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二章 覚醒の夜
2-4 地下での再会
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「それで、二人に逃げられてしまった……と」
地下にある一室。そこに、ウィスタリアを始めとした魔導士数人が集まっていた。カノンが夜宵と矢子を逃してしまった事で、緊急会議が開かれたのだ。
部屋の中央に配置されたテーブルに腰掛けるのは、リーダーであるウィスタリア。カノン、リラ。そして顔を隠した状態の魔導士数人。空席が一つだけある。
「うう、面目無い……」
カノンは顔を伏せ、今にも泣きそうな顔を浮かべている。
「心配しないでください、カノン。遅かれ早かれ、あの老いぼれには気付かれていました。それが少し早くなってしまっただけです」
「……それにしても、不可解だよね」
口を開いたのは、リラだった。
「だって行き止まりで、しかも壁にはアビリティの効果を受けない耐性を付与してたんだよ? そんな状況で逃げられるだなんてさ」
「ヤヨイ様の能力は『吸引』ですが、能力を使用する際にワームホールらしき穴を自在に発生させています。……あれを使い、転移魔法のように移動した可能性がありますね」
「なるほど。元々アビリティは何かと謎が多いからね。『神位解析』で見られる事なんて、たかが知れてるし」
「──終わったわ」
イルバが部屋に入ってきた。全員の視線が、彼女に向けられる。
「ちょっとぉ。そんなに見つめたら興奮しちゃうじゃない……!」
沢山の目に当てられて、頬を紅潮させる。
「……それで、終わったのですか?」
呆れたようなウィスタリアの問い掛け。イルバは、軽く咳き込んだ。
「コホン。ええ、バッチリよん。……お陰で、ミキヤ君がもっともーっと私好みの男になったわ……!!」
「そうですか」
唯一空いていた席に腰を下ろし、頬杖をつく。
「これからどうするつもりなの? リーアたん」
「すぐにでもここを離れ、協力者と合流します。早急に、支度を始めて下さい」
「りょーかい」「了解よ」「了解」
ウィスタリア以外の全員が一斉に席を立ち、それぞれ行動を開始した。この地下室にある『計画』に必要なものは全て持っていく必要がある。いつその時が来てもいいように一箇所に纏めるなどしていたが、今すぐには終わらないだろう。
少しして、ウィスタリアも腰を上げた。そしてその脚で向かったのは、ある者を捕らえた鉄格子がある部屋。
部屋の中は何故だか少し冷えていた。
鉄格子の前まで来る。中に閉じ込められているのは、猫の耳と尻尾を生やした亜人の少女。黒い髪は腰あたりまで伸びている。
彼女は立てた両膝を抱え込み、その腿に顔を埋めていた。
ウィスタリアの気配に気付き、顔を上げる。右目は赤。左目は青の光を湛えていた。
「おはようございます。調子はどうですか?」
「どうなってるの、これ……説明して……!!」
「その必要はありません。何故ならあなたは、もうすぐ喰べられてしまうからです」
「……食われる? ……何言ってるの、冗談だよね?」
信じられないと首を横に振る少女。
「残念ながら、冗談ではありません。あなたはこれから糧として殺され、喰われる運命にあるんですよ」
「そん、な……」
青ざめる。全身が恐怖で震えだしていた。
扉の鍵を解き、扉を開ける。
「出てください」
「嫌だ、嫌だ嫌だ!! これから食べられるって言われて、素直に言う事を聞く馬鹿が居ると思うの!?」
「……そうですね。なら、無理やり動かすとします」
「ッ!?」
少女は立ち上がり、歩き出した。己の意思に反して。
「そんな……! 身体が勝手に……!?」
