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第三話 崩壊の前日 The day before the collapse
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Ⅲ
「あまり、動揺していないようだな」
俺はそう言って、藤代十夜に、コーヒーの紙コップを手渡した。彼はそれを無言で受け取る。
署内の廊下である。
たった今、彼は親子の再会を果たしたばかりであった。
涙もない、言葉もない、あっけない再会であった。
「母親が死んだというのに、薄情な息子だと思われたでしょうね」
そう言うと、青年は一口コーヒーを舐めた。
「こういう時、他の人たちは、どんな反応をするのですか?泣きますか?喚きますか?どうするのでしょうね。僕にはわからない。ただ、とても悲しいのは事実なんです」
一瞬、青年は整った眉を歪めた。だが、それは本当に一瞬だった。
俺はその中に青年の苦悩を見た気がした。
彼が母親を殺害した苦悩が。
「悪いんだが……。君には話を聞かなきゃならない。つらいだろうが、これもお母さんの為だと思って、耐えて欲しい」
そう言って、俺は青年を取調室に通した。
静かな戦いの始まりだ。
「さてと、はじめようか」
俺はゆっくりと青年のまわりを一周すると、向かえの椅子に腰掛けた。
「いきなり取調べ室なのですか?」
青年は俺を見上げた。静かだが、挑戦的な目で。
後ろ暗いことがあろうがなかろうが、取調室に入るだけで、大抵の人間は萎縮するものである。
それは恐らく、この密閉された空間が、圧迫感と息苦しさを感じさせるからなのだろう。
だが、この青年にはそれがない。
顔に似合わず、いい度胸をしている。
上等だ。
「すまないな。応接室は生憎、満室でね。我慢してくれ。カツ丼くらい奢ってやるから」
青年は、呆れたように首を振った。
「ご好意はありがたいですが、結構ですよ。それより、本題に入ってもらえますか?僕は状況がよくわからないんです」
「ああ。悪かった。お~い」
俺は隅の方で事件資料に見入る松本を手招きした。
「事件の概要のとこ、開いてくれ」
「もう。だから、言ったじゃないですか。ちゃんと読んで下さいって」
「いいから、早くしろって。お客さん待たせたら、悪いだろう?」
「もう……」
これで、何度目なのか。
もう耳にたこ状態の松本の口癖を無視して、俺は書類を奪い取った。
松本は予想通り、「もう」と膨れた。
お前は牛か?
「えーと、まず、お母さんの発見状況から話そうか?君のお母さんは今朝10時頃、自宅リビングで仰向けで倒れているのを近所の女性が発見した。カーテンが開いていて、外からお母さんが倒れているのが見えたそうなんだ。はじめは急病か何かだと思って、救急車を呼んだらしい。で、駆けつけた救急隊員によって、お母さんの死亡が確認された。ここまでは、OKか?」
青年はただ、こくりと頷いた。その顔は相変わらず、感情は見られない。
「君のお母さん……やっぱり、言いにくいな。ガイシャの死亡推定時刻は、大体昨夜12時から未明にかけてらしい。ま、解剖中なんでね、こんなに幅があるんだが……」
「そうですか……」
「で、君に聞きたいことがある。その時間、君はどこで何をしていた?」
青年はゆっくりと俺を見上げた。硝子の様な目で。
「それは、アリバイというやつですか?」
「ああ。形式的なもんでね。関係者全員に聞いてるんだ。気悪くしないでくれ」
さあ、答えてもらおうか?
君はどこで何をしていたと答えるんだ?
「……研究室にいましたよ。論文の発表が近いので。そうだな。渡瀬教授や先輩達が証明してくれると思います」
青年は淡々と答えた。その顔にも声にも動揺はない。
「研究室……ね。おい、松本。すぐ、裏取れ」
「はいっ!」
俺が声を掛けると、松本は勢いよく椅子から立ち上がり、部屋を飛び出した。
どうやらまだ慣れない取調室の中で、相当緊張していたらしい。
この特殊な空間は、容疑者だけでなく、捜査員の方にも緊張感を与える。
それにしても……。
容疑者がこんなに落ち着いてるのに、お前があがってどうする。
「で、ちょっと聞きにくいんだが……。お母さんを殺すような動機を持った人間に、心当たりはないか?」
青年は少々棘のある目で、俺を見上げた。彼がここに来て、初めて見せた感情だった。
「それはどういう意味です?」
「そのままの意味だよ。だから、怒るなって。形式的な質問でね。これも、君の母さんを殺した犯人も手がかりになるかもしれない。答えてくれ」
青年は俺から視線を外すと、溜息混じりに言った。
「僕には心当たりはありませんよ。母は人から恨みを買うような人じゃない」
「そうか。じゃあ、君のお母さんの交際相手とか知らないか?」
「母の交際相手ですか……」
「君のお母さん、まだ38だったんだろう?それにあの美貌だ。付き合っていた男の一人や二人いてもおかしくない」
とうとう青年は、俺を軽蔑するような眼差しで睨め上げた。
「……刑事さん。あなたも随分失礼な方だ。それともこれも作戦の上ですか?僕を怒らせて、情報を引き出そうとでも?それなら、まだ許せますが。まあ、いずれ判明することですから、お教えしますよ。母には確かに交際している男性がいました」
