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第19話
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片手を失った三人が腕を抱えて座り込む。
「何がおごっでぇぇぇ!!!」
「イデぇーー!!!」
「うヴヴぐ……」
各々が叫び声・呻き声を上げる中、その中の一人が腰袋から小瓶を取り、その傷口に液体を振り掛ける。
すると見る見る傷口が塞がっていく。
あれが治癒系のポーションか?
俺が驚き、その光景を観察していると、
「ブ、ブブガル! 俺にもポーションを頼む!」
「お、俺も!」
小瓶を持つ男に、他の二人もポーションをかけてくれと頼みだす。
男が開きっぱなしの腰袋には、まだポーションが二本ある。
そこでポーションの男は嫌らしい笑みを浮かべると、
「チッ、しょーがねえ! 帰ったら値の十倍で返せよ!」
と言ってポーションを取り出す。
「なっ! 十倍?」
「嫌ならいいんだぜ? 言っとくがこれは三級ポーションだぞ。ああっ? どうすんだ!」
「くっ! そんな高級ポーション! ……分かった。頼む」
「お、俺もだ」
「へへへっ。まいどあり」
ポーションの男はそう言うと、すばやくポーションを振り掛ける。
するとやはり、見る見る傷口が塞がっていく。
俺は再び、驚きと共にその光景に魅入られる。
……しかしあれだな。
俺が驚いて何もしていないから良いが、こいつらこの状況でなぜ逃げない?
もしかしてあれか? 俺が手を捻じ切った事が、分かっていないのか?
俺の庭で剣を振り回して女を追い回した上に、俺と眷属に剣を向けたのに?
でも、こいつらどうしよう?
手を切り落として、制裁はもう加えたから島に放置? ……はあり得ないか……。
……牢にでも放り込もうか? いや、牢がないか。
いっそ、島から放り出すか? 空に放り出したら死ぬか……。
やはり犯罪奴隷として、何か労働でもさせるか?
剣を向けた罪で、犯罪奴隷。
厳しすぎるかな?
いや、でもナイフ投げたやつは傷害未遂かな?
中年男性にはあたったから傷害罪か?
でも、俺とマロンが傷ついていないし、中年男性は管轄外かな?
中年男性のために、ナイフ男を裁く……。
……何かが違う気がする。
前世のように他人のために動いてばかりいたら、後悔の無い自由な自分の人生を生きられない。
……日本人って優しい人が比較的多いから、
「他人の事なんか知らない」
とか言いながら、自分より他人を優先にしたりする人、結構いるんだよな……。
俺にそこまでの優しさがあるかは別としても、第二の人生は前世と違う人生にするつもりだしな……。
取り敢えずこの世界では自分中心に判断しようかな?
それにダンジョンマスターになって精神構造が変わった影響だろうか?
正直、まったく知らない他人には、以前よりも冷淡な感情な自分もいる。
大切なのは自分。
そして、自分に付随するもの。
……マロンとかダンジョンモンスターとかかな?
そもそも、この中年男性も悪人では無いとは言い切れない、まったく知らない赤の他人だ。
他人を気にしてもしょうがないな……。
……でもそれなら、この三人どうしようか?
俺がその処遇を考えていると、今度はウサギ獣人たちが来た方向から追っ手がやって来た。
「どうしたブブガル!」
「お、ウサギだ! しかも他の獲物もはっけーん!」
「おおっ! 女二人だ! でかしたブブガル!」
「やった! 今日はパーティだな!」
「ヒャッハーッ!」
聞くに堪えない言葉がほとんどだ。
が、剣は……まだ抜いてはいないか。
人数は5人かな?
「囲むぞ!」
「ブブガルッ! いつまでも痛がってんじゃねぇ! 手伝わなきゃ分け前はねえぞ!」
「い、いや! 何か不可視の攻撃を受けた! モンスターが近くにいるかもしれない!」
「はあ? ダンジョンのある天空島で? アホか!」
「じゃ、じゃあ、この小僧どもだ!」
男達が俺達を見る。
と同時に鼻で笑う。
そしてドスのきいた声で
「寝ぼけてんのか、ブブガル? この小僧共にそんな力があるように思うのか? お前は正気か? 仕事しねえなら殺すぞ」
と威圧する。
「わ、悪い。動揺した。でもマジックアイテムか何かを」
「黙れ。小僧どもが何か持っているように見えるか? さっさと囲め!」
「そ、そうだな。悪い」
そう言って、ブブガルと共にいた二人の男達も動き出す。
しかし俺はどうしようかな?