「簡単な催眠魔法ですよ。普通の人間には耐性があるので使えないのですが、今のあなたは魔法耐性を一切持たない亜人。操る事など容易い」
「私が、亜人? どういう事、何を言ってるのか全然わかんないよ……!!」
鉄格子の外に出たところで、一旦動きを止める。
「折角ですし、最期に見せてあげましょう。今のあなたの姿を」
氷魔法を詠唱無しでで行い、手元に小さな氷の塊を生成した。その氷は宝石のように輝いており、鏡のようになっていた。
その氷を、少女の前に向ける。
「……嘘。これが、私なの……?」
開いた口が塞がらない。氷に写る、顔立ちも何もかもが違う猫耳を生やした少女が、自分だと認められなかった。
「はい。人体に、魔物の遺伝子を組み込む事で完成した亜人です」
「嘘……嘘だ嘘だ嘘だ!! 私が、こんな……!!」
両手で頭を抱え、一心不乱に叫ぶ。
信じられない。信じたくない。
だって、こんな姿になってしまったら──。
「もう、元の世界に帰れないよ……!」
振り絞ったような弱々しい少女の声に、ウィスタリアはため息を零した。
「まだ帰る気でいたんですか。……まったく、世の中を甘く見過ぎですね。呆れてきます」
氷を砕き、再び少女を動かす。
「嫌だ、死にたくない! 帰りたい……帰してよ……!!」
嗚咽を漏らしながら、自らの死へと一歩ずつ近付いていく。
「受け入れてください。これが、理不尽な世界があなたに下した、救いようのない運命なのですから」
**
一つの部屋にクラスメイト全員を集めた矢子が、宮廷魔導士が完全な黒である事。城は地下室に繋がる隠し通路があり、楓と癒月がそこに囚われている可能性が高い事などを話した。
「どうするの、これから」
「ウィラード陛下に、この事を報告するわ」
女子生徒一人の問いに答えたのは、夜宵が答える。
「ちょっと待てよ。陛下もグルって可能性もあるだろ」
それに、男子生徒の一人が噛み付いた。
この世界の住人は信用できない。しかしここに居る全員で戦いに挑もうにも、宮廷魔導士団はアビリティへの対抗策を持っている。返り討ちにされて終わりだ。
つまり誰かを頼らなければ、彼女達から楓や癒月を救い出す事は出来ないと考えていい。
しかし男子生徒の言う通り、ウィラードが黒である可能性はかなり高い。宮廷魔道士団を従えているのは、他でもない彼なのだから。
それに近衛隊の隊長であるミレシアも。そもそも近衛隊も、宮廷魔導士団と繋がっている可能性を捨てられない。もし仮に白だとしても、ウィラードが黒ならば、立場上逆らう事ができないだろう。
「……逃げる、ってのは無しだよね?」
男子生徒の一人が、恐る恐る口にした。全員が静まり返り、彼に注目する。
ここから逃げる事は容易い。夜宵の能力を使って、遠い場所にワープすれば良いだけの話だ。
しかし自分達は、この世界の事をまるで知らない。ここから逃げ出せたとしても、そこから生きていくのは困難を極める事は想像に難くない。
それに何より、楓や癒月を置いて逃げるというのは、最初から彼等の頭の中にはなかった。
「……賭けに出るしかないのよ。私達が助かって、尚且つ彼女達を助け出すためにはね」
夜宵も矢子も、既に覚悟は出来ている。あとはここに居る全員が、自分達と同じように覚悟を決めてくれるかどうかだ。
「強制はしないわ。逃げたいなら手を挙げなさい。私が今すぐ、何処かに飛ばしてあげるから」
誰一人、手を挙げようとしなかった。
別に覚悟を決めた訳ではない。単にここから逃げても無駄だと、わかっているからだ。
「……決まりですね。では、行きましょうか」
「ええ。私達は赤に賭けた。後は精々祈るだけよ。……黒にボールが入らない事を、ね」
