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アミティナ編

手始めに脅迫してみましょうか

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「私、あなたのこと知ってるわよ。
白雷の騎士。ロキ・ファラストさん。」


 余裕たっぷりの笑みを浮かべながらアンナは言った。


「……君は?」


 ロキの声が一段と低くなる。警戒されているのかわかる。


「私はアンナ・リリス。
この国の執政官をしてたの。ここから脱出するために手を組まない?」


「執政官が投獄ね。……君に協力するとして僕に何のメリットがある?」


「私、この牢獄の出口を知ってるわ。」


「……それなら一人で出ればいいんじゃないか?」


 アンナのことを信用していないのだろう。ロキは立ち上がろうともせず、不信感いっぱいの視線をアンナに投げるだけ。何故脱出の方法を知っているのに自分を味方につけようとするのか分からないのだろう。アンナは目的も話しておくことにした。


「いいえ。ここから出るのは第一段階に過ぎない。私の目的はレイゼルト・イーディスを殺すことよ。」


 ロキはアメジストのような色をした目を一瞬だけ見開いた。


「当然あの男がこの国の第二王子と知って言っているんだよな?随分夢見がちなお嬢さんだ。」


 ロキの目的も王国への謀反のはず。アンナはそれをゲームをした時の記憶で知っていた。
 こちらの手の内を明かさないと話は進みそうにない。


「私はあの男と幼馴染だったの。そしてあの男が……好きだった。彼を支えたくて執政官になった。ボロボロになるまで働いた。
それなのに横領の罪を着せられてここへ入れられた。絶対に許せないのよ!あの男だけは!」


「……その話をなぜ僕にする?」


「同じだと思うからよ。貴方も。
聞いた話だと貴方は国を裏切り仲間の兵士を殺したことになっている。でも本当は違うんでしょう?王国への恨みがあるんじゃないの?敵が同じなら私達は協力するべきよ。」


 ロキは答えない。どうやらもう一押ししないといけないようだ。

 
「協力してくれないなら騒ぎ立てて看守を呼ぶことに専念するけれど。どうせ殺されるし、せめて物分かりの悪い貴方の邪魔をしてから死ぬわ。」


 くすくす笑いながらアンナは言った。本当は穏便に行きたかったが、ロキがこちらを信用してくれない以上、脅してでも協力関係を作るしかない。
 ゲームのストーリー上でもロキは脱獄をしている。ロキがここからの脱出を目論んでいることは間違いない。だからこそ、ここでアンナに騒がれて警備の目が厳しくなるのは避けたいところだろう。


「……わかった。ひとまず君に協力するよ。」


「分かってもらえたみたいで嬉しいわ。」
 

 アンナはひとまず胸を撫で下ろした。じゃあこれからのことだけど、とアンナは話を続けた。


「この牢獄は迷宮になっている。万が一囚人が牢から脱出した場合でも、彼らを始末できるようにモンスターが放たれているわ。
その中に、倒せば迷宮への出口の鍵となるモンスターがいる。その個体の姿は知っているから、出会ったら私が伝えるわ。」


 今鍵の個体の特徴を伝えたら、ロキはアンナを置いて一人でそのモンスターを倒しに行ってしまうかもしれない。
 ゲームの中でも辿るルートによっては、投獄されたヒロインを救い出し、迷宮から脱出するイベントがある。だからアンナは鍵となるモンスターの特徴を知っていた。


「そうか。わかった。」


 ロキは本当に表情が変わらない。何を考えているのか読めない男だとアンナは心の中で呟いた。


「じゃあ早速始めましょう。」


✳︎✳︎✳︎✳︎


 この牢獄では一日二回看守が食事を運んでくる。


「おい、飯だぞ。
……珍しいな。寝ているのか。」


 看守はベッドの上のロキの姿を見て寝ていると思ったのだろう。


「面倒くせぇ。とりあえず置いとくか。」


 看守は独りごちながら盆に乗った食事を床に置こうとした。その瞬間、ロキは寝ている体勢から起き上がり、一気に距離を詰めると首に手刀を喰らわして看守の意識を刈り取った。


「流石の身体能力ね。」


 白雷の騎士。動きの速さがまるで稲妻のようだといつしかついたロキの二つ名だ。
 ロキは牢の中から手を伸ばして看守が腰につけていた鍵を取ると、鍵を開けて牢から出た。アンナの方の牢の扉も開けてくれた。


「まずは牢に入れられた時に没収された貴方の剣、レーヴァテインを探すって話だったわよね。」


 ああ、とこちらも振り向かずロキが答える。


「場所の検討は付いてるの?」


「付いてるよ。あの剣は僕に使われたがっている。だから自ら僕に居場所を伝えてきている。」


 流石ファンタジーゲームの世界の剣だ。 


 ロキに先導してもらいながら、レーヴァテインを目指して迷宮の中を進んでいくと、早速ウサギのような姿をしたモンスターが現れた。

 アンナは攻略対象の一人だからそれなりの戦闘能力はある。氷の魔法を使えるし鞭も扱える。
 武器を持っていないロキの助けになればと、魔法で氷の剣を作ろうとしてみたけれど、術が張られているのか、上手く魔力が流れない。


「敵は僕が片付ける。君は下がっているんだ。」 


 アンナが魔法を使おうとしているのに気がついたのか、ロキが言った。

 ロキは目にも止まらない速さで敵に近づくと、モンスターを倒していった。ゲームの中では苦戦させられたけれど味方だと本当に心強い。


 モンスターを倒しながら進んでいくと、不意にロキが立ち止まった。
 アンナは何事かと一瞬驚いたけれど、すぐにその理由がわかった。曲がり角の先から聞こえる低い唸り声。そして重苦しいような邪悪な気配。
 そっと曲がり角の先を覗くと、赤い毛並みのライオンのようなモンスターがいた。その姿にアンナはあっと息を漏らした。


「ロキ、手間が省けたわ。あれが鍵となる個体よ。」


 アンナは可能な限り声を顰めて言った。


「なるほど。レーヴァテインを守らせてるってわけか。」


「多分この迷宮の中では一番強いモンスターだもの。貴方の剣を守るのにも打ってつけってわけね。」


「レーヴァテインなしであれとやり合うとなると苦戦しそうだな。」


 ロキは少しも動揺していない様子だった。冷静に敵の動きを見つめ、攻略の術を考えている様子だった。
 ロキにはアンナを有用だと思ってもらう必要がある。これは絶好の機会だとアンナは考えた。


「大丈夫よ。私に任せて。」


 アンナはロキに向かって微笑むと、ゆっくりと敵の前に歩み出した。
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