関西桃産太郎

なおちか

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優しい潮風

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「大きな何か」を見つけた太郎たちはそれに近付きました。倒れていたのは緑の鬼でした。緑鬼は体長が2メートル程で全身が筋肉の鎧で包まれているような体格で、大量の出血で地面は緑色に染まっています。目を見開き口からも血がこぼれていて、全身のいたる所に傷があります。左胸に大きな斬り傷があり、これが致命傷になったようです。完全に死んでいるなと太郎が判断した時、鬼の右手側にいたサスケが声を発しました。

「太郎はん、右腕の下に刀が落ちてる」サスケがその場所を指さしました。

「刀?」太郎がサスケの示す場所を確認すると、そこには折れた刀がありました。そしてその刀は見覚えのある刃でした。

「これは・・・松川殿の・・・」半分ほどに折れた剣先を持ち太郎は言いました。「この鬼を倒したのは松川殿か。でも、どこへ行ったんやろうか」太郎が視線を鬼の顔付近に向けると、緑色だけでなく茶色に染まる地面と赤い血の跡がありました。その赤い跡は何かを引きずったような跡と一緒に続いていて、それを目で追っていくと、30メートル程先に仰向けに倒れている一斉の姿がありました。

「松川殿!!」太郎は声を上げ走り寄りました。太郎が真横に立ち顔を覗き込むと、一斉は閉じていた目をうっすらと開きました。

「太郎・・・」力のないかすれた声で一斉は言いました。「赤鬼・・・ゲホッ」一斉は血を吐きました。

「松川殿!」太郎が一斉の身体を見ると、青鬼にやられていた箇所が赤黒く染まり、腹部や足からも大量の出血があります。「血を止めんと!マル!近くの村から布でもなんでも巻けそうなもん取ってきてくれ!」太郎は指示をしました。

「行かんでええ」一斉はそう言い、羽ばたこうとしていたマルは飛ぶのをやめました。「もう、この出血やと助からん・・・」

「何を言うてるんですか!」太郎は一斉に顔を近付けて言いました。

「自分の生き死には・・・自分でわかるもんや」一斉はそう言うと、太郎の手首を掴みました。「それよりも聞け・・・赤鬼を、見たぞ・・・」

「え?」太郎の頭の中に母親が見た記憶が映し出されました。

「向こうの島に舟で向かっとった。赤い大きな奴や・・・。盗んだモンを運んでたんやと思う」少し一斉の呼吸が荒くなりました。「追おうと思ったら・・・緑の鬼が来てな・・・」そう言うと一斉は咳こみました。

「わかりました。もう喋らんといて下さい」太郎は手首を掴んでいる一斉の手をもう片方の手で覆いました。

それから速く浅い呼吸を何度か繰り返した後、一斉はゆっくりと目を閉じました。「じじい、オレは・・・オレの為に・・・生きた。それが・・・守和流の・・・」一斉の手から力が抜け、呼吸も止まりました。

太郎は何も言わずその場から動きませんでしたが、一斉の顔を見ると全てをやり遂げたような表情で、太郎は2度小さく頷くと一斉を抱え上げ、木の下まで移動させました。「鬼を倒したら村へ帰りましょう」太郎が手を合わせると、サスケも手を合わし、ハナとマルは静かに横で一斉を見つめました。

太郎は一斉に背を向け海に向かって歩きました。真っ直ぐに前を見ると小さな島があります。立ち止まり、「必ず・・・」そう呟くと、太郎は拳を力強く握りました。

「太郎はん!」サスケが言い、走って行きます。皆がそっちを見ると小型の舟がありました。近付いてみると、中には野菜や海産物、斧やクワなど村から奪ったと思われるようなものがたくさんありました。

「この様子やと、もう村は全部襲われた後か・・・」太郎はそう言って、乗っている物を全て下ろし舟を空にしました。「これからあの島へ行く」太郎は腕を伸ばし鬼のいる島を指さしました。

「よっしゃ行こ!」サスケも島を指さしました。

「赤い鬼を倒せば全て終わるのか?」マルは太郎に問います。

「わからん。でも、あいつを倒す為にオレは生まれてきた。そう確信してる」

「わかった。今は倒す事に専念しよう」

「なぁ。いい感じのところ悪いんやけど」ハナが言いました。

「どうした?」太郎はそう言い、みんなが視線をハナに移しました。

「お腹空いたからおはぎと団子食べてから行かん?」ハナは真剣な表情です。

一瞬の静寂の後、太郎とサスケは笑い出し、マルも「ふっ」と小さく笑いました。

「な、なんや!何わろてんねん!」とハナ。

「いや、ごめんごめん。確かに腹減ってたわ。お前の言う通りここで食べてから行こか」

太郎たちは1度ここで立ち止まり、みんなではつが作った団子やおはぎを食べました。みんなで話をして、みんなで笑って、鬼がいる事を、村が襲われた事を、一斉が死んだことを今だけは、この一瞬だけは考えないように。
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