**
その亜人の少女を目にした瞬間。楓は、これまでとは比べ物にならないくらいの食欲に駆られた。
自分を抑えられない。彼女を食べたい。食べて食べて喰らい尽くしたい。それが理性という鎖をいとも簡単に破壊し、喰らう事しか考えられない獣へと成り果てさせた。
「ぅぅ、アアアアアアアアアアア!!」
鉄格子を掴み、唸り声を上げる。動物園の猛獣のように。監獄に囚われた狂った囚人のように。
「その反応を見る限り、実験は成功したようですね」
「ねえ、あの子ってまさか……」
「察しの通り、カエデ様ですよ。今はあなたの事をご馳走としか認識していませんけど」
「そんな……あの子に何をしたの!?」
「色々ですよ。……ほら、友達との感動の再開です。駆け寄って抱き締めてあげたらどうですか?」
そう言ってせせら笑うウィスタリアに、少女が掴みかかる。
「戻してよ! 元の楓っちに! 優しかった楓っちに!!」
彼女が自分の名前を叫んだ瞬間。人間の。牧野楓の理性が、一気に引き戻された。
「…………癒、月?」
自分の事をそう呼ぶのは、彼女以外に居ない。
亜人の少女──琴吹癒月が、その声に反応した。
「楓っち……そうだよ、癒月だよ!! 私の事、わかるの!?」
気付かれたのが嬉しかったのか、癒月は檻の前まで近付き、楓と顔を合わせる。
「ええ、わかる……! 見た目も声もまるで違うけど、癒月だってわかる……!」
状況が状況だが、もう二度と会えないと思っていた友人に会えたのが、素直に嬉しかった。
だがその直後に、癒月が亜人にされたという事実に怒りが込み上げてきた。当然、その矛先を向けるのはウィスタリアだ。
「ウィスタリア! どうして癒月を亜人にした……!!」
「計算によると、あなたはアビリティを持つ人間を七人を食らう事で、ようやく完全体になれるんです。わざわざ亜人にしたのは、単に美味しく料理したまでです。魚を生で食うより、揚げたほうが旨いでしょう?」
「そんな、理由で……!」
「あなたは本当に我の強い人ですよね。まさか理性が欲に勝るだなんて」
呆れるように言ってから、ウィスタリアは指を鳴らす。
「ッ──!」
楓が両手で頭を抱え、檻の中で暴れ出した。首輪から雷魔法が放たれ、全身に激痛が走ったのだ。
「あの子に何をしたの……!!」
「痛みで、邪魔な理性を飛ばすんですよ」
「そんな……今すぐやめて! 楓っち、凄く苦しそうにしてるんだよ!?」
ウィスタリアの近くまで駆け寄り、彼女が纏うローブを掴む。
「そうですね。そんなの、見ていればわかります」
「じゃあどうしてやめないの! あなたには、人の心ってものがないの!?」
「勿論ありますよ。ただ、今は我慢しているだけです。……これは必要な事なんですよ。カエデ様があなたを食べてくれないと、『計画』を先に進めません」
「計画って、一体どんな──」
「あなたが知る必要はありません」
「…………ははっ。良い事を、聞い、たよ……」
楓は口元に弧を描いた。今も電撃を受けているにも関わらず。
これまで受けてきた痛みに、耐える価値は無かった。だが計画の遅延というメリットが存在する事が判明した今、価値があると判断した。
それに目の前には、親友である癒月が居る。彼女を悲しませたくない。
だからこそ。死んでも耐えようと決心した。
「そんな……どうして、笑っていられるのですか……!?」
一方でウィスタリアは、楓に対して僅かばかりの恐怖心が芽生えていた。幾ら人ならざる者になったとは言え、魔法への耐性は無いに等しい。これまでの雷魔法の猛攻を受ければ、意識を飛ばしてもおかしくない筈だ。
「なら、もっと威力を上げるまでの事……!」
手を掲げ、指を鳴らそうとする。──その時だった。
「っ……!?」
