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一章 見知らぬ空の下

1-7 訝る者たち

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 ミレシア達が王都に戻った頃、事態は既に収束に向かいつつあった。一人で王都に向かった夜宵が、エネミーを倒したのだ。

 負傷者の手当や遺体の処理などは近衛隊と聖女に任せ、勇者たちは王城へと戻る。

「無事であったか、勇者様方……!」

 城の玄関に入ると、ウィラードが直々に出迎えた。

「陛下、朗報です。王都に現れたエネミーを、ヤヨイ様が倒してくださいました」

 宮廷魔導士の一人が告げる。

「おおそうか! 流石は勇者様だ!」

 当の本人である夜宵は、癒月に肩を借りていた。戦いで受けた傷は癒月の治癒でなんとか塞がったが、痛みはまだ完全には引いていない。

「ねぇ、牧野さんは!? 牧野さんは無事なの……!?」

 今にも掴みかかりそうな勢いで、夜宵がウィラードに向けて叫ぶ。

「──申し訳ありません」

 しかしそれに答えたのはウィラードではなく、少し遅れて謁見の間に入ってきたウィスタリアだった。

「先程まで一緒に居たのですが、騒動の最中に見失ってしまいました」

「なっ……何やってるのよ! 彼女を守るのが、王都に残った貴方達の役目の筈でしょう!?」

「返す言葉もありません。現在、宮廷魔導師士団総動員で、カエデ様の捜索を行っています」

「……そう。なら、早く見つけなさい。……私が貴方達を衝動的に殺してしまう前にね」

「肝に命じておきます」

「……行くよ、夜宵っち」

「ええ……」

 癒月と共に、昨日宿泊した部屋へ向かう。少し長いと感じていた道のりが、今回に限って更に長く感じた。

 部屋に到着すると、ベッドに腰を下ろす。楓が居ないだけで、居心地はまるで違った。

「貴方には、迷惑をかけたわね……」

 後ろめたさがあるのか、視線を下に向ける。

「誰も迷惑だなんて思ってないよ」

 癒月は夜宵の隣に座り、その手を取った。

「夜宵っちは、化物に一人で立ち向かったんだもん」

「立ち向かった……って言うと、まるで私が勇者みたいね」

「まるでじゃなくて、紛れもなく勇者だよ」

「……生憎、私にその気は無いわ。今回だってそうよ。私はただ、牧野さんの事で頭が一杯だった。だから敵をよく観察せず、結果的に一手目を失敗させてしまった」

 ハウセンは想像以上の反応速度を持ち、数多の歩脚を背中から伸ばする事ができた。これら二つの特性を事前に知っていたならば、一手目は必ず、彼女の足下に穴を生成していた。例え上空の見えやすい位置に配置したとしても、反応しきれずに吸い込まれるだろうという余裕が、今回の苦戦に繋がったのだ。

「さっき森で同じような事聞いたかもだけど、気になったからもう一回聞くね。……どうして、そんなにも楓っちの事が大事なの?」

「……クラスメイトを心配するのは、当然の事じゃないかしら」

 その返答までには、少し間があった。

「そんなんじゃないでしょ。仮に他の誰かが命の危機に晒されたとしても、あそこまで焦燥するとは思えないもん」

「……そうね。今の言い訳は、自分でもあまりに滑稽で幼稚だったと思うわ」

「誤魔化すって事は、話したくないんだよね?」

「ええ。……貴方にもあるでしょう? 話したくない事の一つや二つ」

「まあね。……わかった。じゃあ楓っちに関する事は、もう聞かない事にするよ、約束する。もし破ったら、私の事を桜の木の下にでも埋めてくれて構わないから」

「わかったわ。……ありがとう、琴吹さん」

「癒月で良いよ。私達はもう、友達なんだから」

「友達……どうやら、認めざるを得ないわね。……あと、今まで馬鹿とか言ってごめんなさい」

「そんなの気にしてないよ。正直、ほんの少しだけ自覚あったし」

 後ろ髪に手をやり、笑う。その横顔を見据えていた夜宵は、自分が彼女に対して抱いている感情が、変化している事に気付いた。

「(……ああ。私って、最低で最悪かもね)」

 ふと脳裏に、楓の言葉がよぎる。

『言いたい事は言った方が、楽になれますよ』

「……ねぇ、癒月。気持ち悪いと思うかもしれないけど、一つお願いしたい事があるの」

「なに?」


「私の頭、撫でて欲しいの……」


**


「やっぱり変だ……」

 クラス一のお調子者──佐藤幹也は、部屋に戻ってから歩き回り、ずっと独り言を呟いていた。

「どうしたんだい? さっきからブツブツと。元からだけど、今日は一段と気味が悪いよ」

 同室の眼鏡をかけた少年──川瀬和人は、それまでに読んでいた本を閉じ、幹也に尋ねる。

「テメェ前から俺の事をそう思ってやがったのか──って今はそんな事はどうでもいい。……宮廷魔導師士にさ、ウィスタリアって子が居ただろ?」

「僕達を召喚した人だね。……彼女がどうかしたのかい?」

「あの子昨日、パーティーを途中で抜け出してたんだよ。他の子に聞いたら御手洗いに行ってるって言ってたけど、同じ時間にリラちゃんとナルちゃんも席を外してるんだ。しかも俺たちが召喚された時に居たカノンちゃんに至っては、パーティー会場に居なかった。……なんか変じゃねーか?」