「ほう……?」
「相手はさる高名な弁護士の方でしてね。母とは結婚を前提に交際していたようです」
「結婚……?君は賛成だったのか」
「ええ。あなたが先ほど言ったように、母もまだ若い。これからは母自身の人生を考えて欲しかった。それに彼はとても誠実で、有能な弁護士です。僕としても異存なんてありませんでした」
その目に一瞬、紅いものが見えた。本当に一瞬だが……。
「他に質問は?」
「いや、こんなもんだな。ご協力、感謝しますよ」
俺は恭しく頭を下げた。
顔を上げると、青年は視線を光の差し込む窓に移していた。
ひどく遠いところを見ているような眼差し。
「いつ、母は帰して頂けますか」
青年は窓の外に視線を泳がせながら、言った。
「今夜には。司法解剖が終り次第……だね」
「そうですか……」
青年はゆっくりと視線を俺に戻す。
先ほどまでの軽蔑の色の消えた、安らかな目だった。
俺の中で、何かが疼いた。
俺はこの瞳を知っている。
確かに……。
軽い眩暈。
揺らぐ景色。
その中で、真っ直ぐに俺を捉える懐かしい光。
「ねえ、刑事さん……母を綺麗な状態で返して下さいね?」
「あ……?ああ」
「ね?」
*
響く読経。
どこまでも続く鯨幕。
早回しのビデオのような波の沢山の参列者の中に、一人、ストップモーションする影。
藤代十夜。
黒のスーツに身を包んだ彼は、白い肌が際立ち、はっとするような美しさに支配されている。
喪主を務める彼は、絶え間ない参列者に、無表情でただ頭を下げていた。
「ほお~。研究室の面々が手伝っているようだな。ほら、あそこ、お前を殺しかけた子もいるぞ」
「止めて下さいよ!もう?!」
「先生!」
坊さんの読経と、木魚の音だけが支配する空間に、場違いなほどに可愛らしい声が響いた。
声の方を見ると、声の通り可憐な少女が、着慣れていなさそうな黒のワンピース姿で立っていた。
まるで、一輪だけ咲くアネモネのように鮮やかだ。
そして、彼女に寄り添うように、スポーティなイメージのショートカットの少女が立っていた。
俺が彼女を少女と認識したのは、黒のスーツにスカート姿からであって、もし、彼女がイメージ通りのパンツ姿であれば、可憐な少女に付き添う「イケメン」な友人だと考えただろう。
「風実花……太刀川君」
氷の表だった青年の顔に、さっと赤みが戻った。
「二人とも、可愛い子だな。おい、あの子たちは誰だ?」
俺は、傍らの松本の肘を突付いた。
「もう!だからー。捜査資料はちゃんと読んで下さい。もう、これっきりですからね」
お得意の「もう」攻撃。
だから、お前は牛か?
「あのセミロングの少女は、香野風実花。香野病院の一人娘です。あと、シュートカットの子の方はその友人で、太刀川穂積ですね」
「香野病院って、あの香野病院か?あの馬鹿でかい」
「そうですよ。何かしました?」
「前に足の骨折った時に、入院してな。あそこは綺麗な看護婦が多い。機会があったら、また入院したいもんだ」
「何訳わかんないこと言ってるんですか!続けますよ。で、藤代青年は一年前まで彼女の家庭教師だったようです。現在二人は交際中。親も公認の仲だそうで」
「ほ~。それはそれは。羨ましいご身分だな。あの子と交際中ということは」
藤代十夜は、大病院・香野病院の次期院長って訳か。
俺の心が揺らぐ。
そんな状態で、殺人なんて犯すか?
まして、どんなに捜査しても藤代十夜が母を殺すような動機など、皆目出て来なかった。
アリバイも彼が主張した通りだった。
「ああ。間違いないさ~。十夜は確かに研究室にいたね。俺たちは、渡瀬教授とずっとこれやってたからね~。」
そういうと、無精ひげの落ち武者のような青年(雪定と言う十夜の先輩だそうだ)は、マージャンパイを混ぜるような仕草をした。
大学で徹夜マージャンとは、いいご身分だ。
「だが、君たちがマージャンしてたのは渡瀬研究室で、藤代君のいた第三研究室ではなかったんだろう?つまり、姿を見た訳ではない?」
「ああ。だがね。間違いなく彼はそこにいたさ。電話したからね」
「電話?」
俺が鸚鵡返しに問うと、落ち武者は、
「そう。電話。一時間に三回はしたかな~?あの先生。酔っ払うとね、ドクター渡瀬は電話魔に変身するのね」
と言って、煙草に火を着けた。
「はあ~ん」
徹夜マージャンに飲酒か。
手術の際は、こいつらにだけは執刀されたくないもんだ。
「電話って言ってもだ。転送とかできるだろ?」
すると落ち武者は、顔の前でちっちっと、人差し指を振った。そして、散らかったデスクの一角を指差した。
そこには、昔懐かしい黒電話が埋まっていた。
「ね?この医学部研究棟は、見ての通り、古いのでね~。電話もこんな化石なみの黒電話なのよ。通話も内線だけ。だからね、転送とかそんなハイテクなことはできない訳。OK?」
俺はそのふざけた鼻先に、パンチの一つでもくれてやりたい気分だったが、黙って礼を言って研究室を後にした。
しかもだ。
解剖の結果、藤代十夜の母は、死ぬ直前に男性と関係を持ったことが判明した。
この相手がホシと見て、間違いない。
ガイシャの局部に残された精液の血液型は、O型。
そして、肝心の十夜は……。
B型だった。
違うのか?