耳を塞ぎたくなるような爆音と同時に、地面が大きく縦に揺れた。
「な、なんですか……今のは……!!」
突然のアクシデントに、ウィスタリアは楓への雷撃をやめ、少し離れた部屋にある小規模の転移魔法陣を使って地上に出た。
そこには既に、他の魔導士と近衛兵達の姿があった。全員が各々の武器を構え、ある一方向を見据えている。
「何があったのですか……!」
近くに居た兵士を問い詰める。
「何者かが、城内に侵入した模様です!」
エネミーは魔物と違い、生みの親である自分達には従順だ。王城を襲わないと事前に指示してあるので、襲うのはあり得ない。
では魔族だろうか。基本的に人間には興味を持たない彼等だが、暇潰し程度に国一個を潰しに来てもなんらおかしくは無い。魔族とは、そういう種族だ。
しかしその答えは、ウィスタリアの二つの予想を遥かに上回る、彼女達にとって最低最悪なモノであった。
目前にあった巨大な扉が外側から破壊され、砂埃が舞う。
砂埃の中には、背の低い人影が見えた。それこそが、王城の襲撃者。
「──随分と手厚い歓迎だな、人間」
砂埃が晴れて、人影の正体が現れる。
青い髪の頭頂部にアホ毛を生やした、幼い容姿の少女。ノースリーブの衣服とホットパンツを身に付けているが、可憐な彼女には少し似合っていない。
「あなたは、誰ですか……?」
物怖じしながらも、ウィスタリアは尋ねる。すると彼女はニッとギザギザの白い歯を見せた。
「龍族。こんだけ言えば、オレがここに来た理由わかんだろ?」
無知は罪、とはよく言ったものだ。
結局のところ、彼女達は知らなかったのだ。龍がどれだけ家族を思いやる種族であるかを。騙し殺したあの龍の娘が、如何なる存在であるのかを。
それは、彼女達の唯一にして最大の誤算であった。
「……そんな」
口をあんぐりと開けるウィスタリア。
可愛らしい少女の姿をした怪物を前に、頭の中が白で塗り潰された。
これまで順調に進んでいた彼女の計画は、ここから大きく崩れる事となった。
地下にある一室。そこに、ウィスタリアを始めとした魔導士数人が集まっていた。カノンが夜宵と矢子を逃してしまった事で、緊急会議が開かれたのだ。
部屋の中央に配置されたテーブルに腰掛けるのは、リーダーであるウィスタリア。カノン、リラ。そして顔を隠した状態の魔導士数人。空席が一つだけある。
「うう、面目無い……」
カノンは顔を伏せ、今にも泣きそうな顔を浮かべている。
「心配しないでください、カノン。遅かれ早かれ、あの老いぼれには気付かれていました。それが少し早くなってしまっただけです」
「……それにしても、不可解だよね」
口を開いたのは、リラだった。
「だって行き止まりで、しかも壁にはアビリティの効果を受けない耐性を付与してたんだよ? そんな状況で逃げられるだなんてさ」
「ヤヨイ様の能力は『吸引』ですが、能力を使用する際にワームホールらしき穴を自在に発生させています。……あれを使い、転移魔法のように移動した可能性がありますね」
「なるほど。元々アビリティは何かと謎が多いからね。『神位解析』で見られる事なんて、たかが知れてるし」
「──終わったわ」
イルバが部屋に入ってきた。全員の視線が、彼女に向けられる。
「ちょっとぉ。そんなに見つめたら興奮しちゃうじゃない……!」
沢山の目に当てられて、頬を紅潮させる。
「……それで、終わったのですか?」
呆れたようなウィスタリアの問い掛け。イルバは、軽く咳き込んだ。
「コホン。ええ、バッチリよん。……お陰で、ミキヤ君がもっともーっと私好みの男になったわ……!!」
「そうですか」
唯一空いていた席に腰を下ろし、頬杖をつく。
「これからどうするつもりなの? リーアたん」
「すぐにでもここを離れ、協力者と合流します。早急に、支度を始めて下さい」