もう先制攻撃でも良い気がするが、今更ながら冷静になって見れば『限定転移』で帰ってもいい。
剣を向けてきた制裁は加えたし、そもそもどうでもいい相手だ。
やはり一度、帰るか?
こんな連中、捕まえても監視するだけでも大変そうだし。
いまの所は島に放置でも良いかな?
向かってくれば対処すれば良い訳で……。
でも、他にも仲間がいるかもしれない。
大勢いると面倒かな?
空に浮く船の事もあるし……。
一回戻って、ダンジョンコアと『遠見』で全体を把握して……。
と同時に、何人か捕まえて情報収集して……。
俺がそう考えていると
「……わ、若い……ご、御仁……」
ぐったりとした中年男性がゼーゼー息を切らしながら、俺に向かって話しかけてくる。
「なんだ?」
無視してもよかったが、あまりに必死だったので思わず返事をしてしまった。
「に、逃げ、る、手、段が、……あ、あるな、ら……こ、……こ、この娘を。……この娘を……連れて、……に、逃げて、く、……くれ、ないか……む、娘だ、だけ、で……い、いい……」
「お、お父さん! 何言ってるのよ!」
息も切れ切れで、俺に頼んでくる。
ウサギ獣人は中年男性を抱きしめ「ずっと離れないから!」と涙目で叫んでいる。
……助けるのは出来るのだが……『限定転移』で一緒に移動すれば良いだけだし。
この二人組みは、果たして俺の味方だろうか?
俺はダンジョンマスターだ。
英雄とかと、最悪の場合は対立する事もあるかもしれない。
その時、この中年とウサギ獣人はどちらの立場をとる者たちなのか?
というか、現時点でどんな立場なんだ?
「我に何の徳がある?」
これだけ弱っている人間のお願いに、少々冷たい感じもする返答をしてしまう。
実際、ウサギ獣人も睨み付けてくる。
だからといって、安請け合いできるものでもない。
「すっ……す、全てを、……わた、わたしの持、つ、ざ、財産、す……全てをあなたに、ゆ、譲りま、ます」
「お父さん!」
……全てか。
見ればそこそこ裕福そうな服を着ている。
指輪やベルト、身に付けている物もなかなか高価そうだ。
もっとも、この世界の基準が分からない。なので、前世基準の判断だが。
あと、いままで出会った盗賊団とか、そこにある遺体の装備品が基準かな?
しかし、この期に及んでの言葉だ。
ある程度は資産があるからこその言葉なのだろう。
だが、俺には天空島もあれば、城もある。
特段、財産が欲しいわけでもない。
「お前の財産程度では不十分だ」
「貴様! お父さんを馬鹿にする気か!」
「で、では、ど……どうすれ……ばっ」
中年男性はそう言って咳き込む。
血が混じっているようだが大丈夫か?
まあ、それはともかく……。
ウサギ獣人を助けるなど、簡単な事だ。
俺は一呼吸置き、
「我に、絶対の忠誠を誓え。そうすれば娘だけは助けてやろう」
と厳かに伝える。
中年男性はヒューヒューと息を漏らしながら俺を見続ける。
どうやら続く言葉を待っているようだ。
が、俺にそれ以上の条件は無い。
絶対の忠誠。この男からもらえるもので、これ以上のものなどあるだろうか?
