇぇ。


しおりを挟む

処理中です...