「りょーかい」「了解よ」「了解」
ウィスタリア以外の全員が一斉に席を立ち、それぞれ行動を開始した。この地下室にある『計画』に必要なものは全て持っていく必要がある。いつその時が来てもいいように一箇所に纏めるなどしていたが、今すぐには終わらないだろう。
少しして、ウィスタリアも腰を上げた。そしてその脚で向かったのは、ある者を捕らえた鉄格子がある部屋。
部屋の中は何故だか少し冷えていた。
鉄格子の前まで来る。中に閉じ込められているのは、猫の耳と尻尾を生やした亜人の少女。黒い髪は腰あたりまで伸びている。
彼女は立てた両膝を抱え込み、その腿に顔を埋めていた。
ウィスタリアの気配に気付き、顔を上げる。右目は赤。左目は青の光を湛えていた。
「おはようございます。調子はどうですか?」
「どうなってるの、これ……説明して……!!」
「その必要はありません。何故ならあなたは、もうすぐ喰べられてしまうからです」
「……食われる? ……何言ってるの、冗談だよね?」
信じられないと首を横に振る少女。
「残念ながら、冗談ではありません。あなたはこれから糧として殺され、喰われる運命にあるんですよ」
「そん、な……」
青ざめる。全身が恐怖で震えだしていた。
扉の鍵を解き、扉を開ける。
「出てください」
「嫌だ、嫌だ嫌だ!! これから食べられるって言われて、素直に言う事を聞く馬鹿が居ると思うの!?」
「……そうですね。なら、無理やり動かすとします」
「ッ!?」
少女は立ち上がり、歩き出した。己の意思に反して。
「そんな……! 身体が勝手に……!?」
「簡単な催眠魔法ですよ。普通の人間には耐性があるので使えないのですが、今のあなたは魔法耐性を一切持たない亜人。操る事など容易い」
「私が、亜人? どういう事、何を言ってるのか全然わかんないよ……!!」
鉄格子の外に出たところで、一旦動きを止める。
「折角ですし、最期に見せてあげましょう。今のあなたの姿を」
氷魔法を詠唱無しでで行い、手元に小さな氷の塊を生成した。その氷は宝石のように輝いており、鏡のようになっていた。
その氷を、少女の前に向ける。
「……嘘。これが、私なの……?」
開いた口が塞がらない。氷に写る、顔立ちも何もかもが違う猫耳を生やした少女が、自分だと認められなかった。
「はい。人体に、魔物の遺伝子を組み込む事で完成した亜人です」
「嘘……嘘だ嘘だ嘘だ!! 私が、こんな……!!」
両手で頭を抱え、一心不乱に叫ぶ。
信じられない。信じたくない。
だって、こんな姿になってしまったら──。
「もう、元の世界に帰れないよ……!」
振り絞ったような弱々しい少女の声に、ウィスタリアはため息を零した。
「まだ帰る気でいたんですか。……まったく、世の中を甘く見過ぎですね。呆れてきます」
氷を砕き、再び少女を動かす。
「嫌だ、死にたくない! 帰りたい……帰してよ……!!」
嗚咽を漏らしながら、自らの死へと一歩ずつ近付いていく。
「受け入れてください。これが、理不尽な世界があなたに下した、救いようのない運命なのですから」
**
一つの部屋にクラスメイト全員を集めた矢子が、宮廷魔導士が完全な黒である事。城は地下室に繋がる隠し通路があり、楓と癒月がそこに囚われている可能性が高い事などを話した。
「どうするの、これから」
「ウィラード陛下に、この事を報告するわ」
女子生徒一人の問いに答えたのは、夜宵が答える。
「ちょっと待てよ。陛下もグルって可能性もあるだろ」
それに、男子生徒の一人が噛み付いた。
この世界の住人は信用できない。しかしここに居る全員で戦いに挑もうにも、宮廷魔導士団はアビリティへの対抗策を持っている。返り討ちにされて終わりだ。
