君色ナポリタン

なおちか

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君色ナポリタン

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雲一つない空は綺麗だけど味気ない感じがする。富士山の頂上には雪が似合うように。常識や普通なんて言葉は都合によって捻じ曲げられ余白を埋められずにいる。

僕らが出会ったのはどこにでもある喫茶店。カフェという言い方をする事も出来るけど、ちょっと「イマドキ」ではない感じがするので喫茶店と呼んでいる。君と知り合うきっかけになったのは、そこで働いている君と常連の僕。なんて定番じゃなく、いつもの席で本を読んでる君をずっと見てた僕。でもなくて、喫茶店の定番のナポリタンを食べてる君が隣のテーブルにいた事だった。

こんなケチャップまみれのスパゲッティを君はチュルッと吸うもんだから、オレンジのソースが僕の服に飛んだんだ。君は長いソファに座っていて、僕は隣のテーブルで、君の斜め前の椅子に座っていた。なんで斜め前に飛ばすんだよ。カレーうどんが服に付く時は大抵食べてる本人に付くだろ。「こちらのお客様がカレーうどんを食されますので紙ナプキンをどうぞ」なんて聞いた事もない。食べていない人の服に汁やソースを飛ばす食べ方は想定されてない食べ方なんだ。マナー違反食いだ。

飛んできたソースが服に付くのを見て、その後すぐに君の方を見た。

「その場所でそんな白い服を着てるのが悪い」君は僕をチラッと見た後、食べる手を止めずに言った。

意味が分からなかった。そりゃナポリタンのソースが飛んで来るところで白い服を来てるのは良くない。でも僕はナポリタンを近くの人が食べるだなんて知らなかったし、知ってたとしてもソースを飛ばしてくるだなんて思わない。飛ばす前提で席に座らない。何よりもまずひと言目に謝罪が無いのが気に入らない。

「人の服に・・・」と僕は言いかけて言葉をのんだ。君の服がオレンジ色だったからだ。君はナポリタンを飛ばして食べる事を最初から決めて食べていたんだ。普通はソースを飛ばさないように食べる。服も周りも汚さないように食べる。でも君は違った。のどごし最高のざる蕎麦を食べるようにナポリタンを食べる。フォークで巻く事をしない。上品にスプーンを使ってパスタを巻く事なんてしない。君はフォークを使っているのに箸で蕎麦を食べるようにスパゲッティをすすったんだ。

僕が君の食べる姿に見入っていると僕のアイスコーヒーの氷がカランと鳴った。それに意識が向いた瞬間、眼鏡にもナポリタンのソースが飛んできた。服を見ると、オレンジの染みは1つや2つじゃない。なんて人だ。僕はもう1度君を見た。すると君は、自分の腕にも顔にもたくさんのソースが飛んでいて、皮膚でも味わえる体なんじゃないか?と思える程だった。

ちょっと怖かったけど僕は聞いた。「なんでそんな食べ方をするの?」と。

君は食べながら答えた。「ここのナポリタンは極上なの。その極上を味わうには極上の食べ方をしなければならない」と。

納得しそうになった。美味しいのはわかった。でも、僕の服を汚していい理由にはならないし、せめてひと言断ってから食べるべきだろう。これからナポリタンのソースをまき散らしながら食べますので気を付けて下さい。と言うべきだろう。そしたら僕は距離を取って被害に合わずに済んだはずだ。なぜそうしなかったんだろう。わざと僕にソースをかけたかったのか?そうか。それしか考えられないじゃないか。きっとそうだ。ソースをかければ僕と話が出来る。それならそうと言えばいいのに。良く見るとちょっと可愛い気もする。

そんな君の思いに気付いた僕は1度喉を潤す為にアイスコーヒーをストローで飲んだ。カランと爽やかな音が鳴った。美味しい。なんて美味しいんだろうか。清々しい苦さの中にちょっと酸味も感じる。君を横目で見た。流し目というやつだ。すると君は、もうナポリタンを食べ終わっていた。

キャメル色のかばんからオレンジ色のハンカチを取り出し、顔や腕をそっと拭い、それを終えるとゆっくりと立ち上がり僕の横に来た。何だろう?何を言うのだろう?愛だの恋だのを僕に囁こうというのかい?君は上品に笑った。歯もオレンジ色だった。いや、ちょっと待って。ナポリタンを食べるために徹底的に白を排除したのか?なぜそこまでするんだ。歯は磨けば白く戻るだろう?いや、オレンジ色のマウスピースかもしれない。なんだか、白目もオレンジ色だった気がしてきた。あぁ、気になる。君はもう出口に向かっている。背中しか見えない。

「あの」僕は立ち上がり声をかけた。でも君は振り返らなかった。カランカランと爽やかな音が鳴り、君は出ていってしまった。席に座りうなだれた僕は自分の服が視界に入った。もう君色に染まっていた。

「あの、ナポリタン1つ」
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