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三章 監獄島の魔女

3-4 盗賊共は襲撃する

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 大量の魔力と体力。そして自然を犠牲にしながらも、二人はキャレラ山の麓まで来た。コイを倒してからは魔物が寄り付かなくなったのは、幸運と言うべきか。

 麓の草原を進む最中、楓は振り返った。

「今更になって、罪悪感が湧いてきたな……」

 草木が倒れ、まるで巨獣が移動した後のようにくっきりと残った自分達の通り道を見て、良心が締め付けられた。

「仕方ねーさ。木を倒さないように慎重にやったら、こっちの命が先に倒れる」

 ラザニアは、途中で採ったドクアリナンという色鮮やかな花を食べていた。そのあからさまな名前と見た目で騙されやすいが、実際はかなり美味である。逆にドクナシナンという地味色の花には猛毒がある。名前を付けた人は絶対に馬鹿に違いない。

「それに、心配する必要はねーよ。そりゃ時間はかかるだろうけど、草木はオレ達なんかよりずっとしぶとい」

「それは、そうかもしれないが……」

「今は先に進む事を考えろ。陽が沈む前には、テュスカ村に着きたい」

「その村には、ここからだと大体どれくらいかかるんだ?」

「そこまで遠くはねーさ。走らなくたって、夜になる前には着ける」

「だったら、そこまで急ぐ必要は無いんじゃ……」

「甘いな。確かに山場は超えたさ、山だけにな。けど、そこから先が楽って訳でもねーんだよ。こっからは魔物云々よりも、人間が厄介になるんだ」

「人間……」

「同じ人間のお前なら知ってると思うが、人間には色んな奴が居る。優しい奴も居れば、当然そうじゃない奴も居る。……この先には、後者が集まって出来た仲良し集団の住処があるのさ」

「後者の集まり……。盗賊か何かか?」

「ご名答。正解者したお前には、このスーパーお母さん人形をプレゼントするぜ」

「別に要らない」

「そうか……」

「にしたって凄い完成度だな。これ、ラザが作ったのか?」

「ああ。自信作だ」

『まさか娘の隠れた才能を死んでから発見するなんて、夢にも思わなかったわ……!』

 頭の中で、マカロニが感激の声を上げる。

「少し話がズレちまったな。……盗賊は、強奪した金品財宝を闇商人へ売り捌いたり、誘拐した女子供を非合法な組織や奴隷商に流す事で金を稼いでいる、正に屑以下の輩だ。そんな部屋の隅に溜まったホコリよりも存在価値の薄い奴らの根城が、この先の地帯にはあるのさ」

「よし、迂回しよう。今すぐに」

 少し遠回りになるかもしれない。だが面倒な事が起こるよりは、幾億倍もマシな筈だ。

「待て。どうしてオレ達が屑共を恐れて回れ右しなきゃいけねーんだ? オレ達はアイツらよりも強いんだ。羽音のやかましい小虫を叩いて殺すように、目の前に現れたら叩き潰せばいいだけの話だろうが。……オレが言いたいのはつまり、この先にどんな事が起こるのかわからねーから、急ぐに越した事は無いって事だ」

「……なるほど。言いたい事はわかった。……盗賊は、殺すつもりなのか?」

「当然。ただし向こうが先に手を出してきたら、に限るけどな。お前も今のうちに覚悟しとけよ。殺したくないなんて寝言を近くで吐かれるのはゴメンだからな」

「…………ああ」

 表情を曇らせながら、楓は何処か不満げに答えた。

 進んでいくにつれ、少しずつ緑が減っていった。木々は枯れ果て、大地は酷く乾燥していて、亀裂が走っている。

 道中で魔物に遭遇したのは一度だけ。自立歩行を可能とした植物型の魔物で、ただの蹴りや殴打などで倒せる程に弱い。見た目は向日葵のようで、サングラスに酷似した模様があるため、楓はロックなフラワーか何かと思ったが、正式名称はダンシングフラワー。強い日差しを浴びると踊っているような動きを見せる事から、この名が付いたらしい。