つまり誰かを頼らなければ、彼女達から楓や癒月を救い出す事は出来ないと考えていい。
しかし男子生徒の言う通り、ウィラードが黒である可能性はかなり高い。宮廷魔道士団を従えているのは、他でもない彼なのだから。
それに近衛隊の隊長であるミレシアも。そもそも近衛隊も、宮廷魔導士団と繋がっている可能性を捨てられない。もし仮に白だとしても、ウィラードが黒ならば、立場上逆らう事ができないだろう。
「……逃げる、ってのは無しだよね?」
男子生徒の一人が、恐る恐る口にした。全員が静まり返り、彼に注目する。
ここから逃げる事は容易い。夜宵の能力を使って、遠い場所にワープすれば良いだけの話だ。
しかし自分達は、この世界の事をまるで知らない。ここから逃げ出せたとしても、そこから生きていくのは困難を極める事は想像に難くない。
それに何より、楓や癒月を置いて逃げるというのは、最初から彼等の頭の中にはなかった。
「……賭けに出るしかないのよ。私達が助かって、尚且つ彼女達を助け出すためにはね」
夜宵も矢子も、既に覚悟は出来ている。あとはここに居る全員が、自分達と同じように覚悟を決めてくれるかどうかだ。
「強制はしないわ。逃げたいなら手を挙げなさい。私が今すぐ、何処かに飛ばしてあげるから」
誰一人、手を挙げようとしなかった。
別に覚悟を決めた訳ではない。単にここから逃げても無駄だと、わかっているからだ。
「……決まりですね。では、行きましょうか」
「ええ。私達は赤に賭けた。後は精々祈るだけよ。……黒にボールが入らない事を、ね」
**
その亜人の少女を目にした瞬間。楓は、これまでとは比べ物にならないくらいの食欲に駆られた。
自分を抑えられない。彼女を食べたい。食べて食べて喰らい尽くしたい。それが理性という鎖をいとも簡単に破壊し、喰らう事しか考えられない獣へと成り果てさせた。
「ぅぅ、アアアアアアアアアアア!!」
鉄格子を掴み、唸り声を上げる。動物園の猛獣のように。監獄に囚われた狂った囚人のように。
「その反応を見る限り、実験は成功したようですね」
「ねえ、あの子ってまさか……」
「察しの通り、カエデ様ですよ。今はあなたの事をご馳走としか認識していませんけど」
「そんな……あの子に何をしたの!?」
「色々ですよ。……ほら、友達との感動の再開です。駆け寄って抱き締めてあげたらどうですか?」
そう言ってせせら笑うウィスタリアに、少女が掴みかかる。
「戻してよ! 元の楓っちに! 優しかった楓っちに!!」
彼女が自分の名前を叫んだ瞬間。人間の。牧野楓の理性が、一気に引き戻された。
「…………癒、月?」
自分の事をそう呼ぶのは、彼女以外に居ない。
亜人の少女──琴吹癒月が、その声に反応した。
「楓っち……そうだよ、癒月だよ!! 私の事、わかるの!?」
気付かれたのが嬉しかったのか、癒月は檻の前まで近付き、楓と顔を合わせる。
「ええ、わかる……! 見た目も声もまるで違うけど、癒月だってわかる……!」
状況が状況だが、もう二度と会えないと思っていた友人に会えたのが、素直に嬉しかった。
だがその直後に、癒月が亜人にされたという事実に怒りが込み上げてきた。当然、その矛先を向けるのはウィスタリアだ。
「ウィスタリア! どうして癒月を亜人にした……!!」
「計算によると、あなたはアビリティを持つ人間を七人を食らう事で、ようやく完全体になれるんです。わざわざ亜人にしたのは、単に美味しく料理したまでです。魚を生で食うより、揚げたほうが旨いでしょう?」
「そんな、理由で……!」
「あなたは本当に我の強い人ですよね。まさか理性が欲に勝るだなんて」
呆れるように言ってから、ウィスタリアは指を鳴らす。