「たまたま同じ時間に手洗い場にでも行ったんじゃないのか?」

「それはありえねーよ。ウィスタリアちゃんが居なくなってすぐ、気になって近くの手洗い場まで行って出てくるのを待ってたけど、誰も出て来なかった」

「……ストーカー紛いの行為に及ぶなんて、女性との距離感に気を遣う君らしくないね。それほどまでに彼女の事を気に入ったのか?」

「違ぇよ。……ただ初めて見た時から、なんか怪しかったんだ。俺たちに何か大事な事を隠している。そんな気がしてんだよ」

「……考えすぎじゃないか? 流石に」

 幹也は口を動かしながらも、その場で軽いストレッチを始める。

「昨日の解析の件だって、俺はまだ疑ってるんだ。本当に、楓さんはアビリティを持ってなかったのか……ってな。真相を知れるのはリラちゃん達だけ。俺たちを騙す事は可能な筈だ」

「……でも解析の時は、あんなに驚いてたじゃないか」

「いやいや、俺たちはリラちゃんの事を何も知らないだろ? 彼女が演技上手だって可能性があるんだよ」

「……仮に君の言う通りだとして、どうして牧野さんに能力が無いと嘘を吐く必要があるんだ?」

「今日、王都に一人置いていく為だろうな。実際、俺たちの不在を見計らったかのようなタイミングでエネミーが現れ、楓さんは行方不明になった。……普通に考えてみれば、すぐに怪しいってわかんだよ」

「……」

「とにかく、宮廷魔導士には注意した方が良い。そもそも俺たちは、この世界について何も知らないんだ。エネミーとやらが本当に人類の敵なのか。俺たちを召喚したのは、本当にエネミーを倒す為なのか。この世界の、何もかもが疑わしいんだ。考えすぎるくらい考えねーと、知らないうちに自分の首を自分の手で絞める事になる。……そんな無様な死に方、俺はごめんだぜ?」


**


 同じ頃。別の部屋で、句読矢子は同室の女子──川栄命(みこと)と教師の芹沢に、幹也と同じような意見を口にしていた。

 今の自分達は、この世界の全てを疑う必要がある。宮廷魔導士や近衛隊。王族の人間までも、手放しで信頼するのは危険過ぎる、と。

「……実は、私も考えていました」

 芹沢が口を開く。

「彼女達は、私達の持つこの世界には存在しないもの。即ち『アビリティ』が目的なのでは無いかと思っています。……確信は何もありませんが」

「いっそのこと誰か拘束して、無理やり問い質してみたら?」

「それはやめておいた方が良いと思います。彼女達は、アビリティに対抗出来る策を何かしら持っていると考えていいでしょう。でなきゃ、私達をこうして自由にしようとは思えません」

「確かに。首輪も嵌めずにライオンを放し飼いしてるようなものだもんね」

「……とにかく。この事は、全員に話しておいた方が良いかもしれませんね」


**


 勇者全員が部屋に戻った事を確認してから、ウィスタリアは一人廊下を進み、壁の前に立ち止まる。無詠唱で発動した探知魔法で周囲に誰も居ない事を確認してから、口を開いた。

「私は進化を否定する」

 その言葉音声認識を反応させ、目の前の壁が音を立てて動く。先の見えないくらいに暗い道が現れた。

 こういった隠し通路は、ここ以外にも複数箇所存在している。未だその存在を、この城の主であるウィラードにも気付かれていない。

 隠し通路に足を踏み入れたところで、壁が元に戻る。視界が完全に黒で塗り潰された。

 光属性魔法を使って頭上に光を放つ球体を発生させ、周囲を照らしつける。

 道を進み、階段をしばらく下る。そして目の前に現れた扉を開けると、その先には広々とした空間が広がっていた。

「どうだった? 勇者様達は」

 壁際に立っていたリラが、こちらに声をかけた。

「カエデ様の事を心配していましたね。……特にヤヨイ様は、酷く動揺されていました」

「……まさかハウセンが倒されるなんてね。やっぱり、ヤヨイ様は注意しておいた方が良さそうだ」

「……ところでリラ、は今どうしていますか?」

「気絶してる」

 悪気を感じられないリラの応答に、ウィスタリアは頭を抱える。

「……本当に気絶ですか。死んだりしてませんよね?」

「大丈夫、ちゃんと確認したから。……ま、痛みで精神こころがほぼ壊れちゃったかもだけど」

「それなら良いです。計画において大事なのは、彼女が生きているか否か。ただそれだけですから。たとえ両手両脚を損なおうと、問題ありません」

「嫌だなー。幾ら私でも、女の子をダルマにする趣味は無いよ」

「……早速実験に取り掛かります。あなたには『彼女』の用意を頼みますね」

「あいあいさー」

 リラは敬礼の構えを取ってから、左の扉の向こうへ消えた。
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