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ハーベノム編

なんで、アンタがここにいるのよ

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 アンナは部屋に入ってきた人物の姿を見て目を見開いた。あの男と同じ髪の色で顔立ちもよく似ている。


「レイ……」


 アンナは思わずその名前を口にしかけた。その途中で、すぐにあの男とは目の色が違うことに気がついた。


「久しぶりだな。アンナ・リリス。」


  張りのある自信に満ちた声。「アンナ・リリス」としては幼い頃に一度会っただけだが、「聖なる祈り人」のゲームプレイヤーとしてはよく知っている人物だった。


「…何故、貴方がここにいるの?」


 ランザ・イーディス。レイゼルトの兄でこの国の第一王子だ。この国では、王の子どもの中で長男が国王になるのが慣習だが、次期国王には例外的に、レイゼルトが選ばれることが予定されていた。勇者であり、国民からの支持が高い人物が国王になる方が、国の繁栄に繋がると現国王は考えているからだ。
 本来自分が手にするはずだった王の座を奪われたランザは、レイゼルトを憎み、亡き者にしようと画策している。ゲームの中ではラスボスに当たる存在だ。


「勿論、お前の救出のためだ。可哀想に。レイゼルトに裏切られたんだろう?私が助けてあげよう。」


 少しも心がこもっていない、形だけの憐れみの言葉。アンナはランザの提案を無視して質問を続けた。


「……何故、攻撃を?」


「当然だろう。そいつはお前の敵だ。」
 

 ランザの芝居ががった声音が鼻につく。
 ランザの魔法はモンスターの使役。ユリスがアンナを庇うと踏んで、モンスターにアンナを狙わせたのだろう。そうなると、ランザはある程度ユリスの思考を理解していたことになる。


「……何故、ここが分かったの?」


「違法薬を流していたのはそいつだろう。王族として放っておけんからな。調査したのさ。」


 アンナは考える。あまりにもタイミングが良すぎると。
 そもそもアンナの元へマドル家からの命令で来たというあの男。あの男をアンナの元へ派遣したのはユリスだと思っていたが、ユリスは何のことかわからないと言った。あの時はユリスが嘘をついているのだと思ったけれど、もしもユリス以外の人物が、あの男を利用してアンナをハーベノムへ向かわせようとしていたのだとしたら。


「……あの男を私の元へ送ったのは貴方ね?」


「ふん、何のことだ?」


 恐らくランザは、ユリスの元にアンナを向かわせ、研究させることで、闇の魔法を他の人間、ランザ自身が使えるようになりたかった。プライドの高いランザのことだ。可能ならば、レイゼルトを自らの手で葬りたいのだろう。だが、それができないことを理解した今、用済みのユリスを殺し、アンナを確保しにきた。そういうことだろう。


「ユリスは私の敵じゃない。私が彼に協力するって自ら申し出たの。早く彼の手当てを。」  


「そいつは捨て置け。」


「嫌よ。私と協力関係を結びたいんでしょう?」


「私に指図するな。アンナ・リリス。レイゼルトを殺す。力を貸せ。」


 確かにアンナはレイゼルトを殺したい。だが、それは他の誰かに協力する形ではなくて、アンナ自身の力で成し遂げたいことだ。


「断るわ!」


 まさか断られると思っていなかったのだろう。ランザの白い肌が怒りで紅潮するのが見て取れた。


「私まで敵に回してどうしようって言うんだ?」


 この男は自分が世界で一番価値があると思っていて他の人間は自分の駒だと思っている。今のレイゼルトとよく似ている。


「それは貴方がこれから知ることよ。
安心して。貴方の憎い弟はきちんと地獄へ落とすわ。」


 アンナはそう告げると、魔法を唱えた。


闇の蝶ダーク・バタフライ


 アンナは足元に蝶を出現させ、アンナを乗せてその蝶を浮かせると、ユリスを抱えたまま部屋の入り口に向かった。そして、部屋の入り口の前に立っているランザを避けて部屋の外へ飛び出した。


「追え!」


 背後からランザの声が聞こえてきた。アンナが振り返ると、ランザの側へ控えていた兵士が、アンナを追って来ているのが見えた。


 この地下空間には魔力阻害の術が張り巡らされている。闇の魔法は使えるが、瞬間移動のパワークリスタルは使えそうにない。


「ねぇ、なんで私を庇ったの?」

 
 地上へ向かいながら、アンナはユリスに尋ねた。大怪我を負っているユリスに話しかけない方がいいことは頭では理解していたけれど、どうしても理由を聞きたかった。ユリスは出血が多いせいか、顔色が悪くはあったけれど、意識はあった。


「…当たり前だよ。君は特別だ。闇の魔法を使える君が、生きていれば、オレの理想が叶う可能性はある。……オレの知る限り、リリス家の引く女性で生存しているのは、君しかいない。いくらでも替えが効くオレとは訳が違う。」
 

「そういうことじゃない!!」


 アンナは自分でも驚くくらい、大きな声を出してしまった。
 ユリスは力無く首を振る。


「それが世界の摂理だよ。命には…優先順位がある。」


「すぐに私の仲間のところへ連れて行くから。」


「……放っておきなよ。オレに助ける価値なんてない。」


「黙ってて!」


 植物園まで戻ってきた。アンナは魔法で闇の中に忍ばせていたパワークリスタルを取り出して、呼びかけた。


「カルム、聞こえる?今すぐに合流地点へ戻るわ。怪我人がいるの。」


「わかった。アンナ、君は無事なんだね?」


「ええ。私は問題ないわ。」


 アンナがパワークリスタルを発動させて移動しようとしたその時、アンナは背後からとても嫌な気配を感じた。急いで瞬間移動の魔法を発動させたことで、ユリスを移動させることはできたが、アンナは後ろから強い力で引き寄せられて、パワークリスタルを手から離してしまった。固い床にパワークリスタルが転がる。
 そのまま数メートル宙を移動して、突然引き寄せられていた力が消えると、アンナは地面に背中から叩きつけられた。


「痛っ……」


 アンナは身体を起こし、振り返る。そして真っ赤な目を見開いたまま、動きを止めた。


「やっと追いついた。」


 忘れるはずがない、聞き慣れた声。


「ったく、この俺様の手を煩わせるとはお前も生意気になったよな。」


 ルーハドルツをすぐに発ったとしても、ハーベノムに来る前に別の街に寄ってヒロインに会いに行くはず。そう踏んでいたのだ。
 だから、こんなにも早くこの街に来るなんて、想定していなかった。


「…………なんで、アンタがここにいるのよ?」


 陽の光を閉じ込めたような金髪に空を映したような水色の瞳。アンナの目の前に立っていたのはまさしくレイゼルト・イーディスだった。
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