そもそも、絶対の忠誠も本来はいらない。
忠誠を誓われても、生きるか死ぬか分からないような状態の人間だ。
その上、よく分からない連中に追われ、揉め事を抱えている相手だ。
もらってもさほど得になるとも思えない。
それに眷属やダンジョンモンスター達の忠誠で間に合っているとも言える。
助ける条件としてあえて言うなら、忠誠を誓い身内になれ、という程度のものだ。
……それと、前世の山さんと同じ……いや、それはいいか。
まあ、盗賊団もいればモンスターもいる世界。
しかも簡単に人に剣を突きつけてくる世界だ。
俺の身内で無い者を、無条件で助け続ける事が可能なほど、甘い世界にも思えない。
その上、自分中心に考えて、他人中心は止めると先程決めたばかりだ。
冷たいようだが、他人だったらいらぬリスクもあるし助けない……という事だ。
「そ、……それ、だ、だけ……で?」
「お父さん駄目よ! こんな訳の分からない奴を信用しちゃ! 何とか私と逃げて……」
「へへへっ! そいつは無理だなウサギちゃん」
「もう逃がさないよー。ウーサー!」
「ふへへへへへへへへへ」
ようやく包囲が完成したようで、下卑た笑みを浮かべながら男達が口々に言う。
しかも人数が増えている。
総勢15人位はいる感じだ。
「どうする? 時間が無いようだぞ? ただ、甘くは考えるな。絶対の忠誠だ。死ねと言われれば、その場で迷わず死ぬほどの忠誠だ。そもそも、忠誠を誓えば、俺は逃げるためにお前には殿を命じる。助けるのはウサギの娘だけだ。それを理解した上で決めろ」
俺は中年男性に返答を求める。
すると、
「わ、私は、し、死に……ま……す。ど、どう……か、……む、娘、を、……お、ねがい、い、いた、します……ぜ、ぜったい……の、ちゅ、忠せい、……を……ち、誓い……ます」
必死に声を絞りだし、地面に頭を下げる。
「お、お父さん!!」
ウサギ獣人はもう泣き出さんばかりの勢いで中年男性に縋り付く。
しかし、中年男性は微動だにせず、頭を地面に擦り付けている。
その弱った身体の全力を振り絞って……。
全てをかけて、忠誠を示すように……。
……この中年男性。
前世の山さんを思いださせるんだよな……。
本当に数少ない、俺に優しくしてくれた人だ。
その山さんに、醸し出す空気感や、顔の雰囲気とかが何となく似ていて……。
あの人も、自分よりも他人のために行動する人だった……。
誰かを庇う為に、頭を下げる人だった……。
自分より他人を助ける為に、動いてた……。
他人なんてどうでも良い。
そう開き直って、この世界を生きるつもりだった……。
いや、正直、心の中で今もそう思っているし、実際そうするつもりだ。
……でも、自分が助かる為ではなく、他の者を助ける為に頭を下げる。
……山さんと同じか……。
自分を助けてくれと縋って来たのならば、或いは見捨てていたかもしれない。
いや、確実に見捨てていた。
それくらいの覚悟を持って決断した事だ。
……でも、……まあ、こんな他人なら、良いのかもしれない……。
俺は一息つき中年男性を改めて見据える。
いまだ忠誠の誓いをした姿勢のまま微動だにしない。
身体は確実に辛いだろう。
足にナイフを受ける前から、青息吐息の状態だ。
滴り落ちる脂汗が、地面に黒いしみを一つ、また一つと作っている。
こんな他人なら、良いのかもしれない。
助けても良いのかもしれない。
……助けるに値する他人なのかもしれない。
……山さんみたいな人間は。
……俺はその忠誠を受け入れる事にする。
「我に忠誠を誓った、もっとも新しき配下よ。汝の忠誠を受け取った。我が配下の列に並ぶがいい。そして汝の願いどおり、その娘の安全を保障しよう」
俺がそう言うと、マロンがサッと中年男性にかけより手を貸す。
ウサギ獣人は中年男性に相変わらず縋り付くが、マロンに反発したりはしない。
どうやら事ここに至れば、父たる中年男性の決断に従うと決めたようだ。
むしろ俺に向かって、
「ち、父も、父も一緒に! わ、私の全てを捧げる。た、だから。だから父も!」
と、手を突いて俺に訴えてくる。
俺はゆっくりと頷きながら、
「当然だ。我は、我が配下を見捨てない」
自分に言い聞かせるように、重々しくウサギ獣人に告げる。
「…………お願いします」
ウサギ獣人は瞳に涙を浮かべながら頭を下げる。
俺はただ黙って、それに頷きを返した。
と、その直後、
「だーかーらー! 逃げられないって、言ってんだろうがぁ!!!!! クソボケどもがぁ! おいっ、逃がすんじゃねえぞ!」
男達の先頭にいたリーダーらしき者がそう言って剣を抜く。
続けて、他の者達も武器を手にする。
剣、ダガーナイフ、斧。
武器の種類は様々あるようだ。
が、……俺と、俺の配下達に武器を向けたな?
逃がさないのは、こっちの台詞だ。屑が!