君じゃないのか?
俺は、青年に問いかける。
俺の戸惑いを他所に、眼前の青年は花のような少女たちと話し込んでいる。
「この度は、おば様が大変なことになって……。先輩のお気持ち、お察しします。私も風実花も信じられなくて」
「おば様がこんなことになって、私……私……」
とうとう少女は泣き出してしまった。青年は優しく少女の背中に手をかけた。
まるで、立場があべこべだ。
今、本当に泣きたいのは君のはずだよな?
「じゃあ、先輩。私たち、お焼香させてもらいますね。その後、お手伝いしますから。行こう、風実花」
「あら、穂積ちゃん。風実花ちゃんも」
「あ、すみません。水沢先輩。お手伝い遅れてしまって。知らせ受けた風実花が、気失ってしまって」
「いいのよ。風実花ちゃん、大丈夫?無理しないでね。手伝いは私たちだけでも十分だから」
そう言うと、水沢は優しく微笑んだ。
「先輩、すみません……」
恐縮する十夜の背中を、落ち武者がドンと叩いた。
「な~に、水臭いこと言ってんだよ。大変なのはお前の方じゃね?か。休んでていいんだぜ?十夜。ねえ、氷上先生」
落ち武者の隣には、ダークスーツの似合う、背の高い紳士が立っていた。
インテリ然としたメタルフレームの眼鏡。
白皙の顔には、柔らかい微笑みを浮かべている。
きっちりと几帳面に撫で付けられた若白髪混じりの髪は、落ち武者と並ぶと見事なコントラストを醸し出している。
年齢は30代半ばから後半といった雰囲気か。
「先生」ということは、十夜の大学の教員なのだろう。
「そうですよ。藤代君。君も事情聴取などで疲れたでしょう?ここは我々に任せて、風実花さんについていてあげなさい」
彼は紳士然とした柔らかな物腰で、教え子の肩にそっと手を置いた。
「じ~っ」
「おわっ!深癒伎ちゃん!いたのか。て、なんか、俺、こればっかり」
「じぃ~~~~」
異様な視線に気がついたのか、香野風実花が涙に濡れる顔を上げた。
「あの。私の顔に、何かついているでしょうか?」
「別に~。なんでもなーいです~!」
そう捨て台詞を残すと、「キャンディ・キャンディ」は頬を膨らませたまま、鯨幕の裏に消えた。
「なんだー?ありゃ」
「ご機嫌、ナナメのようですね」
坊ちゃん坊ちゃんした青年(新譲という十夜の後輩らしい)は、やれやれと言った面持ちで、彼女の消えた方を仰いだ。
「深癒伎ちゃんったら。まだ子供なんだから」
「なるほど。そういうことですか」
「なるほどって、な~に、先生ばっか、納得してるんですか」
「わかってないのは、あんただけよ」
「へっ?」
「雪定さんの鈍感さには、目を見張るものがありますからね」
「ここにも、子供がもう一人……ね」
「まあ、君にもわかる日が来ますよ」
「デリカシーのないあんたには、一生わからないでしょうけどね」
「ひと嵐、来そうですね?」
「納得いかねえなあ!」
フルボッコにされた落ち武者の悲痛な叫びに、同じく悲鳴のような七沢の声が重なった。
「すみませーん。お話に、花が咲いているところ、申し訳ないんですが、誰かー。手伝って下さい!」
「よし、みなさんお集まりのところで、そろそろ、焼香してくるか」
俺はそう言って、電信柱にもたれる松本を小突いた。
*
「あ、刑事さんじゃないですか」
喪服姿の七沢夏桜が、こちらに軽く手を振った。その声に反応し、昨日の面々(新顔もちらほらいるが)が一斉にこちらに振り向いた。
真っ先に声をかけて来たのは、メタルフレームの眼鏡紳士だった。
彼は医学部教授の氷上秀一だと名乗った。
「先生もお手伝いですか?」
「ええ。大切な教え子の大変なときに、支えになるのが教育者にとっては、当然のことでしょうからね」
彼はそう言うと、痛ましげに教え子を見下ろした。
メタルフレームの奥の知的な瞳が、美貌の教え子を写している。
当の教え子は、
「これは、刑事さん。ありがとうございます」
と丁寧な言葉とは裏腹な、軽い軽蔑さえ含んだような目で、軽く頭を下げた。
「ああ。この度は、ご愁傷様」
俺は仕事柄、何百回と言い慣れた決まり文句で答えた。