「前はもっと自然豊かで、魔物も沢山居た筈なんだけどな」

 怪訝な顔を浮かべながら、ラザニアはそそくさと進む。楓はその後を追った。

 小さな岩山に挟まれた小道に入った。顔を見上げると、岩山に人が何人か息を潜められそうな穴を幾つか確認できた。

「なあ、ラザ……まさかここって」

「そのまさかだ。この道は、セフィリィアからリュキノカに行く為には必ず通らなくちゃいけない。……つまり馬車が頻繁に通るって訳だ。あとはわかるだろ?」

「奴らにとっての、最高の稼ぎスポットって事か」

「そーいうこった。……これはあくまでオレの予想だが、あと数秒ほどでで一斉に弓矢が──」

 ラザニアが言い終えるその前に。頭上から、弓矢の雨が二人に向かって殺到してきた。

「良かったなラザ、予想的中だ。もしかしたら預言者に向いてるかもな」

「ヤダよそんな胡散くせぇの。──ドラゴニック・不ィールド」

 ラザニアが手を翳す。二人を取り囲むように、青色の障壁が展開された。

「姿を表せよ馬鹿共! オレ達がその腐った根性を叩きのめしてやるぜ!?」

 彼女の挑発に乗ったのか。通用しなければ最初から出るつもりだったのか。どちらにしても、彼等はその姿を見せた。

 全員が、あまり良質とは言えない鎧で身を守っている。得物は一振りの剣を握る者と、木製の弓を持つ者で分かれていた。

 全員が岩肌を滑るように降り、二人を取り囲む。

 リーダー格と思しき男が、一歩前に出た。

「弓矢を防ぐとは中々だなぁ、嬢ちゃん達」

「お褒めにあずかり光栄ですクソ野郎。悪いがオレ達ちょっと急いでるんで、ナンパは他所でやってくれると助かるなー」

「おいおい。これがナンパに見えるのかよ。コイツ、頭の中に綺麗なお花を群生させてやがるぜ」

「はっ、冗談の通じない男だな。中身は言わずもがな、顔も中の下ときた。まったくもって救いようのない奴だ。道端に生えてる雑草が愛おしく思えてくる」

「……なあ、ラザ。お前さっきからちょっと当たりが強くないか?」

「オレは盗賊こいつらみたいに、自分より弱い者ばかりを狙う輩が大嫌いなんだよ。見てると殺意がこんにちはしてきやがる」

『強者とぶつかり合う事を何よりも喜ぶ龍族は、みんな嫌いなんだよ。かくいう私も、そこまで好きくない』

「なるほど……」

「さぁ、かかって来いよ。一人でも二人でも何人でも」

「じゃあ、遠慮なく行かせてもらうぜ!」

 男がおもむろに手を挙げる。それを合図に、剣を持った数人がラザニアに斬りかかった。

「カエデ」

「はいはい」

 楓が自分を覆うように半透明の障壁ダーク・リフレクションを展開したのを確認してから、ラザニアはニヤリと口角を緩めた。

「まずはちょっとしたご挨拶からだ。──ドラゴニック・Xプロージョン」

 彼女を中心に発生する。青い爆発。山下りの時に比べて威力は控えめだが、盗賊共を吹き飛ばすには十分だった。

「……はあ。所詮は盗賊か。この程度で地面に這い蹲るなんてな。……いや、少し期待してたオレがバカだっただけか」

「くっ……化け物め……!」

 リーダー格の男は立ち上がりながら、恨み言を吐く。

「こんな生き方しか出来ないゴミに化け物呼ばわりされるとか……無いわー」

「黙れ! 俺達には、こういう生き方しか残されてねぇんだよ!!」

「えっ、どういう事……?」

 男の叫びに、楓は思わず首を傾ける。

「耳を傾けるな。耳が腐るぞ」

「待ってくださいラザ。幾ら何でも当たりが強すぎますよ!」

「……お前は甘いんだよ。敵に情けをかけるなんて、愚行中の愚行だ」

「そう、かもしれませんが……」

「らあああああ!!」

 獣のような雄叫びを上げながら、男が剣を振りかざす。

 ラザニアにはそれを軽々と受け止め、男の腹の辺りに手を当てた。

「ドラゴニック・異レーザー」
「っ……」

 そこから放出された青い光が、男を貫く。力の抜けた身体を突き倒し、汚いものに触ってしまったかのように両手を払った。

「敵にも事情がある。だから話し合いで解決しよう。そんな甘い考えは捨てろ。安易に他人を信じるな。この世界で生きていくんだったらな」

「…………ああ、そうだな」

「そうと決まれば、あとは死にかけのゴミを地獄っていうゴミ箱にまとめて捨てるだけだな」

「……」

 それは蹂躙だった。圧倒的な力を持つ者が弱者に行う、一方的な蹂躙。目前で繰り広げられているその光景から、楓は目を逸らした。理解したくない現実から、背を向けた。

『厳しいけど、ラザちゃんの言ってる事は間違ってないよ』

 頭の中を、マカロニの声が満たす。

『ここは、楓ちゃんの居た世界とは違う。生きる為には、他人の命を踏み台にしなくちゃいけない時だってある。たとえ戦力に圧倒的な差があったとしても、自分に向けられた刃は全て、徹底的に折らないといけない時があるの』

「(そんなの、わかってる……)

 握る拳に力が入る。目に映る世界が、純白に埋め尽くされた。目前には、マカロニが佇んでいた。

「わかってる……けど!!」

 到底、受け入れられない。

 優しさは捨てろ。甘えは捨てろ。そう言い聞かせてきたのに、そよどちらとも、未だ手の中にある。

 この期に及んでまだ、優しいだけが取り柄の牧野楓で居たいのか。

「……やっぱり君は、変わる必要なんてないと思うな」

「まだ、そんな事を言うのかよ……」

「優しいまま。甘いままでも、君はこの世界で生きていける」

「どうやって? そんなの、どうやってやればいいんだよ……!」

「それは己で考え、己で答えを導き出しなさい。楓ちゃんは、問題を出されて即座に出題者に答えを求めるようなお馬鹿じゃないでしょう?」

 マカロニの笑みを最後に、意識は元の世界へと戻った。盗賊全員を殺し終えたラザニアの背中が、目に入った。

「ほら。そんなとこに突っ立ってないで、さっさと行くぞ。時間は有限なんだからな」

「えっ。あ、ああ」

 呆けていた楓が、慌てて返事をする。

 彼女の頭の中は今、マカロニに出題された問題で一杯だった。
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