奴隷少女は騎士となる

灰色の街。

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全力疾走

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次から次へと湧いて出てくる魔物達。今の私の頭の中は生態系なんて言葉は存在しない。
あるのは抹殺の二文字だけ。どれだけ効率的に体力、魔力を使うか。その事のみに頭を使う。

先輩が張ってくれた結界もただの気休めにしかならない。
辺りは血に染まり、私の体はもう元の毛の色が分からないぐらいに汚れている。
完全獣化の弱点は鎌や投げナイフなどが使えないことだよね…

ああ…このままだとほんとにヤバイ…久し振りに危機感を感じる。

魔物ってこんなに統制取れてたっけ?
こんなに強かったっけ?
こんなに苦戦するものだっけ?

言い様のない焦りに襲われる。

早く拠点に帰らないといけないのに…
早く、早くしないと。このままだと…結界が壊される…

パリン

…ああ、結界が壊された。最悪だ。
さっき余裕があった時にちょっとでも移動しとけばよかった。
全身が痛い。歯も、足も、背中も。
痛いのに突進やら何やらされてさらに痛い…でも、まだ生きてる。

痛みをまだ感じるってことは…まだ生きてる。
生きてるってことは…まだ戦える…これが失敗したら、潔く諦めよう…

「開け地獄の門 我が敵を飲み込め フレイムオブ·デッド」

火炎魔術Lv.10で自分が敵だと認識した対象のみを灰になるまで燃やし尽くす。半径十メートルにいる敵をオートで燃やすため体力面でも魔力面でもかなりきつい。

辺りが煙で覆われる。
ああ…煙たいし視界が悪いな…これ、山火事起こらないよな?敵のみを燃やすから山火事は起こらないと思うが。火の勢いが強すぎて心配になる。
まあでも、これだけ燃えれば新たに魔物がやってくることも暫くないだろうし…オートで燃えるから…ちょっと寝るか…
私は視界が悪くなる中、そっと目を閉じた。


ふと、今まで感じられていた熱気が無くなった気がして目が覚める。
目を開けるとそこには何もなく、ただの灰が地面に存在していただけだった。とてもじゃないが先程まで炎が存在していたとは思えない程、周りに被害がいってなくてほっと安心した。

視界の悪さ的にほんとに今さっき火が消えたばかりなのだろう。若干焦げ臭い匂いも残っている。
体を起こし立ち上がろうとした瞬間、言い様のない痛みが全身を襲う。反射的に地面へと逆戻りする。
ああ…そういえば怪我してたな…しかも、結構深いやつ。
すっかり忘れていた怪我の存在に気を配りながらもゆっくりと立ち上がる。まだ獣化を解いていなかったが、今人形に戻ったら間違いなく見た目がやばくなる。

今の姿ですら端から見たら恐怖でしかないだろう。夜の山を全身血塗れで、口元には肉片がついている赤黒い狼…うん、文字だけでもやばいね。
人間の姿に戻ってみな…口は魔物の血肉で汚れており、肌は元の色がわからない程赤黒く染まってる。吸血鬼かよ…いや吸血鬼より酷い。

まあ普通に戻る気力すらないのがでかいけど。でもこのままここにいてもどうしようもないし。暫くは大丈夫とはいえ、時間が経ったらここもやばくなる。今の内に移動しとかないと。

道も全くわからないが…地面に道がないなら空中を移動すればいい。幸いにも、先輩達がいる拠点の位置はバッジを通して分かるわけだし。
体力も空に近い中無謀すぎる作戦の上、もしも途中魔物の縄張りに入ったらそれこそほんとにヤバイが、それしか方法がないから仕方無い。

先輩達に連絡を入れた方がいいのかも、とは思ったが…一度やると…自分に任せてくれと言ったからには最後まで突き通したい。

目を瞑りゆっくりと深呼吸する。
三回程度したら、目を開け…一気に跳躍した。体の痛みなんて今はどうでもいい。拠点に帰れれば勝ち。怪我のことは二の次だ。
木の枝に乗り、別の木の枝に乗り移る。途中崖があっても力業。
全力疾走で勢いをつけて反対側へと飛び移る。
こういうのは獣化してないとできないから最初獣化しておいてよかった、なんて思いながらも夜の山を全力で走る。

もう体力も魔力も空だ。
体力に関してはもうマイナスに振り切ってるかもしれない。
途中から足がガクガクして痙攣が止まらなかった。今も止まらないし、なんなら震えは大きくなってる。
魔力も、チョーカーを隠すための空間魔術すら、ちゃんとかかってるか微妙だ。
こないだの事件以降、いつ魔力切れになるかわからないため空間魔術の魔方陣を組み込んだペンダントを常備しておいたのだが…思ってたより出番早かったな…ペンダントに雀の涙ほどの魔力を流し、ペンダントを起動する。予め魔力入れといてよかっただなんて思いながらも足を動かす。

道や崖を関係なしに一直線で拠点に向かったためか、30分程度で拠点に帰れた。
目の前の拠点を見て安心したのか力が抜け、地面に倒れる。力を入れようとしても全くといっていい程動かない。
長時間走ったせいで息切れが全然収まらないし、咳も出てきた…あ~…ちょっとヤバイかも。
そう思った時、今までにないぐらいの悪寒が体を巡る。

「っ!…げほ!ごほ!…ぁ…ごほ!」

咳と同時に出てきたソレはピシャピシャと音を立てて地面を汚す。ソレが視界に入った時、恐怖で頭が一杯になる。だってこんなの久し振りすぎて。普通生きてる生物が出せるようなものじゃなかったから。

「ひゅ!…ごほ!…はひゅ!…げほ!」

咳が止まらなくて変な呼吸になる。ああ…ヤバイ…あれ?…目の前に居るの…先輩…か?よかった…助かった…かも…
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