「ねえ、先生。この人達は誰?」
人見知りする子らしい。
香野風実花は、少し怯えたような目で俺を見上げると、十夜の腕を取り、彼の背中に隠れるような仕草をした。
「警察の方だよ。母の事件の捜査をされているんだ。風実花もできる限り、協力しておくれね」
十夜はそう言って、少女の手のひらを包み込むように、自分の手を重ねた。
その表情は、今まで俺が目にしたことの無い優しさに溢れていて、少女もほっとしたように頷いた。
「警察……。おば様はやっぱり……」
俺は努めて優しく言った。
「君はまだ事情聴取を受けていなかったね。えっと、香野風実花さんだったか?焼香が終ったら、ちょっと話を聞いてもいいかな?そんなに怖がるなよ。誰もとって食おうってわけじゃない」
「もう!本平さん!そんな言い方したら、余計怖がるじゃないですか!」
少女は不安げな眼差しで、十夜を見上げた。
「弱ったなあ。わ~ったよ。十夜君が一緒なら、問題ないかい?」
少女はようやく、こくんと頷いた。
「あの、刑事さん。私も一緒じゃダメですか?なんだか風実花のことが心配で」
そう太刀川穂積が声を上げた。
「ああ。この際、一人増えようが二人増えようが、関係ないさ」
「本平さんっ!」
「いいじゃね?か。可愛い子に囲まれて両手に花で。じゃあ、どこか落ち着いて話せるような場所はないかな?藤代君」
「それなら、僕の部屋へどうぞ」
「あ、ありがとうございます。じゃあ、そこで待たせてもらいますね」
松本は恐縮するように、藤代青年に頭を下げた。
「では、どうぞ。風実花、太刀川君と一緒に焼香を済ませてきなさい」
*
「さてと……。まず、君から見た十夜君のお母さんの印象。聞いておこうか」
藤代十夜の自宅二階。ここは、十夜の自室らしい。
きちんと整頓された清潔感のある部屋。
俺の質問に、少女はちょっと考えるように視線を泳がせると、ゆっくりと口を開いた。
「おば様はとても優しくて、綺麗な方です。私、おば様が殺されたなんて、信じられなくて。亡くなったって聞いた時も、急病か、事故だろうって。でも、でも……」
少女はまた泣き出した。そっと彼女の背中を抱くと、太刀川という少女が声を上げた。
「風実花……。あの、私からの印象でいいですか?藤代先輩のお母さんは、すごく綺麗な人で、なんていうか、神秘的っていいますか?そんな感じの人で。看護婦されていたんですよね」
そう救いを求めるように見上げた彼女に答えるように、青年は頷いた。
「すごく、優しい人だったし。私、おばさんが勤めていた病院に入院していたことがあって、すごくお世話になりました。そんなおばさんを殺すなんて。そんな……」
気丈に見えた彼女も、声を詰まらせ、目を伏せた。
風実花という少女の手に添えた彼女自身の手も、小刻みに震えているようだった。
「刑事さん。もういいですか?彼女たちも混乱しているんです」
「ああ……。そうだな」
まだ、何の質問もできていないのだが。
まあこの様子では、とても重要な証言を引き出せるとは思えない。
開放しても、問題ないだろう。
「さ、風実花。もう、行きなさい。後から僕も行くから。すまない、太刀川君、風実花を頼む」
「わかりました。行こう。風実花」
少女たちが部屋から出て行くと、青年の表情は一変した。
あの溢れるような優しさは完全に消え、代わりにあの氷の表情に戻っていた。
「あなたは僕を疑っていますね?」
そういうと、青年はこちらにちらりと流し目を寄越した。
その奥に、ちらりと光る火花。
「隠さなくてもいいですよ。あなたの態度を見れば、一目瞭然ですから」
俺は微笑みながら頷いた。
「なぜです?僕には動機もないし、犯行のチャンスのない。なのに、どうして僕を疑うのです?」
確かに、なぜだろうな。
今のところ、これといった動機も見つからないし、彼には完璧なアリバイがある。
なのに、俺はどうしても君が本星だとしか思えない。
なぜだろうな。
それを改めて言葉にすれば……そうだな……。
在り来たりの文句だが……。
「強いて言えば、勘かな?」
「勘ですか?」
「ああ。勘だ。ただ、それだけだ」