「何がおごっでぇぇぇ!!!」
「イデぇーー!!!」
「うヴヴぐ……」
各々が叫び声・呻き声を上げる中、その中の一人が腰袋から小瓶を取り、その傷口に液体を振り掛ける。
すると見る見る傷口が塞がっていく。
あれが治癒系のポーションか?
俺が驚き、その光景を観察していると、
「ブ、ブブガル! 俺にもポーションを頼む!」
「お、俺も!」
小瓶を持つ男に、他の二人もポーションをかけてくれと頼みだす。
男が開きっぱなしの腰袋には、まだポーションが二本ある。
そこでポーションの男は嫌らしい笑みを浮かべると、
「チッ、しょーがねえ! 帰ったら値の十倍で返せよ!」
と言ってポーションを取り出す。
「なっ! 十倍?」
「嫌ならいいんだぜ? 言っとくがこれは三級ポーションだぞ。ああっ? どうすんだ!」
「くっ! そんな高級ポーション! ……分かった。頼む」
「お、俺もだ」
「へへへっ。まいどあり」
ポーションの男はそう言うと、すばやくポーションを振り掛ける。
するとやはり、見る見る傷口が塞がっていく。
俺は再び、驚きと共にその光景に魅入られる。
……しかしあれだな。
俺が驚いて何もしていないから良いが、こいつらこの状況でなぜ逃げない?
もしかしてあれか? 俺が手を捻じ切った事が、分かっていないのか?
俺の庭で剣を振り回して女を追い回した上に、俺と眷属に剣を向けたのに?
でも、こいつらどうしよう?
手を切り落として、制裁はもう加えたから島に放置? ……はあり得ないか……。
……牢にでも放り込もうか? いや、牢がないか。
いっそ、島から放り出すか? 空に放り出したら死ぬか……。
やはり犯罪奴隷として、何か労働でもさせるか?
剣を向けた罪で、犯罪奴隷。
厳しすぎるかな?
いや、でもナイフ投げたやつは傷害未遂かな?
中年男性にはあたったから傷害罪か?
でも、俺とマロンが傷ついていないし、中年男性は管轄外かな?
中年男性のために、ナイフ男を裁く……。
……何かが違う気がする。
前世のように他人のために動いてばかりいたら、後悔の無い自由な自分の人生を生きられない。
……日本人って優しい人が比較的多いから、
「他人の事なんか知らない」
とか言いながら、自分より他人を優先にしたりする人、結構いるんだよな……。
俺にそこまでの優しさがあるかは別としても、第二の人生は前世と違う人生にするつもりだしな……。
取り敢えずこの世界では自分中心に判断しようかな?
それにダンジョンマスターになって精神構造が変わった影響だろうか?
正直、まったく知らない他人には、以前よりも冷淡な感情な自分もいる。
大切なのは自分。
そして、自分に付随するもの。
……マロンとかダンジョンモンスターとかかな?
そもそも、この中年男性も悪人では無いとは言い切れない、まったく知らない赤の他人だ。
他人を気にしてもしょうがないな……。
……でもそれなら、この三人どうしようか?
俺がその処遇を考えていると、今度はウサギ獣人たちが来た方向から追っ手がやって来た。
「どうしたブブガル!」
「お、ウサギだ! しかも他の獲物もはっけーん!」
「おおっ! 女二人だ! でかしたブブガル!」
「やった! 今日はパーティだな!」
「ヒャッハーッ!」
聞くに堪えない言葉がほとんどだ。
が、剣は……まだ抜いてはいないか。
人数は5人かな?
「囲むぞ!」
「ブブガルッ! いつまでも痛がってんじゃねぇ! 手伝わなきゃ分け前はねえぞ!」
「い、いや! 何か不可視の攻撃を受けた! モンスターが近くにいるかもしれない!」
「はあ? ダンジョンのある天空島で? アホか!」
「じゃ、じゃあ、この小僧どもだ!」
男達が俺達を見る。
と同時に鼻で笑う。
そしてドスのきいた声で
「寝ぼけてんのか、ブブガル? この小僧共にそんな力があるように思うのか? お前は正気か? 仕事しねえなら殺すぞ」
と威圧する。
「わ、悪い。動揺した。でもマジックアイテムか何かを」
「黙れ。小僧どもが何か持っているように見えるか? さっさと囲め!」
「そ、そうだな。悪い」
そう言って、ブブガルと共にいた二人の男達も動き出す。
しかし俺はどうしようかな?
