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【新婚旅行編】六日目:ちゃんと後ろ持っていてくれてるよね? 離していないよね?
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二人っきりの静かなビーチをオレンジ色に染めている夕日が、徐々に水平線の向こうへと沈んでいく。
空の色にも、雲の色にも、夜の色が混じってきていて、複雑な色のグラデーションを織りなしていて美しい。世界の全てが影絵になってしまったかのように、紺色や黒が鮮やかなオレンジの風景を侵食していく様は、やっぱり、ちょっとだけ寂しいけれども。
「ね、バアル」
「はい、アオイ」
声をかければ必ず応えてくれる、穏やかな低音は変わらず頼もしい。頼もしいんだけれども。
「ちゃ、ちゃんと後ろに居てくれているよね? 俺のこと、しっかり支えてくれているんでしょ?」
姿が見えなければ、不安にもなってしまう訳で。ましてや俺が行使する術だけで、海面の上を歩こうと試みているもんだから、尚更。
今の俺達の現状を表すならば、初めて自転車の補助輪を外した時、だろうか。おそらくは大抵の人が体験したであろう、ちゃんと後ろ持っていてくれてるよね? 離していないよね? の真っ最中、みたいな。
まぁ、俺達の場合は、俺の身体をバアルさんが後ろから支えてくれているんだけれども。
海面の上を沈むことなく普通の道のように歩く為には、足の裏に込めている魔力の調整が肝心なのだと。それは強くても弱くてもいけない。少しでもミスってしまえば、海面の上に着地出来ずにドボンッ。そうならない為にも、バアルさんには補助役をしてもらっている。
海面の上に立つ感覚を俺がちゃんと掴めるようになるまで、腰を軽く抱き抱えるようにして支えてもらいながら、練習をしているのだ。
まぁ、そもそも俺でも足がつくような浅瀬で行っているので、仮に俺がバランスを崩してズッコケたとしても、ズブ濡れになるだけで済むのだが。
因みにではあるが、何もはなっからこんな無謀なチャレンジをしている訳ではない。
国内で一、二を争う優秀な術士であるバアルさんから教わっていても、まだまだ術士として初心者を抜け出せていない俺だ。ちゃんと一からやっていましたとも。
バアルさんと向き合って、両手を繋いでもらって。いっちにー、さんっしー、あんよが上手っと、しっかり練習をしていましたとも。ところが。
「ああ、流石、私のアオイは飲み込みがお早いですね、お上手ですよ……宜しければ、一度試してみてはいかがでしょう? 貴方様ならば、少々私めがお手伝いさせて頂くだけで、すぐに歩けるようになると思うのですが……」
などと、愛する人に褒めて頂けて、期待の眼差しを向けられてしまったのだ。応えない訳には、応えてみせるのが男ってもんだろう!
と、張り切って臨んだ割には、あっさりビビってしまっているのだけれども。
「ねぇ、バアルぅ……」
成功の秘訣は足元を見ないこと。真っ直ぐに前だけを見つめ続けていること。そう教えてもらったので、今の俺には後ろに居てくれているであろうバアルさんを確認するすべはない。
それどころか、現状唯一の繋がりである腰に添えてくれているであろう大きな手の感覚すらも、魔力を維持することに集中しているせいか良く分からなくなってしまっていた。
加えてお返事を返してもらえなければ、ますます不安になってしまう。つい情けのない声を上げてしまっていた。
怖くても一歩を踏み出すべきか。いっそのこと止まってしまおうか。募っていく不安が邪魔をしてくる。上げているかかとを、海面へと下ろすのを躊躇してしまう。
「ええ、貴方様のバアルは、ちゃんと愛しい妻のお後ろに……御身の華奢な腰を支えさせて頂いておりますとも」
空の色にも、雲の色にも、夜の色が混じってきていて、複雑な色のグラデーションを織りなしていて美しい。世界の全てが影絵になってしまったかのように、紺色や黒が鮮やかなオレンジの風景を侵食していく様は、やっぱり、ちょっとだけ寂しいけれども。
「ね、バアル」
「はい、アオイ」
声をかければ必ず応えてくれる、穏やかな低音は変わらず頼もしい。頼もしいんだけれども。
「ちゃ、ちゃんと後ろに居てくれているよね? 俺のこと、しっかり支えてくれているんでしょ?」
姿が見えなければ、不安にもなってしまう訳で。ましてや俺が行使する術だけで、海面の上を歩こうと試みているもんだから、尚更。
今の俺達の現状を表すならば、初めて自転車の補助輪を外した時、だろうか。おそらくは大抵の人が体験したであろう、ちゃんと後ろ持っていてくれてるよね? 離していないよね? の真っ最中、みたいな。
まぁ、俺達の場合は、俺の身体をバアルさんが後ろから支えてくれているんだけれども。
海面の上を沈むことなく普通の道のように歩く為には、足の裏に込めている魔力の調整が肝心なのだと。それは強くても弱くてもいけない。少しでもミスってしまえば、海面の上に着地出来ずにドボンッ。そうならない為にも、バアルさんには補助役をしてもらっている。
海面の上に立つ感覚を俺がちゃんと掴めるようになるまで、腰を軽く抱き抱えるようにして支えてもらいながら、練習をしているのだ。
まぁ、そもそも俺でも足がつくような浅瀬で行っているので、仮に俺がバランスを崩してズッコケたとしても、ズブ濡れになるだけで済むのだが。
因みにではあるが、何もはなっからこんな無謀なチャレンジをしている訳ではない。
国内で一、二を争う優秀な術士であるバアルさんから教わっていても、まだまだ術士として初心者を抜け出せていない俺だ。ちゃんと一からやっていましたとも。
バアルさんと向き合って、両手を繋いでもらって。いっちにー、さんっしー、あんよが上手っと、しっかり練習をしていましたとも。ところが。
「ああ、流石、私のアオイは飲み込みがお早いですね、お上手ですよ……宜しければ、一度試してみてはいかがでしょう? 貴方様ならば、少々私めがお手伝いさせて頂くだけで、すぐに歩けるようになると思うのですが……」
などと、愛する人に褒めて頂けて、期待の眼差しを向けられてしまったのだ。応えない訳には、応えてみせるのが男ってもんだろう!
と、張り切って臨んだ割には、あっさりビビってしまっているのだけれども。
「ねぇ、バアルぅ……」
成功の秘訣は足元を見ないこと。真っ直ぐに前だけを見つめ続けていること。そう教えてもらったので、今の俺には後ろに居てくれているであろうバアルさんを確認するすべはない。
それどころか、現状唯一の繋がりである腰に添えてくれているであろう大きな手の感覚すらも、魔力を維持することに集中しているせいか良く分からなくなってしまっていた。
加えてお返事を返してもらえなければ、ますます不安になってしまう。つい情けのない声を上げてしまっていた。
怖くても一歩を踏み出すべきか。いっそのこと止まってしまおうか。募っていく不安が邪魔をしてくる。上げているかかとを、海面へと下ろすのを躊躇してしまう。
「ええ、貴方様のバアルは、ちゃんと愛しい妻のお後ろに……御身の華奢な腰を支えさせて頂いておりますとも」
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