そう。
そして、俺はそれだけで十分だと思う。
俺の中の何かが、確かに君が犯人だと告げている。
俺はそれを信じるだけだ。
「勘ですか……」
青年は小さく笑った。
「ねえ、刑事さん……」
青年は、背後の窓から差し込む夕日を浴びながら、ゆっくりと振り向いた。
朱に染まる、美しい顔立ち。
「僕を逮捕できますか?」
俺はその破滅的な美しさに魅入られながら、答える。
「ああ、必ず、証拠を掴んでやる。首洗って待っているんだな」
「次にお会いする時には、ぜひ、証拠を見せて下さいね?」
青年は答えた。
この世のものとは思えないような、美しい笑みで。
「楽しみにしています」
ああ、必ず証拠を掴んでやる。
そして、君に己の犯した罪の償いをさせてやる。
君のその、美しい身体で。
「あまり、動揺していないようだな」
俺はそう言って、藤代十夜に、コーヒーの紙コップを手渡した。彼はそれを無言で受け取る。
署内の廊下である。
たった今、彼は親子の再会を果たしたばかりであった。
涙もない、言葉もない、あっけない再会であった。
「母親が死んだというのに、薄情な息子だと思われたでしょうね」
そう言うと、青年は一口コーヒーを舐めた。
「こういう時、他の人たちは、どんな反応をするのですか?泣きますか?喚きますか?どうするのでしょうね。僕にはわからない。ただ、とても悲しいのは事実なんです」
一瞬、青年は整った眉を歪めた。だが、それは本当に一瞬だった。
俺はその中に青年の苦悩を見た気がした。
彼が母親を殺害した苦悩が。
「悪いんだが……。君には話を聞かなきゃならない。つらいだろうが、これもお母さんの為だと思って、耐えて欲しい」
そう言って、俺は青年を取調室に通した。
静かな戦いの始まりだ。
「さてと、はじめようか」
俺はゆっくりと青年のまわりを一周すると、向かえの椅子に腰掛けた。
「いきなり取調べ室なのですか?」
青年は俺を見上げた。静かだが、挑戦的な目で。
後ろ暗いことがあろうがなかろうが、取調室に入るだけで、大抵の人間は萎縮するものである。
それは恐らく、この密閉された空間が、圧迫感と息苦しさを感じさせるからなのだろう。
だが、この青年にはそれがない。
顔に似合わず、いい度胸をしている。
上等だ。
「すまないな。応接室は生憎、満室でね。我慢してくれ。カツ丼くらい奢ってやるから」
青年は、呆れたように首を振った。
「ご好意はありがたいですが、結構ですよ。それより、本題に入ってもらえますか?僕は状況がよくわからないんです」
「ああ。悪かった。お~い」
俺は隅の方で事件資料に見入る松本を手招きした。
「事件の概要のとこ、開いてくれ」
「もう。だから、言ったじゃないですか。ちゃんと読んで下さいって」
「いいから、早くしろって。お客さん待たせたら、悪いだろう?」
「もう……」
これで、何度目なのか。
もう耳にたこ状態の松本の口癖を無視して、俺は書類を奪い取った。
松本は予想通り、「もう」と膨れた。
お前は牛か?
「えーと、まず、お母さんの発見状況から話そうか?君のお母さんは今朝10時頃、自宅リビングで仰向けで倒れているのを近所の女性が発見した。カーテンが開いていて、外からお母さんが倒れているのが見えたそうなんだ。はじめは急病か何かだと思って、救急車を呼んだらしい。で、駆けつけた救急隊員によって、お母さんの死亡が確認された。ここまでは、OKか?」
青年はただ、こくりと頷いた。その顔は相変わらず、感情は見られない。
「君のお母さん……やっぱり、言いにくいな。ガイシャの死亡推定時刻は、大体昨夜12時から未明にかけてらしい。ま、解剖中なんでね、こんなに幅があるんだが……」
「そうですか……」
「で、君に聞きたいことがある。その時間、君はどこで何をしていた?」
青年はゆっくりと俺を見上げた。硝子の様な目で。
「それは、アリバイというやつですか?」
「ああ。形式的なもんでね。関係者全員に聞いてるんだ。気悪くしないでくれ」
さあ、答えてもらおうか?
君はどこで何をしていたと答えるんだ?