もう先制攻撃でも良い気がするが、今更ながら冷静になって見れば『限定転移』で帰ってもいい。
剣を向けてきた制裁は加えたし、そもそもどうでもいい相手だ。
やはり一度、帰るか?
こんな連中、捕まえても監視するだけでも大変そうだし。
いまの所は島に放置でも良いかな?
向かってくれば対処すれば良い訳で……。
でも、他にも仲間がいるかもしれない。
大勢いると面倒かな?
空に浮く船の事もあるし……。
一回戻って、ダンジョンコアと『遠見』で全体を把握して……。
と同時に、何人か捕まえて情報収集して……。
俺がそう考えていると
「……わ、若い……ご、御仁……」
ぐったりとした中年男性がゼーゼー息を切らしながら、俺に向かって話しかけてくる。
「なんだ?」
無視してもよかったが、あまりに必死だったので思わず返事をしてしまった。
「に、逃げ、る、手、段が、……あ、あるな、ら……こ、……こ、この娘を。……この娘を……連れて、……に、逃げて、く、……くれ、ないか……む、娘だ、だけ、で……い、いい……」
「お、お父さん! 何言ってるのよ!」
息も切れ切れで、俺に頼んでくる。
ウサギ獣人は中年男性を抱きしめ「ずっと離れないから!」と涙目で叫んでいる。
……助けるのは出来るのだが……『限定転移』で一緒に移動すれば良いだけだし。
この二人組みは、果たして俺の味方だろうか?
俺はダンジョンマスターだ。
英雄とかと、最悪の場合は対立する事もあるかもしれない。
その時、この中年とウサギ獣人はどちらの立場をとる者たちなのか?
というか、現時点でどんな立場なんだ?
「我に何の徳がある?」
これだけ弱っている人間のお願いに、少々冷たい感じもする返答をしてしまう。
実際、ウサギ獣人も睨み付けてくる。
だからといって、安請け合いできるものでもない。
「すっ……す、全てを、……わた、わたしの持、つ、ざ、財産、す……全てをあなたに、ゆ、譲りま、ます」
「お父さん!」
……全てか。
見ればそこそこ裕福そうな服を着ている。
指輪やベルト、身に付けている物もなかなか高価そうだ。
もっとも、この世界の基準が分からない。なので、前世基準の判断だが。
あと、いままで出会った盗賊団とか、そこにある遺体の装備品が基準かな?
しかし、この期に及んでの言葉だ。
ある程度は資産があるからこその言葉なのだろう。
だが、俺には天空島もあれば、城もある。
特段、財産が欲しいわけでもない。
「お前の財産程度では不十分だ」
「貴様! お父さんを馬鹿にする気か!」
「で、では、ど……どうすれ……ばっ」
中年男性はそう言って咳き込む。
血が混じっているようだが大丈夫か?
まあ、それはともかく……。
ウサギ獣人を助けるなど、簡単な事だ。
俺は一呼吸置き、
「我に、絶対の忠誠を誓え。そうすれば娘だけは助けてやろう」
と厳かに伝える。
中年男性はヒューヒューと息を漏らしながら俺を見続ける。
どうやら続く言葉を待っているようだ。
が、俺にそれ以上の条件は無い。
絶対の忠誠。この男からもらえるもので、これ以上のものなどあるだろうか?