「ッ──!」
楓が両手で頭を抱え、檻の中で暴れ出した。首輪から雷魔法が放たれ、全身に激痛が走ったのだ。
「あの子に何をしたの……!!」
「痛みで、邪魔な理性を飛ばすんですよ」
「そんな……今すぐやめて! 楓っち、凄く苦しそうにしてるんだよ!?」
ウィスタリアの近くまで駆け寄り、彼女が纏うローブを掴む。
「そうですね。そんなの、見ていればわかります」
「じゃあどうしてやめないの! あなたには、人の心ってものがないの!?」
「勿論ありますよ。ただ、今は我慢しているだけです。……これは必要な事なんですよ。カエデ様があなたを食べてくれないと、『計画』を先に進めません」
「計画って、一体どんな──」
「あなたが知る必要はありません」
「…………ははっ。良い事を、聞い、たよ……」
楓は口元に弧を描いた。今も電撃を受けているにも関わらず。
これまで受けてきた痛みに、耐える価値は無かった。だが計画の遅延というメリットが存在する事が判明した今、価値があると判断した。
それに目の前には、親友である癒月が居る。彼女を悲しませたくない。
だからこそ。死んでも耐えようと決心した。
「そんな……どうして、笑っていられるのですか……!?」
一方でウィスタリアは、楓に対して僅かばかりの恐怖心が芽生えていた。幾ら人ならざる者になったとは言え、魔法への耐性は無いに等しい。これまでの雷魔法の猛攻を受ければ、意識を飛ばしてもおかしくない筈だ。
「なら、もっと威力を上げるまでの事……!」
手を掲げ、指を鳴らそうとする。──その時だった。
「っ……!?」
耳を塞ぎたくなるような爆音と同時に、地面が大きく縦に揺れた。
「な、なんですか……今のは……!!」
突然のアクシデントに、ウィスタリアは楓への雷撃をやめ、少し離れた部屋にある小規模の転移魔法陣を使って地上に出た。
そこには既に、他の魔導士と近衛兵達の姿があった。全員が各々の武器を構え、ある一方向を見据えている。
「何があったのですか……!」
近くに居た兵士を問い詰める。
「何者かが、城内に侵入した模様です!」
エネミーは魔物と違い、生みの親である自分達には従順だ。王城を襲わないと事前に指示してあるので、襲うのはあり得ない。
では魔族だろうか。基本的に人間には興味を持たない彼等だが、暇潰し程度に国一個を潰しに来てもなんらおかしくは無い。魔族とは、そういう種族だ。
しかしその答えは、ウィスタリアの二つの予想を遥かに上回る、彼女達にとって最低最悪なモノであった。
目前にあった巨大な扉が外側から破壊され、砂埃が舞う。
砂埃の中には、背の低い人影が見えた。それこそが、王城の襲撃者。
「──随分と手厚い歓迎だな、人間」
砂埃が晴れて、人影の正体が現れる。
青い髪の頭頂部にアホ毛を生やした、幼い容姿の少女。ノースリーブの衣服とホットパンツを身に付けているが、可憐な彼女には少し似合っていない。
「あなたは、誰ですか……?」
物怖じしながらも、ウィスタリアは尋ねる。すると彼女はニッとギザギザの白い歯を見せた。
「龍族。こんだけ言えば、オレがここに来た理由わかんだろ?」
無知は罪、とはよく言ったものだ。
結局のところ、彼女達は知らなかったのだ。龍がどれだけ家族を思いやる種族であるかを。騙し殺したあの龍の娘が、如何なる存在であるのかを。
それは、彼女達の唯一にして最大の誤算であった。
「……そんな」
口をあんぐりと開けるウィスタリア。
可愛らしい少女の姿をした怪物を前に、頭の中が白で塗り潰された。
これまで順調に進んでいた彼女の計画は、ここから大きく崩れる事となった。
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