「……研究室にいましたよ。論文の発表が近いので。そうだな。渡瀬教授や先輩達が証明してくれると思います」
青年は淡々と答えた。その顔にも声にも動揺はない。
「研究室……ね。おい、松本。すぐ、裏取れ」
「はいっ!」
俺が声を掛けると、松本は勢いよく椅子から立ち上がり、部屋を飛び出した。
どうやらまだ慣れない取調室の中で、相当緊張していたらしい。
この特殊な空間は、容疑者だけでなく、捜査員の方にも緊張感を与える。
それにしても……。
容疑者がこんなに落ち着いてるのに、お前があがってどうする。
「で、ちょっと聞きにくいんだが……。お母さんを殺すような動機を持った人間に、心当たりはないか?」
青年は少々棘のある目で、俺を見上げた。彼がここに来て、初めて見せた感情だった。
「それはどういう意味です?」
「そのままの意味だよ。だから、怒るなって。形式的な質問でね。これも、君の母さんを殺した犯人も手がかりになるかもしれない。答えてくれ」
青年は俺から視線を外すと、溜息混じりに言った。
「僕には心当たりはありませんよ。母は人から恨みを買うような人じゃない」
「そうか。じゃあ、君のお母さんの交際相手とか知らないか?」
「母の交際相手ですか……」
「君のお母さん、まだ38だったんだろう?それにあの美貌だ。付き合っていた男の一人や二人いてもおかしくない」
とうとう青年は、俺を軽蔑するような眼差しで睨め上げた。
「……刑事さん。あなたも随分失礼な方だ。それともこれも作戦の上ですか?僕を怒らせて、情報を引き出そうとでも?それなら、まだ許せますが。まあ、いずれ判明することですから、お教えしますよ。母には確かに交際している男性がいました」
「ほう……?」
「相手はさる高名な弁護士の方でしてね。母とは結婚を前提に交際していたようです」
「結婚……?君は賛成だったのか」
「ええ。あなたが先ほど言ったように、母もまだ若い。これからは母自身の人生を考えて欲しかった。それに彼はとても誠実で、有能な弁護士です。僕としても異存なんてありませんでした」
その目に一瞬、紅いものが見えた。本当に一瞬だが……。
「他に質問は?」
「いや、こんなもんだな。ご協力、感謝しますよ」
俺は恭しく頭を下げた。
顔を上げると、青年は視線を光の差し込む窓に移していた。
ひどく遠いところを見ているような眼差し。
「いつ、母は帰して頂けますか」
青年は窓の外に視線を泳がせながら、言った。
「今夜には。司法解剖が終り次第……だね」
「そうですか……」
青年はゆっくりと視線を俺に戻す。
先ほどまでの軽蔑の色の消えた、安らかな目だった。
俺の中で、何かが疼いた。
俺はこの瞳を知っている。
確かに……。
軽い眩暈。
揺らぐ景色。
その中で、真っ直ぐに俺を捉える懐かしい光。
「ねえ、刑事さん……母を綺麗な状態で返して下さいね?」
「あ……?ああ」
「ね?」
*
響く読経。
どこまでも続く鯨幕。
早回しのビデオのような波の沢山の参列者の中に、一人、ストップモーションする影。
藤代十夜。
黒のスーツに身を包んだ彼は、白い肌が際立ち、はっとするような美しさに支配されている。
喪主を務める彼は、絶え間ない参列者に、無表情でただ頭を下げていた。
「ほお~。研究室の面々が手伝っているようだな。ほら、あそこ、お前を殺しかけた子もいるぞ」
「止めて下さいよ!もう?!」
「先生!」
坊さんの読経と、木魚の音だけが支配する空間に、場違いなほどに可愛らしい声が響いた。
声の方を見ると、声の通り可憐な少女が、着慣れていなさそうな黒のワンピース姿で立っていた。
まるで、一輪だけ咲くアネモネのように鮮やかだ。
そして、彼女に寄り添うように、スポーティなイメージのショートカットの少女が立っていた。
俺が彼女を少女と認識したのは、黒のスーツにスカート姿からであって、もし、彼女がイメージ通りのパンツ姿であれば、可憐な少女に付き添う「イケメン」な友人だと考えただろう。
「風実花……太刀川君」
氷の表だった青年の顔に、さっと赤みが戻った。
「二人とも、可愛い子だな。おい、あの子たちは誰だ?」
俺は、傍らの松本の肘を突付いた。
「もう!だからー。捜査資料はちゃんと読んで下さい。もう、これっきりですからね」
お得意の「もう」攻撃。
だから、お前は牛か?
「あのセミロングの少女は、香野風実花。香野病院の一人娘です。あと、シュートカットの子の方はその友人で、太刀川穂積ですね」
「香野病院って、あの香野病院か?あの馬鹿でかい」
「そうですよ。何かしました?」
「前に足の骨折った時に、入院してな。あそこは綺麗な看護婦が多い。機会があったら、また入院したいもんだ」
「何訳わかんないこと言ってるんですか!続けますよ。で、藤代青年は一年前まで彼女の家庭教師だったようです。現在二人は交際中。親も公認の仲だそうで」
「ほ~。それはそれは。羨ましいご身分だな。あの子と交際中ということは」
藤代十夜は、大病院・香野病院の次期院長って訳か。
俺の心が揺らぐ。
そんな状態で、殺人なんて犯すか?
まして、どんなに捜査しても藤代十夜が母を殺すような動機など、皆目出て来なかった。
アリバイも彼が主張した通りだった。
「ああ。間違いないさ~。十夜は確かに研究室にいたね。俺たちは、渡瀬教授とずっとこれやってたからね~。」
そういうと、無精ひげの落ち武者のような青年(雪定と言う十夜の先輩だそうだ)は、マージャンパイを混ぜるような仕草をした。
大学で徹夜マージャンとは、いいご身分だ。
「だが、君たちがマージャンしてたのは渡瀬研究室で、藤代君のいた第三研究室ではなかったんだろう?つまり、姿を見た訳ではない?」
「ああ。だがね。間違いなく彼はそこにいたさ。電話したからね」
「電話?」
俺が鸚鵡返しに問うと、落ち武者は、
「そう。電話。一時間に三回はしたかな~?あの先生。酔っ払うとね、ドクター渡瀬は電話魔に変身するのね」
と言って、煙草に火を着けた。
「はあ~ん」
徹夜マージャンに飲酒か。
手術の際は、こいつらにだけは執刀されたくないもんだ。
「電話って言ってもだ。転送とかできるだろ?」
すると落ち武者は、顔の前でちっちっと、人差し指を振った。そして、散らかったデスクの一角を指差した。
そこには、昔懐かしい黒電話が埋まっていた。
「ね?この医学部研究棟は、見ての通り、古いのでね~。電話もこんな化石なみの黒電話なのよ。通話も内線だけ。だからね、転送とかそんなハイテクなことはできない訳。OK?」
俺はそのふざけた鼻先に、パンチの一つでもくれてやりたい気分だったが、黙って礼を言って研究室を後にした。
しかもだ。
解剖の結果、藤代十夜の母は、死ぬ直前に男性と関係を持ったことが判明した。
この相手がホシと見て、間違いない。
ガイシャの局部に残された精液の血液型は、O型。
そして、肝心の十夜は……。
B型だった。
違うのか?
