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ハーベノム編

変わり始めたストーリー

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 ルーハドルツ学園校門前。
 その日、ルーハドルツ魔法学園は通常の授業日にも関わらず、異常な熱狂に包まれていた。その原因は熱狂の中心にいるまるで天から降りてきたように美しい少年。その訪問者を一目でも見ようと大きな人だかりができていた。
 
 そして、その訪問者に呼び出されたのは一人の少女。無遠慮に向けられる好奇の眼差しに戸惑っている様子はあったが、その足取りはしっかりとしていた。
 訪問者と少し話した後、少女は首を横に振った。


「残念ですが、お断りします。」


「…………は?」


 勇者に呼び出された少女、ミレイ・サキュラはきっぱりと拒絶の言葉を口にした。誰もが信じられないという表情をする中でも、ミレイの決意は揺らがなかった。
 勇者直々に旅への同行を求められることが、身に余る名誉だということをミレイはよく理解していた。それでも頭の中から離れないのは、自分を助けてくれた気高い黒髪の少女の姿だった。


「貴方が勇者なのは知っています。でも私、自分の見たものを信じてるんです。
貴方の力になることが正しいことと思えなくて……
授業がありますので、これで失礼します。」


 ミレイは踵を返すとその場を立ち去った。残された男は唖然とした表情で立ち尽くしていた。


「おいおいおいおい。
ミレイちゃん、初対面だろ?俺が何したって言うんだ。」


 残された男、レイゼルト・イーディスは訳が分からず、遠のいていくミレイの背中を見つめていた。


――おかしい。ストーリーが変わっている。

 ミレイが仲間になるのを拒んだ?攻略対象が一人減ることがあり得るのか?
 そもそもカルムがアンナに攫われただと。どうやったらそんな状況になる?ダミクのドーピング話はどこに行った?


 レイゼルトの頭の中は次から次へと湧き上がる疑問で埋め尽くされていった。


「レイゼルト様、顔色が悪いです。少し休まれますか?」


 マリアが不安そうにレイゼルトの顔を覗き込む。


「レイゼルト君、気にすることないよ。」


 新たに旅に加わったヒロインの一人、ルルカが明るい声で言った。

 レイゼルトはヒロイン達の言葉が全く耳に入らず、思考の渦に飲まれていた。ただ、はっきりと感じるのは、このままではいけないという明確な危機感だった。


「……アンナだ。あいつを止めねえと。」


 レイゼルトは誰に言うともなく呟いた。



✳︎✳︎✳︎✳︎



 アンナ達が住むピグミーハウスの一室。元々はロキが持っているピグミーハウスを使っていたが、空間の魔力が切れかかっていたため、カルムが持っているものに新調された。カルムの持っているピグミーハウスはロキが持っていた一人用のものよりも部屋の数が多く、アンナ達はそれぞれ個人の部屋が持てるようになっていた。


「話って何さ?」


 ピグミーハウスのダイニングルーム。カルムはいかにも面倒そうに聞いた。カルムを呼び止めたロキの方は、冷えた目でカルムを見ている。


「これから一緒に旅をするんだ。アンナについて言っておきたいことがある。」


 一呼吸置いてからロキは続けた。


「君は聞いていないかもしれないが、アンナは思いを寄せていた男に殺されそうになった。心の傷はまだ癒えていないはずだ。恋愛的な意味で、今の彼女に迫るのはやめてもらいたい。」


 カルムはそんなことか、というように肩をすくめる。


「ああ、はっきり言われたわけじゃないけどすぐ分かったよ。
男に触れられることに慣れていない。大方長年片思いをしてたんだろうって。」


「それなら……」


 カルムはロキの言葉を遮って続けた。


「馬車で事故に遭ったから、二度と馬車を使わないなんてことはないだろう。アンナは恋をして結果辛い思いをしたのだろうけど、それは相手が悪かっただけだよ。恋をすること自体が悪いなんてことはない。
君は好きにしなよ。でも僕は彼女を諦めるつもりなんてさらさらない。」


「……アンナの気持ちより、自分の気持ちを優先するということか?」


 ロキは苛立ちを隠さない。カルムはわざとらしく眉を上げる。


「違うね。強いて言うなら、そう……自信かな?僕ならアンナを幸せにできる。」


「……話にならないな。」


「騎士くん、男の嫉妬ほど醜いものはないよ。」


 そう言ってカルムは歩き始めた。


「ロキでいい。どこへ?」


「彼女の様子を見てくるよ。」  


 ロキは小さく舌打ちした。


「僕も行く。お前一人だと何をするか分からない。」


「嫌だな。寝込みを襲う趣味はないよ。
反応がないとつまらないし、記憶に残らないと意味がないだろう?」


 カルムに悪趣味な持論を唱えられて、ロキは返事もしなかった。


 アンナは魔力の使い過ぎで疲れたのだろう。昨晩からからずっと眠り続けていて目を覚さない。

 魔術師のことは詳しくないが、同じ兵団の魔術師も任務の翌日には一日中眠っていた。魔力の使い過ぎが原因で眠れば回復することが分かっていても、どうにも昨日からアンナのことが気がかりで、ロキは気持ちが落ち着かなかった。
 そばにいながら、アンナにこれだけ無理をさせた自分の無力さを悔やむばかりだった。

 ロキがカルムに続いてアンナの部屋に入ると、アンナはまだ眠っていた。うなされているのか、時々小さく声を漏らしていた。

 
 ロキとカルムはアンナを起こさないよう、静かに扉を閉めて部屋を出た。



――アンナは長い眠りの中、昔の夢を見ていた。
 
 まだアンナもレイゼルトも幼かった頃。リリス家を襲った悲劇の夢を。
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