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序章 神が死んだ世界
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『人間は神の一つの失策にすぎないのであろうか?
あるいは神は人間の一つの失策にすぎないのであろうか?
ーーフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ』
あなたは、この世の果ての風景を見たことがありますか?
僕はあるんですよ。
あの寒々とした恐ろしい光景を。
今でも夢でうなされるんです。
あなたにも、その風景を見せてあげようと思うんですよ。
だってそうでしょう?
あの悪夢はすべて……あなたがた一族のせいなんだから……。
ねえ……社長?
この世の果て
壇上を一筋のスポットライトが照らす。
その光の中には黒光りする大きなグランドピアノ、その前には女が一人。
ウェーブの掛かった艶やかな髪を揺らし、一心不乱にピアノを弾く女が一人。
ステージとは対照的な闇に閉ざされた客席には、大人達に混じって、行儀良く座る少年が一人。
少年の耳には、聞いたことがないのになぜか懐かしいメロディが、心地よく響いている。
少年の目には、目まぐるしいスピードで旋律を奏でる、女の細く白い指先と、目を閉じた女の白い顔が交互に映っていた。
と、女の華奢な肩が、大きく揺れると同時に、繊細な指先の動きが止まった。
女は椅子から立ち上がると、ちょっぴり腰を下ろし、黒いロングドレスの端を両手で掴み、一礼した。
女の礼と同時に、割れんばかりの拍手が起こった。
次々と壇上に投げ込まれる花束。
鳴りやむ気配のない拍手の波。
観客達は椅子から立ち上がり、口々に彼女を称えた。
女はゆっくりと顔を上げた。そして、にっこりと微笑んだ。
少年は、拍手することも、立ち上がることも忘れて、ただ女の輝くような笑顔を見つめていた。
*
今日はその兄妹の母親のバースデーであった。
二人は日々のおやつを我慢してお金を貯め、こっそりとプレゼントを用意していた。
美しく咲き誇る桜色のブラウスと、小さなショートケーキ。本当は大きなケーキを買いたかったけど、
二人でこつこつ貯めたお金はブラウスを買った時点で小銭しか残っていなかった。
二人は母親の喜ぶ顔を想像しながら、高鳴る胸を抱えて帰宅した。
「お母さん~。ただいま~!!」
真っ先に居間に駆け込んだのは、妹の方だった。
どちらかというと控えめな性格だった彼女のはしゃぎぶりに、兄である少年は愉快そうにゆっくりと靴を脱いだ。
その時、玄関の隅に父親の革靴があるのが見えた。今の時間なら父はまだ自らが経営する工場にいるはずなのに。
少年は不思議に思いながらも居間へ向った。
「あれぇ?お母さん、いないよ」
居間に入ると、きょとんとした顔をした妹にぶつかった。
「おかしいなぁ。買い物に行ったのかな?」
だが、父の靴に並んで母のサンダルもハイヒールも玄関にあった。
「二階は見たかい?」
妹はゆるゆると首を振った。
二人は手を繋いで二階へと向った。
狭くて急な階段を昇りきると正面に兄妹の部屋があり、その右手に両親の寝室があった。
妹は急に兄の手をきつくきつく握った。その小さな手は小刻みに震えて、冷たかった。
この先に広がる光景を予感しているかのように。
少年はゆっくりと両親の部屋の襖を開けた。
そこには、天井からぶら下がる両親の姿が……。
「きゃあああああああっ!!」
「見るなっ!!」
少年は慌てて妹の目を覆った。少女はその兄の手の汗ばんだぬくもりを感じながら、闇に落ちた。
あるいは神は人間の一つの失策にすぎないのであろうか?
ーーフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ』
あなたは、この世の果ての風景を見たことがありますか?
僕はあるんですよ。
あの寒々とした恐ろしい光景を。
今でも夢でうなされるんです。
あなたにも、その風景を見せてあげようと思うんですよ。
だってそうでしょう?
あの悪夢はすべて……あなたがた一族のせいなんだから……。
ねえ……社長?
この世の果て
壇上を一筋のスポットライトが照らす。
その光の中には黒光りする大きなグランドピアノ、その前には女が一人。
ウェーブの掛かった艶やかな髪を揺らし、一心不乱にピアノを弾く女が一人。
ステージとは対照的な闇に閉ざされた客席には、大人達に混じって、行儀良く座る少年が一人。
少年の耳には、聞いたことがないのになぜか懐かしいメロディが、心地よく響いている。
少年の目には、目まぐるしいスピードで旋律を奏でる、女の細く白い指先と、目を閉じた女の白い顔が交互に映っていた。
と、女の華奢な肩が、大きく揺れると同時に、繊細な指先の動きが止まった。
女は椅子から立ち上がると、ちょっぴり腰を下ろし、黒いロングドレスの端を両手で掴み、一礼した。
女の礼と同時に、割れんばかりの拍手が起こった。
次々と壇上に投げ込まれる花束。
鳴りやむ気配のない拍手の波。
観客達は椅子から立ち上がり、口々に彼女を称えた。
女はゆっくりと顔を上げた。そして、にっこりと微笑んだ。
少年は、拍手することも、立ち上がることも忘れて、ただ女の輝くような笑顔を見つめていた。
*
今日はその兄妹の母親のバースデーであった。
二人は日々のおやつを我慢してお金を貯め、こっそりとプレゼントを用意していた。
美しく咲き誇る桜色のブラウスと、小さなショートケーキ。本当は大きなケーキを買いたかったけど、
二人でこつこつ貯めたお金はブラウスを買った時点で小銭しか残っていなかった。
二人は母親の喜ぶ顔を想像しながら、高鳴る胸を抱えて帰宅した。
「お母さん~。ただいま~!!」
真っ先に居間に駆け込んだのは、妹の方だった。
どちらかというと控えめな性格だった彼女のはしゃぎぶりに、兄である少年は愉快そうにゆっくりと靴を脱いだ。
その時、玄関の隅に父親の革靴があるのが見えた。今の時間なら父はまだ自らが経営する工場にいるはずなのに。
少年は不思議に思いながらも居間へ向った。
「あれぇ?お母さん、いないよ」
居間に入ると、きょとんとした顔をした妹にぶつかった。
「おかしいなぁ。買い物に行ったのかな?」
だが、父の靴に並んで母のサンダルもハイヒールも玄関にあった。
「二階は見たかい?」
妹はゆるゆると首を振った。
二人は手を繋いで二階へと向った。
狭くて急な階段を昇りきると正面に兄妹の部屋があり、その右手に両親の寝室があった。
妹は急に兄の手をきつくきつく握った。その小さな手は小刻みに震えて、冷たかった。
この先に広がる光景を予感しているかのように。
少年はゆっくりと両親の部屋の襖を開けた。
そこには、天井からぶら下がる両親の姿が……。
「きゃあああああああっ!!」
「見るなっ!!」
少年は慌てて妹の目を覆った。少女はその兄の手の汗ばんだぬくもりを感じながら、闇に落ちた。
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