君じゃないのか?
俺は、青年に問いかける。
俺の戸惑いを他所に、眼前の青年は花のような少女たちと話し込んでいる。
「この度は、おば様が大変なことになって……。先輩のお気持ち、お察しします。私も風実花も信じられなくて」
「おば様がこんなことになって、私……私……」
とうとう少女は泣き出してしまった。青年は優しく少女の背中に手をかけた。
まるで、立場があべこべだ。
今、本当に泣きたいのは君のはずだよな?
「じゃあ、先輩。私たち、お焼香させてもらいますね。その後、お手伝いしますから。行こう、風実花」
「あら、穂積ちゃん。風実花ちゃんも」
「あ、すみません。水沢先輩。お手伝い遅れてしまって。知らせ受けた風実花が、気失ってしまって」
「いいのよ。風実花ちゃん、大丈夫?無理しないでね。手伝いは私たちだけでも十分だから」
そう言うと、水沢は優しく微笑んだ。
「先輩、すみません……」
恐縮する十夜の背中を、落ち武者がドンと叩いた。
「な~に、水臭いこと言ってんだよ。大変なのはお前の方じゃね?か。休んでていいんだぜ?十夜。ねえ、氷上先生」
落ち武者の隣には、ダークスーツの似合う、背の高い紳士が立っていた。
インテリ然としたメタルフレームの眼鏡。
白皙の顔には、柔らかい微笑みを浮かべている。
きっちりと几帳面に撫で付けられた若白髪混じりの髪は、落ち武者と並ぶと見事なコントラストを醸し出している。
年齢は30代半ばから後半といった雰囲気か。
「先生」ということは、十夜の大学の教員なのだろう。
「そうですよ。藤代君。君も事情聴取などで疲れたでしょう?ここは我々に任せて、風実花さんについていてあげなさい」
彼は紳士然とした柔らかな物腰で、教え子の肩にそっと手を置いた。
「じ~っ」
「おわっ!深癒伎ちゃん!いたのか。て、なんか、俺、こればっかり」
「じぃ~~~~」
異様な視線に気がついたのか、香野風実花が涙に濡れる顔を上げた。
「あの。私の顔に、何かついているでしょうか?」
「別に~。なんでもなーいです~!」
そう捨て台詞を残すと、「キャンディ・キャンディ」は頬を膨らませたまま、鯨幕の裏に消えた。
「なんだー?ありゃ」
「ご機嫌、ナナメのようですね」
坊ちゃん坊ちゃんした青年(新譲という十夜の後輩らしい)は、やれやれと言った面持ちで、彼女の消えた方を仰いだ。
「深癒伎ちゃんったら。まだ子供なんだから」
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「わかってないのは、あんただけよ」
「へっ?」
「雪定さんの鈍感さには、目を見張るものがありますからね」
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「まあ、君にもわかる日が来ますよ」
「デリカシーのないあんたには、一生わからないでしょうけどね」
「ひと嵐、来そうですね?」
「納得いかねえなあ!」
フルボッコにされた落ち武者の悲痛な叫びに、同じく悲鳴のような七沢の声が重なった。
「すみませーん。お話に、花が咲いているところ、申し訳ないんですが、誰かー。手伝って下さい!」
「よし、みなさんお集まりのところで、そろそろ、焼香してくるか」
俺はそう言って、電信柱にもたれる松本を小突いた。
*
「あ、刑事さんじゃないですか」
喪服姿の七沢夏桜が、こちらに軽く手を振った。その声に反応し、昨日の面々(新顔もちらほらいるが)が一斉にこちらに振り向いた。
真っ先に声をかけて来たのは、メタルフレームの眼鏡紳士だった。
彼は医学部教授の氷上秀一だと名乗った。
「先生もお手伝いですか?」
「ええ。大切な教え子の大変なときに、支えになるのが教育者にとっては、当然のことでしょうからね」
彼はそう言うと、痛ましげに教え子を見下ろした。
メタルフレームの奥の知的な瞳が、美貌の教え子を写している。
当の教え子は、
「これは、刑事さん。ありがとうございます」
と丁寧な言葉とは裏腹な、軽い軽蔑さえ含んだような目で、軽く頭を下げた。
「ああ。この度は、ご愁傷様」
俺は仕事柄、何百回と言い慣れた決まり文句で答えた。
「ねえ、先生。この人達は誰?」
人見知りする子らしい。
香野風実花は、少し怯えたような目で俺を見上げると、十夜の腕を取り、彼の背中に隠れるような仕草をした。
「警察の方だよ。母の事件の捜査をされているんだ。風実花もできる限り、協力しておくれね」
十夜はそう言って、少女の手のひらを包み込むように、自分の手を重ねた。
その表情は、今まで俺が目にしたことの無い優しさに溢れていて、少女もほっとしたように頷いた。
「警察……。おば様はやっぱり……」
俺は努めて優しく言った。