そもそも、絶対の忠誠も本来はいらない。
忠誠を誓われても、生きるか死ぬか分からないような状態の人間だ。
その上、よく分からない連中に追われ、揉め事を抱えている相手だ。
もらってもさほど得になるとも思えない。
それに眷属やダンジョンモンスター達の忠誠で間に合っているとも言える。
助ける条件としてあえて言うなら、忠誠を誓い身内になれ、という程度のものだ。
……それと、前世の山さんと同じ……いや、それはいいか。
まあ、盗賊団もいればモンスターもいる世界。
しかも簡単に人に剣を突きつけてくる世界だ。
俺の身内で無い者を、無条件で助け続ける事が可能なほど、甘い世界にも思えない。
その上、自分中心に考えて、他人中心は止めると先程決めたばかりだ。
冷たいようだが、他人だったらいらぬリスクもあるし助けない……という事だ。
「そ、……それ、だ、だけ……で?」
「お父さん駄目よ! こんな訳の分からない奴を信用しちゃ! 何とか私と逃げて……」
「へへへっ! そいつは無理だなウサギちゃん」
「もう逃がさないよー。ウーサー!」
「ふへへへへへへへへへ」
ようやく包囲が完成したようで、下卑た笑みを浮かべながら男達が口々に言う。
しかも人数が増えている。
総勢15人位はいる感じだ。
「どうする? 時間が無いようだぞ? ただ、甘くは考えるな。絶対の忠誠だ。死ねと言われれば、その場で迷わず死ぬほどの忠誠だ。そもそも、忠誠を誓えば、俺は逃げるためにお前には殿を命じる。助けるのはウサギの娘だけだ。それを理解した上で決めろ」
俺は中年男性に返答を求める。
すると、
「わ、私は、し、死に……ま……す。ど、どう……か、……む、娘、を、……お、ねがい、い、いた、します……ぜ、ぜったい……の、ちゅ、忠せい、……を……ち、誓い……ます」
必死に声を絞りだし、地面に頭を下げる。
「お、お父さん!!」
ウサギ獣人はもう泣き出さんばかりの勢いで中年男性に縋り付く。
しかし、中年男性は微動だにせず、頭を地面に擦り付けている。
その弱った身体の全力を振り絞って……。
全てをかけて、忠誠を示すように……。
……この中年男性。
前世の山さんを思いださせるんだよな……。
本当に数少ない、俺に優しくしてくれた人だ。
その山さんに、醸し出す空気感や、顔の雰囲気とかが何となく似ていて……。
あの人も、自分よりも他人のために行動する人だった……。
誰かを庇う為に、頭を下げる人だった……。
自分より他人を助ける為に、動いてた……。
他人なんてどうでも良い。
そう開き直って、この世界を生きるつもりだった……。
いや、正直、心の中で今もそう思っているし、実際そうするつもりだ。
……でも、自分が助かる為ではなく、他の者を助ける為に頭を下げる。
……山さんと同じか……。
自分を助けてくれと縋って来たのならば、或いは見捨てていたかもしれない。
いや、確実に見捨てていた。
それくらいの覚悟を持って決断した事だ。
……でも、……まあ、こんな他人なら、良いのかもしれない……。
俺は一息つき中年男性を改めて見据える。
いまだ忠誠の誓いをした姿勢のまま微動だにしない。
身体は確実に辛いだろう。
足にナイフを受ける前から、青息吐息の状態だ。
滴り落ちる脂汗が、地面に黒いしみを一つ、また一つと作っている。
こんな他人なら、良いのかもしれない。
助けても良いのかもしれない。
……助けるに値する他人なのかもしれない。
……山さんみたいな人間は。
……俺はその忠誠を受け入れる事にする。
「我に忠誠を誓った、もっとも新しき配下よ。汝の忠誠を受け取った。我が配下の列に並ぶがいい。そして汝の願いどおり、その娘の安全を保障しよう」
俺がそう言うと、マロンがサッと中年男性にかけより手を貸す。
ウサギ獣人は中年男性に相変わらず縋り付くが、マロンに反発したりはしない。
どうやら事ここに至れば、父たる中年男性の決断に従うと決めたようだ。
むしろ俺に向かって、
「ち、父も、父も一緒に! わ、私の全てを捧げる。た、だから。だから父も!」
と、手を突いて俺に訴えてくる。
俺はゆっくりと頷きながら、
「当然だ。我は、我が配下を見捨てない」
自分に言い聞かせるように、重々しくウサギ獣人に告げる。
「…………お願いします」
ウサギ獣人は瞳に涙を浮かべながら頭を下げる。
俺はただ黙って、それに頷きを返した。
と、その直後、
「だーかーらー! 逃げられないって、言ってんだろうがぁ!!!!! クソボケどもがぁ! おいっ、逃がすんじゃねえぞ!」
男達の先頭にいたリーダーらしき者がそう言って剣を抜く。
続けて、他の者達も武器を手にする。
剣、ダガーナイフ、斧。
武器の種類は様々あるようだ。
が、……俺と、俺の配下達に武器を向けたな?
逃がさないのは、こっちの台詞だ。屑が!
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神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
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転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
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少し冷めた村人少年の冒険記
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辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
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