「君はまだ事情聴取を受けていなかったね。えっと、香野風実花さんだったか?焼香が終ったら、ちょっと話を聞いてもいいかな?そんなに怖がるなよ。誰もとって食おうってわけじゃない」
「もう!本平さん!そんな言い方したら、余計怖がるじゃないですか!」
少女は不安げな眼差しで、十夜を見上げた。
「弱ったなあ。わ~ったよ。十夜君が一緒なら、問題ないかい?」
少女はようやく、こくんと頷いた。
「あの、刑事さん。私も一緒じゃダメですか?なんだか風実花のことが心配で」
そう太刀川穂積が声を上げた。
「ああ。この際、一人増えようが二人増えようが、関係ないさ」
「本平さんっ!」
「いいじゃね?か。可愛い子に囲まれて両手に花で。じゃあ、どこか落ち着いて話せるような場所はないかな?藤代君」
「それなら、僕の部屋へどうぞ」
「あ、ありがとうございます。じゃあ、そこで待たせてもらいますね」
松本は恐縮するように、藤代青年に頭を下げた。
「では、どうぞ。風実花、太刀川君と一緒に焼香を済ませてきなさい」
*
「さてと……。まず、君から見た十夜君のお母さんの印象。聞いておこうか」
藤代十夜の自宅二階。ここは、十夜の自室らしい。
きちんと整頓された清潔感のある部屋。
俺の質問に、少女はちょっと考えるように視線を泳がせると、ゆっくりと口を開いた。
「おば様はとても優しくて、綺麗な方です。私、おば様が殺されたなんて、信じられなくて。亡くなったって聞いた時も、急病か、事故だろうって。でも、でも……」
少女はまた泣き出した。そっと彼女の背中を抱くと、太刀川という少女が声を上げた。
「風実花……。あの、私からの印象でいいですか?藤代先輩のお母さんは、すごく綺麗な人で、なんていうか、神秘的っていいますか?そんな感じの人で。看護婦されていたんですよね」
そう救いを求めるように見上げた彼女に答えるように、青年は頷いた。
「すごく、優しい人だったし。私、おばさんが勤めていた病院に入院していたことがあって、すごくお世話になりました。そんなおばさんを殺すなんて。そんな……」
気丈に見えた彼女も、声を詰まらせ、目を伏せた。
風実花という少女の手に添えた彼女自身の手も、小刻みに震えているようだった。
「刑事さん。もういいですか?彼女たちも混乱しているんです」
「ああ……。そうだな」
まだ、何の質問もできていないのだが。
まあこの様子では、とても重要な証言を引き出せるとは思えない。
開放しても、問題ないだろう。
「さ、風実花。もう、行きなさい。後から僕も行くから。すまない、太刀川君、風実花を頼む」
「わかりました。行こう。風実花」
少女たちが部屋から出て行くと、青年の表情は一変した。
あの溢れるような優しさは完全に消え、代わりにあの氷の表情に戻っていた。
「あなたは僕を疑っていますね?」
そういうと、青年はこちらにちらりと流し目を寄越した。
その奥に、ちらりと光る火花。
「隠さなくてもいいですよ。あなたの態度を見れば、一目瞭然ですから」
俺は微笑みながら頷いた。
「なぜです?僕には動機もないし、犯行のチャンスのない。なのに、どうして僕を疑うのです?」
確かに、なぜだろうな。
今のところ、これといった動機も見つからないし、彼には完璧なアリバイがある。
なのに、俺はどうしても君が本星だとしか思えない。
なぜだろうな。
それを改めて言葉にすれば……そうだな……。
在り来たりの文句だが……。
「強いて言えば、勘かな?」
「勘ですか?」
「ああ。勘だ。ただ、それだけだ」
そう。
そして、俺はそれだけで十分だと思う。
俺の中の何かが、確かに君が犯人だと告げている。
俺はそれを信じるだけだ。
「勘ですか……」
青年は小さく笑った。
「ねえ、刑事さん……」
青年は、背後の窓から差し込む夕日を浴びながら、ゆっくりと振り向いた。
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「僕を逮捕できますか?」
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「ああ、必ず、証拠を掴んでやる。首洗って待っているんだな」
「次にお会いする時には、ぜひ、証拠を見せて下さいね?」
青年は答えた。
この世のものとは思えないような、美しい笑みで。
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ああ、必ず証拠を掴んでやる。
そして、君に己の犯した罪の償いをさせてやる。
君のその、美しい身体で。
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